第二話 二人の少年

一体、どれほどの時間が流れたのだろうか。


政宗は、暗闇の中に呆然と立ち尽くしていた。光も音もない「無の世界」とも言えようその空間は、政宗の心と体を徐々に蝕んでいく。


朦朧とする意識の中、遥か遠くの方から微かに自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「......ろ」


その声は次第に明瞭になっていく。


「......きろ」


ついにその声は政宗の意識を呼び戻す引き金となった。


「起きろっ!!!」


--ガバッ!


勢いよく体を起こした政宗は、自分が今、どこにいて何をしているのかをよく理解してはいないようだった。

視界がぼやけ、しばし放心状態になりながら座っていた。

突然、政宗の右肩に、何かに叩かれたような感覚が走った。


「おい、お前大丈夫か?すっげぇ気持ちよさそうに寝てたぞ。まさに爆睡ってやつだな。」


覗き込んできた色白の顔の中央には、蒼く澄み渡った大きな瞳が二つ、煌々と輝いていた。まるで、不純物が一切含まれていないガラス玉の中に、蒼く瞬く灯火が揺らめいているような、そんな感じだった。端正な顔つきでありながら、キリッとした表情にどこか懐かしさを覚えつつ、政宗はハッと我に返った。


「あっ......ぼっ、僕......その......!」

「あぁ、いいっていいって!とりあえず落ち着け、はい、深呼吸ぅー」


碧眼の少年に促されるまま、空気を胸いっぱいに送り込み、ゆっくりと吐き出す。この動作を数回繰り返し、政宗は少し落ち着きを取り戻した。


「よしっ、もう大丈夫だな?じゃあそろそろ今の状況を......」

「まっ、待ってよ!なんでそんな落ち着いていられるの!?君もさっきの風......」

「だぁぁぁもう!落ち着けって!とりあえず落ち着け?な?」


折角落ち着いたのに、またも取り乱してしまう政宗をなだめる少年。傍から見れば、その光景はまるで駄々をこねる弟をを諭す兄のようにも見えただろう。


「んー、じゃあ、まず自己紹介からするわ。俺の名前は鳴神颯斗なるかみはやと、歳は14で、母さんと二人で暮らしてる。ちなみに、さっきの風は俺が起こしたもんだ。巻き込んじまって悪かったな。」


バツの悪そうな表情を浮かべながら顔の前で手を合わせ、「すまん」と言いたげな雰囲気が全身に表れていた。


「え......?」

「へへっ!まぁ、なんてったって俺は......おっと、この話はまた順を追ってするとして......あぁ、そういやまだ名前聞いてなかったな。お前も自己紹介してくれよ。」

「......沖田 政宗、10歳」

「10歳......ってことは、小4か?」

「......うん」

「なんだよー、もう少し愛想良くしたっていいんじゃねぇのかー?」


颯斗は、政宗の両頬を指先でプニプニした。愛想良くしろといったって、まだ出会ってものの数分しか経っていないのだから少々無理のある話のように思えるが、彼にとって、そんなことはあまり関係ないようだった。


-----------------


頬を撫でてゆく涼風が心地よい。

木々の隙間からは月光が漏れ、二人の姿を優しく照らし出す。


--グルルッ


静寂を破ったその音は、何とも滑稽な腹の音だった。それを鳴らした主は、突然襲ってきた空腹とともに、家に対する恋しさが募っていた。


「あのっ......僕、家に帰りたいんだけど......」

「そうか......でもそれは無理なお願いだ。もうお前は家には帰れない。潔く諦めな。」


深刻な面持ちで語りかける颯斗だったが、これはただの揶揄いでしかなかった。

しかし、これを真剣に受け止めていた政宗は、学校にも、家にも、最早普通の生活にも戻れないんじゃないかと負の想像の連鎖が始まり、堰を切ったように涙が溢れてきた。


「帰りっ......たぃ......」


もう身も心も疲れきっていた政宗は、早く父の作り置きの晩御飯を食べ、お風呂に入り、歯を磨いて眠りたかった。でも、それが出来ない。そう思えば思うほど悲しくなり、涙が止まらなかった。颯斗の胸ぐらを両手で力なく握り、消え入るような声で何度も「帰して」と嘆き、こちらに懇願するような眼を向ける政宗の姿を見て、少々やりすぎたか、と思い、


「悪い悪い、冗談だって、冗談。ほんっと政宗は泣き虫だなぁ。」

「うそ......?家に帰してくれる.....?」

「あぁ、帰せるっちゃあ帰せる。んー、しかしなぁ、このまま返しちまうのは惜しいんだが.....まぁ、こんなガキにこれ以上辛い思いをさせちまうのは酷だしな。よし!今日は帰してやる!」


よかった......と胸をなで下ろしたのも束の間、颯斗はこう付け加えた。


「ただし!一つ条件がある。明日、夕方5時になると流れる歌が終わる前にまたここへ来い。さもないと、大変なことが--」

「く、来る!絶対に来る!」

「よし、約束だ。」


--パチン


颯斗が指を鳴らすと、森の中で体験したあの光が政宗の体を包んだ。

その眩しさに目を細め、光が収まるまでじっと待った。


光が消えたので目を開けてみると、そこは紛れもなく森の入口だった。


-----------------


家に着くと、壁掛け時計は9時17分を指していた。


作り置きの晩御飯を温めて食べた後、風呂に入りながら今日起こった出来事を1つ1つ整理していく。


家の近くにあった森への入口。


その森の最深部にそびえ立っていた

『巨大樹』と、鳴神 颯斗という人物。


そもそも、なんでお父さんは突然この町の研究なんか始めたのだろうか。


考え出したらキリがなさそうだったので、今日はもう寝ようと決め、風呂から出た。


「明日も、会うんだ____」


そう呟き、布団の中で静かに目を閉じた。





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