最終話 新しい道へ


 桜の木に蕾がついてきた三月。九曜高校では卒業式が行われた。

 式を終えた学生達は、最後の学校を惜しむように教室に集まったり、部活動に所属していた生徒は後輩達と話したりしている。

 正門をくぐった先の広場の片隅で、学生達の会話を眺めていた小虎はしみじみと呟いた。

 視線の先には主の有栖がいる。目が少し赤いのは、先ほど、友人と別れを惜しんで泣いたせいだ。

 今、話しているのは恭夜だけで、一緒にいることの多い隼人と凛の姿はない。


『これでお雪も卒業かぁ……。早いなぁ』

「にゃあ」


 月日の流れは早く、去年、庵達が卒業をしたと思えばもう有栖達の番だった。

 有栖は自分を見ている小虎に気づくと、一緒にいた恭夜達に一言断ってから歩み寄ってきた。浮かべる笑顔には、かつての自信のなさは感じられない。


「どうかしたの?」

『お雪ももう学校に通わんくなるんやなぁと思ったら、こう……なんて言うんかな? 胸の辺りがじわーってするんよ。嬉しいんやけど、なんやろ、寂しい? ちゃうなぁ……』

「御巫先輩の時とは違う?」

『かいちょーさんの時? んー……ちゃうかなぁ。かいちょーさんの時は、これでもっと自由に出入りできると思ったけん』


 庵が卒業する年、悲しむ女子生徒が多かった反面、一部の九十九はひっそりと喜んでいた。これで気兼ねなく学校に集えるからと。

 ただし、庵がいなくなったとしても、学校の方針は変わらなかったため、さして自由度は増していなかったのだが。

 有栖は、小虎達への庵の評価に笑みを零しつつ、思い当たる感情を伝えた。


「多分、親心に近いものかな」

『おやごころ?』

「そう。子供が成長した姿を見たら嬉しくなるの。ただ、離れていくのも寂しいけどっていうね」

『おいら、お雪の親なん?』

「違うけど、今まで一緒に過ごしてきたから、それに近い感情が生まれてもおかしくないと思うよ。……私が言うのも変だけど」


 一緒に過ごす内に、小虎達も随分と人間の感情について学んできた。たまに新しい感情が生まれると、有栖達と一緒にそれが何であるかを考えている。

 有栖は小虎と小幸を優しく撫でてやると、「これからは新しい場所で頑張るからね」と言った。


『ええ! 遊べんくなるやん!』

「お前は家でも一緒だからいいだろ」


 ショックを受ける小虎に、有栖の後ろにやって来た恭夜が呆れ顔で返した。

 だが、小虎としては有栖の行く先が何処か知っているため、会えるかどうかよりも重要なことがあった。


『でも、次行くとこって言うたら――』

「隼人はまだ来てないの?」

「え? 一緒じゃなかったの?」


 小虎の言葉を遮ったのは、何故か隼人のカバンを持った凛だ。彼女は教室前の廊下で後輩達に捕まっていたため、有栖達には正門の所で合流しようと話をしていた。

 てっきり、隼人は有栖達の所にいると思っていたため、目を瞬かせて辺りを見回す。


「途中まで一緒だったんだけど、何か思い出したみたいで、カバン押しつけて何処かに行ったの」

「また呼び出しじゃないか? 生徒会長さんは」

「……ふーん。モテる男は大変ね」


 嫌味を交えた恭夜の返答に、凛は視線を校舎の陰へと向けた。

 庵の後任は、庵からの斡旋もあって隼人が引き継いだ。元々、生徒会役員でもあった上、男女問わず交友関係の広い隼人は就任後、周りの協力を得ながらも職務を全うしていた。

 その結果か、卒業式が近づくにつれ、隼人を呼び出す女子生徒が増えたのだ。

 すると、校舎から出てきたのはやや疲れた様子の隼人だった。


「りーんー。ありがとー」

「お帰り、女子の敵」

「何それ!?」

「いろんな女子生徒を泣かせてきた結果だな」

「いや、他の子にモテても困るし! 嬉しいけどさ!」


 隼人が凛を横目で見るも、当の本人は怪訝な顔をしている。

