第5話「放課後のデート?」
「シリル・バレンタイン」
俺は、転校生の名前を反芻する。
体育の時間。……なのだが、俺は昨日の一連のゴタゴタのせいで、体操着を持ってくるのをすっかり忘れていたのであった。というか、ジャージは
体育の先生に怒られながらも(完全にあいつのせいだ)、俺は見学。転校生も見学。
見学席には二人きり。必然、黙っていると気まずくもなる。あと、やっぱり彼女は、なんだかいい臭がする。
「……き、キミモ見学ナノカイ?」
だから、頑張って話しかけようとした。その努力だけは、どうか認めてほしい。結果は、調教に失敗した合成音声のような無様だったのだが。
「奇遇ですね」
それでも、彼女は少し笑ってそう答えてくれた。
「私、身体が弱くて。いつも、体育は見学ばっかりなんです」
見たところ健康そうだけれど、外には出にくい病気なのかもしれない。心臓とか、内臓の何かとか。あまり事情に深入りする気は無い。
「……大変なんだな」
だから何の気なしに、俺はそう返した。しかし、転校生の答えは少し予想外だった。
「これも、私の個性だと思ってますから」
「個性?」
思わず問い返した。身体が弱いのが、個性?
「眼鏡をかけているのは、個性でしょうか?」
唐突に問われた。
「……個性なんじゃないか?」
そういう需要がある、と聞いた気もする。
「では、目が悪いのは、個性でしょうか?」
「…………あっ」
「そういうことです」
……そういうことか。
つまり日常生活に支障が無いなら、生きていく上で支障が無いなら。ハンディキャップは『個性』になる。恐らく、彼女の未来でも。同性愛は、ただのありふれた『個性』になった。
そして、個性の域に収まるのかどうかを分けるのは。単なる、技術的な問題。
いや……社会の認識の問題か?
「だから、体が弱くても平気なんです」
いつか、それは『個性』になるから。
「……強いんだな」
「私は、未来を信じていますから」
未来。タイムトラベラーと知り合った後だと、どうにも座りの悪い言葉だ。しかも、あんな未来像を聞かされた後だと特に。
「俺も、信じてみるかなぁ」
それでも、そう思うくらいには、彼女の言葉は力強いもので。
「ええ。きっと、素晴らしい未来が待っていますよ」
「素晴らしい未来ねぇ」
「せっかくなので、そのために……まずは、お友達から始めませんか?」
「……へ?」
その後に続く言葉に、俺は思わず変な声を漏らしてしまった。
ある意味、タイムトラベラー以上の驚きだ。
転校生の美少女が。
いきなり、友達になろうと言ってくるなんて。
しかも、友達「から」ということは……もしかして、その先もあるということなのだろうか?
落ち着け。落ち着いて素数を数えるんだ。
「お、俺でよければ」
思春期の男子高校生には、あまりに酷な拷問だ。自分が男として意識されづらいことは、散々今までの経験から思い知っているとはいえ。
どうしても、期待してしまうというものだ。
そして、色々と考え込んでいる間に、俺は半ば脊髄反射で答えを返していた。
「ありがとうございます」
そう応える彼女の笑顔は眩しくて。
……本当に、何処かの押し掛け未来人とは大違いだった。
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「この辺りを、案内して頂けませんか?」
だから、放課後彼女にそう聞かれたとき、一瞬、愛璃子のことが頭から抜け落ちていたのは、きっと仕方のないことなのだ。
うん。いきなり美少女に誘われれば、誰だってそうなる。従って、俺だってそうなる。なぜなら、
「それって……」
最早デートでは?
と、こう考えるからだ。
デート。なんと甘美な響きだろう。行ったことはなくても、なんとなく素晴らしいものだというのはわかる。
しかし、よくよく考えれば家では愛璃子が待っている。だが……そこで、俺は気づいた。本来、愛璃子はこの時代には居ない。よって家はもぬけの空の筈だ。そんな状況でデートを断って帰るほど、俺はインドア派ではない。
つまり、デートに行かねば……歴史が変わってしまうのではないだろうか?
「駄目ですか?」
「行きます」
気付くと即答していた。別に、彼女の潤んだ瞳や甘い匂いに絆されたわけじゃない。
「この辺が商店街だけど……あっちの大型スーパーの方がよく使うかなぁ」
「活気の無い市場は、少し寂しいですね……」
二人での下校途中。シャッターだらけの商店街で俺達は足を止めた。通りには同じ制服をちらほら見かける。
仮にクラスメイトに転校生と二人で居るところを見つかれば、何かしら噂されるかもしれないが……大したことじゃない。何より今の俺には、彼女に街を案内するという大義名分がある。
……しかし、道なりに商店街に立ち寄ったものの、ただでさえシャッター通りな上に男子高校生が使う店は限られている。俺が記憶しているのは、学校から一番近いゲームセンターと、たい焼き屋。あとは、駅の方に少し外れたファストフード店と……それと、外れにある一件くらいだ。
シリルはあちこちを興味深げにキョロキョロと見回しながら、何かを確認するようにゆっくりと歩みを進めている。
俺もそれに合わせて少し歩みを遅める。こういう時、背が少し低いのも便利なのかもしれない。彼女の歩幅に合わせて歩けるからだ。
そんなことを思う日が来るなんて、今まで夢にも思わなかった。いや……これはもしかすると、今までの色々不運の揺り戻しが来ているのではないか。
特に未来人が家に住み着く、というのが大きかったと思う。あんな不運に見舞われれば、美少女転校生と親しい仲になる程度のキャッシュバックがあってもいいのではなかろうか。
……問題なのは、彼女の方が俺を一体どう見ているのか。
多分、こうして声をかけてくれたのだから。憎からず思って貰えているのは、事実なんじゃなかろうか。しかしそれも、俺の都合のいい思い込みなのかもしれない。
そして、何より。それを口に出して、確認したら。きっと、このイベントそのものが壊れてしまう。
そんな気がした。
商店街は短い。距離にして僅か数百メートル。それがこんなに長く思えたことは無かった。
「あ……あそこのゲーセン、新しいゲームはあんまり無いけど、帰りにたまに寄るんだ」
「私の国にもありました!懐かしいです」
知っている店について解説しているうちに、建物の並びが終わる。そして、その外れに立つのは……俺が知る最後の一件。
ゴテゴテした看板と、店の外からでもわかる陳列物。女性ものの下着。
……そう、明らかに男子高校生には縁の無い店。ランジェリーショップだ。
俺が何故そんな店をいちいち記憶に留めているかというと、『例の服』を通販する前にいちおう調べたからだ。但し、実際に店の中に入る勇気は無かった。この店は通学路の上にある。クラスメイトに出くわすリスクは甚大だ。
しかし、彼女はその前で足を止めて。
「少し、寄り道をしませんか?」
と。俺にそう言って微笑んだのだ。
俺の女装で世界がヤバい 碌星らせん @dddrill
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