私にとっては事件です!④

 こっそり三人のあとをつけて覗いてしまい、人知れず大混乱している翌日。

 午前中の授業の記憶はあまりないのですが、お昼ご飯の時間になりました。

 今日はいつもと少し様子が違う昼食タイムです。

 香奈ちゃんに誘われ、教室で二人で食べることになりました。

 司君が不服そうな顔をしていましたが、今日だけ我慢してね。

 多分司君は屋上でひろ君といると思います。


「花ちゃん独り占めにして、ツカサに悪いことしたわね。ごめんね?」

「いえ! 司君とは放課後に一緒に出掛けるから大丈夫です! 女の子同士で食べるご飯は憧れだったので嬉しいですっ」


 教室でおしゃべりしながら並んで食べるなんてぼっちの頃からすると夢のようです!

 笑顔で話すと香奈ちゃんも笑顔を返してくれていたのですが、少しすると小さな溜息をつき、表情も曇ってしまいました。


「ちょっとね、あまりヒロトの顔を見たくなくて」

「えっ」

「ごめんね、こんなこと言って」


 香奈ちゃんとはあまり恋愛の話をすることはありませんでした。

 それはやっぱり司君のことがあるから……。


 私から司君と『結婚を前提にしたお友達になることにした』と、司君とはずっと一緒にいたいと話をしたことはありましたがそれっきりです。

 その時香奈ちゃんは『そっか』と微笑んでくれました。


『お前、まだ司のこと引きずってるだろ』


 あの言葉が耳に残っています。


『本当なの?』

 聞きたいけれど絶対に聞けません。


「どうしたの? 考え込んじゃって」

「え? あっ、ごめんなさい」

「謝ることなんてなにもないけど。聞きたいことがあるなら聞いて?」

「え?」

「顔に書いてあるわ。ショウも言ってたけど、花ちゃんって本当に分かりやすい」


 聞きたいことは沢山あります。

 ひろ君のことは昨日は嫌いと言っていたけど、本当なのかな?

 司君のことを今も好きなの?

 私のことはどう思ってるの?

 翔ちゃんと恋人っていうのは嘘なの?


 心の中では立て続けに出てくるのですが……。


「……ふふ。聞きづらいことなのね? 言ってよ、友達でしょ?」


 友達だからって何を聞いてもいいのでしょうか。

 友達だからこそ言えない、嫌われたくないです。


「香奈」


 どうしようか考えていると、香奈ちゃんを呼ぶ声が。

 顔を上げると、私達の隣にひろ君が一人で立っていました。

 あれ、司君は?


「ちょっと話があるんだ。あとで二人で話せないか」

「……」


 香奈ちゃんの返事はありませんでしたが、表情が嫌だと言っています。


「じゃあここで言う」


 え!?

 教室の中に人はいますが、近くにはいません。

 大きな声じゃなければ誰にも話は聞かれないとは思いますが……私は聞いてもいいの?

 香奈ちゃんは動く様子がありません。

 いいのかな?

 空気になるのは得意なので邪魔にはならないと思いますが、トイレに行くふりをして席を外した方がいいですよね?

 そうしましょう!


「ショウには香奈のこと分かってないって言われたけど、分かってるよ」


 ああ、遅かった!

 席を立つ前に話し始めてしまいました!

 今行くとかえって邪魔をしてしまいそうです。

 どうしよう。

 そして少し聞いてしまったけど……凄く気になります。


「本当に想い合って付き合っていないんだったら、真面目な香奈はきっとあとから辛くなる。……その時は、今度はオレを頼って」

「……」


 お弁当を触りながら無視をしているような態度だった香奈ちゃんの動きか止まりました。


「しつこくてごめん。もうこの話はしない。今から普通に接するから。明日はまた皆んなで屋上で食おうな」


 そう言うとひろ君は二カッと笑って教室を出て行きました。

 私はその動きを目で追いましたが、香奈ちゃんは固まったままです。


「香奈ちゃん?」

「……お弁当、食べようか」


 やっぱりひろ君は翔ちゃんと香奈ちゃんが付き合っているのは嘘だと思っているのですね。

 香奈ちゃんの反応を見ると……合っているのかな。


 私は結局何も聞けず、お弁当の時間が終わりました。

 明日は一緒に食べようと言っていたけど……前のような感じで食べることが出来たら良いな。




 ※※※




 放課後、今日は部活が休みだという司君と二人で指輪を買いに来ました。

 お店は以前お揃いの栞を買った雑貨屋です。

 高いブランドものなんて買えないし、派手なのもいらないし、しっかりし過ぎたモノは恥ずかしくなるので軽い感じのが良いとわがままな意見を伝えていました。色々探ってくれていたようなのですが、ここに丁度いいのがあったそうです。


「ほら、これ」


 司君が指差したのはシルバーのリングに浅く藤が掘られていて、溝の部分がほのかに藤色に色づいているものでした。

 一見するとただのシルバーのリングに見えるので、凄くシンプルでいいです!

