06 幕間《中》『勇者襲撃、勇者終劇』

「何よ……コレ……」


 意気込むアークに、玉座の間の内装を任せて数日。

 意気揚々と部屋に足を踏み入れた私は、驚愕と絶望にタコ殴りにされて地に膝を突いていた。


「なんで、こんな、悪趣味な……!」


 煌びやかに装飾された大広間。

 天井には、精巧なガラス細工が施された豪華なシャンデリアが吊るされ。

 壁には、間接照明チックで優しい光を放つ『お貴族様』なランタンが設置され。

 床には、長毛でふわふわな赤い絨毯が敷き詰められ……これはまぁまぁ良いか。


「こんな、こんなの……」


 中でも一番『悪趣味』なのは、金銀宝石に彩られた、ふっかふかでもっふもふな、まるで『王様が座る様な』椅子。

 赤を基調に、白や金色で絶妙に装飾された、神域アルフェルティアでもあまり見ないような、豪華な椅子。


「こんなの玉座じゃ無いっ!」


「いや玉座でしょ」


 私の嘆き、悲痛な叫びに、無慈悲にも冷たい声を浴びせるアーク。血も涙も無いのか。


「鬼! 悪魔!」


「はははは、なんとでも仰ってください! 大使館として、せめてここだけは守り抜きましたよっ!」


「ここは私の家よ!」


「大使館だっつってんだろ! ……ん?」


 怒鳴り散らしていたアークが、唐突に青い顔をして真面目な表情になる。百面相か。ほんと変な奴ね。


「あの、セフィリア様……?」


「どうしたのよ、アーク? 急に真面目な顔しちゃって」


「ここは、ここは何処ですか……?」


 え、何この人。超やばい。突然の記憶喪失宣言に、私、驚きを隠せません。


「あの、アーク? 働き過ぎて疲れちゃったのね……。ごめんね、もう少し休みを多くして──」


「いえ、そうではありません! その申し出は非常に有り難い事ですが、そうでは無いのです!」


「じゃあ、どうしたの?」


 この質問に答えるまでの間に、アークは窓際へと全力ダッシュで駆け寄る。


「大使館は、最も栄えている人間マルッカの国の首都、もしくはその近辺に建てるようお願いしましたよね!?」


「はぁ」


「何故……! 何故っ! 周りには草原と森しか無いのですか!?」


 最上階からの見晴らしの良い景色を眺めながら、アークが叫ぶ。えーっと……。


「えっと……人間マルッカの地に国を造るから、この『お城』を建てて『首都』にするんじゃ……無かったっけ?」


「──────」


「いやー……あはは」


「──ははっ、ははは」


「「あははははっ」」



 ちょっと失敗しちゃった私の照れた笑い声と、何故か涙を流すアークの乾いた笑い声が、だだっ広い玉座の間に虚しく響いていた。





◆───────────────◆





「いやー、やっぱり完全防音の部屋って良いわねー」


 アークが自国へ帰還してから数日、私はいつも通り『玉座の間』で寛いでいた。

 窓と扉を締め切れば、外の物音は一切入ってこない。

 鳥の鳴き声も、虫の鳴き声も、『魔物ヴェスタ』の鳴き声も、何も私の休息を邪魔しない、至高の空間。

 あまりの快適さに、私はすっかり油断していた。


 ──だからこそ、『彼』の襲撃に気が付かなかった。



「お邪魔しまーす」



 突如、入り口の巨大な鉄扉を手で押し開け、一人の男性が玉座の間に入って来る。

 身体能力に絶対の自信がある『天族エルッカ』ですら、腕力のみで開けるには一苦労する扉をよく開けたものだ。超凄い。


「……ノックをすれば勝手に開くのに」


「いや、そんな機能あるとか知らねぇし」


 えー、便利なのになぁ……。まぁ、いいか。家の機能自慢より、まずはお客さんの歓迎をしないと!


「まぁ、いいか……。コホン。──よく来た、お客人。歓迎する。久々の来訪だ、盛大に持て成すとしよう」


 初めての来客だけど、ちょっと見栄張っちゃった。こんな豪華な家なのに、今まで誰も来てないとか思われたら恥ずかしいもんね。

 私はおもむろに玉座から立ち上がり、両手を広げて歓迎の意を示しながら、お客さんの姿をじっと見つめる。


 後ろで一つに束ねた、漆黒に濡れた艶のある長い黒髪。まるで宝石の様に美しい瞳。

 赤いラインの入った漆黒のロングコートに身を包み、腰には漆黒の剣を提げている。

 その全身の至る所に銀の鎖や十字架、髑髏の装飾が施されており、両手には指先が見える黒いグローブを嵌めている。


 え、なにこの人。超かっこいいんですけど。超かっこいいんですけど!


「アンタみたいな美人が持て成してくれるなら、俺も大歓迎なんだけどさ……一つ聞きたい」


 ん、なになに? お姉さんに聞いてみなさい? 何でも答えちゃうよっ! ……っとと、口調は厳かに。


「ふむ? 私が答えられる範囲で良ければ、何でも聞いてみると良い」


 趣味? 好みのタイプ? 年収? さぁ、どんと来い! あ、スリーサイズは秘密で。


「アンタが、『魔王』か?」


 へっ? 魔王? ……あぁ、そういば、人間マルッカの間では『魔導王』じゃ無く『魔王』で伝わってるんだっけ。ややこしいなぁ。


「──あぁ、そうだ」


「……そっか。そりゃ、残念だ」


 え? 残念ってどういう……?

 私が疑問を浮かべていると、イケメン君は私に向けて右手をすっと伸ばす。


「悪いが、『魔王』にくれてやる慈悲は一つだけだ」


 そのまま、親指と中指を擦り合わせるような形を取り────えっ?



