第3話「一緒のベッド」

 多少順番は入れ違ったが、風呂、飯、と来たら。後は「寝る」しか残っていない。

「……」

「あの……」

「なんだ?」

 もじもじしながら、愛璃子は俺の扉の前に立っていた。ちなみに服装は、俺のTシャツとジャージ(下)を貸し出してある。別に、返って来たら匂いを嗅ごうとか、そういうことは全然考えていない。

「一緒に……寝てくれませんか」

「え”」

 展開が予想通りかつ予想外過ぎて妙な声を出してしまった。

 ちなみに予想通りで予想外というのはテンプレ的には予想通りだけど、こいつが今更言い出すとは思わなかった、という意味である。

「やっぱりもう、『ついてる』人にしか興味が無いんですね……!」

「待って何でそうなる!」

 女装と同性愛は別物だ。俺は女の子が好きだし、ちゃんと反応する。何故かこいつには、いまいちムラムラし辛いのだが。だが。

「……というか、布団出したよな……一緒の部屋で寝るくらいなら……あ、ベッドじゃないと寝られないなら交換しても」

 と、言った後で気付いてしまったが、俺の部屋には見せられないものがいろいろとある。これは、別に俺固有の問題ではなく、男子高校生はだいたいそうだと思う。

「いえ、交換とかじゃなくて、一緒でお願いします。一緒のベッドで」

 しかし、彼女の答えは斜め上で。

「お前もっと恥じらうとかしろよ!?」

 そして、結局押し切られた。




 ……落ち着け。

 落ち着け自分。

 何だかやわらかい感触もあるが、俺は大丈夫だ。あれはただの脂肪の塊だ。

 自分の後ろには愛璃子が密着している。コイツは痴女なのだろうか。それとも、未来世界の貞操観念はこんな感じなのだろうか。素晴らしいぞ未来世界。

 そういえば未来の俺には胸はあるんだろうか。女の子の格好を日常的にしてるくらいだし、もしかしたら胸も……いかん!思考が変な方向に走り出した!

「……眠れないんですか」

 後ろから、愛璃子の声。

「眠れるか!」

 それどころじゃないわ!色々な意味で!

「でも、大丈夫ですよ」

「何がだ!」

「……この事実だけは、隠しておきたかったんですが」

「……どうせ、碌でもないことなんだろ」

「私は、君の子供です」

 な……なんだってー!!

 と驚きたいところだが、ある意味お決まりのパターンだ。確かに、そういうふうに未来を変えるには、なるべくその周辺知識がある人物。つまりは、ターゲットに近しい人間を選ぶのが合理的だろう。

「そうか」

「……意外と驚きませんね」

 まぁ、なんとなく読めた展開だったし。傍若無人なまでの寛ぎっぷりも、俺が身内なればこそと思えば納得が行く。ついでに、俺がこいつに反応しづらかったことも……

「そう。私は君と、さる男性との間に生まれた子供なんです」

 ちょっと、待って欲しい。

 さる男性。さる男性。さる男性。

 リピートアフタミー さる男性。

「男性!?」

 やっぱり、碌でもない話だった。

「あー……そうだ。この時代では、まだ同性同士では子供を作れないんでしたね」

 待て。なんか自分のちょっとアレな未来予想図がアッー!

「元を糺せば、同性同士でも子供が作れるようになったことも、確かに理由の一つでした。iPS細胞から性細胞を作り、選択的に受精卵を作成する技術。そして、インプラント式人工胎盤。それによって、ほぼ一代限りの社会的マイノリティだった同性愛は、受け継がれる強固な『文化カルチャー』になってしまった。その文化は社会を蝕み、そして……」

 そして、結果的な同性愛人口の増加が、最悪の未来へと繋がる、と。

「なら、その技術の方を何とかしろよ!!」

 俺は思わず叫ぶ。なんで俺は、年頃の自分の娘(仮)と、ベッドの中でこんな話をしているのか。

「……できると思いますか?元はといえば不妊治療のために開発された技術です。何人もの子供を望む夫婦が、その派生技術の恩恵を受けてきました……それを、奪えると思います?」

「…………」

 俺には、何も言えなかった。混乱していた、というのもあるが。

 結婚のことすら考えていない自分にはまだ想像も及ばないが、きっと、子供が欲しいのに授からない苦しみは大変なものなのだろう。そして、授かった時の喜びも。その喜びは、奪えない。

「それに、その技術の開発を遅らせれば、生まれてこない人間が何人も出来ます。一人の女装癖を直すのとは、歴史に与える影響度が違いすぎる」

 女装癖言うな。だがなるほど、事情は大体わかった。

 俺個人の感情としては納得に凄まじい努力が必要だが……理性の面では、わかった。

「……それもそうだな」

「それでも、未来は変えないといけないんです。来るべき破滅を防ぐために」

 破滅。どれだけアホらしい原因でも、それだけは真実だと……彼女の目が語っていた。

 しかし、本当に未来を変えられるのだろうか。俺の行動を弄るだけで……

 ……

 …………

「ちょっと待て。俺は誰と結婚するんだ?」

「それは教えられません。未来に対して重大な変更を引き起こす可能性があります」

 もう既に引き返せないとこまで来てる気がするんですが。

 あと、よく知らないが、その、ウケ?とか、攻め……とか、そういう概念が男同士にはあった気もする。本当に、よく知らないのだが。俺がどっちかは、気になる。

 それと正直、根本的な問題として。これから女装にハマると教えられた時点でこれから先今まで通りに生きていける自信が無い。

 いつ何時女装に開眼してしまうのかに怯えながら生活して行かなければいけないのだ。

 おまけに、身の回りの人間に対しても、「この人は、俺が女装に目覚めたらどう思うのかな……?」なんて考えたり、男友達に対して「もしかして俺はこいつと結婚するのか……?」などという普通に生活していれば絶対に抱かなくていい想像をしてしまうだろう。

 もはや普通の生活は営めまい。

「それに、もし教えてその人と結ばれない選択をした場合。『私』が生まれてこない可能性があるんですよ!?」

「……言われてみればそうか」

 もしかするとそういう事態を防止するために、こいつはわざわざ未来からやって来たのかもしれない。

 俺の娘によって俺の未来が改変された結果、娘当人が生まれてこないなら矛盾が生じてしまう。つまり逆に考えて、『娘が世界を改変する限り、娘の存在は保障される』、みたいな理屈なのかもしれない。何の根拠も無い想像なのだが。

「どうしても、って言うなら、教えてあげますけど」

 やや間があって、そう口にした彼女の声は、少し震えていた。

「いいよ。別に……そこまでして、聞きたいもんでもないし」

 分かったことは、一つ。

 要するに。俺達は、親子同士だから、俺達が一緒の布団で寝ることに問題はない。

「親子だから、一緒に寝よう、なんて言い出したんだよな……」

 女子高生くらいの娘と同じベッドで寝る父親(父……親?)は居なかろうが、うちはうち、よそはよそだ。

「はい……でも君の匂い、お父さんとは、違って……」

 答えの途中で、声は聞こえなくなった。

 暫く経つと、寝息の音が聞こえてくる。思えば、今日は色々有り過ぎた。彼女も疲れたのだろう。

 ……俺も、もう寝よう。明日は学校なのだから。


 しかしその晩は結局、俺は一睡もできなかった。愛璃子は隣で平和にいびきをかいていた。

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