エピローグ ~恋をおしえて~
その日が土曜日だったこともあって、空港にはかつて一緒に働いた修旅委員たちやクラスメートが駆けつけて、予想以上に盛大な見送りが行なわれた。
栞などはほとんど泣き喚く勢いでファンクラブの解散を宣言し、それでも私だけは一生拓也様を思いつづけますという壮大なスピーチを披露して拍手を浴びていた。
次いで進み出た忍は、手を差し出しながら言った。
「元気でな、拓也。お前には色々迷惑かけたけど……これからは、あの子を絶対泣かすなよな」
「それをあなたに言われるとは思いませんでした。ご心配なく。忍もせいぜい頑張って下さい」
「あー……どうも!」
笑いながら、二人は握手の代わりに鮮やかな音を立てて右手を交わした。
みんなとの別れを終えて検査場に向かうエスカレーターに乗った拓也の後ろ姿を名残惜しそうに見送りながら、栞はふと訝しげに呟いた。
「そういえば関口さん。あなたの片割れはどうしたの。いないじゃない」
「あ、うん。佳乃ちゃんはね、用事があって来られないんだって」
「まあ、なんて自分勝手な人。あれだけ拓也様の世話になっておきながら、最後の挨拶もしないってどういうことかしら! あの二人、結構仲良さそうに見えたのだけど……やっぱり私の気のせいね!」
ぷりぷり怒りながら帰っていく栞を見やり、夕子や忍と顔を見合わせて、花乃は笑った。
「おそい」
エスカレーターの下で腕組みをして待っていた佳乃は、拓也が降りてくるや唇を尖らせた。
「みんなが下で待ってろって言うから待ってたのに、いつまで待たせりゃ気が済むのよ!」
「すみませんってば。あんまり怒るとハゲますよ関口さん」
「なんだとー!?」
ゲートに向かって並んで歩き始めた二人は、その距離が近づくにつれ、改めて別れを意識したせいかいつもよりも言葉が少なくなる。仕方なく、佳乃は密かにずっと気にしていたことを、口から押し出した。
「ねえ、なんで花乃は『花乃さん』で、あたしは『関口さん』なのよ」
拓也は思いもかけないことを問われたからか、目を丸くして佳乃を振り返った。
「え? ……だって、名前で呼ぶなって言ったじゃないですか」
「そんなこと言ってない、フルネームで呼ぶなとは言ったけど――それに、その敬語。そろそろ治してもいいんじゃないの? 自由になりに行くんでしょう?」
拓也は驚いてしばらく黙っていたが、やがて頷いた。「そうですね、治せれば……」
「治せるわよ。あたしが標準現代語をおしえてあげる! だから電話しなさいよね」
「関口さんの言葉は標準語よりも大分品質がよろしくないような」
相変わらず口の減らない拓也を思い切り睨みつけると、彼は両手を上げて笑った。
「はいはい、電話します。そうですね、少しずつ治せるように……いいえ、次に会うときには、きっと驚くほど変わっているかもしれませんね。あなたが僕を変えるんです」
佳乃はぎょっとして真っ赤になり、俯いた。こういう歯の浮くようなことをさらりと言ってのける辺りもぜひとも変えてほしいものだと思っていると、それを面白がってか、拓也は佳乃の耳元に唇を寄せて囁いた。
「じゃあ僕があなたにおしえるのは、恋でいいですか?」
「――ばか……!」
これ以上おしえられることなんか、ないって思いたい。
でも、それをおしえてくれる相手は、やっぱりあなたがいいって思うのは、本当のこと。
だから、おしえて、どうか。
この気持ちが咲かせる花を、二人で見たいから。
「いってらっしゃい。お守り、なくさないでよね」
「いってきます――佳乃さん」
これからもずっと、恋を、おしえて。
(完)
恋をおしえて 深見鈴鹿 @yuraya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます