本編

 結婚式まで半年を切った。

 私は彼と一緒にウェディングドレスを選びに来ていた。

「とてもよくお似合いですよ」

 コーディネーターは私の横に立つと、一緒に姿鏡に映った私を見て微笑んでくれた。

 純白のドレス。華美な装飾はないが、エレガントで落ち着いている。地味な容姿の私には、ぴったりのドレスかもしれない。

「綺麗……」

 私は呟いた。

 まさか、ウェディングドレスを着られる日が来るとは思ってもみなかった。

「どう? 似合うかな?」

 鏡に映る彼に、私は笑いかける。

「うん。よく似合ってるよ。とても綺麗だ」

 彼は優しく笑ってくれた。私は、彼の笑顔が大好きだった。そう、ずっと好きだった。

 もう一度、私は鏡を見る。やはり、良いドレスだ。

「私、これにします。よろしくお願いします」

 コーディネーターは笑顔で頷く。

「では、衣装替えの着物を選びましょう」

 コーディネーターの手を借りて、私は試着室へ向かった。その時、外で救急車のサイレンの音が聞こえた。

 私は足を止めて、サイレンが聞こえる方を見る。四方が壁に包まれた部屋。音は小さな採光窓から聞こえてきている。


 ドッドッドッドッド………


 動悸がする。私はこの音が嫌いだった。病院が嫌いだった。固いベッドが嫌いだった。あの消毒液の匂いが嫌いだった。



「朱(あけ)美(み)! 朱美!」

 大きな声。激しく体を揺さぶられる。

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

 聞いたことの無い男性の声が聞こえる。他にも、耳障りな機械音、足音が不協和音となって頭の中を駆け巡る。

 苦しい。大きく息を吸い込んで、朱美は目を覚ました。

 状況を理解するよりも早く、無遠慮な手が朱美の瞼を押し広げて光を当ててくる。眩しい。私は目を閉じた。

「ここがどこだか分かりますか? 大丈夫ですか?」

「ここは……?」

 何が何だか分からなかった。覚えているのは、家で夕食を食べていた事までだ。ごっそりと記憶が抜け落ちていた。時間の感覚もおかしい。私の体に、いったい何があったというのだ。

「病院ですよ? 分かりますか? 苦しくないですか?」

「病院……?」

 朱美は、閉じていた目をゆっくりと目を開けた。

 ここは病院の処置室のようだ。先ほどまで朱美を見てくれていた医師が、看護師に指示を送っている。ベッドの傍らには、両親がいて涙を流していた。

「朱美、良かった……」

「お母さん、私、どうしたの?」

 喉が渇いて上手く話せなかった。

「食事中に倒れて、大変だったのよ……。でも、もう大丈夫よ」

「明日、テストなの……学校にいかなきゃ……部活も休めないし」

「高校には連絡しておくから大丈夫よ」

 ハンカチで涙を拭きながら母親が言った。

 父親は何も言わずに、力強く手を握ってくれていた。いつもは能面のように感情を見せない父親の顔が、くしゃくしゃになっているのが、なんだか不思議な感じがした。



「どうした?」

 思わず溜息を漏らしてしまった私を心配してか、彼が気遣ってくれた。

「ううん、なんでもないの。少し、昔のことを思い出していて……」

 両手で包むように持ったコーヒーカップを口元に近づけた。苦いコーヒーは苦手だが、こうして匂いを嗅ぐのは好きだった。我慢して、コーヒーを少し口に含む。苦みと酸味が混じりあった液体。まずくは無いが、おいしいとも言えない。だけど、彼はおいしそうにコーヒーを飲む。私は、ちょっとしたことでも頬を緩めてくれる彼の笑顔に何度救われただろうか。

「マリッジブルーって奴かな?」

「まさか。私は、あなたと一緒になれて幸せよ。結婚することが、ずっと夢だったんだから」

「そうか。だけど、俺たちの関係も長いな。高校の時からか……。まさか、朱美と結婚するとは思わなかったよ」

「そう? 私は感じていたわよ。この人と結婚するんだなって。女の子はね、何となく分かるの。ああ、私はこの人と一生を過ごすんだなって」

 私はもう一口コーヒーを口に含んだ。やはり苦い。だけど、口から鼻に抜ける匂いはやっぱり良い。好きな匂いだ。この匂いはお父さんの匂いでもある。目を閉じると、あの時のことがよく思い出された。



