第3話 経験者は語る
・市街地
わたし、人ごみをかきわけながら走る。わたし、楓とぶつかる。お互いにこける。わたし、声をかけようとするが。
楓「大丈夫ですか? 」
わたし、楓の肩を両手で掴む。楓、驚く。
わたし「楓、わたしだよ! 楓ならわかるよね? 」
楓「すみません。どちら様でしょうか? 」
わたし「なんで……なんで! 」
わたし、急に立ち上がり走り出す。
楓「ちょっと! 」
・緑地公園
わたし、ブランコに座っている。
わたし(ほんとにみんな忘れちゃったんだ。わたしのこと)
わたしの前に二人の不良が現れた。
不良A「お嬢ちゃん、こんな時間に何してんの? そんな顔しちゃって、なんかあった? 」
わたし「(涙をぬぐって)いいえ、何でもありません」
わたし、立ち去ろうとする。不良Bは私の腕を掴んだ。
不良B「なんでもないことはないでしょー。よかったらお兄さんたちが話聞いてあげるって」
わたし「やめてくださいって! 」
おばさん「その辺にしときな! 」
おばさんの後ろには缶などを積んだリアカーがある。
わたし「おばさん」
不良A「ああ? なんだお前? 」
おばさん「見ての通りただのババアだよ。あたしは、その子に用があるんだ。その子から手を離してとっとと帰んなクソガキ」
不良B「なーに舐めたこと言っちゃってんの? (不良Aに)おい」
不良Aはポケットからナイフを取り出した。
不良A「ちょっと痛い目見ないとわかんないみたいだなぁッ! 」
不良A、おばさんの方へ向かう。
おばさん「(ニヤリと笑って)しょうがないねぇ……」
おばさん、後ろに置いてあるリアカーから斧を取り出す。おばさん、不良Aがナイフの射程範囲に入る前に斧を思い切り横に振った。
不良A「うわっ! 」
斧は不良Aの目の前を横切る。あまりに突然の出来事で不良Aは驚き、その場に尻餅をつく。ナイフが手から落ちる。おばさんの顔を見上げる不良Aにおばさんは斧を突きつける。
不良A「ひいっ……!? 」
おばさん「そっちはナイフ。こっちは斧。射程範囲と今、お前が置かれてる状況から考えな。まともに
不良A「(恐怖の表情)俺たちが悪かった。この通りだ」
不良Aは土下座した。
不良B「おい、なに言ってるんだ! 」
おばさん「(不良B)そっちの子は聞き分けの良い子みたいだけど、あんたはどうなんだい?
不良B「わかったよ。俺たちが悪かった」
不良Bはわたしから手を放した。
わたし(さっきの動き……。刃物を向けられてるのに全く動じないで、たった一つのアクションでこの場を制した。まるで、こうゆう状況に慣れてるみたいな動き。あのおばさん、いったい何者なんだろう? )
おばさん「いやぁ、物分かりの良いガキは好きだよ」
おばさん、斧を後ろに投げ捨てた。それを見た不良Bはニヤリと悪い笑みを浮かべ、ポケットからナイフを取り出す。
わたし「(おばさんに)危ないッ! 」
おばさん、ダーツを投げる。ダーツは不良の目に刺さる。
不良B「ああああああああああああああっ、ああああああああああああああああッ! 」
不良はその場に崩れ、痛みにもだえる。
おばさん「詰めが甘いんだよ」
もだえる不良Bに不良Aは近づく。
不良A「おい。大丈夫かよ」
不良B「あああっ、ああああああああああ」
おばさん「もう気が済んだはずだ。とっとと消えな」
不良Aは不良Bに肩を貸し、ゆっくり去って行った。
おばさん「もう大丈夫だ」
わたしはおばさんを見て、怯えている。
おばさん、ためいきをつく。
おばさん「怖がる必要はない。あたしゃ、あんたの味方だよ」
わたし「それはわかってます。でも、さっきみたいなの見せられたら……」
おばさん「あーあーわかったよ。なら、こういえば良いんだな。あたしはドッペルゲンガーに会ったことがある」
わたし「えっ!? 」
おばさん「そして、今、あたしが生きてるってことは、あんたが助かる方法を知ってるってことさ」
・緑地公園
おばさんとわたしは緑地公園に入った。ランニングコースやウォーキングコースから外れ、草木をかき分けて進む。
わたし「結構歩いてると思うんですけど、どこに向かってるんですか? 」
おばさん「ドッペルゲンガーの話を聞きたいのなら、黙ってついてきな」
わたしはため息をついて、おばさんについて行く。森を抜けると、小さな小屋が現れた。
おばさん「着いたよ」
わたし「なんですかこのぼろっちい小屋は? 」
おばさん「ぼろっちい小屋で悪かったね。あたしのマイホームだよ。それも手作り」
わたし「あは、あははは(苦笑い)……すいません」
おばさん「(ドアを開く)さぁさ、お入り」
わたし「は、はい……。お邪魔します」
