ナイト&プリンセス

「う……ん……朝……?」


 惑星ショールーンにある一都市、ダンジョン・ヒルズ。

 その領主でもあるカルダ侯爵の息女、メリディンは清々しい気分の中で朝の目覚めを迎えた。


 夢の中で彼女は、幾重もの光り輝く扉を潜り、そして心の中に描いていた力強い存在との遭遇を果たしていた。

 それは恋とは違う……もっと強く暖かく、そして包み込んでくれるような存在との出会い、そして……


 メリディンはふと手を頭に当てる。


『どんな人だったのかな……』


 そんなことを思いつつ、微かに目を開ける。


『……あれ……?』


 彼女は不審に思う。そこには見慣れないものがあった。

 やたらと毛深く、そして関節がごつごつとした大きく不格好な手の甲。


『え……?』


 彼女はもう一度目を凝らしてそのものを見る。

 確かにそれは手だ。しかも自分の。


『!?』


 メリディンは驚愕と共に体を触りはじめる。

 やたらとごつく凹凸のある顔、そして短く刈りこんだ髪とやや気障っぽさがある短い顎鬚。

 鍛えられた逞しい胸板はぶ厚く、そして胸毛がみっしりと生えている。

 両腕は肩から先端まで太く筋肉が隆起し、そこにも毛がかなり濃く生えていた。

 やがてメリディンは恐怖に駆られ、股間に手をやる。


『……な……何……これ……?』


 彼女は声を上げることもできずにそのものを触る。

 そのなんとも言えない感覚に恐怖を覚え、メリディンは恐る恐る股間を覗いてみた。


『!?』


 そこにそれはあった。それは彼女が想像していたものよりも恐ろしくグロテスクで、そして大きかった。


「い……い……」


 メリディンの顔が恐怖にひきつる。そして……


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 室内にメリディンの絶叫が響く。と同時に扉が開かれ、


「姫ぇぇぇぇぇぇ! 一大事ですぞぉおぉぉぉ!」


 寝間着姿の美しい少女が、血相を変えて戸口に現れた。


「……ということはゼイレス、私たちは心が入れ替わっているということなの?」


 2mにも及ぶ屈強な体格、短く刈りこんだ黒い髪と顎鬚、そして健康的な褐色の肌にいかつい顔をした簡素な寝間着姿の中年男と、繊細な刺繍が施された寝間着を着た、ストレートロングの鮮やかな金髪にややたれ気味なスカイブルーの瞳、、繊細で美しい白い肌の容貌をもつ十代後半の美少女が、質素な内装の室内にある大きなベッドに腰かけ話しあっていた。

 今言葉を発したのは中年男の方だ。低く太い男性的な声だが、口調はどうにも乙女チックだった。


「そのようですな。ワシにはどういった理由でかはさっぱりなんですが」


 鈴の音が鳴るような繊細で美しい声の美少女が、やたらと落ち着いた口調で応える。だがその姿勢は大股を開き、両手を腿において、まるでおっさんそのものだ。


「あ……あの、ゼイレス……そのような格好は……」


 中年男が恥ずかしげに声を漏らす。やや頬が紅くなっているのが意地らしいというよりも気持ち悪い。


「おぉ、これは失敬失敬!」


 美少女が苦笑いと共に姿勢を正す。だがその態度には悪びれた様子もなく、むしろ漢らしさまで感じされる潔さが感じられた。


「しかしメリディン姫、事態は深刻ですぞ。原因がわからなければ解決方法がわかりません」


 美少女が深刻そうに言葉を発するが、この言葉から察するに、メリディンが中年男ゼイレスの中に入り、ゼイレスがメリディンの中に入っているのだろう。


「ええ、そうですね……どうにかしないと……」


 メリディン=ゼイレスが不安げな表情で顎に手を当てる。その少し眉根を寄せた悩める表情は可愛くも見えなくもないが、深く考えると気持ち悪いのでたぶん気のせいにしておこう。


