Let's have fun!壱

 ◆ヒカゲと那由多二十歳頃の話。事務員と文化祭


 書類整理が面倒なので、事務員を雇うことにした。探偵仕事も軌道に乗っているので、雇う余裕が今ならある。


「というわけで、那由多。僕のところで雇われな。どうせ就職決まらないだろ」

『オレは今、文化祭の準備で忙しいんだ。お前の戯れに付き合っている暇はない』

「書類整理したくない。事務員を雇ったら、僕が面倒でやりたくない仕事をしてくれるからいいでしょ?」

『オレに、書類整理が向いていると思っているのか? あと勘違いしているようだから教えておくが、オレはもう内定が決まっている。ばーか』


 那由多の専門学生二年目。秋の出来事である。

 ヒカゲは思わず携帯を落としそうになった。那由多には生涯縁がないと思った言葉を耳にしたのは、夢か。とりあえず、携帯でラテアートをしなくて済んだカフェオレを飲む。


「嘘でしょ!? お前に就職できる先があるのか?」


 がんっと耳障りな音が聞こえてきた。

 那由多が恐らくロッカーを蹴った音だ。友人に見られて友人が減ればいい。


『てめぇとは違うんだよ! オレはちゃんと就職活動をして内定をもらったんだ!』

「嘘だ―。那由多が就職活動してた、なんて聞いてない!」

『ヒカゲに言うわけねぇだろ!?』

「可哀そうだ。那由多を雇うなんて見る目がない。生存競争から排除されたな」


 もう一度強い音がした。多分ロッカーはもう開かない。


『オレが何のための料理の専門学校に通っていたと……飲食店での勤務が決まった。オレが料理上手なのは知っているだろ?』

「知らない。食べたことないから」

『てめぇは喧嘩を売っているのか!? 表へ出ろ』

「売っている。僕の事務員どうしてくれる。あ、外に出たけど那由多いないんだけどどうしてくれる?」

『知るか』

「あーあ。求人サイトから応募くるのを待つしかないかー」


 ヒカゲの嘆息を聞いて、那由多が「え?」と呆けた声を上げた。


「何? なんだかんだいって僕の事務員やりたかった? 内定辞退してきなよ、雇ってあげるから」

『お前の頭はひまわり畑か? 求人サイトに載せたのか?』

「うん。金払ったら載せてくれた。探偵事務所の事務員募集中。土日祝は休み。臨時出勤あり、その場合休日手当や代休あり。年に二回ボーナス支給って書いたよ」

『……仕事探しは! みたいなところに?』

「そこ以外に載せる場所ないでしょ」

『馬鹿か!? 警察に駆け込まれたいのか!? 慎重は母親の胎内にでも忘れてきたのか!? 何考えてんだ!?』

「耳元でまくしたてるな煩い」


 ヒカゲは通話音量を下げた。少しはましになったが、那由他の罵声は続く。


『まじで信じられねぇ。あほか? 今、隣にいたら、見た目だけは整っているお前の顔、ぼこぼこにしてたからな、それくらい信じられねぇ暴挙だ。あほなのか? 探偵やる脳みそは何処へ落としてきた!?』

「大丈夫。美人しか雇わないから」

『…………』

「僕の所業を見て警察に駆け込むことを考えるやつなら、殺せばいいだけだ。面倒な書類仕事をしなくても済むし、僕の面倒を見てくれて、僕の趣味も満たしてくれる。一石三鳥だ。金を払うだけの意義があるよ」

