銀の剣と単細胞生物

たかすけ

第1話 失踪と告白と


 朝、ニュースはまたあの事件を報道していた。高橋幸たかはしこうは学校に行く準備をしながらそのニュースを見ていた。

 5~6年前の失踪事件。手掛かりは失踪者がつけていたと思われる銀のアクセサリー。失踪したのは当時20歳くらいの女性で、家族も友達も何故いなくなったのか、誰も検討がつかなかった。

 自分には関係ないと思いつつなぜか無視できなかった。何故なら、この失踪事件と関係があると思われる事件がこの5~6年で数十件報じられている。共通点は皆銀の何かを身に着けていた事。しかし目撃者はおらず痕跡や失踪理由は分からない。どうやらまた新しい失踪者らしい。

 そうこうしてるうちに家の外から大きな声で幸を呼ぶ声がした。


「こうちゃーん、おはよう、学校いこうよ」


 同じ学校に通う隣に住む幼馴染、江田香華えだきょうかだ。明るくまじめで誰からも好かれる、ちょっとお調子者の女の子だ。幸と香華は同じ病院で生まれた。それっきり17年だ。同じ幼稚園に通い、同じ小学校、同じ中学校、同じ高校。幼馴染もここまでくると腐れ縁だ。幸は今日、香華に好きだと伝え、この関係を終わらせようとしていた。


「あぁ、ちょっと待ってて」


 制服のネクタイをキュッと結び、鏡で身なりを整え、カバンに忘れ物は無いかのチェックをする。


「教科書、ノート、筆箱、体操着、後は」


 小箱を大事そうにカバンに入れる。


「喜んで、くれる……よな!」


 紅葉が終わり葉が枯れ落ちる11月、寒い朝のはずだが幸は暑そうにおでこの汗を軽く拭い、目を瞑り鼻から大きく息を吸う。吸った息を鼻から少し吐き出し、決心した様に目を開け。


「行ってきまーす」


 ドアを開け、外に出た。


「おはようこうちゃん、今日は寒いね」

「おはよう、そうだな」


 軽く挨拶を交わした後はいつもと同じで、学校の話や昨日のテレビの話をしながらおよそ2キロ離れた学校を目指す。のこり数十メートル程、学校までまっすぐ伸びる道に差し掛かったところで、