「とりあえずこのことを公にするのはまずい。姫はワシの役割を演じ、ワシは姫の役割を演じましょう。なに、ワシにだってその手の知り合いはおるので、ご安心を」


ゼイレス=メリディンが、屈強なゼイレスの肩に手をやってにこやかな笑顔を浮かべ明るく励ます。


「はい……」


 2mの屈強な男が、その言葉に目を細めて頷いた。


 それからがやや大変だった。


 メリディンとゼイレスは、姫とそれを警護する近衛騎士という立場で、二人の部屋もすぐそばにあり、常に警護ができるような体制となっていたために、二人の異変に気づいたものはあの時点ではいなかったとはいえ、あれから朝食をとる中、やたらと豪快に食事をとるメリディンの姿に父であるカルダ侯は眉をひそめ、母である侯爵夫人は娘の不躾をたしなめ、兄であるケルナーは、まるでゼイレスみたいだな、と笑いながら小馬鹿にした。

 その言葉にメリディンは苦笑いを浮かべながら姿勢を正し、そしてその後で待機していたゼイレスの顔には、怒りと恥ずかしさと、そしてどうしようもない悲しみのために、どうにも言えない表情が、それこそコマ送りにした映像のように刻一刻と変わりながら浮かんでいた。


 そして悪夢の朝食から解放された二人は、また自室に戻ると、そこでメリディンは不満をぶちまけた!


「なんですの! あれは! もう、あれでは私がただの野蛮な女にしか見えないじゃないですか!」


 2mの屈強な男が涙声で訴える。その声に美少女が申し訳なさそうに、


「いや、あれは、その……」


 言葉にならない弁解。だがそれでもメリディンの怒りは鎮まらなかった。


「もう! ゼイレスがあんな礼儀作法を知らない人だとは思いませんでした! 私、昔はゼイレスの騎士ぶりを見てかっこいいと思っていたのに、幻滅です!」


 屈強な男が顔を両手で覆ってすすり泣きながら声を上げる。

 美少女はバツが悪い表情を浮かべ、


「はぁ……」


 そう一言漏らすと、考え事をするように腕を組んだ。


「今日はせっかくのお休みの日なのに、このような事態では遊びにもいけません。私、この日を楽しみにしていたのに……」


 男が流れる涙を指でぬぐう。その様は意地らしくも愛らしく見える。

 すると今まで考えこんでいた美少女が手をポンと叩き、


「姫! ワシにいい考えがありますぞ!」


 やたらと明るい表情で声を発した美少女のその言葉に、屈強な男はキョトンとした表情で話を聞きはじめた。


 それから二人は城外へと外出することにした。

 今日はメリディンの公務が休みであること、そしてダンジョン・ヒルズきっての騎士であり最強の戦士としても名を馳せるゼイレスが警護に当たること、それに今朝のメリディンの様子の変化をおもんばかったカルダ侯が、少しストレスが溜まっているのかもしれんな、ということで、城下町で羽を伸ばすことを許可したからだ。

 二人としてもあまり顔を知られていない城下町に足を延ばす方が負担にもならず、そしてゼイレスの話では城下町の商業区に、そういったことに詳しいものが集う店があるというので、メリディンとしても事態を収拾するためにそうすることを選んだのだ。

 ダンジョン・ヒルズは大規模な港を擁する港湾区と、すぐそれに隣接する商業区や一般居住区、そして大路を隔てた丘側に立ち並ぶ、ダンジョン・ヒルズを統治するダンジョンマスター城をはじめとした公官庁や貴族や豪商の住まいがある高級居住区、さらに城外にはこの街を訪れる冒険者やいかがわしい商人やならず者が住まいする外民区という魔窟のような居住区に分けられており、今二人が歩いているのは商業区だ。


