第4話  敗北。

 凄惨な一夜が明けた都心には、動かない人間と動く人間で溢れていた。


 動いていないのは死体で、巨大ロボットの攻撃によってもたらされた放射能汚染による死者だった。


 動いている者は、放射能防護服の着用者で、警察、消防、自衛隊のいずれかに属する者達であり、警官と消防職員は絶望的な状況ながらも生存者の捜索をしていた。

 

 自衛官達はというと、それを囲んでいた。


 それとは巨大ロボットで、全身埃まみれで、所々の装甲は剥がれ、右腕と左足は無く、別の場所に転がり、残っている手足で腰を大きく曲げて地面に座している体を支えていて、首に至っては根元から外れて本体から飛び出したコードによってかろうじて繋がっている状態で、顔面は土にくっ付いていた。


 専門家が到着するまでの警護かつ監視という指示の元に周囲を囲んでいる自衛官達は、また動き出したりしたら、自分達ではどうにもならないことを昨夜の出来事で嫌というほど思い知らされているだけに、今すぐにでも離れたい気持ちでいっぱいだった。


 異変に気付いたのは、当然のことながら一番近くに立っていた隊員で、巨大ロボットから発せられる小さな音を耳にした途端、悲鳴を上げて逃げ出した。


 その行動は、その場に生きている者達に伝播し、一斉に離れていった。


 巨大ロボットから発せられる音は、鼓膜を破るほどの大音量に達し、後ろを振り返った者が目にしたのは、地面にくっ付いている口が土を吸い込んでいて、自身の周りを少しばかり窪ませたところで鳴り止んだ。


 最も遠くに離れた者達が注目している中、巨大ロボットの右腕と左足の付け根から植物の蔓のような太いケーブルが何本も伸びてきて、一定の長さに達すると絡み合って骨組みを形成すると、小さな虫が寄り集まるように装甲が覆っていき、それに呼応するように別の場所に放置されていた手足が、磁石の要領で引き寄せられ、本体に合わさっていった。


 四肢の修復が終わると立ち上がり、ぶら下がっている頭を右手で持って、本体に押し込むようにして戻すと、全身の損傷個所を手足と同じ要領で再生した後、息を吹き返したように両目に強い光を宿した。


 全ての損傷個所を再生し終えると、噴射口から煙を出して、表面に付いていた埃を払い、新品同様の状態にまで自己修復させてたのだった。


 完全な姿を取り戻した巨大ロボットは、地下から出る時と同じく姿勢を低くして、地面を足場にジャンプした。それによって発生した凄まじい衝撃は、その場に居た人間と死体を軽々と吹き飛ばしていった。


 鋼の巨体は、衝撃波を発生させながら青空を突き抜けて、人工衛星が飛び交う衛星軌道上に到達し、噴射口からガスを出して位置を調整すると、胸部装甲が×の字に展開して、内部の発射口を露出させると、胸部装甲の内側を反射パネルにして、中枢機関が生み出す膨大なエネルギーを蓄積した後、真紅の極太ビームを発射した。


 ビームが着下した場所は、核ミサイルを発射した国の核施設で、ビームの直撃によって、施設はあっという間に破壊され、それに伴って起こった誘爆によって、巨大ロボットが居る位置からでも確認できるほどの巨大なきのこ雲を発生させたのだった。


 自身が行った攻撃の結果を確認した巨大ロボットは、噴射口からガスを噴射しながら降下し、大気摩擦をものともせず放射能で汚染されている都市へ舞い戻ると、何事もなかったように歩行して去っていった。


 夕暮れになり、巨大ロボットが進んでいる中、歩行先に一人の人間がに立っていた。


 内閣総理大臣その人である。


 日本には決定的、他国には壊滅的打撃をもたらしたものを間近見ようとやってきたのだ。


 官房長官を含む他の大臣達は、考えを改めさせようとしたが、総理は頑なに考えを曲げず、こうして進行上に立っていて、傍に居たSPを含む取り巻き達は巨大ロボットのシルエットが見えただけで、一目散に逃げだした。


 巨大ロボットが、近づくに連れて、揺れは大きくなり、一メートル手前来た時には、体が数メートル浮き上がり、立っていることさえできず、振動に身を任せることしかできなかった。なお、被爆の危険性は無いこともわかっていた。人工衛星からの調査で、放射能反応が出ていないことが判明したからだ。


 目と鼻の先に来た時には、あまりの上下運動の激しさに酔ってしまいそうになったが、それに耐えながらもしっかりと巨大ロボットを直視した。


 ”大きい”その一言しか言葉が出なかった。


 それほどまでに大きく、分厚く、駆動音を鳴らしながら人間と同じように動いていた。


 一方の巨大ロボットは、総理には目もくれず、居ることさえ分からないかのように歩行を続けた。


 距離が離れて、振動が緩やかになり、どうにか立っていられるようになると、両手両膝を地面に付けて大泣きした。あのような圧倒的な存在に勝てるはずがないという気持ちでいっぱいにさせられたからだ。


 総理は、巨大ロボットが見えなくなるまで泣き続けた。


 それから百年近くが経とうとしていた。


 人類は存在していた。


 巨大ロボットもまた健在で、時に止まり、時に動き、時に破壊するという行為を続けていた。


 人類は、幾度も巨大ロボットの破壊を試みたが、その度に返り討ちに合い、さらに大きな被害が出るので敗北を認め、その存在を受け入れることにした。当然批判の声もあったが年月が経ち、世代交代が進んで巨大ロボットの存在が当たり前になると、そのような声も聞かれなくなった。


 そうした中、巨大ロボットがいつ来るのかわからないので、過半数の政治家や皇族は月へ移住し、富裕層は移動式住居に住み、庶民は破壊に怯えるなど、人類に新たな格差社会の在り方をもたらしていた。


 巨大ロボットに付いては、驕れる人類に鉄槌を下すべく天から遣わされた御使い、破壊を繰り返すだけの悪魔、人類の英知が生んだ最高傑作など、様々な呼び方をされていたが、揺ぎ無い事実が一つだけあった。


 ”それが巨大ロボットである”ということだった。

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それは巨大ロボット。 いも男爵 @biguzamu

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