「でさぁ、昨日お母さんがね」

「あのさぁ、香華」


 突然話を中断させるように、少し大きな声を出す幸。


「今日、誕生日だったよな」

「覚えててくれたんだぁ!うれしーなー」


 ニッコリと笑う香華。両手を合わせ、軽く弾んで喜んでいた。


「それでさ」

「ん?なぁに?」


 幸は大きく息を吸い、少し止め、ふぅっと吐き出す。そして絞り出すような声で


「えっと、さぁ……」

「うん?」


 汗ばんだ手の片方を強く握りしめる。もう片方の手を肩から掛けたカバンのベルトにやり、握った手を開きカバンに近づけながら、ゆっくりと声を出す


「放課後……話が……ある……から、校舎裏で待っててくれる?」

「ん? うん、いいよ」

「きょうかー、おーはようー」


 香華の女友達が2人に割って入る。


「あ!おはよう!! じゃ、こうちゃん、放課後ね」

「う、うん」


 少し肩を落とす幸。俯きはぁっとため息を溢す。それでも少し間を置き前を向く。


「まぁ、いいか、約束は出来たんだし、それに朝から告白ってのもなぁ」


 自分を無理やり納得させる幸。一方香華は笑顔で女友達の所へ手を胸の前で振りながら小走りする。


「どうしたの?嬉しそうな顔して?」

「ううん。なーんでもなーい!えへへ」


 友達と喋りながら学校に向かう香華。少し遠くなった香華の背中を見ながら、幸も学校へと向かう。


~~~


 自分の教室に入り自分の机に向かう。カバンを机に置き、椅子を引っ張り席につこうとする。


「なぁ、高橋、お前どう思うよ」


 前の席の男子、飯田が後ろを向いて話しかけてきた。


「何だよいきなり」

「失踪事件だよ。朝やってただろ?また出たらしいぜ、銀のブレスレット残してさ」


 朝のニュースに興味があるようで、食いつくように話しかける


「エイリアンだぜ、絶対」

「なんでそうなるんだよ?」


 眉をしかめ呆れた声で言葉を返す。


「違うって、誘拐だよ」


 今度は隣の女子、前園が割って入ってくる。


「何でさぁ」


 飯田が前園に聞き返す。


「エイリアンなんていないから」


 そう返す前園に、飯田が更に反論する。


「じゃなんで身に着けてたのを落としてんだよ?」

「暴れてるうちに落としたんだよ」


 飯田と前園が話してるうちに席に着く幸、前園がそんな幸に話しかけてくる。


「そう思うよね?」


 賛同を得ようと幸に振る前園。


「いや、知らないけど」


 軽く返す幸、毎朝こんな感じだ、多分この辺で。


「違うね、みんな最初の失踪事件の模範失踪だよ」


 大きな黒ぶちメガネの優等生増田。まるで自分の意見が正しいような口ぶりで話に割り込んできた。


「最初の失踪は、わざと特徴のある物を残して周囲に心配させるようにさせる、典型的な家出だよ。その後のはみんなそれを真似した模範失踪だよ」

「でも、家族も友人も理由に心当たりないって」


 飯田が食って掛かる。


「周囲に理由を言うような人は失踪なんかしない。相談できる人もいない、周囲に苦しいって言えない人が失踪するもんだよ」


 説明口調で淡々と話す増田、半分納得した前園、絶対納得しないぞと目を尖らせる飯田


「エイリアン」

「模範失踪」

「一生やってろ」

「アッハハハ」


 自分の意見を曲げない飯田と増田、興味なさそうに頬杖を突く幸、その様子を笑って見守る前園。

 そうしてるうちに学校のチャイムの音が鳴り響く。その音に続いて教室のドアを開け、担任教師が入ってくる。学校の1日が始まる。


~~~ 


 授業が終わり、幸は校舎裏で香華を待っていた。


「お待たせー!」


 小走りで向かってくる香華。笑顔を浮かべて手を振っている。


「あぁ」

「でさ、話って?」


 家から持って来た小箱をカバンから出し、真剣な表情で香華を見つめる。体が少し震えている。それでもぐっとつばの飲み込み。


「誕生日、おめでとう」


 小箱を香華に差し出す。


「わあ、ありがとう」


 にっこりと笑う香華、幸は続けて。


「俺さ」

「うん」

「香華の事、その」


 笑顔のまま下を見る香華、幸の言葉を待っている様に、じっと動かない。そんな香華を見て、幸は腹に力を入れ、目を強く瞑り。


「好きだったん……だ……」


 言葉と同時に目を開ける。校舎の影が2人を包む、木枯らしが吹く寒い夕方。二人は寒さを忘れ、自分たちの世界にのめり込む。だが幸は香華を見つめてはいなかった。


「うん……私も」


 もらった小箱を胸の近くで大事そうに両手で包み込み呟く香華、言葉に詰まり目を見開く幸。幸の視線の先、それは香華の後ろにいた何かだった。


「……え……え」

「こうちゃんの、事」


 それは黒い莫に被われているように体毛がなかった。180㎝くらいの体長。肩は尖り、肩からは腕が長くダラッと地面に届くまで生え、腕の先から三本指と尖った爪のある手が生えていた。細い胸と腹、腹から蟹股の足が二本生え、頭からは鳥のくちばしの様にとがった物が頭からぬ っと伸びている。鶏の様な丸い目が2つ、ぱっちりと開き、くちばしが香華の頭に近づく。


「香華! 逃げ……」

「好きだっ」


 言い終わる前に香華の頭は胸と、幸のプレゼントと一緒に……食われた。

 香華の頭から胸が一瞬で消え去った。断末魔も上げず、血しぶきもなく、あっさり食われた。


「クー、クワァァァァ」

「うわああ!!きょうかーーー!!」


 化け物は残った腹から下と足に食らいつく。食い終わると次に幸を睨み、幸に近づく。


「グ、グギャアアアァァァァ」


 突然大きな叫び声を上げると、化け物は苦しそうに胸をかきむしり体を大きく左右に振り、もがくように暴れ回った。そして、その内、すっと消えてしまった。

幸が渡した、十字架をかたどった銀のペンダントトップを残して。 

 幸はその場にばったりと崩れ、気を失った。


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