 褐色の壁が立ち並ぶその街区を歩くと、様々な人々の声が聞こえてくる。

 土のむき出したところもあるが、舗装されている場所は石畳が敷かれ、決して歩きにくいものではない。

 空は晴れ、快晴の青空が広がっており、やがて二人は商業区の中ほどまでやってきた。


「ここですか?」


 メリディンとゼイレスは一軒の店の前で足を止めた。

 そこからは香ばしい香りと、そして煙突からは白い煙が立ち上っている。

 壁にぶら下がっている看板に目をやると“ガーウィッシュ・パイ”という店名が見てとれた。


「ええ、ここでその手の情報を持った輩と接触できます」


 ゼイレスがにこやかに笑いながら、ガラスがはまった緑色の扉に手をかける。

 そしてその扉を押し開き中に入った。


「いらっしゃいませ」


 店の中は静かな時間が流れていた。壁側に備えつけられた棚には焼きたてのパイが並び、店の中央にあるテーブルにも様々な食材が並ぶ。

 そして店の奥のカウンターには、年の頃なら二十歳前後だろうか。セミロングの黒い髪に緑色のブラウス、少し大人しそうな表情の、でも可愛いかな、と思える少女が、穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。


「おおエリナちゃん、いたか!」


 ゼイレスが嬉しそうに声を上げる。

 するとエリナと呼ばれた少女は少し不審げな表情を浮かべ、そして何もいわずに少し笑顔を作る。


「ん? ワシだよワシ。ゼイレス? 忘れた?」


 ゼイレスはエリナに笑顔を浮かべながら話しかけるが、エリナは相変わらず笑顔を浮かべながら、少し首を傾げる。その眉根は少し困ったように寄せられていた。


「ゼイレス! あ、ごめんなさいね、お嬢さん」


 メリディンがゼイレスに遅れて店内に入ってくる。

 するとその姿を見たエリナはホッとしたように、


「ゼイレスさん!」


 その声にゼイレスとメリディンは互いに顔を見合わせ、そしてエリナはそんな二人の顔を交互に見て、


「え!?」


 そう素っ頓狂な声を上げた。


「ということは、二人の心が入れ替わっている、と?」


 エリナが少し困惑したような表情で二人に尋ねた。


「おお、そういうことらしいな」


 ゼイレスがメリディンの姿でそう応える。その様子に少し困ったようにエリナが笑顔を浮かべた。


「私としても、どういったことが原因かわからず……」


 ゼイレスの姿のメリディンが続く。

 彼らは店の一隅にあるお食事コーナーに陣取り、この事態についてエリナに説明していた。

 太陽光が窓から差し込み、グラスに入ったマテ茶が褐色の輝きをテーブルに落とす中、淡々とその説明はなされていき、


「だから、知り合いの冒険者にこのことを知っているものはいないかとな」


 ゼイレスが言葉を発するが、エリナは困ったように、


「今リリットは遠征しているし、ローレンさんは向こうの山にガーグリュー討伐戦に行っているので、今日明日ではどうも……」


 そう言いにくそうに言うと言葉を飲む。


「それは困ったな……」


 ゼイレスが腕組みしながら考えこんだ。

 その様子を見てメリディンが不安げな表情を浮かべるが、それを見たエリナがゼイレスに、


「あの……つい最近変わった事ってありませんでしたか? 何かが身の回りで起こったとか、何か変なものを拾ったとか?」


 そう尋ねるとゼイレスは顎に手をやり、


「変った事ねぇ……変わった事……」


 そう思いを巡らせていたが、メリディンがハッとしたように声を発した。


「そういえば……あります!」

「そのことを話してください」


 エリナが続きを促した。


「私、少し珍しいものをコレクションする趣味があるんです。それでつい昨日もゼイレスが市中で珍しいものを手に入れたからって、私にくれて……」

「それで?」

「あれは……なんでも名前を書けばいいらしく、ゼイレスの名前が書かれていて、私も名前を書いてみて……」

「おお、あれですか! あの名前を書く綺麗な置物」


 メリディンの言葉にゼイレスが声を上げる。


「あれはたしか外民区の古物店から買ったものでしてな。確か……リーボック古書店ですか。あそこは珍しい太古文明の品とかも入るので、けっこう利用しているんですよ」

「リーボック古書店……」


 エリナが少し考え込むと、


「そこに行きましょう!」


 そう決然と声を上げた。


「え! でもお店はいいのですか?」


 メリディンは少し困ったように声を漏らすが、


「いえ、ゼイレスさんとメリディン様がお困りなら、ダンジョン・ヒルズの市民としては手を貸さないではいられません。お店番のことは少しの間なら伯父に任せても大丈夫だと思いますし」


