05 幕間《上》『戸惑う従者と魔導の王』

 ──私は、ずっと待っていた。



 二人が一人になった『あの日』から。



 一人が二人になった『あの日』から。



 ずっと、ずっと、待っていた──。





◆───────────────◆





「──よし!」


 私は、広々とした庭園に立ち、完成した屋敷を上下左右くまなく見渡して、満足気に頷く。

 まるで『お城』のような、巨大で荘厳で威風堂々とした、最高で完璧でマーベラスな新しい我が家。


 もうね、やばい。超やばい。


 何がやばいって、まずは黒曜石で出来た壁。漆黒の煌きを放つ外観は、身震いする程に美しい。この量の黒曜石を集めるのと、加工するのには相当時間が掛かったけどね……。


 次に、敷地全体に立ち込める、薄紫色の煙。まるで地獄の底……いや、冥府の果てを思わせる雰囲気に、背筋がゾクゾクしちゃいます。ちなみにこの煙、ほのかに甘い香り付きで、心身共にリラックス出来る優れもの。超癒される。


 最後に、辺りを包み込む常闇の結界。ただ、真っ暗だと見えにくいから、絶妙な加減で光が散りばめられていて、視界の確保には困らない。光と闇のコントラストが最高ね!



「何が『よし!』ですかセフィリア様っ! な、な、なんですかこの『悪趣味』な建物は!?」



 さて、屋敷の建設を始めて既に十余年。

 いくら寿命が長く、のんびりとした私達『天族エルッカ』であっても、流石に待ちきれなくなったようで、まだかまだかと口煩くちうるさく催促してくる秘書官に完成の報せを送ったのは、三日前の事。そろそろ到着しても良い頃だろう。

 そんな風に暢気のんきに考えていたら、背後から怒号が飛んできた。


「……あ! アーク、来たんだ! ようこそ、私の屋敷へ!」


 振り返った先に居たのは、シックな執事服に身を包んだ、背中に大きな白い翼を持つ金髪の青年。


 神域アルフェルティアに在る私の国、『リアファルド』の王城に勤める、私の秘書官【アーク・ズィーガー】だった。

 ふふん、私これでも『王様』なんだからね!


「来たんだ、じゃありません!」


「あ、そっか。ごめんごめん。──よく来たな、アーク。ようこそ、我が屋敷へ」


「何カッコつけちゃってんの!? そういう意味じゃありませんよ!」


 そびえ立つ漆黒の『城』、立ち込める煙、薄闇が支配する世界……。そんな雰囲気にピッタリな感じで言い直したら、何故か怒られた。解せぬ。


「はぁ、セフィリア様……。この『大使館』が何の為に地上に作られたのか、分かっていますか? ってかそもそも誰かを招く気あんのかよ、コレ……」


「えっ、大使館? 私の屋敷じゃないの?」


「………は?」


 アークがきょとんとした表情で見つめてくる。よせやい、照れるじゃないの。


「は、ははっ──そ、そうだ! 内装! せめて内装さえまともなら、まだなんとか……っ!」


「お? 中も見ちゃう? 案内するよー」


「あれ……すっごい不安なんですが」


 死んだ魚のような目をしたアークだったが、途端に生気を取り戻し、『我が家』の内装を見たいと言い出した。ふふふ、そこまで見たいなら見せてあげましょう。

 私は意気揚々と、アークを館へと招き入れる。アークは何故か虚ろな目をしていたけど。




「じゃーん! まずは入口ね!」


「あんた馬鹿か!?」


 庭を突っ切り、漆黒の城の入口、そのゴテゴテに装飾された巨大な扉が私達を出迎える。扉は金で縁取りされ、二本の角が生えた大きな髑髏どくろが、左右対称に一つずつ飾り付けられている。紫色に光る眼窩がんかが超ステキ。


「セフィリア様! これは──いえ、もういいです。ところで、こんな大きな扉、どうやって開けるんですか?」


「これはねぇ、ノックすると勝手に開くようになってるのよ! 凄いでしょ!」


「セキュリティ甘過ぎ!?」


「ふんふふーん。さてさて! 中に入るわよ~」


「……こんなん駄目だろ……馬鹿か……馬鹿なんだろうなぁ……」


 玄関先でアークが何かブツブツと呟いているが、きっと、この扉の素晴らしさに放心しているに違いない。




「見て見て! コレが『我が家』のメイド隊よ!」


「大使館つってんだろ」


 私達の目の前に広がるのは、広々としたエントランスホール。

 十字架の先端に取り付けられた、目と口から光を放つ髑髏どくろ型の照明器具。上階へと続く左右対称に伸びた階段に向けて敷かれた赤いカーペット。天井から吊り下げられた、骨組みに蝋燭ろうそくだけの大きなシャンデリア。超でかい。


 そんなエントランスホールにズラリと並び、胸に手を当てこうべを垂れる、私直属のメイド隊。

 刺々しい全身甲冑に身を包み、眼窩がんかに青白い炎を宿した、私渾身の『ゴーレム』達だ。


「戦争でも始める気ですか?」


「え? いやいや、『メイド』だって言ったじゃない。……アーク、耳悪くなったの?」


「正気の沙汰とは思えませんね」


 どうやら、アークはお気に召さなかったらしい。これだから『趣味の悪い』人は……。




「──ところでセフィリア様」


「ん? どうしたのアーク?」


 全身甲冑の『メイド』達に囲まれながら暫く歩き、上階へと上っていると、痺れを切らしたようにアークが話し掛けてくる。


「不躾な質問で申し訳ありませんが……応接間は何処にあるのでしょうか?」


「あぁ、『おうせつま』ね? もうそろそろ着くわよ~」


「えっ、上にあんの?」




 エントランスホールから階段を上り、大人が横に十人は並んでも歩ける程の廊下を歩き、中央通路の突き当りから上に伸びる螺旋らせん階段を昇り、更に進んだ先。

 そこには、重厚感溢れる、巨大な黒塗りの両開きの扉が待ち構えていた。金の装飾に髑髏どくろの意匠が施されてて、もう……。


「あの、セフィリア様……? 応接間……えっ? ───えっ?」


「はい、到着~! ここが我が屋敷の『王接間』よ!」


「最上階にある応接間……他の部屋とは一線を画す豪華な扉……あっ! コイツまさか!?」


「コンコン~、開けゴマ~」


 巨人でも通るのかという程の大きな扉を、拳で軽くノックすると、ゴゴゴゴゴと重い音を響かせながらゆっくりと開いていく。

 しかし、中にあるのは──。


「ごめんね、アーク。内装はまだ全然手を付けてなくってね……」


「いえ! いえいえ! セフィリア様、お構いなく! いよぉっし! まだ希望はある!」


 がらんどうの室内を見たアークが、何故か目を爛々と輝かせ、活き活きとした表情で唐突に叫ぶ。相変わらず変人ね。


「セフィリア様、ここの内装は私にお任せください! どうか! 平に!」


「うおぉ……なんか凄いやる気ね。よし、それじゃあ任せた! やるからには立派な『玉座の間』に仕上げてよね!」


「やっぱり『玉座の間』だったか!? ──えぇ、えぇ! お任せくださいっ! ここだけは死守してやるよ!」



 雄叫びを上げて、拳を天に突き上げるアーク。

 ちょっと気持ち悪いけど、内装を『完璧』に仕上げてくれるらしい。


 ふふふ……髑髏どくろに十字架にハードレザーに金の装飾──楽しみだわ!

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