 コーヒーの香りで目を覚ました。見ると、やはり父親がパイプ椅子に腰を下ろし、缶コーヒーを飲んでいた。

「起きたか? 随分可愛い寝顔だった。良い夢を見ていたのか?」

「うん……。私が結婚する夢を見てた」

 朱美が笑うと、父親は決まって困ったような顔をする。その表情が、朱美の胸に小さな不安を植え付けていく。

 入院してからというもの、朱美はよく夢を見ていた。沢山の薬を飲み、点滴をうつ。それの繰り返し。何もすることが無い日々。気力も徐々に衰え、何に対しても無気力になっていた。唯一の楽しみが、夢を見ることだ。いろいろな事を想像して、未来の自分に思いをはせる。動くことのできない朱美には、それ以外の楽しみがなかった。希望がなかった。

 父親は何も言わず、面会時間の許す限り朱美の傍にいてくれた。特に話すことが無くても、朱美は父親の存在を近くに感じるだけで安心できた。

 そんなある日、朱美が窓の外を見ていると、一人の高校生が歩いていた。大人しそうな、優しそうな高校生。その横には、髪の毛が少し茶色い綺麗な女性が歩いている。いつも、二人とも笑顔だった。

 朱美は窓から、登下校の二人をいつも見ていた。

 長い梅雨が明け、夏がくる。

 ワイシャツになった彼は、今日も彼女と一緒に歩いていた。名前も知らない男子高校生。ここからでは声を掛けることもできない。向こうはこちらの存在すら知らない。朱美は、ただ彼を見つめるだけの存在だった。

 夢の中でなら、彼と一緒にいられるかもしれない。彼と話せるかもしれない。

 朱美は、そんな事を思いながらウトウトと浅い眠りの中にいた。



 結婚式を二日後に控えた日。

 私は準備に追われていた。

 結婚式が終わった翌日から新婚旅行だ。旅行から帰ってきたら、すぐに新居へ引っ越しだ。すでに、大きな物は新居の方に移してある。後は、細かい物を段ボールに詰めるだけだ。

 部屋の整理をしているとき、昔のアルバムを見つけた。普段は目に留めても開くことの無いアルバム。こんな時で無ければ、写真を見返すことなど無いだろう。

 分厚いアルバムは、私が生まれた頃の写真から始まっていた。

 幼稚園、小学校、中学校の写真が連続する。そして、高校の入学式の写真まで来たとき、私はページを持つ手を止めた。アルバムにページはまだ沢山ある。だけど、ここから先を捲るのが怖かった。

 大きく深呼吸をする。もう、昔のことだ。病気は完治し、二日後には結婚式を迎える。嫌な過去を振り返ったとしても、過去が変化することもなければ、未来が変わることも無い。過去はあくまでも過去だ。未来ではない。

 私は小さく吐息をつきながらページを捲った。そこには、入院中にお母さんの撮った写真が沢山あった。まるで、私が死んでしまうから、思い出に残そうと思っているかのように、病院に来ては毎日のように写真を撮っていた。

 余り良い思い出のない高校時代。特に、入院していた頃の写真は酷い物だ。私は置物のように生気の無い表情で、ベッドの上に座っている。髪はボサボサで、肌の艶も無い。

「ひっどい顔……」

 我ながら自暴自棄だったんだな、と思いながらアルバムを捲った。いつの頃からか、私の表情に変化が生まれた。無表情だった顔に、いつしか笑顔が浮かんでいた。

 容態は日に日に悪くなっていた。それなのに、私が笑顔でいられたのは、ひとえに彼の存在が大きいだろう。

 次のページを捲ると、私の横には彼がいた。私は緊張した面持ちで、まっすぐカメラを見つめていた。彼は少し照れくさそうに笑っていた。



 朱美は毎日彼を遠くから見ていた。あるとき、彼が一人で登校していた。肩を落として歩く彼の姿を見るのは、初めてだった。朱美は、まるで自分の事のように胸が詰まる思いがした。