 気づかれないのも複雑……と隼人が思っていると、恭夜がわざとらしく溜め息を吐いた。


「はぁ……。それ、一度も告白を受けたことのない奴に対する嫌味に聞こえる」

「えっ。恭、そういうの興味あったの?」

「あんまり」


 恭夜の口からそんな言葉を聞くとは、と隼人は珍しいものを見るような目で恭夜を見る。すぐに首を左右に振られたが。

 色恋沙汰について、四人で相談するようなことは滅多になかった。唯一、隼人が告白されたときの上手い断り方を探したときくらいだ。


「そうだよなぁ。お前も一途に想ってきてるし、それが周りにも知られてるから、なかなか踏み出せない子が――」

「代表で答辞読んだくせにまだ喋り足りないようだな、生徒会長さん?」


 余計なことを言い出しかねない隼人の肩に腕を回し、軽く首を絞める。

 隼人はすぐにギブアップだと恭夜の腕を叩くが、腕の力は強まる一方だった。

 そんな二人のじゃれ合いを尻目に、凛は卒業式に見かけた姿を思い出す。


「そういえば、元会長いたわね」

「あー……そうだね」


 去年、卒業した庵と透真が、何故か来賓席に座っていた。壇上で挨拶をするわけでもなく、紹介されたときに一礼して「ご卒業おめでとうございます」と述べたくらいだ。


「来年度から特務班の班長なんだっけ?」

「うん。等級制度の見直しもあって、特等位だからって優遇はされなくなったけど、経験は積んだし実績も作ったからって」

「元々、在学中から首突っ込んでたしね。元副会長もついてってるけど、気苦労多そう」

「あはは……」


 庵とは彼が卒業した後も連絡を取り合っていた。主に有栖の基獣について、異変はないか、困ったことはないかと心配するものだったが。

 庵と透真は治安部隊に入隊してすぐ、研修生としては異例のスピードで実務に当たっていた。そこでいくつもの経験と実績を重ねたからこその結果だ。

 凛は、漸く解放された隼人と恭夜の二人を見る。


「あの二人も引き抜きだし、結局、今とあんまり変わらない面子か」

「凛ちゃんも私も、無事に医療班に入れたしね」

「あたしはギリギリよ」

「そんなことないって」


 隼人と恭夜については、治安部隊の隊長からスカウトがあった。それも、三年に上がってすぐ、「来年はうちに来てほしい」と打診があったようだ。

 有栖と凛は試験を受けて合格したため、四月からは四人とも治安部隊の一員だ。

 謙遜する凛に有栖は苦笑を浮かべるが、この四人の中で最も経験が浅いのは凛であると本人も分かっている。だからこそ、初めは合格したことが信じられなかった。


「ううん。経験はあたしのほうがずっと浅いもの。でも……これから追いつくから」

「……うん!」


 経験が少ないなら、これから積んでいけばいい。いくらでも積める場所に行くのだから。

 浅いからと立ち止まることなく、成長しようとする姿勢を見せた凛に有栖は大きく頷いてみせた。

 そこで、隼人は何かを閃いたのか、右手で作った拳で左手の平を軽く叩いて言った。


「あ、そうだ! 記念写真撮ろうぜ! 基獣出して!」

「え。目立つ」

「いーじゃん、ちょっとくらい。ほら! ――コン!」


 正門周りには生徒や保護者、教職員も多い。そんな中、四人の基獣が出れば忽ち視線を集めるだろう。

 隼人は嫌がる凛を宥めつつ、一足先にコンを顕現した。


「しょうがないな……。ヒナ、出ておいで」

「昴」

「…………」


 未だに姿が統一されないヒナは、今回は白い鷹の姿だった。空に舞い上がれば、凛を慕う生徒から歓声にも似た声が上がる。

 昴は身をひとつ振るわせると、恭夜の足もとにすり寄った。

 次々に顕現された基獣に、周囲の視線は自然と集まる。

 唯一、有栖だけが顕現をしないまま戸惑いを見せていた。人の多い中、それも注目された中で顕現してもいいものか、と。

 すると、近寄った恭夜が優しい声音で言った。