 お値段も安過ぎず高すぎず、私の要望が全部叶えられています。


「いいでしょ?」

「はい! 凄く!」

「栞に続いてになるけど、やっぱり共通してる『藤』っていいなと思って」


 私も一緒の『藤』は好きだし、栞にも思い入れがあるので凄く嬉しいです。


「決まりですね!」


 ペアリングではないようですが、司君と私の指に丁度良いサイズのものがあるのでお揃いに出来ます。

 早速レジに行き、購入しました。

 司君が支払いをすると言ったのですが、栞の時のようにお互いプレゼントが良かったので、ここでもわがままを言って私も支払いました。


「……なんで隠すの」

「え? 隠してないですよ?」


 指輪は持ち帰る用にして貰わず、そのままつけることにしたのですが……恥ずかしい!

 恥ずかしいというか、照れるというか……。

 周りの人に見られているわけではないのですが、つい隠してしまう。


「俺は凄く自慢しながら歩きたい」

「それはちょっと……」


 私も自慢したい気持ちはありますが、半分は誰にも見せずに大事にしたいというか……。

 家に帰ってゆっくり眺めたいなあ。


「あ、一花」

「ん? 翔ちゃん?」


 翔ちゃんの声が聞こえると思い、周りを探したら……いました!

 香奈ちゃんと二人です。

 今日も仲良く一緒なのですね。


「なんだ。そっちもデート?」

「え? えーと……」

「先越されたけど、これ買いに来た」


 デートと言われて照れている間に、司君が指輪を自慢げに見せて答えていました。


「へえ?」


 翔ちゃんが私の手を見てニヤリと笑いました。

 これは後でからかうつもりだな?

 というか……昨日ひろ君が翔ちゃんは香奈ちゃんを私の代わりにしていると言っていましたが、あれはどういう意味なのでしょう。

 香奈ちゃんと本当は付き合っていないと言われていたし……。


「ボク達これからお茶するんだけど、一緒に行かない?」


 考えていると、翔ちゃんからお誘いがありました。

 私はいいけど、司君はどうかな?

 顔を見ると構わないようで頷いていました。


「じゃあ行こう。この下の階にカフェがあるから」


 私も喉が渇いていたし、ちょうど良いなと思ったのですが……。


「……」

「香奈ちゃん?」

「うん?」


 香奈ちゃんの様子がおかしいというか、少し嫌そうな顔をした気がしました。

 何も言わずカフェに向かい始めたので異論はないようなのですが、翔ちゃんと二人が良かったのかな?


 カフェに到着し、四人席に腰掛けました。

 私と司君、翔ちゃんと香奈ちゃんが並んで座りました。

 私の前には香奈ちゃんが座っていますが、やっぱりどことなく元気がないように見えます。


「ウーロン茶」


 早速メニューを見ていた司君が呟いたのですが、それは私がウーロン茶を選ぶと思って言っています?


「流石にカフェでは頼まないよ?」

「ええー……」

「ストレートの紅茶だろ? あとお腹空いてたらショートケーキとか食べるんじゃない?」

「あ、うん」

「!」


 翔ちゃんとはよくお茶をするのでバレていますね。

 今ちょうどショートケーキも食べようかなと思っていました。

 シンプルな苺が乗ったショートケーキが一番好きです。


「……ボク、超睨まれてるんだけど」


 司君が睨むというか、真顔でジーッと翔ちゃんを見ていました。

 ウーロン茶が外れて悔しかったのでしょうか。


「つ、司君は何にするの?」

「俺もショートケーキを食べる」


 うん、分かった。

 分かったから、そろそろ翔ちゃんを見るのは止めて?


