【後日談】コナー? あぁ、確かにかわいそうですね、あいつ

「つまり、僕たちは恐ろしく簡単なことを忘れてたんだ。バス乗り場は、っていう、簡単なことを」

「考えてみれば、当たり前のことだったね」


 翌日、バスターミナル青乗り場待ち合いベンチ。僕はコナーに、お姉さん見守りの下、今回の超能力者騒ぎの真相を解説していた。


「専用降り場を利用するバスは、バスターミナルで一旦運行を止めるバスだけだ。バスターミナルを、ただの一つの停留所としてか利用しない、いわば204番のようなバスは、降り場に停まらずそのまま次の停留所に停まる。すなわち、青乗り場と赤乗り場にね」


 昨日、僕は後続の204番のバスが、降り場前で減速せずに、そのまま赤乗り場まで走っていったのを見た。206番と204番は、行き先が違う。206番はバスターミナルと中央駅を行き来するバス、204番は観光名所とバスターミナルと、おまけにまた別の観光名所に繋がるバスだが、今はそれはどうでもいい。問題なのは、204という事実だ。


「前に説明したように、この駅の造りは、西から専用降り場、青乗り場、赤乗り場、改札の順になっている。つまり、赤乗り場と改札は、専用降り場と改札の距離より大分近い。専用降り場で降りた者と赤乗り場で降りた者、多少のタイムラグなら、赤乗り場で降りた者の方が速く改札までたどり着けるという訳さ」


 超能力者の正体は、なんてことはないただの『204番バスの乗客の男子高校生』だったのだ。コナーが超能力者を見つけた日に204番バスがどの位置に居たかは分からないが、少なくてもコナーが乗っていた206番と大して変わらない時間に赤乗り場に到着したのだろう。歩くのが速くも遅くもないコナーは、赤乗り場から降りてまっすぐ改札に向かった男子高校生を、瞬間移動したんじゃないかと疑った。それが今回の事件の真相だ。全く、他の案と比べても大差ないくだらなさだ。


「……これで解説は終わり。納得したかな、コナー?」

「うん……納得した。やるじゃん、ロック」

「すごーい。超能力者の正体は、なんとそんな普通の人だったのかー。全然分からなかったー。あたしの目は洞穴のごとく節穴だなー」


 二人のーーいや、コナーの賛辞を受け、僕は思わずコナーから目をそらしてしまう。こんな簡単なこと、気づかない方がおかしいのだ。204番のバスなんて、僕はこの二年間でなんど利用したのか数えきれないほど使ってきたというのに、外からその光景を見るまで気づかなかった。自称博学才媛の美男子失格だ。後お姉さん、絶対最初から気づいてたでしょ。


「なら、『超能力者』事件はこれにておしまい。なにか質問あるか?」

「……ねぇ、ロック。ロックの『ロック』ってあだ名、これからも使って良い?」

「良くはないけど、どうでも良いよ。別に僕は、そこまで後輩の女子に本名で呼ばれたい訳じゃないし」


 どうでもいいことだが、これは嘘だ。


「……そ。ね、ロック。なんでわたしがロックを『ロック』って呼んでるか、分かる?」

「僕がジョン・ロックのように偉大だから」

「全然違う。それで言うなら、ロックはどっちかっていうと、フランシス・ベーコンがお似合い」


 それは、僕がわいろを受け取り牢獄の中でのたれ死にそうな顔をしていると言うことだろうか。


「もっと別の人だよ、ロックが似てるのは」

「別の人? 誰なんだよ」

「決まってる。……ジョン・ロックフェーラーだよ」


 そう言って、コナーはやってきたバスに乗り込み、僕とお姉さんに振り返りのせずに車内に消えた。振り向き様に見えたその顔は、どこか赤みを帯びた年相応の表情をしていた。


「……ふふふ。まさか、アンタがロックフェーラーに例えられる日がくるなんてね。よかったね、史上最高の大金持ちの名だ」

「……そうじゃないでしょう。コナーが言いたかったのは」

 

 ジョン・ロックフェーラー。二十世紀初頭のアメリカで、石油にいち早く着目し、独自の会社を立ち上げて大金を手にした大金持ち。史上最高の大金持ちとも言われ、今もニューヨークには彼の遺した巨大建造物『ロックフェラーセンター』があり、人々の記憶に息づく大企業家。

 しかし、コナーが僕にあてがった彼の性質は、そんなものではないだろう。


……ロックフェーラーと言えば、慈善家としても有名だよね。フィランソロピーの原型をつくったとも言われてるし」

「……慈善家。この僕が、慈善家とはね……」


 ひとを助けない。それを、それだけを、人生の目標に、希望に、勇気にして生きてきた僕が、慈善家呼ばわりされるとは。冗談にも笑えるものと笑えないものが有る。『僕が慈善家』が、どちらなのかは、僕も分からないけれど。


「実際、今回のアンタは結構慈善家してたと思うよ。あたしに促されたからと言っても、アンタがひと助けに精力的になるなんて、正直驚いた。どういう風の吹き回しなんだい?」

「……そんなに大したことじゃないですよ。ただ単に、僕も丸くなったってだけです。お姉さんのおかげ、いや影響ですかね。僕は変わったんですよ。それに……」

「それに?」


 ニタニタと、探るような目つきで僕を覗き込むお姉さんの顔を払いのけ、諦観の嘆息をもらし、訳を告げる。


「……コナーって、近くで見ると僕の妹に似てるんですよね」

「……く。くははは! それが理由か! そっか、それなら納得だ。アンタ、家族大好きだもんね」


 隣で大爆笑するお姉さんを尻目に、僕は仏頂面で無言の構えをとる。これだから言いたくなかったんだ。僕がコナーに、最近反抗期で僕に構ってくれない妹を重ねていただなんて。


「笑い過ぎですよ、お姉さん」

「ふ、だってねぇ? あたしとしては安心半分呆れ半分ってとこなんだよ。アンタがいつも通りで安心して、いつも通り過ぎて、コナーちゃんがかわいそうになってきたよ」

「コナー? あぁ、確かにかわいそうですね、あいつ」


 僕は、青乗り場から見えるバスの出入り口を遠目に眺め、去っていった小生意気な少女に思いを馳せた。


「あいつ、学校と正反対のバスに乗ってっちゃいましたしね。青乗り場のバスに乗れば、とりあえず学校には行けるって勘違いしてるようです。今頃どこで降りていいのか分からず、泣いてるかもしれませんね」

「……そっちじゃなんだけどなぁ。ま、そっちも大変か」




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】僕でお姉さんのではない後輩 夜乃偽物 @Jinusi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