 そういうとエリナは席を立ち、カウンター奥に声をかける。

 そしてしばらくし、にこやかな表情で戻ると、


「許可はもらいました。行きましょう!」


 そして一行は外民区へ向け出発した。


 ダンジョン・ヒルズ外民区。

 そこは様々な品物が流れ、売買されている魔窟ともいえる場所だった。

 市内で販売されているものはいうに及ばず、外惑星からの輸入品や遺跡から発掘された様々な遺物の数々、更に市内では禁止されている品物まで、ありとあらゆるものが売買される場所としても知られていた。

 そのため内部の治安は決してよくなく、違法な物品を売買するならず者やアウトローが跋扈し、ダンジョン・ヒルズ当局としても警備の強化に努めていたが、いたちごっこになるのがオチなので、あまり派手な手入れをすることも少なくなっていった。

 街の構造は区画ごとに分かれており、日々拡大を続ける外民区は、中央部分の第一区をはじめ、外に行くほどその番号は増えていき、現在は第九区画にまで及んでいた。

 そのため、第一区画から第三区画は外からの光も入りにくい暗鬱とした猥雑さを醸しだしていて、その犯罪率は他の区画よりも高くなっていた。

 そんな中、リーボック古書店は第二区画にあった。


「ここでいいはずだ」


 ゼイレスが店の前で声を上げる。

 その小さなランプの灯りと、扉の上に掲げられた“リーボック古書店”という、古びた看板がなければ、一種のあばら家で通ってしまいそうな建物、それがリーボック古書店だ。

 幾つもの階段を上がってきたにもかかわらず、さらにその周辺を高い建物で囲われた周囲は暗く、また地面が木張りの道というのも不安を抱きやすいシチュエーションだ。


「こんな所に……本当に答えがあるのですか……?」


 メリディンが不安げに尋ねる。

 それもそうだ。

 ここに来るまでの間、特にエリナとメリディンの姿をしたゼイレスには好奇の視線が投げかけられ、下卑た言葉を投げつけられもしたのだ。

 エリナはリリットやローレンとの付き合いから、少し慣れはしていたが、箱入り娘を地でいくメリディンにとっては不安で堪らなく、さらにこのリーボック古書店の外観が、その不信感をかきたてた。


「ええ、中に入ればわかると思います」


 ゼイレスはそういうと、木製の簡素なドアを押し開けた。


「へ~!」


 店内に入ったメリディンは感嘆の声を上げる。そこに広がっていたのは外観とは異なる、まるで近代的な店内の様子が広がっていた。

 内壁は全て白い一枚板の壁でできており、しかも外宇宙から流入したものか、所々に様々に発色するラインが走り、そして壁際には二段の棚がしつらえられ、そこには様々な見慣れぬ品が並んでいる。

 また幾つものテーブルが置かれ、その上にも見慣れない品が並んでおり、店奥のカウンターには近代機器である様々な電子機器も置かれていた。。

 その内装すべてが白基調でできており、いやが上にでも未来的な、このダンジョン・ヒルズにそぐわない鮮烈さがうかがえた。


「ん? お客かね?」


 カウンター奥にいる初老の小男が声をかける。


「おお、リーボック殿!」


 ゼイレスが小男に声をかけた。するとリーボックと呼ばれた小男は眉をしかめ、そしてゼイレスとなっているメリディンの姿を認めると、


「ああ、あんたか。どうだ、入れ替わった気分は?」


 そう興味深げに言葉を返した。


「え!?」


 メリディンは声を上げる。じゃあ、ゼイレスはこの事を知っていたの?


