第25話 素の俺

「なんなのよ! この量!」


 木南さんが半分呆れたような、半分驚いたような感じで木南さんが叫んだ。何十人の敵の攻撃を凌ぎ続けて、すでに一分ほどが経つ。敵の視界を消すという私の援護があるとはいえ、一人であれだけの人数を捌き切るのは、並大抵の集中力では足りない。


「まだ、持ちますか!?」


 敵の視界を純白にさせつつ、木南さんに問う。


「もう、ぎりぎり! そろそろ、押し切られるかも!」


 それもそうだ。遠距離能力者は視界が消えていて当てることが出来ないとはいえ、近距離で木南さんを狙う敵は音で場所を突き止めている。何人かは木南さんの攻撃や味方の遠距離攻撃の流れ弾で倒れてしまっているが、それでも数人は木南さんを追いかけている。

 木南さんの能力は、回避行動に向いている。さらに、私の視界を封じるという能力とも相性がいい。だが、視覚が封じられていると、人間はその状況に適応して別の五感を鋭敏にさせる。

 つまり、だんだんと攻撃が命中してくるようになるのだ。


「いつっ……!」


 前衛で戦っている人の中の一人、金属を引き寄せる能力者のナイフが、木南さんの腰にかすった。


「よっと……」


 木南さんが後ろにバックステップを踏んで一旦退避する。


 ――このままだと、もうすぐで押しきられる……どうにかして、隙を作らないと……


 そう考えて、私は少し考えた。


 ――今、こっちが有利なのは、敵の視界を制限しているから。でも、それも意味がなくなってきている。



 なら、それを逆手にとる!



 ――海鳥さん、木南さんに伝えてもらえますか?



 今、海鳥さんは怪我をしているために、屋内で休んでいる。アドレナリンのおかげで、痛みはないようだが、一応かなりの致命傷だ。安静にしていないと命が危ない。

 しかし、彼を介して木南さんと通信することが可能なのだ。

 海鳥さんもそれで援護をする、と張り切っていた。今すぐ伝えたいものでないのなら、彼を介さない他に手はない。


 そうして、海鳥さんに策を伝えてから、私は準備をした。


 この策を成功させるには、できるだけ敵全体を狙わなければならない。となれば確実に、敵全体を範囲内に入れる事が必要だ。


 しかし、それさえ成功すれば……


「行きます!」


 その言葉を合図に、私は能力をした。



 すると、突然に視界が戻って混乱した敵達は、驚いて足を止めた。



「もらいっ!」



 その隙に低い体勢を取っていた木南さんが、ナイフで三人の敵を切る。

 そして、再度攻撃を行おうとした敵に被せるように、能力を発動させる。その直後に、何人かが舌打ちをして立ち止まった。


 ――これなら、いける!


 そう心の中で叫んだ、直後――




 ――ダダダッ、と前方で銃声が鳴った。


 もはや、この勢力差であれば、こちらの勝ちは決まったようなもの。ならば、もう私が出る必要はない、とも考えられる。

 しかし、敵は目視できる場所だけにはいない。



「私はあの建物の中にいる敵、を殺しに行く。だから、君にはこの部隊の指揮を頼むよ」

「了解いたしました」


 髪をポニーテールにまとめたこの部隊の副官は、静かな声で返事をした。その声を確認したあと、私は戦場になっている道路の奥、『家』に向かって歩を進めた。

 中の状況がどうなっているかはわからないが、私が増援に向かうことはデメリットにはならない。



 ――ならば、急いでその場に向かうのが最善手だ。



 そう考えて、建物の裏口の扉を盛大に破壊した。


 すると、直後に二階から爆発音が響いた。



 ――誰の攻撃だ……?



 そう考えながら屋内へと歩を進める。すると、



 横目に、ベットに横たわる少年の姿が映った――




 ――大きな物音が二回した。


 木南に美龍さんの策を伝えて一分たったくらいだ。

 裏口の方からの強烈な破壊音。その後、二階からの大きな爆発音。気にはなるが、動くわけにもいかない。侵入を許している場合だとしても、こちらが劣勢の状況だとしても、致命傷の俺が行って状況が好転するわけもない。

 それに、どうしても気になることがもう一つある。美龍さんと木南からの連絡が来ないのだ。

 連絡が出来ないほどに切羽詰っているのかもしれないし、連絡することも忘れているほどに何らかの感情に囚われているかもしれない。


 どちらにも……当てはまらないのかもしれないが……




「君は……」



 声が聞こえても、特に驚く事は無かった。

 どうせ、こんな組織じゃあいつかは死ぬんだと思ってた。それに、死に抗うことが出来ないと悟っていれば、意外と心は落ち着く物なのかもしれない。


 ――ま、十分頑張った方じゃないか……?


