おわりに

(一)

書かせていただいた「おしえ」は、いろはの48個ですが、おばちゃんに教わったことは、これだけではありません。

生活全般に渡って、知恵と工夫の数々を教わりました。


わたしは、おばちゃんに対して、不思議に思うことがたくさんありました。


「おばちゃんは、なんで、なんでも知ってるんやろ?」

と、言う疑問でした。

何を聞いても、ほとんど即答です。しかも、的確に表現されました。


わたしは、ある日。

その疑問を、そのままおばちゃんに聞いてみました。

すると、

「だって、全部経験済みやもん!」

と、ケラケラ笑っておられました。


「全部?」


「うん。全部やな。」


「ほんなら、おばちゃんは、不幸の百貨店やんか!デパ地下には、めっちゃ苦い不幸が売ってるんちゃう?」

と、わたしが、言うと

「ほんまやなぁ、おばちゃん、不幸のデパートや!」

と、爆笑してました。

懐かし過ぎて、泣けてきます。


でも、笑える話ばかりでもありません。

おばちゃんには、よぉ怒られました。

正直なところ、おばちゃんの言葉を理解出来ずに、その言葉に追い詰められることもありました。


そんな時は、ひたすら落ち込んで、不貞腐れていました。


でも、有難かったのは、落ち込んでも、不貞腐れても「何クソッ!」と、底力が湧いたことでした。

そこにおばちゃんのフォローがあったのは言うまでもありませんが、わたしと同様に、おばちゃんによく怒られていた盟友の励ましや、ふたりの子どもの存在が、わたしを強くしてくれました。



(二)

離婚することになったわたしは、おばちゃんの紹介で、それまでの職種と全く異なる分野「医療業界」で働くことになりました。

ふたりの子どもを養うには、安定したお給料が必要だったからです。


おばちゃんは、わたしが勤めることになった診療所の患者さんでした。

ですから、わたしが望まなくても、おばちゃんの病状がわかってしまいます。


ある時から、外来通院が出来なくなったおばちゃんは、在宅医療を受けるようになりました。

わたしは、短い間でしたが、仕事が終わってからおばちゃん家にお手伝いに行くようになりました。


そんなある日、おばちゃんが顧問をしていた会社さんへのお祝い品を準備するように言われました。

その時、

「【喜】という字を、大きく書いて額装してお贈りしてくれるか?」

と。

わたしは、すぐに手配をしました。

そして、それをお届けに行く準備をしている最中、わたしの書く字を見ながら、

おばちゃんはこう言いました。

「恵…アンタの字は、優しい字ぃや。その字を大事にしなはれ。」

と。

その後、おばちゃんの身体を拭きながら色んな話しをしましたが、何故だかあまり覚えていません。


「その優しい字を大事にしなさい。」


と、言われたことだけが心に残っています。

それは、おばちゃんの意識が混濁する2日前の夜のことでした。



(三)

おばちゃんの意識が混濁してから亡くなるまで、3週間ほどあったでしょうか?


その間、おばちゃんが夢に出てきたことがありました。

ロイヤルブルーのスーツ姿にローラアシュレイ風の生地で作ったつばの広い帽子を被り、白いバックを持ち白いヒールを履いていました。

わたしが

「おばちゃん、エリザベス女王みたいやなぁ!」

と言うと

「神さんとこ行くから、めかし込んだんや!どや、似合うか?」

と聞いてきました。

「うん!めっちゃ綺麗やで!めっちゃ品があるわ!」

と、言うと口に手を当てて

「おほほ」

と笑いました。

その時、手に手袋を持っていることに気がつき、ほんとに皇室の方のようやなぁと思ったことを思い出しました。


その3日後だったでしょうか?


朝、起きがけに、おばちゃんのお孫さんから電話がありました。



(四)

おばちゃん。


お元気ですか?

そちらからの眺めはいかがですか?


わたしたちは、お蔭様で元気に楽しくやってます。


この国も、なんだか変わってきました。

時代と言ってしまえば、それまでですが、どうなんやろうなぁ…と、首をひねることも多くなりました。

わたしが思うんやから、おばちゃんが生きてらしたら、人生幸朗ばりに「責任者出てこい!」と、ぼやいていたかもしれませんね。


おばちゃん…

ぎょうさんの言葉をもらったよね。


「今日が底やと思いなさい。いつまでも、しんどいことばっかりとちゃうから…」

って、言うてくれたよね。


「分かり合えなくて当たり前。だから、分かり合えるように、歩みよるんやで。」

とか…

もう、いっぱいあり過ぎて…



おばちゃん。

あたし、どう?

イケてる?

これでも、精一杯頑張ってきてんで。

褒められるには、まだ足りんやろうけど、頑張ってきたことは褒めてな。

そちらに行くのは、まだ先の予定やけど、また会えたら…そん時は褒めてな。


それから、約束してた着物…

着物、縫うたるって言うてくれてたやん?

覚えてる?

あたしが行くまでに用意しててや。


あたし。

もうちょっと、こっちで頑張るから…


ありがとう、おばちゃん。


これからも、見護っててね。












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「おばちゃんのおしえ」いろはかるた 椿姫 よよこ @yoyoco

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