第4話 それぞれの未来へ

「もう駄目だ。人類は終わりだ……」

 ジョーがそうつぶやこうとしたその時、

「なに?」

 彼女の目蓋が少し開いた。ジョーがすかさず俺を跳ね飛ばし、彼女の肩を抱えた。

 やがて彼女の瞳が大きく開いた。その瞳からは先程の白光など比べ物にならないほどの、突き刺すような白光が何本も辺りを照らし出した。

 そしてその瞳は……あの頃の、俺の大好きだった唐鎌さんの瞳のままだった。

「なんてことだ、ひょっとしてこれは」

 みるみるうちに、先程消えていった白人達が、先ほど消えた映像を逆再生するように姿を現しだした。それだけではない、その光は壁をも貫通し、モニターに映っていた人々も同様に姿を現し出した。


「やったぞ、やった! 『HITOMI・LOVE・PEACE』が発動したぞ!」


 そう言うと、白人達も手を取り合って喜んだ。


 ゴゴゴゴゴゴ…………

 物々しい大きな音とともに、奥にあるジャンボジェット機が出ていけそうなスケールのドアがゆっくりと開いた。そこから現れた眩しい光に誘われて、迷わず俺はその先へ出る。


「うわ、すごい……」


 ジョーもその隣に並んだ。

「お、ついにエアシステムが動き出した! 青空が出てるぞ、みんな!」

 その扉の奥は外につながっていて、そこは遥かに高い崖の上だった。その遥か下には波が打ち寄せる、その波しぶきには楽しそうにかもめが戯れる。

 遠く水平線が眩しい、空はどこまでも澄んでいた。


「ああ、いつぶりだろう。太陽をみるなんて。太陽を司るサンシステムが、ウイルスから解き放たれたんだ」

 遥か彼方には、喜びを祝って、とてつもなく大きいモニュメントが動き出した。大きい二つの耳と、大きい目。それは何かのキャラクターに似ていた。


「そうか、そうだったのか」


 ジョーは遠くを見つめながらこう呟いた。

「デリトス様が作り上げたパスワード、それは他でもない。彼女に対して素直にその思いを伝える事だったんですね」

 しばらくその空間には、ただ、波のしぶきの音だけが響いていた。

「『D・32』いや、三枝様、とでもいいましょうか。どうですか? 意外と美しいでしょう、西暦4500年も」

 そう言って、どうやら俺に微笑んでいる様だった。

 しかし、どうも俺にはどうも腑に落ちないことがさっきからある。

 俺は思い切って、ジョーに問い掛けた。


「ああ。なあ、ジョー。一ついいか?」

「ええ、何か?」

「あんたは一体何者なんだ? 明らかに『人間』とは違う」

 ジョーは一つうつむくと、また先程の笑みを浮かべた。

「私達はロボットです。偉大な科学者に作られた、最も精巧なロボットです。この時代では私達の仲間が、人類の活動の最も大切な部分を管理をしています」

 最も精巧ね、この時代には謙虚は美、という文化はないのだろうか、それともとっておきのギャグか?

 そんな俺の気持ちも知らず、他の白人は一緒に微笑んでいた。

「まだ何か?」

「ああ、それから、確かにウイルスは死んだかもしれない。でもそのウイルスを作った奴がまた同じ事を企てたら…」

「もうあのウイルスを作った本人はこの世にいません。500年前に死にました。ただその本人は自分の脳の全情報をコンピュータに記憶させ、500年もの間、この『命・カオスティング』ウイルスのプログラムを膨らませつづけていたのです。でももう大丈夫です、たった今発動した『HITOMI・LOVE・PEACE』がこれから生まれつづける全てのウイルスから私達を守ってくれる事でしょう。後は何か?」

 俺は、一番大事な質問をジョーにぶつけた。

「なあ、俺はこれからどうすればいい?」

 ジョー達は皆、一瞬顔を見合わせた。それからしばらく考え込んでいたジョーがこう口を開いた。

「確かにこの世界を気に入ってくれたのなら、このまま住んでいただいてもいいでしょう。でももし、前の世界がいいというなら、何とか出来なくも無い」

 俺は一瞬にして、首を90度、ジョーの方へ向けた。

「それだ! 頼む、教えてくれ……」

「それは」

 ジョーは一瞬口を閉ざした。

「デリトス様のシュミレーションはまだ終わりではありません。デリトス様の暮らしてきた人生全てが記録されています。もしシュミレーションで良いというなら、そのうち『脳生存持続法』をマグネットが開発する部分だけを削除してプログラムを再発動すればいいでしょう。それだけで、あなたは今までの生活の続きを送る事が出来る。だがそれはあくまで架空の世界ですが……」

「いい、それでいいから、頼む。もうこんな世界はこりごりだ。元の世界に戻してくれ」

 すると、ジョーを含め、白人のロボット達はみなうなずいた。

「いいでしょう。では両手を上げてください」

 それからジョーは俺の胸を開くと、何かいじりだした。どうやら、今の自分も、体の部分はロボットだったらしい。

「はい、準備ができました。用意はいいですか?」

 俺は大きくうなずこうとした。だがその前に、最後に一つだけ聞きたいことがあった。

「なあ、ジョー。その、デリトスというやつは、中学生時代、ある女の子に告白したはずだ。その時の結果とかって聞いてないか?」

 ジョー達は一瞬顔をしかめさせてから、一斉に笑い出した。それから他のロボットが、

「その話なら、デリトス様から耳にたこが出来る位聞かされましたよ。ご安心ください、デリトス様がその話をした後は大抵ご機嫌になるんですよ」

 ? 俺はその意味がまだよく分からなかった、だがそれはいずれわかることだ。

「そうか、分かった。じゃあ、よろしく頼む」

「はい、わかりました」

 そう言ってジョーは力強く俺の胸のスイッチを押した。次第に辺りの景色が歪んでいく。そのまま、その景色は渦の中に吸い込まれるように消えていった。体はまるで血の気が頭の先から足の先まで抜けていくような、そんな感じだった。

 しかしそれから、不意に俺の頭にはまた不安が過ってきた。

 ああ、いよいよ明日は告白する日だ、もう駄目だ、俺はどうせ不合格者だ……

 こうして、そのまま俺の意識は、あの薄汚い自分の部屋へと戻っていったのだった。


(了)

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クローン人間は世界を救う 木沢 真流 @k1sh

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