第2話 帰宅と入隊と

 目が覚めるとそこは病院の様な部屋だった。幸は真っ直ぐ天井を見つめていた。白い天井を白い蛍光灯が照らす。清潔感のある部屋にはベットが4台、仕切りとして使う為だろうか、カーテンがベットを隠せるようになっていた。ベットの近くにはテレビが引き出しと一体になったテレビ台の上に1台づつと椅子が一脚づつ置かれていた。

 ゆっくりと体を起こし、項垂れ、自分の両手を広げ見つめる。


「守れなかった」


  つぶやく幸の手は震えていた。目には涙があふれていたが必死にこらえていた。


 コンコンと誰かがドアをノックする


「入るわよ」


 女の人の声だ。返事を待たず引き戸が音を立てずに開いていく。そこには背の高いスレンダーで髪の短い女の人が立っていた。色白で目は少し鋭いが優しそうな笑みを浮かべている。


「あら、気づいてたのね? 良かったわ」


 ニッコリとほほ笑む女性。幸のベッドの近くに置いてある椅子に腰かける。


「あら、私ったら自己紹介もせず、私は久木下くぎしたアンナ。よろしくね」


 右手を差し出し、握手を求める。しかし幸は握手をしなかった。それどころか久木下が話しかけていた事にも気が付いていない様だった。虚ろな目がただただ震える手を眺めるばかりだった。久木下は右手を引っ込め、口を曲げ、小首をかしげた。


「流石に話したりは出来ないか」


 久木下は知っていた。幸が何故ここに寝かされているか、彼の身に何が起こったか。久木下は知っていた。それでもあえて話さなかった。


「そうだ、これ、貴方のでしょ?」


 引き出しから銀の十字架のペンダントトップを差し出す。それを見ると、幸は久木下の手から奪い取り、両手で握りしめた。体は力が向けたように前のめりになり、肩が一層激しく震え出した。


「泣きたかったら、泣きなさい」


 そう呟く久木下を幸はゆっくりと見た。


「そうすれば少しは楽よ。」


 優しく微笑む久木下。我慢していた涙が頬をつたる。幸は泣いた。部屋いっぱいに男の鳴き声が響いた。涙で顔はくしゃくしゃになり、喉が枯れるまで泣き叫んだ。久木下はそんな幸の背中をゆっくりとさすっていた。


~~~


 5分ほど泣いた幸は、目の周りが真っ赤になっていたが、虚ろな目ではなかった。今度はしっかり久木下を見つめていた。


「もう、大丈夫……です……」


 目をこすりながら必死に声を出す。久木下はにっこりと笑っていた。すると、ドアからノックの音が響いた。引き戸が空き、男性が入ってくる。背が高く、固く引き締まった体形。まさしく軍人といった風貌の男性は、凛々しい目と少しやぼったい無造作な髪。低めの声で幸に話しかける。


「よ、大丈夫か?」

「はい。……貴方は?」


 幸が質問すると男性が親指を自分の胸に当て、得意げな顔をして答える


「俺は対影本部第一戦闘部隊隊長。立花明たちばなあきらだ」



 聞きたいことは山ほどあるがどう聞けばいいか分からない幸は、困った顔をして、頬を指てかく幸。それを見て立花が顔を幸に近づけ、言う。


「聞きたい事があるなら何でも聞け、何でもいいぞ。」


 立花の言葉に幸は真剣な顔をした。言葉に出そうとした瞬間。立花が右手の人差し指を幸に向け、言葉をさえぎる。


「しかし、知るには条件がある」


 その条件とは、1つ、対影対策本部に入る事。1つ、聞いたことは誰にも話さない事。1つ、今は一度家に帰る事。この3つである。


「帰って……良いん……ですか?」


 キョトンとした幸が立花に聞く。立花は腕組をして答える。


「今回おきた事は誰にも喋らないのが条件だ、いいな?」

「あ……はい……」


 幸は帰り支度をさっさと済ませる、久木下が出口へと案内してくれたおかげで建物を迷わずに出れたが、なかなかの広さだった。まるで大学か、何かの研究所の様に広い敷地に建物が数棟立っていて、中心の建物はビルそのものだった。


「えっと、貴方の学校は……」


 久木下が出口から道案内をしてくれた。驚いた事に学校から数キロしか離れていなかった。幸は久木下に頭を下げると、家を方向に歩いていた。制服の内ポケットにはには電話番号と「入隊希望ならここに電話しろ」と書かれたメモ用紙がいつの間にか入っていた。おそらく立花がこっそりと入れたのだろう。太陽は最も高い位置で輝いていた。


 幸を返した後、立花と久木下は施設内を歩きながら話しをしていた。幸についてだった。

 

「返して良かったの?」


 施設内を歩きながら久木下が立花に問いかけた。


「大丈夫だ。……多分な」