 瞬間、途轍もない魔力の奔流が、私の周囲を呑み込む。


 異常。


 そう、異常としか言いようの無い、膨大な魔力。

 それは明確な『敵意』と『殺意』を伴って、私を喰らい尽くそうと牙を向けていた。



「せめて、苦しませずに殺してやるよ」


 まずい。非常にまずい!

 これから来る攻撃を私が防がなければ・・・・・・・・、目の前の男性を殺してしまう・・・・・・

 それだけは、なんとしてでも避けないと……!


 その一瞬の思考の内に、イケメン君がパチンと指を鳴らし、暫く見る事の無かった・・・・・・・・・・極大の攻撃魔法が私に襲い掛かる。


「ッ!?」


 なっ、『無詠唱魔法』!?

 私は瞬時に魔法陣を構築し、『天族エルッカ』に伝わる最上級の防御魔法の呪文を唱える。


「【アル・シュテイル】!」


 間一髪の所で、私の周囲を護る様に【神盾アル・シュテイル】がドーム状に展開する。それとほぼ同時に──




 ──轟音。




 耳をつんざく程の轟音が響き渡り、周囲を煙幕が覆う。

 どんな魔法で攻撃されたのか、見極める余裕は無かった。それ程までに凄まじい猛攻だったからだ。


「……ちょ、今のは結構やばかったかも」


 だが、言葉とは裏腹に、私は安堵する。


 私が発動した【神盾アル・シュテイル】は、どれだけ強力な物理・魔法攻撃であったとしても、完全に防ぐ事が出来る最強の防御魔法。

 一度防げば・・・・・効果が無くなる・・・・・・・とは言え、ここぞと言う時には頼りになる私の愛用魔法だ。超愛してる。



 さて、イケメン君が何の目的でいきなり攻撃して来たのか分からないけど……ちょっとオシオキしないといけないわね。

 そう思い、念の為にもう一度【神盾アル・シュテイル】を発動させながら、左右に視界を巡らせる。

 ……が、辺り一面、煙。煙。煙。視界全てを埋め尽くす煙に、少々腹が立つ。


「煙が邪魔でよく見えない……あぁもう!」


 もどかしくなって手で扇ぎ、目の前の煙を少しでも晴らそうと努力する。

 少しずつ明らかになっていく視界。その先には──


「────ッ!」


 ──無数の『闇の塊』に蹂躙される、イケメン君の姿があった。



「……えっ、ちょっと」


 思考が一瞬停止する。その『闇の塊』には見覚えがあった。

 見覚えがあったからこそ、私の心を焦燥が支配した。


「やばっ! 『無詠唱魔法』が発動した!?」


 やばい。──やばいやばいやばい!

 あの『闇の塊』は全てを喰らう暴食の獣。一切合切を消滅させる、私の『無詠唱魔法』。


 私の身に『敵意』や『害意』、『殺意』を伴った攻撃が触れる直前に自動的に発動する、防御魔法。

 襲い来る飛び道具や魔法をことごとく呑み込み、攻撃者に向けて突き進み相手を喰らう、『攻勢』の防御魔法。


 

 なんで? どうして?



 攻撃はしっかりと【神盾アル・シュテイル】で防いだ筈だった。そこで考えられる可能性としては……彼の放った魔法が、一撃では無かった・・・・・・・・……?。

 もしあの短時間で二発、三発と魔法を撃ち込んでいたとするならば、【神盾アル・シュテイル】の効果が切れ、私のカウンターが発動したとしてもおかしくは──って、今はそんな事考えてる場合じゃないっ!


 煙が完全に晴れた視界が捉えたのは、無残にも両手足を喰われ、仰向けに横たわり荒い息を吐くイケメン君の姿だった。



「ま、待って! ダメ! 死んじゃダメだからね!」


 私は急いで彼の元へと駆け出す。

 また・・、人を殺してしまうのは、嫌だった。


「あぁ、血が流れ過ぎている……」


 当然だ。両手足を失い、胸部にも大穴が空いている。

 今も尚、湧き水のように次々と血が溢れてきていた。


「何か、何か助かる方法は……っ!」


 必死で頭をフル回転させる。

 傷を癒す魔法はある。だが、欠損した部位を元に戻す事は出来ない。

 つまりは、心臓を失っているであろう彼に対して、どんな治癒魔法も効果を為さない。

 何か、何か助かる方法は────ある。


 たった一つだけ、彼を死なせずに済む方法がある。

 どんな願いも叶える事の出来る、奇跡の魔法。それは──



 ──【神々の祝福ルキエ・ウル・アルムラス】。



 私は急いで魔法陣の構成に取り掛かる。それはあまりにも膨大で、緻密な作業。

 二階から糸を垂らし、針の穴に通す様な、途方も無い集中力を必要とする。

 だが、それで【神々アルムラス】に意思を繋ぐ事が出来ると言うのであれば、全く以って容易い作業だ。


 私はその作業の合間、彼が意識を手放さない様に必死で呼び掛ける。


「もう少し、あと少しだけ耐えてね、『お客さん』! 私が、何としてでも繋いで──」


「……『お客さん』じゃねぇ……アルファルドだ」


「────えっ?」



 ……今聞こえた言葉が、信じられなかった。信じたくなかった。

 聞き間違い。そう。聞き間違いであって欲しい。だが、その祈りは虚しくも叶う事は無かった。



「アルファルド……ニルドレア……だ」




 ──アルファルド。

 彼が口にしたその名前を脳が理解した瞬間、垂らした糸は風に吹かれてしまった。

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勇者の息子の息子の勇者 中里蜜柑 @nakazatomikan

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