Let's have fun!弐

 専門学校校内の展示を見て回ると、ヒカゲは飴細工へ興味を示した。星屑のように目を輝かせて綺麗に彩られた飴細工をガラス越しに見ている。

 その様子が面白かったので、那由多は食文化の歴史が展示されるコーナーへ連れて行ったが、一切興味を示さなかった。那由多が説明しても空返事しかしない。


「飴細工はしっかり見ていたくせに……!」

「あ、そろそろファッションショーの時間だ。那由多、行こう」

「人の話を聞け!!」


 ヒカゲが早足で進むので那由多がその後ろを続く。校内は地味に入り組んだ構造をしているから、道に迷えばいい、と思った那由多を裏切るようにヒカゲは迷うことなく体育館へ到着した。


「ちっ」

「何か舌打ちをされるようなことを僕はしたか?」

「舌打ちするようなことしか、基本てめぇーはしてねーよ」

「心外だ。僕は別に悪いことしていない」

「してるじゃねぇかよ!? どの口が言っているんだ!?」


 空いているパイプ椅子に座る。前方の方は埋まっていたので、真ん中付近だ。


「もっと早く来ればよかった」

「お前、背ちっせえもんな」

「那由多の膝の上に座ってもいいんだけど?」


 ヒカゲの機嫌が露骨に悪かったので、那由多は大人しくすることにした。後ろの席には同級生がいたので。

 照明が落ちて、暗幕が上がる。ファッションショーの開演だ。和装から洋装まで、統一感がなく派手にくるくると踊るように選りすぐりのモデルたちが歩く。

 隣のヒカゲを那由多がちらりと目を向けると、無邪気な子供のように目を輝かせていた。今日一番楽しそうにしている。本当に面食いだな、と思ったし、ヒカゲ好みじゃないイケメンが現れたときは興味なさそうに髪の毛を触って遊んでいたので、普通に失礼なやつだなとも思った。


「楽しかった!」


 ファッションショーが終わって、気持ち肌が艶やかになったヒカゲは満足そうに言った。


「お前、好みのやつとそうじゃないときの態度が違いすぎたぞ」

「何? 那由多は僕の顔ばっか見ていたわけ? 気色悪いな」


 反射的に殴ろうと拳を固めたところで、ギリギリ、那由多の理性が勝った。

 あまりにも人目が多い。就職が決まっている段階で、しかも学校内で問題を起こすわけにはいかなかった。

 避ける体勢をとっていたヒカゲが不思議そうに、小首を傾げた。


「あれ?」

「ヒカゲは知らないようだから教えてやるが、ここはオレの母校なんだ。そしてオレは内定が決まっている」

「知っているよ、馬鹿じゃないんだから。それにしても、高校ときは文化祭とか何がいいのだろうって思っていたけど、案外いいものなんだ」

「そりゃ、流石に出来る範囲が違うからな。でも高校の文化祭も楽しかったぞ」

「僕は楽しくなかったな」

「だろーな。ま、規模でいったら大学や専門が一番盛り上がるって思うな。受験の時、色んな文化祭を見て回って、すげーって思ったし。そうだ、衣装部の衣装試着体験会があるからしていくか?」

「なんで?」

「お前の服装が常に葬式だからだよ。赤いリボンを除いて」


 ヒカゲの私服も、トレードマークの赤いリボンを除けば、多少の濃淡こそ異なるものの黒で統一されている。おまけに手袋まで黒である。


「えー。別にいいよ、興味ない」

「お洒落興味ありそうな顔立ちなのに、そういうのに頓着しないよな。いや、別にセンスがないわけじゃねぇーんだよな」


 特に女装をしている時は、黒しか使っていないことを除けばコーディネートが決まっている。


「僕より那由多の方がお洒落に興味あるよね。でも僕からすると那由多のファッションは派手すぎるな。もう少し、落ち着いた色合いにした方がいい。それじゃあ、眼鏡は皆逃げていくよ」

「眼鏡は皆がり勉じゃねぇよ。偏見の塊か」

「そういえば、この間、眼鏡をかけている素敵な人がいたんだけど」


 ヒカゲが話題を変えて歩き始める。その隣を歩きながら、ヒカゲの面食いは今に始まったことじゃないので、そろそろ耳にタコが出来たらどうしようかと思った。

 お蔭で、今では那由多はヒカゲの好みの顔立ちをほぼ完ぺきに把握している。

 そのせいで、街を歩いていると「あ、こいつヒカゲが好きそうだな」といった目線で他人の顔を見てしまうので、悩みの種である。

 普通に那由多とて、美女を見かけたら綺麗だなーって感想を持ちたい。


「豊満で金髪ウェーブの美女と知り合いてぇ」


 那由多が欲望を漏らすと、ヒカゲは苦笑した。


「そういいながらも、那由多が好きになる子はきっとロリ系統だよ。年下の子」

「は? んなわけねぇだろ。馬鹿か。好みと正反対だよ」


 結局、衣装試着体験会には行かなかった。




 那由多の通う専門学校の文化祭が終わってから一週間後。

 那由多はヒカゲから、廃ビルへ呼び出された。人気のない場所に呼び出される時は決まって、ヒカゲが好みの人間を殺害した時だ。大きいキャリーバックを片手に転がしながら、那由多が目的地へ着くと、そこにはヒカゲと死体と、見知らぬ生きている美女がいた。