『……そだ。今週の土曜日、オレの学校で文化祭があるんだけど来るか?』

「いくら何でも話しの切り替え方が強引すぎる」

『その話題をするだけで鎮痛剤が必要になったからだよ! で、土曜日は空いてんのか?』

「予定はないよ」

『高卒のてめぇに専門の文化祭を見せてやるよ』


 通話先からは相変わらずロッカーが蹴られている音がしていた。先ほどより音が弱弱しくなっているのはロッカーが見るも無残にへこんでいるからだろう。


「楽しみにしておくよ」

『ああ。念のため言っておくが、来るときは、スーツやめろよ』

「なんで?」

『チビにスーツが似合わないからだ。赤いリボンの小柄なスーツ男とか目立って仕方ない。年齢は変わんねーんだから学生に紛れろ』

「……いいけど、今僕のクローゼットには、スーツか女物しかない。女装していけばいい?」

『男物を買え。つーか、どうしたんだよ男物。性別忘れたのか?』

「遊んで汚れて捨てるを繰り返していたら無くなった」

『……最近そういや死体女ばっかだったな……服買ってこい。バリエーションを増やせ』

「奢ってくれる? 那由多の内定祝に」

『それを貰うのはオレだ!!』


 通話が切れた。相変わらず短気な男だ。

 応募来ていないかな、とパソコンを開くと新着メールが二件あった。事務の募集はまだ始めたばかりでこれは手ごたえがいいな、とヒカゲはほくほくする。

 美人と一緒に仕事が出来て、飽きたら殺せばいい――と未来を想像して胸が躍ったが、すぐに寂しい気持ちが到来した。

 新鮮な悲鳴を聞きたい。美人を探そうと思い立ち、寝巻から着替えようとクローゼットを開けたら、スーツと女物しかなかった。スーツに手を伸ばそうとして、那由多の罵声が蘇った。


「……服、買うか」


 予定変更。



 ◇

 土曜日。ちゃんと服を買ったヒカゲは、那由多の専門学校の文化祭へ訪れていた。

 正門の前で那由多と合流をする。赤いパーカーを羽織り、金色に染めた髪と、星型のピアスをしている柄の悪い姿は、内定を勝ち取った男とは思えない。きっとだから嘘だ。


「へえ。凄い。料理系の専門学校ってもっと敷地面積がしょぼいのかと思っていた」


 那由多に案内されて敷地内に入る。広々とした校舎は自然も多く、ゆったりとしている。かなりの一般客がいるにも関わらず、窮屈さを感じない。複数の建物が立っているが、間隔があいているため威圧感や圧迫感もない。謎の銅像がいくつか立っているのが面白い。顔がそれぞれ違う中年の人物だから歴代の校長だろうとヒカゲは判断する。


「まあここは比較的田舎よりだからな。敷地はあるってわけだ。都内にあるほうは、上にのびているしな。ガラス張りであっちはあっちで綺麗だ」


 ヒカゲは面白そうに顔を動かしてから、不思議そうに首を傾げる。


「食べ物ばっかかと思ったら、普通に演劇とか、展示とかもやっているんだ。意外」


 図書館棟の壁に貼られたポスターには、様々な催しもののアピールがされている。すごろく大会や朗読劇などもあった。料理には全く関係ない。


「そりゃ全部が飲食店だったら客取り合うだけの修羅だろ。喫茶店とか屋台をやっているのは基本的にクラス。それ以外のイベント系は、サークルが主体でやっているよ。すごろく大会の遊戯研究会は、チンチロとかも遊べるって話だ、あとは」