 それから、彼は毎日一人で歩いていた。

「彼女さんと別れたのかな?」

 彼には悪いが、朱美はその事を心の何処かで喜んでいた。まだ、話したことも無い人だったが、彼が他の女性と歩いているのを見るのは好きではなかった。

 鉛のように厚く黒い雲が立ち籠めたある日、彼の横にはあの女子高生がいた。二人とも気まずそうに歩いていた。ちょうど、私の窓からよく見える所で、彼女が足を止めた。彼は数歩歩いて振り返る。

「どうしたんだろう……?」

 私はベッドから体を乗り出した。ギシリとベッドが鳴り、腕につけられた点滴の注射針が引っ張られて鈍い痛みを発した。

 泣いたように両手を目に当てた彼女は、何かを叫んでいるようだった。もちろん、彼女が何を言っているのかは聞こえない。

 一方的に彼女が彼に向かって言っているように見えた。彼は項垂れてジッと何かに絶えているようだった。

 窓ガラスに水滴が付いた。雨だと思った次の瞬間には、大粒の雨が降り出してきた。雨が白い線となって視界を埋め尽くすが、二人はさっきのままだ。まるで、そこだけ別の時間が流れるかのように、彼らは身じろぎ一つしない。

 どれくらい時間が経っただろう、彼女が肩を振るわせた。彼は何かを言い足そうに口を開き、手を力なく伸ばして半歩前に出た。彼の手が肩に触れようとしたとき、彼女はその手を払いのけた。そして、そのまま走っていってしまった。

 一人残された彼は、振り返ること無く、悄然と項垂れているだけだった。ふと、彼が強い雨の降る空を見上げた。雨だろうか、涙だろうか、彼の頬を流れるいくつもの筋があった。

「あっ……」

 不意に彼がこちらを向いた。透き通ったまっすぐな眼差し。見えない手に心臓を捕まれたかのように、朱美の呼吸は止まった。時間にしたらほんの数秒の出来事だろう。ただ、確かに朱美と彼の視線は雨の中で絡み合った。

「笑った……」

 雨に打たれながら、彼は笑った。少し寂しそうで、悲しい笑顔だった。

 それからと言うもの、彼は病院の前を通るとき、いつもこちらを見て笑ってくれた。朱美も、彼の笑顔に手を振って答えた。

 まだ名前も知らない彼。話したことも無いが、朝と夕方に彼と目を合わせて手を振り合うだけで、生きる気力が沸いてきた。

 ただ、それと反比例して薬の量が増え、検査や治療の時間も長くなった。

 結局、一学期の大半を病院で過ごしてしまった朱美は、一学期最後の日も、窓の外を眺めていた。この日に限り、いつまで経っても彼は通らなかった。

 どうかしたのだろうか。朱美が彼の事を心配し始めたとき、ドアがノックされ看護師が入ってきた。

「羽鳥さん、お客様よ」

 看護師さんの後ろから登場したのは、彼だった。彼は看護師さんに丁寧に挨拶すると、恥ずかしそうにベッドの横に来てくれた。

 朱美は思わず頭を押さえ、顔を押さえた。今の自分は綺麗になっているだろうか、髪は乱れてないだろうか。そんな心配をよそに、彼は朱美の横に来ると、いつもの笑顔を浮かべてくれた。

「三(み)木(き)要(かなめ)です。よろしく」

 要。彼はそう名乗ってくれた。

「朱美です。羽鳥朱美です」

 緊張のあまり声が裏返ってしまった。かぁっと顔が赤くなるのが分かる。朱美は恥ずかしさの余り俯いた。

「よろしく、朱美さん」

 要は答えてくれた。

 夏休みの間、要は三日とあげず見舞いに来てくれた。そして、夏休みが終わる頃、朱美と要は付き合っていた。要の方から告白してくれた。朱美は、うれしさの余り涙を流しながら二つ返事で告白を受け入れた。

