第2話「居候、三杯目をそっと出し」

「正直に言って、性別に対する変革は必然と言えるレベルです。それが最悪の形で起こってしまったのが私の居る未来。だからそれを少しでも穏やかな形に変化させたい……あなたも嫌でしょう?女装と同姓愛で起こる世界大戦なんて」

 一見ふざけた内容とは裏腹に、愛璃子は真剣な面持ちで話を続ける。成程、だから俺の過去……今の俺にとってはこれから先の未来に介入して、歴史の流れを変えよう、と。

 ……そうか。聞く限りではこれ以上無い馬鹿話だ。だが、彼女の言っていることが、もしも仮に、一億歩譲って未来で実際起きたことなら。こいつも、その被害者の一人なのだ。

 寧ろ俺は、元凶として詰られないことを感謝すべきなのかもしれない。まぁ、万一、彼女の言っていることが本当なら。

「だから私の所属するグループは、稼働試験中のタイムマシンを使って過去へ介入し、世界大戦を回避する計画を立てたんです」

「どんな計画なんだ?」

 どちらかと言えば、そのタイムマシンとやらの方が気になるのだが。多分、聞いても話してくれないだろう。仮に聞けても、その辺の高校一年生の頭で理解出来るとも思えない。

「当初の計画では君が女装に目覚めた直後に周囲にカミングアウトさせ、少しでも影響を減殺するという方針でした」

「オレの人生、何だと思ってやがるんだ!?」

 まだ始めていないとはいえ、そんなことをされればあっというまに俺の株は大暴落だ。

 ……そして、逃避するために更に女装にのめり込む可能性もある。我が事だけに、鮮明に予想できる。

「……一人の社会的生命と、世界大戦の危機。数多の人命には代えられません」

 天秤としては正しいのかもしれないが、俺にとっては掛け替えの無い命だ。

 いくら神妙な顔つきで言われても、物には限度というものがある。

「……もっと穏便な作戦は無いのか?」

「そうですね……要は性別に対する変革を緩やかな形に出来ればいいので、女装に目覚める前ならば手のうちようは幾らでもあるとは思うんですが……その肝心の、どうして女装に目覚めたか、という点だけはデータが欠落してまして。過去の資料を漁っても、インタビューごとに回答が違ったり時系列的矛盾が有ったりとはぐらかされていると思われるのが現状です」

 すみません、ついさっきヤケになって女装しようとしてました。あなたが今まさに着ている服で、女装処女を捨てようとしてました。確かに仮にインタビューで聞かれても、そんなこと言えないと思います。

 なんてことは言える筈もなく。

「とりあえず、『君』を観察し、兆候があり次第阻止するという方針を採ろうと思います。具体的には、一緒に寝起きするのが理想です」

 つまり俺は、この美少女と同棲。……同棲?

「何か問題が?」

 ありませんともサー。と言いたいところだが、流石に問題はある。

「いや、だってうちには親もいるし……流石に、見ず知らずの人間を泊める許可はなぁ」

 期限未定で、人一人増えるのだ。ましてや、留守中に女の子を引っ張り込むなんて。帰って来た両親にバレれば大目玉では済まないと思う。

「今日の日付は?」

「えーと、2016年の……」

 居間のカレンダー時計をチラリと見て、今日の日付を教える。

「確か、お……ご両親は、結婚二十年を記念して夫婦水入らずで旅行中。あと……確か一週間ほどは戻らない筈だったかと」

 ちょっと待て怖い!!未来で俺の家族の個人情報は一体どうなってるんだ!?

 超人気アイドル(予定)にプライベートは無いというのだろうか。この少女も重度の俺マニアなのだろうか……いや、それなら『君』なんて他人行儀な呼び方しないか。

「ターゲットについての周辺調査は基本中の基本ですよ」

 表情に驚きが出ていたらしく、フォローを入れる愛璃子。

 そういうことにしておこう。あまりその辺りの情報源に深入りすると、俺の精神の健康にも良くなさそうだ。タイムトラベラーなら、接触対象の予習は基本。……基本。

「大丈夫です、すぐに……その、片は付くと思いますから。この時代に来るのは想定外だったので、他に頼るところもありませんし……」

 などと慰めにもなっていない言葉をかけられる。なんだろう。一瞬、愛璃子が悲しそうな表情をした気がしたのだが。もしかする俺の気のせいだったかもしれない。

 だが、これで断る材料は無くなった。男ならだれでも夢見る、美少女との同棲生活。

「……取り敢えず、居間を使ってくれ。後で布団、出してくるから」

「はい、ありがとうございます。でも、できれば同じ部屋で寝泊まりした方が……」

「それは、流石に止めておこう」

 年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりすると、その、あやまち、というものが起きないとも限らない。まして、相手は未来人だ。万一そういう事態になると、タイムがパラドックスするかもしれない。

「仕方ないですね……お布団、後で自分で出してきますから」

 そう言って立ち上がる愛璃子。

 冷静に考えると、策に嵌められた気もするのだが。

 彼女が退き、チラっと一瞬、居間の鏡に自分の姿が映る。ウィッグを被った自分の姿が。

 それは、あまりに非日常的で。女の子で。自分であると認識するのが遅れる。そしてその一瞬に、容赦なく『鏡の中の女の子』の印象は脳裏に焼き付いて。

 これが……俺……?

