04 『段違いな勘違い』
『およ? ごしゅじん様、またお出掛けですか?』
『あぁ。いい加減、魔王を見つけないとな』
『魔王? 魔導王様では無くてですか?』
『魔導王?』
『はいぃ! 私達『
『あ、じゃあ違うわ。俺が探してるのは、魔物を生み出すようなヤツだからな』
『むぅ、紛らわしい名前ですねっ!』
『そういう事もあるだろうさ。……さて、ちょっくら行ってくるぜ! イヴリンとジンを宜しくな、ハンナ!』
『承りましたっ! お気を付けて行ってらっしゃいませっ!』
◆───────────────◆
──色々と考えていた。
俺が探していた『魔王』。ハンナの言う『魔導王』。セフィリアは、自らの事を『魔王』だと言っていた。だが、その実体は『天族』の王であるとハンナは言う。
何がどうなっている? 俺は、どこから間違っていた? 魔王とは? 勇者とは?
様々な疑問が浮かんでは、霧散する。
そうこうしているうちに、どうやら俺が生まれてから一ヶ月程の時間が経ったようだ。
この頃になると、まだくっきりとは見えないが、色や簡単な物の判別が出来る程度には、目も見えるようになってきた。
でも、まだ喋る事は出来ない。超不便。
「おはよう! 母さん! レイラ! ハンナ!」
「おう、オハヨウさん!」
「ジン君、おはよう」
「皆様、お早う御座いますっ!」
爽やかな朝の挨拶を交わすニルドレア一家。この家には、俺、イヴりん、ジン、レイラ、ハンナの五人が住んでいる。
特別に決まり事がある訳では無いが、この家ではいつの間にか、毎朝必ず家族全員が顔を合わせるのが習慣になっていた。
ちなみに、『一ヶ月経った』のかが何故分かるのかと言うと、ズバリ、挨拶の数だ。
一日の始まりである『おはよう』の回数を数えていたと言う訳さ。
ハッキリ言う。赤ん坊の体は暇すぎるんだよ……ッ!
「ふぁ〜……眠い……」
「あら、ジン君夜更かし?」
「ん、あぁ。また、母さんから貰った『術式設計図』をちょっと、な」
「あ? ジン、てめぇアタシの
「ちょっ! 母さん落ち着け! そうじゃねぇよ!」
「みなさん朝から元気ですねぇ」
「……もうっ」
皆がそれぞれ他愛も無い会話をしている、そんな時──
『おはよーございます!』
──突然、玄関の方から、とても元気の良い声が聞こえてくる。
「お、ユンか!」
その声に、イヴりんが
「あっ! イヴおばさん、おはよーございます!」
「おう、オハヨウさん! ユン! 今日も元気がイイなぁオイ!」
「うん! ユンはいっつも元気!」
超ハイテンションな声の主は、【ユン・バスティス】で間違いないな。我が家のお隣、バスティス家のお子さんだ。
えーっと、確か……俺が旅に出る前で三歳だったから、そろそろ四歳になる頃か。やんちゃ真っ盛りだな。
「ねぇ、イヴおばさん? もう、あかちゃんうまれましたか?」
「おうよ、先月生まれたばっかだ! まだほやほやだぜ!」
「おぉー! ユンもごあいさつしていいですか!」
「へっ、モチのロンだろうが! さ、上がった上がった!」
「はい! おじゃまします!」
なるほど、出産直後は大変だろうと、お隣さんが気を利かせてくれていたのか。
この子としては、すぐにでも遊びに来たかったんだろうなぁ。
……それからすぐに、またしてもドタドタと大きな足音が近付いて来る。イヴりんに『お淑やか』という概念は存在しないのだ。
「みなさん、おはよーございます!」
「おう、おはようユン! 今日も可愛いな!」
「ユンちゃん、おはよう」
「お早う御座います、ユン様っ」
俺が出掛ける前は、そんなに面識も無かった筈なんだが……『一年』という歳月は、案外大きいのかもしれない。
現に、ユンにとっては人生の四分の一の時間だからな。こういった交流の変化もあるのだろう。
「おぉー、あかちゃんだ! おはよーございます!」
そんな事を考えていると、気付けばユンが俺に挨拶しているようだ。おはようさん!
「ねぇ、おかあ……じゃなかった、レイラおばさん? このこのなまえは、なんていうんですか?」
あ、今『お母さん』って言おうとしたな? まったく、可愛い奴め。
「ふふっ、ユンちゃん、この子の名前はアルファルドよ。アル君って呼んであげてね」
「ありがとーございます! アルくん、ユンはユンっていいます! よろしくおねがいします!」
今までの会話から薄々感付いてはいたが、ユンはやんちゃ真っ盛りどころか、かなり礼儀正しい子のようだ。
……おかしいな。ジンが四歳の頃っていったら、そこら中に迷惑を撒き散らしてくるようなクソガキだったってのに。
「さて。せっかくユンが来てくれたのに悪いんだけど、俺そろそろ店に行くわ」
「あー、もうそんな時間か。ったく、メンドクセェけど、アタシも仕事行くかー」
どうやら、二人は仕事に向かうらしい。
ジンの仕事は、『ニルドレア魔法具店』という個人営業の店だ。生活に役立つ『魔法具』から、狩りや戦闘に役立つ『魔法具』まで、様々なラインナップを自作し、販売している。『魔法具』を扱う店の中では、王都一の人気商店だ。
イヴりんの仕事は、『
ちなみに俺も生前は所属していたが、王都に留まって居る事が少なく、また『勇者』であるためか、『名誉顧問』という肩書きになっていたな。
「んじゃ、ハンナ。後は頼んだぜ!」
「レイラとアルの事、宜しくな」
そう言って、二人は家を出る。
そうして残ったのは、赤ん坊である俺と、母親のレイラ、家政婦のハンナに、遊びに来たお隣さんのユンだ。
「ねぇ、おかっレイラおばさん! アルくんに『ごほん』よんであげてもいいですか?」
「ふふっ、そうね……せっかく持ってきてくれたみたいだし、お願いしようかしら」
「そうですねっ。『教育』、という程ではありませんが……絵本の読み聞かせというのは、赤ちゃんの脳を刺激して──」
「難しい事はよく分からないけど、ダメな事じゃないんでしょ?」
「あ、えっと、はいぃ! ユン様、是非読んであげてくださいっ!」
「ありがとーございます! きょうの『ごほん』はこれです!」
「あら、『ゆうしゃとまおう』じゃない。なかなか渋いわね」
「ほほぉー、興味深いですっ」
お、マジか! 俺が子供の頃好きだった絵本だぜ、それ! 何回も読んだ!