小屋の中には木製のテーブルと椅子。床には新聞がビリビリに破かれてばらまかれている。そして、奥には小屋に似合わない高級そうなソファー。
おばさん「(椅子に指をさし)そこにでも座ってて」
わたしは指定された椅子に座った。おばさんは机の上に置いてあった大きなペットボトルに入った水をコップに注いだ。
あたし「はい、どうぞ」
コップをわたしに渡す。
わたし「どうも」
わたしはコップを受け取った。おばさんも椅子に座った。
おばさん「自己紹介がまだだったね。あたしは絹旗千代(きぬはたちよ)。二年ほど前まで各地をまわって、ドッペルゲンガーの被害に遭った人の救済をしていた。足を悪くしちまって、今はこのボロ屋で暮らしてる」
わたし「各地をまわってたって、私以外にも被害に遭った人がたくさんいるんですね……」
おばさん「ああ、それも日本だけに限った話じゃない。表には出ていないが、外国でも多くの人が被害に遭ってる」
わたし「外国にまでも……」
おばさん「あんたの名前は? 」
わたし「あ、すいません。えっと、わたしは……わたしは……え、名前が出てこない。何で!? わたしの名前は……」
おばさん「もういいよ。移行の進度を確認するための質問さ」
わたし「え? 」
おばさん「あんたの名前は既にドッペルに移行されたんだよ。だから、あんたの中にあんたという概念の中にあんたの名前はない」
わたし「そんなわけないですよ! わたし、さっきまで自分の名前を名乗ってたし、友達だってわたしの名前をちゃんと呼んで……」
おばさん「もう、いいって言ってるだろ! あたしはこれまであんたみたいな人間、何人も見てきた。くだらない嘘をついても無駄だ。他にもなにか異変があるんじゃないか? 」
わたし、思い出す。ここから回想
わたしの母「あなた、いったい誰? 」
楓「どちら様でしょうか? 」
わたしの回想終わり。
わたし「……」
おばさん「(ため息をついて)まずは、あんたがあたしと会うまでどんな目にあったのかを教えてくれ」
わたし「はい」
しばらく経過。
おばさん「なるほど、話はわかった」
わたし「教えてください! わたしはどうすれば助かるんですか? 」
おばさん「ドッペルゲンガーはあんたを襲ってから1週間かけて、完全に『あんた』になる。そして、あんたは消滅する。逆に言うとこの1週間はあいつは不完全体だし、あんたは消滅しない。だから、その間にあんたは奪われた『あんた』を取り戻せばいいのさ」
わたし「でも、どうやって……? 」
おばさん「あいつと同じことをすればいいのさ。まぁ、同じことと言ってもあいつみたいに『人の概念』だけを少しづつ奪うことはあんたには出来ないけどね。でも、ドッペルゲンガーが居なくなれば『あんたの概念』はあんたに戻ってくる。あんたが助かるための唯一の方法、それはドッペルゲンガーの死だ」
わたし「……」
おばさん「ただ、この方法には問題が二つある。一つ目はドッペルゲンガーの死はあんたによって起こされなければならない」
わたし「それって、わたしがドッペルゲンガーを殺さなきゃいけないってことですよね? そんな……人殺しなんて出来るわけないじゃないですか! 」
おばさん、わたしの胸倉をつかんで壁に押しつけた。
おばさん「人殺し? あんたはあいつ等のことをヒトだとでも思ってるのか? 」
わたし「え? 」
おばさん「平凡な日々を過ごしていた人たちから、無理やり何もかも奪っていくあいつらのことを。あんたが今、感じてるどうしようもない理不尽な孤独を生み出すあいつらを、あんたはヒトだと思ってるのか! 今までどれくらいの人間があいつらのせいで死んだかあんたにわかるのか! 」
おばさん、少し黙る。そして、手を放した。わたし、うつむいて壁にもたれかかっている。
おばさん「過去にドッペルゲンガーが自殺したケースってのがあった。オリジナルはどうなったと思う? 」
わたし「そんなのわかりませんよ……」
おばさん「いいや、そうはいかなかった。消滅したよ。綺麗さっぱりとな」
わたし「!? 」
おばさん「見てられなかったよ。自分が消滅するのか。しないのか。刻一刻と迫るその時を怯えながらながら待つ依頼主の姿ってのはな。ドッペルが事故で死んだってケースもあったが、結果は同じだった。あんたはどうする? 残りの日数、ただじっと消滅を待つのか。それともドッペルを殺して、『自分』を取り戻すのか」
わたし、少し黙って
わたし「わたしは……わたしは……」
完全消滅まで5日と三時間
わたしとあたし サゐコ氏 @hiroako7b
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