「病気が良くなったら、二人で遊園地にでかけよう」

 要の言葉が朱美には辛かった。でも、その言葉が生きる活力になっていたのも事実だ。

 朱美と要の希望を裏切るように、病状はどんどん悪化した。



 私は大きく深呼吸をする。

 姿鏡にはウエディングドレスを着た私の姿が映っている。私の背後にいるお母さんは、私の姿を見てハンカチで涙を拭っていた。

「もう、今生の別れじゃ無いんだから」

「でも、嬉しくて……朱美が結婚できるなんて……」

「病気だって治ったんだし。結婚だってできるわよ。来年には、お母さんに孫を抱っこさせてあげられるかもね」

 私は笑った。

 数分後にはこの部屋を出て、バージンロードをお父さんと歩いているだろう。

 神父さんの前で、要が私が来るのを待っている。タキシードで決めた要は、どんな表情をしているだろうか、いつものように、笑っているだろうか、それとも、緊張で顔が強ばっているだろうか。

 どちらにしろ、楽しみだ。これから待つのは、楽しい結婚生活だ。長い二人の共同生活。喧嘩することも、大変な時も、辛いときもあるだろう。だけど、これまでも沢山の試練を私と要は乗り越えてきた。だから、これからもきっと大丈夫だ。

「緊張してますか? 顔が強ばってますよ。笑顔笑顔」

 コーディネーターが鏡越しに私を見た。

「少し緊張してますけど、大丈夫です」

 また、私は深呼吸をした。今日、何度目の深呼吸だろうか。

「朱美、待ってるわよ」

 お母さんがドレスを潰さないよう、軽くハグしてくれた。私もお母さんを軽く抱きしめる。

「ありがとう、お母さん、私、行ってくるね」

 お母さんの手から渡されたブーケ。シンプルなドレスによく似合う、エレガントなブーケだった。

「うん」

 お母さんの目から涙が出た。幸せの涙、喜びの涙、そして、親元から離れる私に対する寂しさの涙だろう。

 昔からお母さんは泣き虫だった。私が入院しているときに見せる涙は、いつも悲しみの涙だった。でもあの時、私の病状が突然悪化したときに見せたお母さんの涙は、今思い出すだけで胸が潰されそうなほど、辛い涙だった。



 夏が過ぎ秋が訪れる頃、朱美はやせ細り体を動かすのも億劫な状態だった。

 要がいつも来てくれるが、朱美はそれを拒んでいた。いくつもの点滴をつけ、髪も皮脂でべとついている。汚れ、弱っている姿を恋人に見られたくはなかった。

 両親は朱美の意思を尊重してくれたが、その表情は複雑だった。彼らが言わなくても分かる。朱美を蝕む病気は確実に進行している。

「………少し、寝るわ」

 この頃から、朱美は一日の大半をウトウトしていることになった。要に自分の姿を見せたくないため、窓の外を眺めることもしなくなった。

 朱美は夢の中に逃げ込んでいた。夢の中ならば、自分の思い描く素敵な未来を作り出せる。人生を好きなようにやり直せる。

「私、死にたくないよ………」

 朱美が言う度、母親は泣いた。

「ごめんね、朱美。私が丈夫に産んでいれば……」

「泣きたいのは、私だよ。好きな人もできたのに、私は、一緒に歩くこともできない……。私の人生って、いったい何なの? 私は、何のために生まれたの? 苦しむため? お母さん達を苦しめるため? もう嫌だよ……もう嫌だ……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 母親はベッドに突っ伏すように泣いた。それを見て、朱美も泣いてしまった。

 ある夜。朱美を突然の息苦しさが襲った。血液が沸騰したかのように熱を持ち、全身が焼けるように熱くなる。

「アアーーーー!」

 朱美は叫んだ。布団を握りしめ、身悶えながら叫んだ。体に取り付けられていたセンサーが異常を感知してアラームを鳴らす。すぐに看護師が到着し、処置を行う。

 心拍を知らせる機械が早鐘のように耳障りな音を出す。

 五月蠅い。

 五月蠅い。

 五月蠅い。

 黙れ!

 黙れ!

 黙ってくれ!