「入れ替わるって……何のことだ?」


 ゼイレスが首を傾げてリーボックに尋ねる。するとリーボックは笑い声を漏らし、


「やっぱりちゃんと聞いておらんかったか。あんたがそれ、あの人格交換機を手に取った時説明したじゃろ。ここのところに自分の名前と交換したい奴の名前を書きこめば、人格が入れ替わる、と」

「は……?」


 リーボックの言葉にゼイレスが目を白黒させる。


「あんた、本当に人の話を聞かんなぁ。わしゃぁ、あんたがすごく興味深げに見てるから横で説明したじゃろ。なのにあんた、ただ値段ばかり聞いてくる」


 リーボックが呆れ顔で言葉を続けるとゼイレスが、


「あ……ああ、何か横でリーボック殿がいっていたのは知っていたが……あれの説明だったのか……」


 ゼイレスが少し頼りなげにそういうとリーボックは嘆息し、


「あんたはいつもそうだな……少しでも珍しそうなものを見つけると、わしの説明なんか満足に聞かんと買っていきよる」


 リーボックの言葉に、メリディンの視線が少し険しくなり、ゼイレスの態度が少し弱弱しくなる。


「まったく、誰かにプレゼントしよるのか知らんが、中身をちゃんと知ってから買っていけ、といつもいっとるじゃろ。え~と、その娘っ子か、お相手は?」


 リーボックの視線が少しにやけたものになる。だがゼイレスは少し慌てたように、


「いや、そういう意味ではないぞ! 色恋とかではなく、もっとこう……暖かいというか……ただ姫の喜んでくれる姿を見ると、ワシは嬉しくてのぉ。だから……」


 そこまでいったが、メリディンが横から、


「で、どうすればこの状態を元に戻せるのです?」


 そう、少し不機嫌そうな声でリーボックに尋ねた。


「ああ、これの解除か? 簡単なことじゃ、書いた名前を消せばいい。それで入れ替わりは解除される」


 その言葉にゼイレスもメリディンも安堵の溜息を漏らす。しかしエリナは、


「でもこれって、誰の名前でもいいんですか?」


 そう興味深げに尋ねた。だがリーボックは、


「いや、どうにも本人が直接書かんといかんらしい。前にも文献で調べて、実際自分でも試してみたが、別人が名前を書きこんだところで人格交換は起こらず、直接本人同士が書きこまないとダメなんじゃ。こんなもの、太古文明人であるバヤータの民が、どういう目的で開発し使っていたのかは想像でしか話せないが、たとえばお前さんもあるじゃろ、今日の仕事が嫌だから誰かに行ってもらいたいなぁ、とか、試験の日に頭のいい奴と入れ替わりたい、とか、あいつと入れ替われたら、と。そんな思いが具現化した道具じゃな。まるで魔法みたいなものじゃが」


