口が悪いアラサー女子とメタボのおっさんと猛禽女子が職場でグダグダする話

ダイスケ

職場の話

それは東京某所。某ビル。

深夜11時をまわり、一般人が終電を気にしだす時分、編集部の3人は締切に追いかけられつつ、グダグダと生産性の全くない話をしていた。


「おい、恭子よ」


「なんですか、恩田さん」


「あのさ、あの取材、どうなった」


「あの取材って、夫婦じゃないんですから察しろとか言わないでくださいよ。なんですか、あのって」


「あのよ、あれだよ」


「まあ、恩田さんも50過ぎですからね。そろそろ頭髪だけじゃなくて脳細胞が死んできても仕方ないでしょうけどね、勘弁してあげないです」


「ぷっ。だめですよ恭子さん、そんなこと言ったら。セクハラですよ」


「茅野、あんたねえ、セクハラってのは恩田さんが普段してるやつ。あたしのやってるのはレジスタンス。労働者の権利ってやつよ」


「ほう。で、労働者の義務の方はどうした」


「権利がないと、義務はないんです。アメリカ人が、海に茶を投げながら言ったじゃないすか」


「いつから、編集部がボストンになった。おめえ、むだに博識だな」


「だって、無駄にいい大学出てないですよ、あたし」


「へーさすが恭子さん、頭いいんですねえ」


「ああ、頭が良くて、体力もある。それは認めよう」


「恩田さん、ほめてもこれまで蓄積されたセクハラはチャラになりませんよ。でも、もっと褒めてください」


「おまけに根性が太い」


「根性が太くて悪かったわね!こら茅野!そこで吹き出さない!あたし、文学部なんですから!繊細ですよ、せ・ん・さ・い!わかります?」


「わかるよ。お前が繊細って漢字が書けそうなのはわかる」


「あーもう!そんで、恩田さん、なんの取材のことだったんですか?あたしだって締切抱えてて暇じゃないんですけど!」


「ううーん、ええと、ここまできてるんだよね、ここまで」


「いや、中年過ぎたおっさんが腹なでたって、メタボ気にしてるようにしか見えませんから」


「いやあ、こないだ数値が高いとか言われちゃってさ」


「85センチでしたっけ?それ以上にウエストあるとメタボとかいう?」


「85センチか。つまりお前の胸囲より俺の腹のほうが、ずっとあるってわけだな」


「腹と胸を比べない!それに、そもそもそれって普通にセクハラですから!ねえ、茅野ちゃん!」


「そうですよ、恩田さん。セクハラですよ。イエローカードです」


「そうか、セクハラか。どっちかというと、パワハラしたいんだけどな」


「そういう寝言はメタボ腹をなんとかしてから言ってください」


「それでさ、コーヒーと日本茶のどっちがメタボにいいか、って話なんだけど」


「恩田さん、聞いてます?茅野ちゃん!そこ、聞く姿勢にならない!」


「いや、思い出したよ。たしかあの殺人事件があった別荘の話だよ」


「ああ、あれですか。行ってきましたよ。事件の成果、すっごい安価で販売されててネットでも話題になってましたからね」


「んで、行ってきたんだろ?取材メモは?」


「メモならもう作ってありますよ。恩田さんのとこに」


「これか、うわ!なんじゃこりゃ!このメモ、御札が貼ってあるんだけど!」


「ああ、だって何か呪われてそうだったんですもん。すごい気持ち悪かったから、御札貼っておきました」


「だけど、メモに貼ることないだろ!気色悪いよ!」


「いや、だってあたしに呪いが来てたら大変じゃないですか」


「俺にきてても嫌だよ!」


「だって恩田さん、もう人生の第4コーナーすぎてるでしょ?あたし、まだまだこれからなんで呪われるのはお任せします」


「呪われるって!普通、御札って呪いから身を守るものでしょ!?」


「いや、なんか呪いを吸い取る御札らしいです。よく香港映画とかであるじゃないですか。死体に貼ると動くやつ」


「それ、宗教違うから!それに古い!恭子、お前良く知ってんな!」


「まあ、あたし文学部なんで」


「文学部、関係ないだろ!」


「なに言ってんですか。古事記から遠野物語、最近のブログやSNSまで、文学と呪いは切っても切れない関係なんですから。あたしの同級生は卒論に丑の刻参りを扱って、近所の神社で藁人形に釘打ってるところを警察に捕まりましたから」


