第三話 神の童

--チュン、チュン


縁側に降り立った雀たちの鳴き声で目を覚ます。

カーテンを開けると、清々しい朝日が部屋いっぱいに広がった。

軽く伸びをした後、襖を開けると父が朝御飯の支度をしていた。


「おぉ、政宗、おはよう。」

「ふぁぁ....おはよう、お父さん。」


寝ぼけ眼を擦りながら、顔を洗おうと洗面所へ向かおうとする政宗。


「今日は起きるのが遅かったじゃないか。早く着替えないと、遅刻するぞー」


お父さんの何気ない一言に、そんなに遅かったのかな?と思い、ニュース番組がついているテレビの左上に表示されている時刻を確認する。


「7時.....50分.....!?」


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そこからはもう、焦りに焦った。

制服に着替えるとき、ボタンを1つずつかけ違えてしまい、焦る。

時間割を超特急で済ませた後、明日の時間割と間違っていたことに気づき、焦る。

ランドセルを乱暴に背負おうとすると、中身を全部ぶちまけてしまい、焦る。

極めつけは、青春物の漫画でありがちな、『トーストを咥えたまま家を飛び出す』シーンが再現されていたことだった。


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「ハァっ....ハァっ....遅れちゃう....!」


ウサイン・ボルトもびっくりの全力疾走をかます政宗の姿は、まるで風のようだった。


舗装のされていない道をノンストップで駆け抜け、ここを曲がればすぐ小学校という、最後の曲がり角を曲がった、その時だった。


--ドンッ!!


「痛っ!」

『おわっ!!』


角を曲がったところで、向かいの道から歩いていた誰かと正面からぶつかってしまった。


「ぅぅ.....痛い.....」


反射的に受け身を取り、衝撃を緩和できたことは良かったものの、擦りむいた手のひらからは血が出ていた。


今朝から絶不調だった政宗は、転んだ時の痛みも相まって、泣いてしまっていた。


『うわっ、ごっ、ごめん!お兄さんがしっかり前を見てなかったから.....ち、ちょっと待ってて!』


そう告げた青年は、バックパックの中からペットボトルの水、タオル、そして、絆創膏を取り出した。

手際よく政宗の手のひらに処置を施していく青年。手当してもらっている間、政宗は青年の格好に注目していた。

薄汚れた白無地のTシャツに、動きやすそうなズボン。旅をしてる人なのかなぁ、などと考えていると、手当が終わったようだ。

『痛かったよね?ごめんね?』

と、自分がいきなり飛び出してぶつかってしまったのに、終いには向こうから謝られてしまい、政宗はぶんぶん首を横に振りながら、

「ぼ、僕が悪いんです!」

と、青年の謝罪を全力で否定する。

あと、泣き顔を見られたのはこれで二回目だったが、やっぱり恥ずかしかった。


色んな気持ちが渦巻く中、「ごめんなさい!」と勢いよくお辞儀をして、すぐさま学校へと向かう政宗。

青年はまだ何か言いたげだったが、そんなことはお構いなしに、見えてきた正門を飛び込むようにくぐり抜けた。


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--キーンコーンカーンコーン.....

--ガラガラッピシャッ!


息を切らしながら教室の扉を勢いよく開けると同時に『朝の会』の終わりを告げる鐘の音がなった。

膝に手を置き、肩で大きく呼吸をする政宗は生徒全員の視線を一斉に浴び、走ったことにより火照っていた体は、羞恥によりますます熱を帯び、息苦しさが増した。


「おぉ、政宗くん、おはようさん.....って、大丈夫かいな?汗がすごいことなっとるよ。」


苦笑混じりに心配する素振りを見せるおじさん先生。政宗は、この時ばかりは穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだった。

「だ、大丈夫......です......」


転校してきて4日目、ついにやらかしてしまった。


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その後、廊下ですれ違うクラスメイト達からは、必ずクスクスと笑い声が聞こえてきた。

廊下もろくに歩けないなんて、情けなくて恥ずかしくて、もうどうしようもなかった。


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昼休み、校庭にあるいつもの木陰で横になる政宗。

仰向けになり、空を見上げる。

雲一つない快晴だった。


「向こうに戻りたい......」


ぽつりと、寂しそうに呟く。

独り言だったけれど、誰かに聞いてもらいたい気持ちもあった。

悩みや愚痴を全部こぼしたかった。


「____どこにだい?」


眠りこけていた政宗は、何か声が聞こえたような気がして、そっと目を開ける。

そこには、見知らぬ1人の少年の姿があった。


「政宗くん.....だっけ?君すごいよね、転校4日目で遅刻しちゃうんだもん。」


悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、揶揄いの言葉を浴びせてくる少年。反論したかったが、紛れもない事実だったので、口ごもってしまう。


「あははっ、そんなに怒らないでよ。別に君をからかうためだけにここに来たんじゃないよ?僕は君と『友達』になりたいんだ。」

「と、友達に.....?」

「そう、友達に。だって、いつも1人でさびしそーに窓の外見てたり、ここで寝てたりするじゃん?だから、かわいそうだなぁって思って。その様子じゃ、ここに来てまだ誰とも喋ったことないでしょ?」

「うん.....君が初めて。」


くりくりとした瞳を輝かせながら、矢継ぎ早に喋りかけてくる少年。

背丈は政宗とさほど変わらないようだった。髪はとてもサラサラしており、パッと見女の子と見間違えてしまいそうになるほどの容姿だった。


「僕の名前は神童風音しんどうかざね君の隣のクラス、2組の生徒だよ。よろしくね。」


ニコッと微笑みかけてくる風音。

その笑顔に少しドキッとしつつ、


「よ、よろしくね.....」


と、ドギマギしながら返す政宗。


いつもの政宗なら、話しかけられた時点でそそくさとその場か立ち去ってしまうのだが、風音と喋ることに微塵も抵抗がなかった。自然体で彼との会話を行うことが出来ていた。


それを不思議に思いつつも、何故か神童との会話に嫌な気はしなかった政宗なのであった。




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夏風が運ぶ未来 海峰 竜巳 @tatsumi_kaihou

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