 そうリーボックは得々と話した。

 一行はそれを興味深げに聞き、そして店を後にした。


 外民区の出口へと歩いている中、エリナは二人に声をかけた。


「でもよかったですね、原因も解決方法もわかって」


 穏やかな笑みを浮かべるエリナに、メリディンも安堵の微笑みを浮かべ、


「ええ。でも……」


 そこで言葉を切ると、ゼイレスにやや厳しい視線を投げかけ、


「元々はゼイレスがちゃんと説明を聞かないのが悪いのです!」


 そして少しむくれたような態度をとる。正直2mの屈強な男がそのような態度をとると恐怖しか感じない。


「あ、あれは……その……」


 ゼイレスが困ったような笑みを浮かべる。


「私を喜ばせたいのはわかります。でも……今度からはちゃんと説明も聞いて、そのことを私にも説明してからくださいね」


 メリディンはそう少し悪戯っぽい表情で言葉を紡ぐ。

 するとゼイレスは嬉しそうに、


「は、はい! 以後気をつけます!」

「よろしい!」


 メリディンが得意げにそういうと、一行の中に和やかな空気が流れた。

 これで事件は解決したのだ。


 だが……


「おい? あれ、エリナじゃねぇか?」


 周囲の物陰にたむろしていた一団が一行が通り過ぎるのを見て、ならず者の一人が声を上げる。


「ああ、そうだな。なんか着飾った女と馬鹿でかいのが一緒だけど」


 もう一人も声を上げる。


「でもどうせあんなのは見かけ倒しだろ? リリットもローレンもいない今なら……やれる!」

「ああ! そうだな! 俺も前からあいつを狙ってたんだよ!」

「じゃあいくか!」

「おう!」


 そして……


「よう! いいところで会ったな!」


 ならず者たちが一行を取り囲む。


「あ、あなたたち、また……」


 エリナが恐々と声を返す。その表情はひきつっている。


「今日はリリットもローレンもいねぇんだなぁ? ん~!」


 ならず者がにやけながら下卑た声をあげる。


「可哀そうになぁ……お友達にも見捨てられたかなぁ……でもよ!」


 そういいながら、小馬鹿にした態度でエリナに近づいてきて、


「俺たちがお前の相手をしてやるよ」


 そういってエリナに手をかけようとした瞬間!


「!?」


 ならず者は唐突にその手を掴まれる。小さな手だが、とてつもなく強い力。


「この子に手をだすな」


 エリナよりも高級の赤い服をまとった十代後半の金髪の美少女がその腕を掴んでいた。鈴の音のような声なのに、威圧感さえ感じられる。


「な、何だお前!?」


 ならず者が驚愕の声をあげる。すると別のものが、


「お、おい! こいつ貴族の娘じゃねぇか? 前にイベントで見たことがある!」


 すると周囲のならず者が一斉にメリディンになっているゼイレスに視線を向け、


「ああ、俺知ってるぞ! 領主の箱入り娘だ!」

「あのコレクターオタクな! あまり外に出ず引きこもってる!」

「そんなのが俺たちに楯突くってよ!」


 そう口々にいい、そして笑い飛ばす!


 しかし……


 次の瞬間、腕を掴まれていたならず者は、向こうの壁まで弾き飛ばされ意識を失って倒れた。

 周囲のならず者に恐怖と緊張が走る。

 そして皆弾き飛ばしたものの姿を見た!

 まだ年若い十代後半の美少女。金髪のロングストレートにスカイブルーの瞳の繊細な容貌な娘。


 だが……


「いいたいことは……それだけか……」


 その瞳には烈火のごとき怒りの炎が宿り、そしてその小さな体からは、到底信じられないほどの闘気が発せられていた。

 顔はいたって冷静であり、むしろ無表情にも見えた。

 だがそれだからこそ、ならず者たちは恐怖を感じた。

 それは……怒りに任せたものの表情ではない……

 むしろ冷静に敵を屠るもの……狩人の顔……


「お、怖気づくんじゃねぇ! 所詮何もできない引きこもり女だ! 数で攻めれば必ず勝てる!」


 ならず者の一人が声をあげる!


「そうなるかどうか……やってみろ……」


 美少女が静かに構える。


「やっちまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ならず者たちの怒声が周囲に鳴り響いた!


 それからが見ものだった。

 ならず者たちは美少女を取り囲むも美少女は俊敏な動作でことごとくそれらをかわし、反撃を繰り出す!

 その一撃は固く重く、一撃でならず者を粉砕した。

 しかしならず者たちもただやられているばかりではない!

 美少女が身にまとう長いスカートに飛びつき、その動きを封じようとした!

 しかし美少女は咄嗟の機転でスカートの裾を破り捨て、ならず者たちを振りほどく! 露わになる白い太腿!

 さらにそこから振りほどいたならず者たちに蹴りを繰り出し、ことごとくを粉砕する!

 ならず者たちはその様に恐怖する!

 これは……戦い慣れているものの姿だ、と!

 だがそう思っている瞬間も、美少女はさらなる攻撃を繰り出し、ならず者たちを、一人、また一人と粉砕していく!

 ならず者たちは一斉に悲鳴を上げる!

 誰か、助けてくれ、と!

 その声に呼ばれ、さらなる増援が現れた!

