夏風が運ぶ未来
海峰 竜巳
第一話 別れと出会い
--キーンコーンカーンコーン....
帰りの会が終わると同時に、男子生徒の数名が元気よく教室から出てゆく。
それに続いて、女子生徒が会話を交わしながら楽しげに教室から出てゆく。
そして、誰もいなくなったのを確認してから、彼は椅子から立ち上がった。
窓の外を眺めることにそろそろ飽きがきてしまいそうだったが、時間を潰す方法といえばそれしか思いつかなかった。
1人俯きながらとぼとぼ歩く。
木造のこの校舎は、歩く度に床が軋んでしまうほど老朽化が進んでいた。
そんなことを気にする素振りを見せずに、彼は正門を目指す。
彼の名前は
3日前、考古学者である父の仕事の都合で、ここ「
巷では、双神町と言えば古より伝わるある言い伝えで有名な町だったが、田舎であることには変わりない。都会生まれ都会育ちだった政宗にとって、ここでの生活は退屈そのものだった。
周囲は田んぼと山に囲まれ、ショッピングモールもコンビニも、公園さえもない。
ただあるお店といったら、家から徒歩15分の位置にある小さな商店が1軒あるだけで、退屈を凌ぐような娯楽施設は何1つありはしなかった。
かといって、家に帰っても、父は双神町に伝わる言い伝えに関する研究のため、自宅にある研究室兼父の部屋から滅多に出てくることはなく、父が作り置きしている料理を温めて食べ、お風呂に入り、歯を磨き、宿題をして寝るという、平々凡々なルーティンを繰り返す日々に既に意気消沈していた政宗であった。
しかし、何をするというあてもない政宗は、今日も1人でルーティンの後半部分へと差し掛かろうとしていた。
初夏の照りつける陽の光を全身に浴び、滲み出る汗に不快感を覚えながら、左右に田園風景の広がる一本道を進んでゆく。
歩いても歩いても、目の前にある景色はどれも単調な色彩のそれであった。
空を見上げると、雲一つない快晴であることがわかった。道理で暑いわけだ。
-----------------
ふと、以前通っていた小学校の友達のことを思い出した。
途端に寂しさが募ってしまう。
今の学校では未だに友達を作れておらず、休み時間は窓の外を眺め、昼休みも校庭にある木の影で時間が経つのを待つだけで、決して誰かと遊んだり会話をしたりすることは無かった。
むしろ、友達を作ってしまえば、以前通っていた友達との別れのようなことがもう1度生じてしまうのでは、と危惧する気持ちもあり、中々話しかける勇気が出ずにいたというのが正直なところだ。
気持ちが沈みきってしまった政宗は、気分転換に、いつもと違う道を通ってみようと思い立ち、帰路とは反対方向にある細い道へと歩みを進めた。
数分ほど道なりに進んでいくと、まさに森の入口と言うような、周りが木々で埋め尽くされた空間へと出た。
この先へ進もうか、引き返そうかと少し悩んだ末、もうこの際進んでしまおうと森の中へ足を運んだ。
木漏れ日が照らす道を慎重に進んでいく。
帰れなくなったらどうしようかと不安になっていったが、この先に自分が訪れることを待ち望んでいる何かがある、と第六感で感じていた政宗は、期待と不安が入り交じる、今まで感じたことのない心情のまま森の最深部を目指した。
--どれほど歩いただろうか。
滴る汗は暑さから生じるものから恐怖や後悔の念から生じる冷や汗へと変わっていた。
政宗は、なんで入ってしまったんだろう、なんであそこで帰らなかったんだろう、と涙を浮かべながら、帰れるあてもないので、たどたどしい足取りで奥へと進んでいた。
すると、突然視界が真っ白な光に包まれ、政宗は反射的に体を仰け反った。
光が収まり、目を恐る恐る開けてみると、そこには大きな木々に取り囲まれた空間に佇む、真紅に彩られた鳥居が姿を現していた。
感覚的に、これ以上進むのは危険だ、と感じたが、気づいたら無意識的に鳥居の方へと体が引き寄せられていた。
鳥居をくぐった刹那、辺りには白く濃い霧が立ち込め、視界は一瞬で遮られた。
政宗は何が何だかわからず狼狽え、何も見えないとわかっていながら周りを見回した。
次第に霧が晴れ、胸をなで下ろしつつ前方の方に視界を定めた。
その刹那、言葉を失った。
目の前に広がっていたのは、今までに見たこともない、まさに「巨大樹」だった。
木の天辺は遥か頭上に存在し、木の幹は周囲を歩いて数十秒はかかるほど太かった。
蒼蒼と茂る葉が夕日の光を浴びて橙に輝き、その荘厳かつ幻想的な雰囲気に飲み込まれてしまいそうな程だった。
時間を忘れて、その木を眺めるのに夢中になっていた政宗は、はっと我に返った。
「家に帰らなくちゃ」
ぽつりと呟き、巨大樹に背を向け、びっしりと埋め尽くされた木々の一部に空いている穴の方へと向かった。ここが出口なのだろうと確信していた政宗は、その穴に向かって歩みを進める。
その時だった。
何処からともなく風が巻き起こり、木々はざわめき、森が唸った。辺りは一瞬で真っ暗になり、光は完全に消え失せてしまった。
条件反射でびくっと体を震わせたのとともに、これまでのものとは比べ物にならないほどの凄まじい恐怖感がこみ上げ、政宗はその場に蹲り泣き出してしまった。
気づいた時には風は止んでいた。
しかし、恐怖を拭いきれていない政宗は目を開けることができず、泣き続けていた。
皮肉にも、家に帰ってご飯を食べ、お風呂に入り、歯を磨いた後は宿題をして眠るという何でもないルーティンが、今政宗が最も求めていたものだった。
泣き疲れたのだろう、しばらくして、彼は深い眠りについていた。
その様子を、木の上から眺める者が1人、不敵な笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます