第2話 移動。
外は夜で、空には満月と満点の星空があって、その下には木々が生い茂っているという自然溢れる風景が広がっていた。
そのような光景の見える世界に飛び出したそれは上昇の時とは反対に重力に任せるまま降下して、自身で破壊して作った出口から数十メートル離れた場所に人間と同じように関節を折り曲げながら着地した。
それが足を着いた瞬間、着地点を中心に大地は激震し、爆風と爆音を伴いながら地面は窪み、それによって巻き上げられた大量の土砂は大津波のように周辺の木々や岩などを飲み込みながら広がっていった。
一連の災害現象が収まり、辺りに静けさが戻ると、着地した場所は小さな隕石が落下でもしたようなクレーターと化しているのに対して、それは傷どころか汚れ一つ付いていない完璧な状態のままだった。
それから時を置かず辺りは騒がしくなった。突然の大惨事を免れた山に住む動物達が、四方八方へ逃げ出し、野鳥は夜であることも忘れて喚きながら飛び交い、雲一つ無い夜空を黒く染め上げていった。
それは、逃げ惑う動物や気が動転するあまり鋼鉄の体に激突して死んでいく鳥達に対して一切反応せず、姿勢を戻し、体の向きを変えると、激震と轟音を織り交ぜ、進行上にある木々を踏み潰し薙ぎ倒しながら進んで行った。
しばらく進んでいくと、山中に設けられた片側二車線の道路が見えてきて、路面に居る全車が停止した状態にあり、窓越しからそれを見たドライバー達は絶句したまま固まってしまった。
巨大でぶ厚い人の形をした鉄の塊という虚構の世界でしか存在しないと思っていたものが、目の前に居るという状況に対して、意識がどう判断していいのかわからず、次の行動に移ることができなかったのだ。
それが道路に左足による大きな一歩を踏み入れると、轟音と供に鋼鉄で出来た足首の三分の一ほどが、アスファルトで固められた路面に減り込み、その周辺に居た人間と車を一瞬浮き上がらせた。
先の浮遊現象によって、ようやく意識を現実に引き戻された人々は、それから逃げようと、車に乗り込むなり急発進させたが、それが右足を踏み入れたことによる振動によって、再度車体が浮き上がった為に運転を誤り、上下線で追突やガードレールに激突するといった事故を引き起こした。
そのようなパニック状態になっているなど知るわけもないそれは各間接から機械ならではの駆動音を鳴らしながら歩行を開始し、進行上にあるものを踏み潰していった。
巨大な鉄の足に踏まれたものは、サイズに関係なく破壊音と供に原型を一切留めない肉塊とスクラップと化し、それが足をどけると、足裏と地面の双方に断片をこびり付かせた。なお、血が混ざっている分それの足裏には肉片の方が多く付着していた。
このまま車内に居ては踏み潰されると思った人間達は、車から飛び出るなり、走って逃げるも、それの大きな一歩から逃れることはできず、鋼鉄の足に踏まれて人数分の血で混じり合った肉塊となった。
運良く道路脇の林の中へ飛び込んだ逃走者の一人は、擦り傷や切り傷を負っているのも気にも留めず、目を瞑り両耳を塞ぎ身を縮こませた姿勢を取って、それが通り過ぎるのを震えながら耐えていた。
道路にくっきりとした破壊行為の痕跡を残しながら、山中から出ると、横並びの陣形を取った警察と救急隊が見えてきた。それの進行方向と逆方向に居たドライバー達の画像付きの緊急連絡を受けて、半信半疑な気持ちを抱きながら現場に急行しようとしたものの、巨大な振動によって、車では進むことができず、行けるところまで行って待ち構えることにしたのだ。
それを視認した警官達は、ドライバーと同じような反応を取った。圧倒的に巨大なものを目の前にしているのだから、当然の反応といえるだろう。
とはいえ、特別な訓練を受けているだけに意識の回復も一般人よりも早く、逃げ出したい気持ちをどうにか抑えつつ、全員がその場に留まり、警察の現場指揮者は右手に持っている拡声器を口に当てると、それに向かって呼び掛けた。人が乗っているだろうと想定しての行動だった。
それは停止するなり右手を伸ばして、指揮者を捕まえ、潰すことなく自分の顔と同じ高さまで運んでいった。
光りを放つ感情の一切籠っていない硬質パーツ仕立ての両目の視線を体全体に浴びている指揮者は、恐怖のあまり全身が硬直し、声を出すことも指一本動かすことも失禁さえできなっていた。
それは指揮者を握ったままでいたが、数秒後に握り潰した。
指揮者の首は、体が潰れた際の圧力で千切れ飛び、他の部分は手の中で四散し、それが手を開くと原型を留めていない肉片や血をたっぷり含んだ制服や靴が地面にこぼれ落ち、手に残っている部分は、それ自身の高熱によって、焼け焦げ蒸発していった。
自分達の方に転がってきた生首を見た警官と救急隊員は先を争うように逃げ出し、その様子を見ていたそれは突然移動動作を歩行から走行へ切り替え、大振りな動きと大駆動音を鳴らしながら、逃げる人間を踏んで、蹴って、吹き飛ばしていった。
超機械的な大災害によって、瀕死の状態になった警官の一人は最後の力を振り絞って右手に持っている無線機に、何が向かっているのかを報告して、息絶えた。
隊員の今わの際の報告を受けた警察関係者は、遺憾ながらそれを”巨大ロボット”と断定した。
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