 などという陳腐な感想を俺は抱いたのであった。

「ところで、晩御飯はまだですか?」

 愛璃子の一言で、現実に引き戻される。

「なら、どっか食べに行くか……」

 ドタバタで何も考えてなかった。

「親が留守だからといって、外食ばかりでは体を壊しますよ」

 早くも馴染んでいる。馴染むの早過ぎだろこいつ。まるで実家に帰ってきたかのような寛ぎっぷりである。

「あっ、このクイズ番組!……この頃はまだ背景がセットだったんですねー」

 テレビをつけて、チャンネルをパチパチ変えている。

「料理なんてできないぞ」

「あー」

 リモコンを没収しながら言う。親が留守中の食事だって、外食とカップ麺で済ませようとしていた位だ。

「でしょうね。でも、はじめれば上達は早いと思いますよ」

「そうか?」

 確かに、家庭科の実習とかを除いて料理をしたことは殆ど無い。

「その、『君』の料理は、絶品……だということですから」

「ん?」

 何か奥歯に物が挟まったような言い方だった。

「絶品だと有名だった、ということです。特にオムライスが得意でしたね」

「オムライスかぁ……」

 そこまで言われたなら、作ってみようかという気にもなろうというものだ。

「ちなみに、未来の『君』、料理番組のレギュラーも持ってますよ。確か、愛妻キッチンっていう……」

「心臓に悪いから、未来の話禁止な‼」

 そう返しながら、俺は台所へ向かう。これ以上未来の自分の話を聞かされたら、どうになってしまいそうだ。


 一時間後。

「……おいしくないです」

「……だよな」

 いきなり料理をやって、上手くできよう筈がない。出来上がったオムライス的な何かは中身は半こげ、卵はガチガチ。とろふわなオムライスには程遠い代物だった。これなら卵かけごはんにした方がおいしく頂けたことだろう。

「でも……」

「何だよ。どんな罵詈雑言でも受け付けるぞ」

「いえ、心底まずいなと思いました」

「勿体付けて言うなよ!?」

 二度も不味いって言われた。自分の評価では「まぁ他人に出せるクオリティではないけど食べられないこともない」だっただけに、そこまで言われると逆に反抗心が頭をもたげてくる。ちなみに押し掛け居候は、気遣いする他人には含まない。

「……次は、もっと上手く作るさ」

「いくら好物でも、毎日オムライスはちょっと……」

「居候しといて言うことがそれかよ!ってか、実は好物を食べたかっただけだろお前!?」

 女の子と二人きりでドキドキ。などという甘酸っぱい感傷は早くも消え失せていた。

 そして結局、いつまで居座るつもりなのか、こいつは。

「なんというか、全体的に炭っぽくて卵の風味が死んでいて、ところどころジャリジャリしている独創的な味ですね、これ」

 他人の料理に対して口にしていい感想じゃない。というか、そこまで酷くない。多少焦げはしたが炭化はしてないし、とんでもないクレーマーである。

「……そこまで言いたい放題するなら、もう食べなくてもいいぞ」

「まさか……女の子の食べかけのオムライスを自分のものにしたいという思春期の衝動が……!」

「無ぇよそんな衝動!?」

「いえ、でも女の子に興味を持つのはいいことですよ。いいんです。私……応援しますから」

「何故俺はこんな非常識な奴に慈愛の微笑みを向けられなければならないの!?」

「なんなら、私でよければ幾らでも好きにして……」

「……嫌ならもう食うなよ」

 怒った風を装って、俺はそっぽを向く。

「折角作って頂いたものは残さず綺麗に頂きます」

 『好きにして』と言われた時、ちょっとドキっとした事実は墓の下まで持って行かねば。

 とはいえ。ボロクソに貶された後でも、反応は気になってしまうものだ。チラッと、愛璃子の食べる様子に目をやる。

 愛璃子は、オムライスを丹念に小さく掬って口へ運んでいる。

 なんというか……食べ方が綺麗だ。あんな傍若無人な態度をとっていた人間と同一人物とは思えない程に。

 どんなに綺麗な女の子でも、意外とがさつな食べ方をしている人間は居る。そういうのを見ていると、俺は何だか幻滅したような気持ちになる。別にフェチではないが、なんとなく気になってしまうのだ。

 多分、彼女は親のしつけが良かったのだろう、うん。こう見えて、良いところの生まれなのかもしれない。

「……というか、よく考えると、お前が作れば良かったんじゃないか?」

「未来人が自分で料理すると思いますか?」

 ……なんだろう、この無駄な説得力。

「私の時代だと、少なくとも自炊は専門技能ですよ。今で言うと……うーん、多分漢検みたいな扱いです」

 そして、なんだろうこの妙にリアルな例え。

「じゃあ、普段の食事はどうしてるんだ?」

「レトルトとか、出来合いのお惣菜とか自動調理とか。自分できちんと料理するのなんて、料理が趣味の人とか、自給自足の生活してる人とか、海○雄○とか……子供思いのお母さん位です」

 何だか妙な個人名が混ざっていた気がするが、スルーしよう。こいつのボケに一々反応していたら身が持たない。

「随分わびしいんだな、未来の世界」

「便利ですよ。でも……『選べる』という意味だと、この時代の方が豊かなのかもしれません」

 彼女の生れた世界は、どんな場所なのだろうか。そんなことが、少しだけ気になった。

「あ、おかわりお願いします」

「…………」

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