 そうして侵入者の顔が視界に入って、走馬灯に入る直後――




 ――ベットに横たわっていた少年と二つずつ言葉を交わした後、私は二階へ歩を進めた。

 少し早歩きで、一歩一歩。全十八段を上がり、戦場となっていた部屋の扉を開いた。



 すると、倒れている少年と、直立している四十代の男が視界に入った。



「あんたは……!」


 驚いたように、相馬が声を出した。


「どうだい? 私のあげたは?」

「えぇ……とても役に立ちましたよ」


 相馬は動揺を鎮め、冷静な声で口にした。


「そっちはどうなんですか? の運営は上手くいってますか?」

「あぁ、おかげさまでね」


 笑顔を意識しながら返事をして、少年の方へ歩を進める。腕を中心に大きな火傷をしている。このままでは危険な状態だろう。

 そう考えながら、その少年に触れる。すると、


 ヒュン……


 という音を鳴らして、彼の傷が全て消えた。


「……しかし、貴方はなぜここに?」


 相馬が聞く。確かに、疑問に思う気持ちは分かる。私は基本、能力者特殊部隊のトップとして部隊の運営をして、この組織には情報だけを与える場合が多い。私の立場上、それ以上のことをするのは難しい。しかし、その情報と下にいた少年が暴き出していた下の人間からの情報を合わせて、各組織からの襲撃を確実に予測して漁夫の利を得るのがこの組織のやり方だ。


「今日は……友人に会いに来ただけだよ……?」


 と、私が発した後、倒れていた少年が立ち上がった。


「友人……というのは……?」


 少年が聞く。


「少し、昔の友人だよ。今は仲違いしてしまったけどね。彼女は昔、世間に見捨てられて、理不尽な罪を被せられた。多分、その時だよ、彼女の能力が芽生えたのは。その後に、彼女は犯罪組織を立ち上げた。名前は……」


 そこまで話したところで、少年が口を挟んだ。


「貴方は……何年生きたんですか……?」


 勘付いたのだろう。結局、かつての友人と話すことは叶わなかったが、目にすることは出来た。十分だ。

 そう考えて、私は少年の質問に答えた。



「四百年じゃ」



 少年の左手にまとわりついている液体が、少し揺れた――




 ――俺は差しのべられた手を弾いた。


 直感的に分かった、俺の親を殺したのはこの女だって。


「何をっ……!」


 その女が慌てて俺を掴もうとした。



 でも、それより先に後ろにナイフを手に取り、俺は女の胸に刺した。



 血が溢れて、俺の頬に飛び散る。数秒間、頭が真っ白になってそこに座り込んでいた。喜んでいたのか、悲しんでいたのかは分からない。


 今、確実に分かるのは後悔だけが残ったこと。


 正気に戻った俺は訳も分からずその場で泣き叫んだ。しばらくそうした後、血なまぐさい匂いだけが残る建物から逃げ出して走り続けた。走って走り続けた。

 逃げたかった。現実からも、事実からも、何もかも。

 その結果なのだろう。


 俺は記憶を自力で書き換えた。


 そして、悲しみも残る記憶全てを、脳とは別の場所に追い出した。その結果が、少し前の俺だ。

 そうして、『奴』は何も知らないまま周りに助けられてこれまで生きてきた。

 あのナイフがナイフで無ければよかったのに、という気持ちから生まれた、能力の事すら忘れて『奴』は生きた。

 でも、もうこれで終わり。


「あいつ――石田はもう大丈夫なのか?」


 四百年生きたと言っていた、眼鏡をかけた男が窓から飛び降りた後、相馬さんが聞いてきた。


「はい……俺の能力で、液体化にし続けてます。死ぬことはありませんが、意識もないでしょう」

「そうか……」


 俺はもう、完全に『奴』と同化した。記憶も全て、残っている。


「それより、あの人は何だったんですか……?」


 眼鏡の男。何となく、彼からは得体のしれない覇気が感じられた。


「あの人は、この組織の創始者だ。今は、能力者特殊部隊のトップに立って、組織の立て直しに尽くしてくれている」

「へぇ……いい人なんですね」


 ニコリと笑ってみた。最近笑っていなかったので、上手くは笑えない。


「あぁ、本当にいい人だ。だからこそ、その友人にも会いに来たんだろう」

「ですね」


 俺は左手を天井に掲げてみた。赤に近い液体が、日光に照らされて少し煌めく。


「さて……俺等も外側の増援に行かなきゃな。あの人が部隊を送ってくれたとはいえ、敵の頭数もまぁまぁ多いだろ。こっちも、数を増やしておくことに越した事は無い」

「了解」


 言葉を交わしてから、俺たちは階段を下りた。途中で傷を完治していた海鳥さんとも話し、木南さんと美龍さんの無事を知らせてくれた。急な増援に驚き、連絡も遅れていたらしかったため、海鳥さんも心配していたようだ。

 そして、眼鏡の男の部隊と協力して敵部隊を殲滅し、後片付けをした後、『家』に戻った。


 その後に会議が行われ、アジトである『家』を移動させることに決まった。中は大分荒らされているし、世間に大体的に場所がばれてしまったとなれば、場所を変えるのは当然ともいえる。

 木南さんや海鳥さんは、なんとなく残念がっているように見えたが、俺はそんな事は考えなかった。なんせ、まだ加入して一日も経っていないのだから。


 先に言っておくが、この組織はあと一年ほど続くことになる。組織一つの方針を変えるというのは、簡単ではなく、だからこそあの眼鏡の男の人もそれだけ時間をかけて能力者特殊部隊の育成方針を変えたのだ。


 だからこそ、俺はこの組織の新米として働く。



「あ、そういえば、お前もう素に戻っていいぞ。そんな優しい口調じゃないだろ、お前の性格からすると」


 『家』の中を片付けている途中、相馬さんがそう言った。確かに、『奴』が生き残っている間は、こんな口調じゃなかった。

 でも、今は違う。



「気にしないでください、これが素の俺ですから」



 『夢の男』でも、『奴』でもない。




 だからこそ、俺は笑顔を引きつらせずに見せることが出来たのだと、思う。

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過去は能力と化す @miharasatuki

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