 那由多がポスターの中から、カラー印刷された衣装サークルを指差す。


「ここは毎年凄い。モデルのファッションーのように体育館で発表するんだ。華やかなドレスを着飾った、衣装サークルの人間がスカウトしたモデルたちが歩くんだ」

「へえ。スカウトしたモデルか。美人が多そう」

「学内の美人たちだからなそりゃ。だが、お前の目的を達成するのはやめろ。オレが卒業するまでは」

「他には何が面白い?」

「オレの一押しはこれだな。ゲスト講師を招いて、生徒が作った料理の批評をしてくれるんだ。去年やってもらったが、貴重な体験だったぜ」

「つまらなさそう」


 ヒカゲの興味はそそられなかった。そもそも、知りもしない相手の料理批評を聞いても、何が面白いのか理解できない。


「なら僕はファッションショーが見たい」


 開演時間を見ると二時間後だった。

 開演前に腹ごしらえをしよう、と那由多が言ってヒカゲを屋台まで連れていく。那由多は焼き鳥や饅頭などを購入して食べ歩く。


「ああ、そうだ。文芸部の部誌がお手軽にできる料理本を売っていて、百円だからいいぞ」

「困ってないからいらない」


 那由多は焼きそばを売っている屋台の前に立ち止まり、気さくに話しかけた。ヒカゲは一歩後ろで待つ。


「焼きそば一つくれ」

「はいよって、二つじゃなくていいのか? 美味しいぞ」


 屋台の売り子が、ヒカゲへ視線を向けてきた。他にオム焼きそばでも買っていれば別だが、ヒカゲの手には何もないのを不思議に思ったのだろう。

 那由多はいいのいいのと、手を軽く振る。


「美味しいのはオレが知ってる。こいつは潔癖症だから、屋台とこういった店のは食わねーんだ」

「あ―なるほど。それは勧めて悪いことをした。けど、衛生面は人一倍気を使っているよ」


 売り子の視線が、ヒカゲの黒い手袋へ向いた。ヒカゲは手を後ろへ隠す。意味もなく見られるのは不快だった。

 那由多はフードパックに入った焼きそばを受け取る。


「おい那由多。前にも言ったけど、僕は潔癖症じゃない。人と触れるときの体温が嫌いなだけだ」


 屋台通りから離れて、那由多が噴水前に腰を掛けて座り、焼きそばを食べ始めたタイミングでヒカゲは抗議をする。


「じゃ、オレの隣座れよ。立ってないで」

「え、嫌だけど。レジャーシートなんて持ってきていない」

「やっぱ潔癖症だろヒカゲは」

「外で座らないだけで人を潔癖扱いするな」

「けどお前、こういった文化祭の飯食えないだろ? それとも焼きそば食べたかったか?」


 ほら、といって那由多が割りばしとフードパックを前に出すと、ヒカゲは嫌そうに顔を歪めた。


「いらない。プロが作ったわけじゃないものを食べられない。気心が知れているなら別だけど、僕と彼らは初対面だ。例え、那由多と同じクラスの人間で、同じ出し物をしていたとしても」

「ってか、オレの料理を食べろよ。気心知れた友達だろ」

「お前の料理が怪しいから絶対食べない。那由多が死んでも食べない」

「明日、オレ文化祭で料理作る担当なんだ。明日もこいよ」

「人の話を聞いていないの? 食べないっていっているでしょ」

「あのな」


 呆れたように那由多は立ち上がり、食べきった焼きそばのフードパックの容器を近場にあるごみ箱へと捨てに行った。


「流石にヒカゲのいう変なものは入れていない。ごく普通にお店で売っているものしか使ってねーよ」

「なんで?」

「こんな公の場で、下手を打ちたくないからに決まってんだろ。万が一何かが起きたらどうする? 例えばオレ以外の料理で、食中毒が発生したとしたら、オレの料理まで念のために調べられるだろ。そんな危険は冒さない。折角、就職も決まっているしな」

「就職先としては、此処で那由多が問題を起こした方がいいと思うけどね」

「だから、ごくごく普通の美味しい料理だよ。お前と違って求人広告を出すほど向こう見ずじゃねーからな」

「僕だってちゃんとリスクは考えてあるさ。問題が起きたら殺してしまえばいい」

「パワープレイすぎるし、普通に職場先に警察来るだろそれ!」

「問題ない。表面上、痛い腹はない。正式に雇う前とかまでくれば、参考程度に話しを聞かれる程度だ。応募してきた人間に恨みがあって殺しましたなんて、割と非現実的だよ。そもそも、他の怨恨に目がくらむし、死体は見つからないから結局失踪で終わる。意味のないことだ」


 ヒカゲは笑って那由多を見る。那由多が料理をしてしまえば、生きている証拠も死んでいる証拠も全て腹の中へ消える。


「いっそ捕まっちまえ」

「捕まるなら司法取引出来るところがいいな」

「オレを売るな!! ……で、いい人は見つかったのか?」

「まだ。一人目は不細工だったから落とした。二人目以降は明後日だな」

「……まじで顔だけで選ぶのかよ……」

「うん。景観よくないとヤダ」

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