……まぁ、現実は物語と違うって事を痛感させられたがな……。
「では、よみますね!」
ふむふむ。せっかくだし、しっかりと聞いておくか。
『むかしむかし このせかいには 『まもの』をうちたおす『まおう』と『ゆうしゃ』という ふたりのわかものがおりました』
うんうん……うん? 今何て言った? 魔物を『うちたおす』? 『うみだす』じゃなくて?
『『まおう』は そのちえやまほうをつかい つぎつぎと『まもの』をうちたおしていきました』
……あー、やっべ。これ洒落にならねぇかもしんねぇ。いや、マジでやべぇ。
『『ゆうしゃ』は みぎてに エルティエドルをもち そのみに エルミヴロをまとい きょうりょくなまほうをつかって 『まおう』とふたりでたたかいました』
「おぉっ、【エルティエドル】と【エルミヴロ】! 『聖樹の枝』に『聖衣』とは、流石ですねぇ。となると……『まおう』と言うのは、『魔導王』様の名前が【マルッカ】に誤って伝わってしまったのでしょうか?」
「しっ、今はお話中よ?」
「あう、失礼しました……」
「あ、あのあのっ! ハンナおねぇちゃんは、なにかしっているのですか?」
「へ? 【エルティエドル】や【エルミヴロ】の事ですか?」
「はい、そうです! あと、まおうも!」
「ん〜、そうですねぇ……。【エルティエドル】はその名の通り、『聖樹の枝』から作られた神聖なる『杖』の事ですねっ。【エルミヴロ】は『聖衣』。これは、【アルフェルティア】──『神域』にある聖なる泉に七日七晩浸した『ローブ』の事ですっ」
「おぉー! なら、『ゆうしゃ』はまほうつかいだったのですね!」
「そうみたいですねぇ」
──『何で剣が木製なの? 防具が普段着と変わらないような麻の服なの? 『勇者』ナメんなよ。蛮勇にも程があんぞコラ。』
い、いやいや……。そんなカッコイイ名前が『杖』と『ローブ』だなんて思わねぇよッ!
あれ『魔法使い』用の装備だったんだね!? ガンガン杖で殴ってたよ! 今は倉庫で埃被っちゃってるよ!
「そして、『魔導王』様──いえ、【マルッカ】の間では『魔王』として伝わっているようですが……才知に富み、弱きを助け、邪悪を滅ぼす存在こそ、我等が『王』として崇めるお方でありますっ!」
「んー、むずかしくてよくわからないけど、ありがとーございます!」
「およよ……まだ早かったようですね……」
「ふふっ、ハンナは物知りね」
「いいえぇ……。さてユン様、他に何か疑問はありますか?」
「んーとね。あ、ここ! 『『まおう』とふたりでたたかいました』ってところなんですけど」
「ふむふむ」
「これは、ふたりがいっしょに、きょうりょくしてたたかいました、ってことですよね?」
「えぇ、それで合っていると思いますよっ」
「よかったー! ミーくんが、『これは、まおうとゆうしゃが、ふたりでいっきうちをしてるんだ!』っていってたから、ふあんだったの!」
「あら、確かにそう読む事も出来るわね……」
「うむむ……これは絵本の作者に問題がありますねっ。しかし、その前後の展開から見ても、ユン様の意見で間違い無いでしょう」
「うん、ありがとーございます!」
はっはっは、そんな勘違いする奴がいるか?
俺 だ よ !
魔物を生み出す『魔王』と、なんかカッコイイ名前の装備を持った『勇者』が、二人で一騎打ちしてるんだと思ってたんだよ!
……って事はさ、って事はだよ?
俺、三十年間、勘違いしてたって事ですか……?
いやいやいやいや。いやー、これ、マジで、洒落んなんねぇぞマジでおいこれお前ほんとマジで……。
あー、そういや王様の言ってた言葉も──
『さぁ、勇者よ。『魔王城』へと旅立つのだ!』
──うん、こう言ってたね。確かに言ってたね。『魔王を倒せ』とは一言も言ってないね!!
……はぁ、どうしよう。
「それじゃ、つづきをよんであげますね!」
「はいぃ、お願いしますっ」
「あらあら、ふふっ、ハンナったら」
「あう、『魔導王』様のお話が聞けると思うと、つい……」
「こほん! 『そして 『まおう』と『ゆうしゃ』はたたかいつづけ』──」
その後、ユンは
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