 周囲を十重、二十重のならず者たちが美少女を取り囲んだ!

 しかし……

 美少女は一切そのことを気にせず、冷静にならず者たちを粉砕する。

 その表情は涼しげで、実際美少女は汗一つかいた様子がない。

 だがならず者たちは、やっと美少女を捉えた!

 両腕の服の袖をつかみ、数人がかりでその動きを封じようとする!

 だが美少女は不敵な笑みを浮かべ、両袖を無理やり引きちぎり自由を取り戻す! と同時に両腕を振り回し、構想しようとしていたならず者たちを粉砕した!

 その様子を見ていた美少女の連れの2mの屈強な男の顔が、見る見るうちに崩れてくる。

 その顔に浮かんでいる表情をなんといえばいいのか……

 怒り、羞恥、歓喜……

 どれともつかない表情とともに声を漏らした……


「や……」


 だがその声は美少女には届かない。

 ただ現れては粉砕されていくならず者たちに対処するよう、まるで戦闘機械のような動きで戦い続ける。


「や……」


 屈強な男が顔を赤らめて再び声を漏らす。

 やがてならず者たちの数は減っていく。

 しかしその代わり、地に伏したならず者たちの数は、加速度的に増えていった。

 美少女はただ、ならず者たちを粉砕すべく戦っている。


「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 外民区のさほど広くない小路にその声は響いた。

 低く太い男性的な声だが、その声の持っているニュアンスは、どこか乙女を感じさせた。


 やがて……


 周囲のものたちが我に返ると、そこには無数のならず者たちが気絶し、あるいは痛みで呻いて倒れているその中央に、仁王立ちして壮絶な笑みを浮かべている太腿や両腕が剥き出しの美少女が高らかに笑い声を上げている姿だった。


「フフフフフフ……ハーハッハッハッハッハ!」


 そしてその傍らに、屈強な男が顔を両手で覆い、


「もうお嫁にいけない……」


 そう泣いていたのは、美少女の行く末を案じてか。


 それからというもの、メリディンは引きこもり生活を送ることとなった。


「もう……外なんか歩けない……」


 そう度々漏らし、そしてゼイレスに辛く当たった。


『ダンジョン・ヒルズにスーパーヒロイン現る!

 無数の悪漢を素手で叩き潰したその伝説的な人物こそ、我らが領主カルダ侯の御息女、メリディン・デルド・カルダ!

 当局が手をこまねいている外民区の悪党どもに正義の鉄槌を食らわせ、その多くを倒す偉業を成し遂げた!

 これぞまさに我らが待ち望んでいたスーパーヒロインの登場だ!

 凄いぞメリディン様! 当局何やってる!』


 カルダ侯も巷で流れている噂を耳にしており、まさかあのメリディンが、と、頭を捻ったり悩んだりと、様々な思いが去来したが、人の噂も七十五日と、事態を静観することにした。


 そして数週間が過ぎたころ……


「メリディンを嫁に……?」


 カルダ侯は不思議な申し出を幾つも受けることになっていた。周辺諸侯ばかりではなく、王家、果ては諸外国からも結婚の申し出があり、その対処に苦慮することとなってしまったのだ。

 このショールーンは決して安全な星とはいえず、だからこそ、より強い人物が求められる。そしてそれは貴族であっても同じなのだ!


 だがカルダ侯はこの事態に対して一件を案じた。


 よりいい条件での嫁入りをしてやろう! と。


 そしてその年より、ダンジョン・ヒルズあげての大武闘大会が開催されることとなった。

 戦いに勝ち残ったものが対戦するのはメリディンだ。

 メリディン自身もこの話には応じてくれた。もう噂も広まってしまったことだし、よりいい結婚ができるなら、と。彼女自身、ヒロイン扱いも悪い気はしなかったし。


 そして今日も無謀な挑戦者がまた一人倒される。

 そこにはゼイレスの静かな笑顔もあった。

 メリディンの机には、今もあの置物が佇んでいた……


                        ナイト&プリンセス(END)

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