~~~


「幸! あんた、大丈夫だったの!」


 幸の母親が玄関の前から走って来た。1日帰らなかったからか青ざめた顔に涙を浮かべ、抱き着いて来た。


「ただいま、母さん」

「……お帰り」


 隣の家からも香華の父親が出てくる。


「幸君無事だったんだな」

「……はい……おじさん」


 香華の事もあり後ろめたさからか、幸は香華の父親の目を見る事が出来なかった。


「それで、香華は、何か知ってるんじゃないのか?」


 幸の肩を掴み前後に揺らす香華の父親。目は赤く腫れあがり、血の気が引いたような、青ざめた顔を幸に近づけ、問いただした。


「……す……すみません……何も……分からないんです」


 立花との約束か、それとも守ってあげられなかった罪の意識か、幸は本当の事が言えなかった。


「……そ……そうかい」


 がっくりと肩を落とし、香華の父親は自分の家に入って行った。


 その後、幸は自分の部屋に向かい、ベットにうつ伏せになり、顔を枕に伏せ、声を殺し、泣いた。


~~~


 次の日、幸は母親に気分が悪いと言い学校を休んだ。母親は何も聞かずに学校へ休みの連絡を入れてくれた。

 

 昼に幸は母親に話があると伝え、立花がくれたメモに書いてあった番号に電話する。


「かしこまりました。ご住所は……ですね。20分後頃にそちらに到着します」


 電話の向こうの女性は、はきはきとした口調で答えた。台所に置いてあるテーブルと椅子。いつも夕食を食べる椅子に二人は向かい合うように腰かけ、ゆっくりと重たい口を開いた。


「……実は」


 幸は母親に今まであった事を話した。母親は口に手を当て、わなわなと震えながら、幸の話を聞いていた。話終わったころ、家のチャイムが鳴る。


「対影対策本部の立花です」


 インターホンの向こうから声が聞こえる。立花の声だった。幸が扉を開け、立花を迎え入れる。幸は母親に本当の事を伝えた事を立花に話した。


「そうか」


 立花はその一言だけを幸に返し、母親を家の前に止めてある車に乗る様に言った。その言葉に従い、幸と幸の母親は案内されるままに乗車した。


 施設に到着する。幸と幸の母親は門の近くにある二階建ての建物に案内された。建物の中は1階が受付とロビー、2階には会議室の様に、広い部屋に長いテーブルとパイプ椅子が4列ほど綺麗に並べらた部屋。その中の椅子に腰かけ、幸の話した内容と同じことを今度は、立花が、真っ直ぐに幸の母親の目を見て話した。


「母さん、俺」

「何も言わないで、母さん、何となく分かってるから」


 親子で向かい合う二人、それを見た立花は、何も言わずに部屋を後にした。


 「いいかい? 幸」


 幸の母親が幸をしっかりと抱きしめて、優しく話す。


「これから、あんたはきっと辛い思いを沢山するだろう。ここがどこで一体何をする場所なのかは、母さん聞かないよ。でもね、あんたは1人じゃない。」


 幸と幸の母親の目にはうっすら涙が溜まっていた。それを押し殺すように幸の母親は続けた。


「あんたには母さんがいる。さっきの立花さんもいる。そして何より、香華ちゃんが守ってくれている。だから……」


 最後の言葉、なかなか喉につっかかり出てこない。顔は赤くなり、目は涙で開くことが出来ず、幸の母親は幸を力一杯抱きしめていた。幸もまた、涙を流していた。


「……死ぬんじゃ……ないよ」


 二人が赤い目をして部屋を出てくる。廊下に立っていた立花が幸に話しかける。


「もう、いいのか」


 幸はゆっくりと頷き、立花の顔を見上げ、力一杯の声で答える。


「高橋幸! 対影対策本部に! 入隊します」

 


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銀の剣と単細胞生物 たかすけ @kuroyon

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