「有栖。大丈夫だ。俺もいる」

「……そうだね。それじゃあ」


 困っていれば、いつでも側にいてくれた。それは、およそ二年半前に起こった「パンドラの箱事件」と呼ばれるようになったあの一件以降、身に染みて感じている。

 有栖はいつの間にか緊張していた体から力を抜く。

 そして、軽く深呼吸をしてから親しんだ名を呼んだ。


「白銀、緋月」


 有栖の傍らで眩い光が発し、一頭のユニコーンが現れる。同時に、宙に発生した火球は空へと上がりながら大きさを増すと、周囲に飛散させるように弾けて一羽の大鳥が飛び出した。

 今まで、二体同時の顕現では幼体であった白銀と緋月だが、有栖が三年に上がって少しした頃から成体での同時顕現ができるようになったのだ。最も、授業中はどちらか単体でしか顕現しなかったため、知る者はごく僅かだが。

 現に、周囲の人からはどよめきの声が上がっている。

 そんな、注目の主である有栖達を、職員棟の側で庵と透真も見ていた。


「いいなぁ。僕も混ざろうかな」

「やめろ。騒ぎになる」

「あはは。冗談だよ」


 治安部隊では休暇を貰って学校を訪れているが、隊長である万里からは「くれぐれも騒ぎは起こすな」と釘を刺されている。ここに来た時点で多少なりとも騒がれているが、それはカウントに入れないことにした。

 庵は、有栖から同時に顕現できるようになったと聞いている。しかし、実際に目にしてみると響命力は安定しており、暴走する恐れも、彼女が倒れる気配もない。


「成体での同時顕現だけど、ちゃんと安定してるね。あれなら即戦力になりそうだ」


 試験に当たった医療班の班長からは、凛共々、将来が楽しみだと聞いている。

 一年ほど離れた生活を送っていたが、これからは一緒の職場だ。有栖と凛は部署が違うが。

 来月からの仕事を思うと、自然と表情が緩む。


「これから楽しくなりそうだね」

(俺の胃、持つかな……)


 主に恭夜と隼人を弄びそうな気がして、透真は今から胃が痛くなってきた。

 一方、有栖達は一カ所に集まり、全員が収まるように隼人がカメラのセットをしていた。校訓を刻んだ石碑の土台に。

 誰かにシャッターを頼もうとしたのだが、滅多に感じない強い響命力の集団に畏れを感じたのか、誰も近寄ってこなかったからだ。


「じゃあ、撮るぞー! 昴、動くな! ……これでよし。タイマーセット!」


 急いで戻ってくる隼人を見ながら、恭夜は隣にいる有栖に口早に言った。


「あー……そうだ。有栖、あとで話がある」

「話?」

「入隊したら、誰かさんに先を越されそうだし」

「?」

『あっ。長老!』


 恭夜はどこか緊張した面持ちだ。

 誰かさんとは誰のことだ、と有栖が首を傾げていると、膝にいた小虎が何かに気づいて声を上げた。

 見れば、石碑の土台を一匹の亀がゆっくりと歩いていた。カメラに向かって。

 先ほどまで、長老と呼ばれるその亀の姿はなかった。ただし、大きな石碑の裏にいた可能性はある。

 タイマーを止めに走ればいいのだが、それよりも長老の方がカメラに近い。


「え。何、このフラグ。嫌な予感しかしないんだけど……!」

「「「「『あー!』」」」」


 隼人が駆け出した瞬間、長老の甲羅がカメラに当たり、安定性を失ったカメラはそのまま落下する。

 同時に、シャッターが切られた。

 芝生の上に落ちたカメラの液晶に表示されるのは、全員の慌てた表情だ。


「……ははっ! 賑やか、の間違いかな」

「かもしれないな」






『心象インカーネイション』完

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心象インカーネイション 村瀬香 @k_m12

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