第4話「不穏な転校生」
「学校ですか?」
「学校です」
朝。昨晩眠れなかったせいで、何時もより早めの学校の支度をしていると。愛璃子が寝ぼけ眼を擦りながら声をかけてくる。
昨日は日曜。今日は月曜日。つまり平日だ。
「え、普通に行くんですか」
「……いや、行かないと駄目だろ」
「過激派が襲ってくるかもしれませんよ?」
何の過激派だ、と言い掛けて。昨夜の未来の話を思い返す。
「いや待て。もしかして、お前以外にも未来から来た奴が居るのか!?」
「いるかはわかりませんけど、いないとも言い切れません。タイムマシンがある限り、私の後にこちらに人を送り込むことは不可能ではない筈ですから」
「なんてこった……」
言われてみれば、タイムトラベラーが1人きり、などという保証はどこにも無いのだ。こいつ以上に厄介な奴が、来ているかもしれないのか。
「私が厄介みたいな言い草は気になりますけど」
思ったことが口に出ていたらしい。
「……一応聞いておきたいんだが、未来には他にどんな勢力があるんだ?」
「そうですね。革新側の大勢力としては……『レイちゃんファンクラブ』とか」
待て。その不穏な名前は何だ。
「あ、レイっていうのは未来での貴方の芸名です。
「出来れば知りたくなかった……」
「君が聞いたんじゃないですか!」
未来の俺、一体どんなふうになっているというんだ。
「他の革新側としては……まあ、過激派の部類ですけど。例えば、性別は男女の二極ではなく、もっとなだらかなグラデーションを描いているべきだという勢力があるんです」
ふむふむ。
同姓愛とか、性同一性障害とか複雑な問題もあるし、一理ある主張なのかもしれない。
「その中でも、特に過激派中の過激派セクト。あるべき性別グラデーションのためならば、剣を手に取り闘争も辞さない組織」
ほうほう。
「つまりは……『
「いやその呼び方は絶対嘘だろ」
「ほんとですよぅ!」
詳しく問い詰めようとして、俺は止めた。
未来への影響を避けるため、敢えて細かいディティールをボカしているのかもしれない。もし本当の組織名が『レイちゃんファンクラブ』以上に胡乱なものだったら、俺が正気を保っていられる自信はない。
……いや、こいつにそんな細やかな気配りが出来るとはとても思えないのだが。それよりも、気になることは。
「そいつらも、タイムマシンを持ってるのか?」
「いえ。人間を送り込める規模のタイムマシンは、まだ私が使ったものだけのはずです。でもその『後』に、タイムマシンを作ったり使ったりしないという保証はありませんから」
成程。改変の後に更に改変を重ねれば、結果は同じことになる。SFの基本だ。
「でも……そういえば、歴史を変えたら、どうなるんだ?タイムパラドックスとかあるだろ」
彼女の目的が歴史の改変だと聞いてからずっと気になっていたこと。こちらも、タイムトラベルSFに付き物の基本的な
「小さな修正なら、矛盾は発生しないことが実証されています。ですが、詳しいことは……」
「未来のことは話せない、ってやつか」
これもお約束だ。
「……いえ。タイムマシンはできたばかりで、手探りで色々確かめている段階。つまり、まだ私達にも分からないことが多いんです」
つまり、全員手探り状態で未来を改変しようとしている、ということか。
「その過激派っていうのは、俺を殺そうとしてるのか?」
「いえ、基本的には貴方という存在を消し去ると、不確定要素が大きくなり過ぎますから。そんな真似は『改変』を目論む限り、何処の組織もしない筈です。なので……最悪でも、捕まえて無理矢理女装させて陵辱して、メス堕ちする瞬間を動画で撮影してネットにばら撒く程度だと思います」
「いっそ死んだ方がマシだわ!」
社会的に死ぬわ!
「そういうことなので、最大限身の安全に気を配ることをお勧めします」
「……まあ、大丈夫だろ。仮に過激派……『グラディエーター』が居たって、いきなり襲ってくるとも限らない訳だし」
俺は、精神力を振りしぼって何とか言葉を捻り出した。
学校が別に大好き、という訳でもないが……昨日の今日でコイツに振り回され過ぎだ。一回、自分一人になって頭を整理したい。
「なら、せめてお供を」
「目的は『俺』じゃなくて『俺の未来』だろ?なら、俺じゃなくてこの家を狙って来る可能性もあるんじゃないか?過激派なら尚更」
学校から帰ったら宿なし、なんて状況は御免被りたい。
「うっ……」
「外を出歩いて、妙なとこで歴史が変わっても不味いだろうし」
「わかりました……」
しぶしぶ、といった様子で納得した愛璃子に見送られ、俺は家を出る。
「何かあったら、すぐ電話してくださいね!?」
「……お母さんか、お前は」
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「今日は、転校生が居るぞ」
「転校生!?」
先生の言葉に、ざわつく教室。しかし、俺は机に頬杖を付いて、頭の中身をノートにぐしゃぐしゃと書き出し続けていた。
未来に訪れる、文化衝突による世界大戦の危機。それを止めるために未来から来た少女、
ちなみに、俺の席は背の高さのせいでかなり前の方にある。先生に目を付けられている気もするが、気にしていられない。
高校にもなって転校生は確かに珍しいが、俺はそれどころじゃなく珍しい目に遭っているのだ。そう、思っていたのだが。
「はじめまして、皆さん。えと、すみません……日本語、あってますか?」
転校生を見て、俺は鉛筆を取り落とした。
エスニックな美少女だった。髪の長い、飴色の肌をした眼鏡の女の子。背は俺よりも少し高いが、これは仕方ない。スレンダーな体格。何よりも、なんとも言い難い甘い香りが、俺の席のところまで漂って来る。
またしても美少女。最近俺の身の回りでは、美少女が確変しているのだろうか。
一瞬、愛璃子の言っていた『過激派』という言葉が脳裏を掠めた。……が、結局脳裏を掠めただけだった。何より、その時の俺は未来から来た愛璃子の言葉を完全に信じ切ってはいなかった。
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