第3話  攻撃。

 巨大ロボットは、月夜の下を激走していた。


 人体を遥かに超える巨体が行う運動動作が生み出す超スピードは暴風となって、道路の左右にある電柱や家屋といった建築物を軽々と吹き飛ばし、通り過ぎた後に死体と瓦礫の山を築くといった台風や大竜巻クラスの爪痕を残していった。


 進行の先にある都市は大混乱状態にあった。


 都議会は山中での一件を映像付きで政府に報告した上で自衛隊の出動と救助を要請し、政府側は要請を聞き入れたものの、都民に被害が及ぶことを理由に巨大ロボットの対処に付いては明確な回答を出さなかった。


 一方都民には緊急避難指示を出し、警察官と消防職員を総動員して避難作業に従事させていたが、避難理由が巨大ロボットが迫ってくるという常識を疑うものだけに、指示に従わない者や暴言を吐く者、挙句の果てにワザと馬鹿騒ぎを起こす者達の妨害によって遅々として進まなかった。


 そうした傾向が最も顕著だったのは、巨大ロボットの進行ルートに当たると予測された片側四車線の道路で、都市の中心部を通っているだけに、突然の道路の封鎖と退去命令にドライバー達は不満を爆発させ、暴動が起きかねない状況だった。


 避難誘導を行っている警官達も同僚が悲惨な死に方をしたという報告を受けているものの、加害者が巨大ロボットであるということで、懐疑的な気持ちを抱かずにはいられなかった。


 四車線道路の入り口では機動隊による封鎖作業が行われていた。隊員達は警察や消防と異なり犠牲者が出ていないことから、巨大ロボットの存在を真っ向から否定し、バカにしたりせせら笑う者さえいたが、その笑い声が強風に掻き消された瞬間、自分達が間違っていることを知った。


 その時には全てが手遅れだった。


 鋼の嵐の到来によって道路にあった全てのものが吹き飛ばされ、ある者はアスファルトに、ある物は付近の建物に激突して、死体と廃棄物にされてしまったからだ。


 巨大ロボットが、無自覚のまま引き連れてきた死と破壊と共に、都市に到着したのである。


 都市の入り口から十数メートル進んだところで足を止めると、それだけで猛烈な突風が巻き起こり、前方に居る人間や車を吹き飛ばし、街頭などを引き倒していった。


 距離が離れていた為に被害から免れ、巨大でぶ厚く鋼で構成されている機械人間の姿を目にして都民達は、喚きながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 その逃げっぷりは凄まじく、勢いに付いていけずに倒れてしまった者や幼い者に年老いた者達を助けるどころか、踏み殺していくという慈愛や道徳心の欠片もない有り様だった。


 巨大ロボットが初めに示したのが、惨殺という残酷行為だった為に、自身の命を最優先にさせるように生存本能が強く働いた為である。


 眼下の人間達がそのような状況にあることなど全く理解していない巨大ロボットは、当然のことのように駆動音を鳴らしながら片側四車線の路面に沿って進む中、鋼鉄の塊である足が起こす地響きによって街頭やネオンの電球が割れていき、華やかだったネオン街は闇で染まっていった。


 そうした巨大ロボットの様子を報道しようと、都内各所から飛んできたマスコミのヘリは、人間にまとわり付く蠅のように周囲を飛びながら、映像を全世界に流していた。


 ヘリに一切関心を示さない巨大ロボットが道なりに進んでいると、突如右足が膝下まで沈んでいった。そこには地下鉄の線路が密集していた為に、巨大ロボットの自重に耐えられなかったのだ。

 

 地下鉄そのものは、避難指示によって全車両が停止状態にあったが、右足の沈んだ場所は、駅のホームであった為に、構内に残っている避難途中の人間達は、自分に何が起こったのかもわからないまま、鋼鉄の足に踏まれて死んでいった。


 巨大ロボットは右足はそのままに左足を大幅に前に出して、道路にしっかり踏み込むと同時におもいっきり踏ん張ることで右足を引き抜き、姿勢を立て直すと、進行を再開し、大きな一歩を踏み出す度に、都市には破壊を、都民には恐怖を刻んでいった。


 そうしてしばらく進んでところで動きを止め、顔を左に向けた。


 視線の先にあるのは、巨大ロボットよりも大きなビルで、鏡面のような窓が、自身の姿をまるまる写していた。


 巨大ロボットは体の向きを変えると、吸い寄せられるように自身とビルの間にある建物を破壊しながら近づき、後一歩という距離で足を止め、鏡像と向かい合う形になった。


 しばらく鏡像を見ていた巨大ロボットは、伸した左手をビルに近づけていった。それは野生の類人猿が鏡を通じて、自身の姿を初めて視認した時の行為と酷似していた。


 鏡像は当然のことながら正反対の動作を取り、二体が手を合わせるような感じになったが、左手がビルに触れると、窓に軽くめり込み、そのまま腕を下げいくと、左手が壊した跡が刻まれたことで、鏡像の右腕が削り取られたように見えた。