 せき立てるかのようなアラーム音。苦しみに耐えながらも、朱美はその音が耳障りで、やけに気になった。

「早く先生を呼んで! 後、ご両親に連絡を!」

 医師が廊下を走ってきて、朱美の様子を伺う。すぐに、オペの準備を看護師に指示をした。

 何本もの注射が打たれた時、すでに、朱美に意識は無かった。叫び声も上げられず、体も動かせない。朱美はすぐに手術室へ運ばれた。



 私はお父さんと一緒にバージンロードを歩く。荘厳なパイプオルガンの演奏に合わせ、一歩ずつ、ゆっくりと進んでいく。

 隣を歩くお父さんが鼻を鳴らした。

 私はちらりとお父さんを確認する。

 お父さんは泣いてはいない。いないが、目と鼻を赤くしている。

 私は少し嬉しくなって、お父さんの手を強く握った。お父さんも、手を握り返してくれた。

 こうしてお父さんに手を握られるのは、いつ以来だろうか。

 私は、この場においても変な事を考えてしまう。

 この温もり。ずっと、私を守ってきた大きな手。その手の存在を感じたのは、手術が終わった後のことだったかもしれない。

 容体が急変し、私は何日も生死の境を彷徨った。容体が落ち着き、目を覚ました私が最初に感じたのは、お父さんが握る手の温もりだった。この温もりがあったから、私はこちら側に返ってこられたのかもしれない。

「ありがとう、お父さん……」

 私は呟いた。その呟きが聞こえていたのか、聞こえていないのか、分からない。お父さんは何も言わず、鼻を大きく鳴らした。

 神父さんの前には、すでに入場していた要の後ろ姿が見えた。私が近づくと、要は振り返った。

 笑っていた。やっぱり、要は笑っていた。白い歯を見せて、手を差し伸べてくる。

 お父さんは要に頭を下げると、私の手を要の手に移し替えた。

 お父さんよりも少し暖かい要の手。優しく包み込むように握りしめてくる手。

 私は微笑みながら、彼の横に立った。

 滞りなく式は進み、指を交換した。

「幸せにするから」

 私の左薬指に指輪を填めながら、要が言った。

「私も、要を幸せにするから」

 幸せは一人で作る物ではない。親兄弟、友人、恋人、皆が集まり、初めて一人の幸せが作られる。今度は、私が要に幸せを分けてあげる番だ。新しい家族として、要を支えるのだ。

 式が終わり、私たちは教会の外に出た。

 雲一つ無い青空。その下には、さらに濃い色の海が広がっている。水平線に浮かぶ船や波頭が、陽光を受けて眩しいくらいに輝いている。

 やっぱり、ここにして良かった。教会から外に出たときに一望できる海。私はそれが気に入って、ここで結婚式を挙げたのだ。小さい頃からの夢。海の見える教会で結婚式。私は皆に祝福され、結婚式を挙げる。今、夢が叶おうとしていた。

「おめでとう!」

 私と要の友人が左右に立って祝福の言葉と笑顔を見せてくれる。

「よし、いこうか」

 要は私の手を引いて歩き出す。

 空から米粒が振ってくる。ライスシャワーだ。

 青空に沢山のハトが羽ばたく。

 私は友人達にお礼を言いながら、ライスシャワーの中を歩いた。


 ピーーーーー!


 友人の誰かが指笛を吹いた。

 甲高い音が青空に突き抜ける。

 この音、何処かで聞いた音に似ている。

 笑顔を浮かべながらも、私はこの音を何処で聞いたのか頭の隅で考えていた。

 考えた。

 徐々に胸の奥に芽生えた不安が首をもたげてくる。

 これは、あの音に似ていた。

 あの忌々しい音。

 心拍を計る機械。私の容体が急変したとき、耳元で鳴り響いたあの音だ。

 心臓が心拍を刻まなくなったと知らせる無愛想で不吉なアラーム。

 今も鳴り響くこの音は、あの時の音によく似ていた。

 いや、あの音その物だった。

 私は振り返った。

 皆が笑顔を浮かべている。お米を投げ終わった友人達は、拍手で私たちを祝福してくれていた。

 まさか、これは夢……?

 違う、そんなはずは無い。これは、紛れもない現実だ。

 潮風を含んだ空気、冷たい風、要の手の感触。このリアルな現実が夢なわけが無い。

「要」

「うん?」

 私は要の手を握りしめた。

「私、本当に幸せ」

「俺もだよ、朱美」

 要の言葉が私の中に入ってくる。

 私は目を閉じた。

 もう、あの音は聞こえない。

 私は、幸せになれたのだ。

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結婚死期 天生 諷 @amou_fuu

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