「はろー。那由多。彼女はイサナ、この間僕の助手として採用したんだ」


 薄暗い室内で、ヒカゲは両手を広げて微笑んだ。凄惨な場面はいつも通りなのに、見知らぬ人間がいるのは、何処か異質で顔を顰める。


「お前……。なんだ、同趣味の人間でも見つかったのか?」

「ううん。イサナは人殺しに興味ないって」


 残念だ、とヒカゲは肩を竦めるが、表情は楽しそうに笑っている。


「じゃあ、どうしてこの場面に」

「え、だって。さっさと教えたほうがいいでしょ」


 駄目だったら殺せばよかっただけだし――と言葉にせずともヒカゲの黒い瞳が伝えてきていた。

 まぁ、それもそうだな、と那由多は納得する。

 それにしても、と那由多は改めてイサナを眺める。明るい茶髪は肩で切りそろえられ、黒い瞳には理知的な色が宿っている。シックな服装に身を包み、女性らしい雰囲気を纏い、大人っぽい顔立ちがどこか甘く心を燻ってくる。スタイルがよく、小柄なヒカゲより身長がある――というよりも男子の平均身長よりも高い。

 ヒカゲ好みの美女が生きている姿は不思議だ。

 とはいえ、興味がないからと言って、血塗れで、顔面が切り刻まれた死体を前にしても、顔色一つ変えていないのは少々不気味ではある。


「初めまして。オレは那由多だ」

「初めまして、イサナです。宜しくお願いいたします」


 礼儀正しく立ち上がり、お辞儀をする姿は、マナー講師でもしていたのかと思うほどに隙がなかった。

 これが仮面で、ヒカゲと那由多がいなくなったら交番に駆け込まれたら困るな、と那由多は思った。内定が決まったばかりだ。


「えへへ。いいでしょ那由多」


 とりあえず腹が立ったのと、文化祭で殴れなかったうっ憤をはらすべく、殴りかかった。



 その数日後、那由多はヒカゲの事務所を訪れた。

 イサナは警察に通報をしなかったようで、来客として那由多を迎えて、コーヒーを入れてくれた。


「イサナだっけ。お前どうして警察にいかなかった。人殺しには興味ないんだろ? それともあれか、殺しはしないけど苦悶の顔に興奮するタイプか? サディストか?」

「いいえ。どちらにも興味がありません」

「じゃあ何故。お前がヒカゲを野放しにする理由はねぇだろ。ヒカゲに殺されるかもしれないなんて恐怖があったら、そもそもヒカゲが殺しているだろうしな」


 曲りなりにも探偵をやっているヒカゲは、人の機微を察するのがうまい。イサナに不穏要素があれば、彼女は既に那由多が料理していた。


「警察って通報したら、いくら貰えますか?」

「は?」

「善良な市民として警察に通報しても一銭の得にもなりませんよ。けれど、ヒカゲが私の知らない他人を殺しているのを見なかったことにすれば、普通の会社員として勤めるよりも給料がいいです。海外旅行にだって沢山いけますよ。ボーナスもありますし」

「……あー」

「それに、先に退職金も頂きました。ヒカゲが仮に逮捕されたら、突然無一文で放りだされるのは困りますっていったら、じゃあ先に退職金を払っておくよって。ヒカゲが人を殺していることに目を瞑れば、これ以上最適な職場なんてありませんね」

「……あーうん。お金は大事だな」


 那由多は反応に困った。

 探偵として駆け出しのころのヒカゲは、那由多から見てもヤバそうな案件にいくつか首を突っ込んだりはしたが、その結果もあってか今は色んな方面から――あまり真っ当ではない方向を含めて――依頼があり、ヒカゲの事務所は安定して利益が出ている。

 浪費癖も特にヒカゲにはないので、退職金前払いなどといったことも可能なのだろう。

 しかも美人だしと、明るい場所で見ても整った顔立ちをしているイサナを見る。


「イサナはパンケーキとか作るのも得意なんだって」


 本を読んでいたヒカゲが話に加わる。


「は? オレのパンケーキは食べないくせにか? イサナのを先に食べたのか?」

「いや、僕もまだ食べてないけど。洋菓子作るの、趣味なんだって」


 パンケーキが好きな甘党のヒカゲとしては、イサナへの好感度が高いのが伝わってくる。

 那由多が飲んでいる無糖のコーヒーをヒカゲは飲めない。


「へえ。なんだイサナも甘党なのか?」

「いえ、肉が好きです。甘いものは特に好きじゃないですね」

「洋菓子趣味なのに!?」


 那由多のツッコミにイサナは柔らかく笑った。


「ええ。食べてもらいたい方がいたから、練習したんです。私が食べたくて、作っていたわけではないのですよ。なので、私はステーキのほうが好きです」

「あーなるほど。確かに、食べてもらいたいやつがいたらそうなるな」

「そういうことですよ」


 まさか、食べたせたい相手がヒカゲで、イサナの目的がヒカゲを殺すことだったとは――那由多もヒカゲも、この時は思ってもみなかった。



 Let's have fun! END

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