 その様子を見た巨大ロボットは、右腕を振り上げるなり、顔を映す窓に向かってストレートパンチを撃った。鏡像も同じ動作を取ったが、鋼の拳が窓を破壊すると同時に消え去り、その後は憂さを晴らすようにパンチを連打して、中に居る人間もろともビルを完全に倒壊させた。


 破壊音が鳴り止み、辺りが静かになると、巨大ロボットは直立したまま全排気口から光る粒を噴出し、自身の数十メートル範囲に散布していく中、付近を飛んでいた為に粒を吸い込んだヘリの乗組員達は喉元を押さえ苦しみ悶えながら死んでいった。粒は、人間には有害物質だったのである。


 ヘリが墜落し、同じく粒を吸い込んだ周辺の人間が苦しみ悶えている中、四方から形の異なる数種類のミサイルが飛んできたが、巨大ロボットの十数メートル前で爆発し、爆炎すら届かなかった。


 ミサイルを発射したのは、航空自衛隊の戦闘機とヘリコプターで、巨大ロボットの破壊力の大きさによる都市の被害を鑑みた防衛庁が、内閣総理大臣の了承を得て出撃を命じたのだ。


 生き残っている都民は、誰一人喜んではいなかった。自衛隊の戦力だけで、あの鉄の化け物に勝てるのかという不安でいっぱいだったからだ。


 攻撃が一発も当たらない状況を前に航空自衛隊の現場指揮官は、攻撃方法をミサイルから実弾に切り替えるように指示し、戦闘機とヘリは装備している銃火器による攻撃を開始した。


 それとは別に現場に到着した陸上自衛隊が戦車による攻撃を開始しことで、都市は銃弾が飛び交う戦場と化した。


 巨大ロボットは、その事態を想定したかのように、開いた右手を上げると、自衛隊機が発射した弾の全ての軌道が逸れ、手の平に集まって吸着されていき、その後にはヘリや戦闘機なども同様に吸い寄せられていった。


 各機パイロット達は、出力を全開にして抵抗したが、どうにもならず、右手に吸着させられ、それに合わせるように巨大ロボット周辺の鉄製のものは残らず吸い寄せられ、やがて大きな鉄塊と化し、戦闘機とヘリを全て吸着し終えると戦車が集結している場所に放り投げた。


 戦車隊は、即座に退避行動を取ったが、鉄塊は巨大ロボットの手を離れると、磁力が弱まったのか徐々にバラバラになり、広範囲に渡って散乱し、そのどれかに当たっていって、全滅したのだった。

 

 全て自衛隊機を破壊した巨大ロボットは左腕を上げ、拳が遥か上空に向けられると肘の関節と前腕の付け根から、煙がゆっくりと噴出されると同時に本体から勢いよく飛び出し、弾丸の如き超スピードで夜空を駆け抜けていった。


 左腕が飛んで行った先には、都市に向かって飛んでくる一基のミサイルがあった。派遣した自衛隊機が全滅したことを知った政府が、総理の承諾のもと、イージス艦にミサイル発射の許可を出したのである。


 二つの高速飛行物体が、空中で激突すると大爆発が起こって、夜空を赤く染め上げた。


 爆発の中から出てきたのは無傷の左腕で、本体へは戻らず、ミサイルを発射したイージス艦目掛けて飛んで行った。


 左腕の接近を知った乗組員達は、搭載されている全火力を用いて、抵抗を試みるも、左腕には傷付けるどころか方向すら変えることができず、甲板の真ん中を突き破られ、その衝撃によって船体はくの字に曲げられ轟沈した。沈みゆく乗組員全員が、自分達は一本の左腕に殺されるのかと、なんとも言えない気持ちを抱えながら海へ沈んでいった。


 一方の左腕は、海底で方向を変えると、上昇して本体へ戻っていった。


 左腕を戻した巨大ロボットは、顔を別の方向へ向けた。そこには別のミサイルが近づきつつあったからだ。


 それは巨大ロボットの映像を見て恐れをなしたどこかの国が発射した核ミサイルであった。その存在を知った政府はすぐに抗議したが、そんなことはなんの意味もなかった。


 巨大ロボットは、向かってくる核ミサイルに対して、両目をこれまで以上に強く輝かせ、目から強烈な光を帯びたレーザーを発射した。二軸のレーザーは夜空を切り裂くように突き進んで、核ミサイルを三つに分断して破壊したが、その破片と中の有害物質は都市中にばらまかれ、生き残っている都民もろとも煙で覆い尽くした。


 その様子を見ていた総理は、残っているイージス艦に全ミサイルの発射を命じた。


 他の大臣が驚く中、あのような事態になった以上、是が非でも巨大ロボットを破壊しなければ、都民の犠牲が無駄になってしまうと、これまでにないくらいの強い口調で訴え、その言葉に大臣達も賛同し、ミサイル発射を命じた。


 そうして、煙で覆われた都市に大量のミサイルが撃ち込まれ、さらに煙を濃厚にしたのだった。

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