「いやな同級生だな」


「それぐらい、普通ですよ。普通。それで・・・」


「あ、あの恭子さん」


「あん?なによ、茅野。いまはね、恩田さんにきちんと日本文学と呪いの関係を理解させようと・・・」


「その御札、なんか赤い染みがついてないですか?」


「え、うそ!ほんとに赤い、っていうより黒い?」


「そうね、黒いわね。赤黒いというか。白い御札に赤黒い指紋がついてると目立つわね」


「指紋?そ、そういえば指の形に見えるね」


「見えるもなにも、見るからに指紋でしょ」


「そ、そうなんだ」


「ぜんぜん関係ない話ですけど、血液って最初は鮮やかな赤い色をしてるらしいんですけど、だんだんと黒くなるらしいですね。特に動脈から吹き出した血は酸素を含んで、本当に鮮やからしいですよ。ぜんぜん関係ない話ですけど」


「そ、そうだね。全然関係ないよね。だって買ったものに血が付いてるはずないもんね」


「あ、わたし嘘つきました。それ、買ったんじゃなくて、もらったんです」


「もらったの?誰に?」


「そこにいた何か神職っぽい人に。なんかお祓いとかする仕事している人みたいで。あたしがバシバシ写真とってたら、これあげるからきちんと処分しなさい、って言われて」


「そ、それで!」


「なんか変な肩こりがあったんだけど、その御札ですっかり肩こりがなおってですね。ほんと、神職の人ってすごいよね。霊感マッサージとかやったら、あたし通うわ」


「いや、それ絶対マッサージじゃないから」


「ええ!だって、どうせ恩田さんだって変なマッサージいってるんでしょ?巫女さんとかの格好した人にマッサージされるやつ」


「し、失礼なこと言うな!セ、セクハラだろ!?」


「そういうのはスマホの待受画面を見てから言ってください」


「み、見たのか?」


「いや、デスクの上にあって電話かかってきてたから見えたんで。恩田さん、水商売の人にLineとか教えたらダメですよ。仮にも情報産業の人間なんですから」


「な、なに言ってるんだ!水商売の人間とは限らないだろ!失礼な!」


「だって、今日もお店にいらっしゃるんですか?ってメッセでしたよ。奥さん、お店持ってましたっけ」


「恭子くん。いや、恭子さん。何か食べたいものはあるかね」


「えー、いやですよお、仮にもマスコミの人間を買収するんですかぁ?」


「いや、君の高潔なジャーナリスト魂を汚すつもりはないんだ。ただね、職場の先輩として栄養をつけて健康になってほしいだけだよ」


「急にキリッとした口調になっても、セクハラでパワハラでメタボなのは変わりませんから」


「そういえば神楽坂に美味いフレンチがあってね。茅野さんもどうかな」


「えー3人もですかあ、ありがとうございますう」


「もう少しだけ感謝のこもった声だと、福沢諭吉先生とアメックスも喜んでくれると思うのだけど」


「なぁに言ってるんですか!あ、恩田さんは食事が終わる頃に来てくれて会計だけ持ってくれればいいですから。一緒に食べなくてもいいですよ。申し訳ないし」


「今の発言のどこに申し訳なくない要素があるのさ!」


締切の夜は、更けていく・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口が悪いアラサー女子とメタボのおっさんと猛禽女子が職場でグダグダする話 ダイスケ @boukenshaparty1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