「ボクは何にしようかな。香奈は決めた?」

「私はカフェオレと……シフォンケーキかタルト、どっちにするか迷ってる」

「じゃあボクがタルトの方頼むから半分こしよ」

「いいの? ありがと」


 一緒にメニューを見ている姿はカップルにしか見えません。

 見た目のバランス的には私と司君よりよっぽど恋人らしいです。

 ……これが嘘だなんて本当なのかな。


「俺達も半分こしよう」

「え? 一緒のショートケーキだよね?」


 同じものを半分こする意味とは?


「だって、負けていられない」


 何の勝負なのでしょう。

 仲良し度?

 それだったら……。


「『お揃い』も負けてないんじゃないかな?」

「!  確かに。更に半分こもしたら余裕勝ち」


 半分こ、やっぱりやるんだ?


「……この二人、いつもこんな感じ?」

「そうね」

「へー」


 翔ちゃん、呆れていますね。

 あとで何を言われるか心配になってきました。


「わあ、美味しそう」


 少し揉めた注文ですが無事に済ませると、頼んで五分ほどで運ばれてきました。

 テーブルの上にはケーキが並んでいます。

 お茶の時間でってどうしてこうもワクワクするのでしょう。


「翔ちゃんのタルトも美味しそうだね」

「一口食べる?」

「食べ……ない!」


 危ない、いつもの調子で貰おうとしてしまいました。

 半分こを気にしていたので、貰ってしまうのはだめですね。


「一花。苺、あげる」


 食べようとしていたところで司君が自分の分のケーキに乗っていた苺をくれました。

 え、でも苺のショートケーキで苺がなくなったら寂しくないですか?


「いいよ? 司君が食べて?」

「前に苺が好きって言ってたでしょ?」

「でも、苺がないと寂しいよ?」

「んー……じゃあ、一花の貰う」


 そう言うと、司君がくれた苺は置いたまま私のケーキの苺を取っていきました。


「ふふっ、交換ですね」


 結局ケーキが少し崩れただけになっちゃいました。


「んーなんか頭痛がするなあ」

「翔ちゃん風邪?」

「違うっつーの」


 翔ちゃんと香奈ちゃんは仲良く微妙な表情をしていますが、私、何か変なことしちゃったのかな。


 すんなりケーキを食べることは出来ませんでしたが、それでも楽しく食べながら皆でお話をしました。

 翔ちゃん達は服を買いに来たそうで、同じショップの袋を持っていました。

 二人ともお洒落だから、お洒落な服なんだろうなあ。

 趣味も合いそうです。


「じゃあ、私そろそろ時間だから」

「香奈ちゃん? あ、うん」


 食べ終わるとすぐ、香奈ちゃんが伝票を持って出ていきました。

 早く帰らなければいけないのならいいのですが、そうじゃない感じがしたのは気のせい?


「ボクも行くよ。お先ー」

「翔ちゃん!」


 心配になって翔ちゃんを呼び止めると、少し困った様に笑っていました。


「やっぱり本物は違うね? じゃあね、お幸せに」

「え?」


 お幸せにって何? 本物?

 それに結婚式で掛けるような言葉をどうして残していくの?


「お幸せにって今すぐ結婚したらいいよってこと? あいつ良い奴だな」

「んー……違うと思うな?」




 ※※※




 次の日のお昼時間。

 ひろ君は言っていた通り、『普通』でした。

 楽しそうにテレビや音楽の話をして、香奈ちゃんにも明るく話し掛けています。

 でも……香奈ちゃんは少し俯いていました。

 その翌日も、また次の翌日もひろ君は変わりませんでした。


 翔ちゃんと香奈ちゃんも相変わらず一緒に登校していました。

 翔ちゃんのバイトが終わったら一緒に出掛けている姿も見かけました。

 ただ、手を繋いでいるところは見なくなりました。


 半月ほど、そんな様子が続いたある日――。




「一花、ついて来て」

「翔ちゃん?」


 お店の手伝いが終わったところで、今日はシフトに入っていなかった翔ちゃんがお店に現れました。

 着がえる猶予も与えられず、エプロンだけ取った状態で手を引かれました。


「どこに行くの?」

「一花が気になっていることが多分片付くから一緒に覗く……じゃなくて見せてあげようと思って」


 向かっている方向は香奈ちゃんの家がある方向です。

 それでなんとなく香奈ちゃん関連ということは分かりましたが……。


「ここ」

「カフェ?」


 翔ちゃんの視線の先には植物が沢山あるお洒落なカフェがあります。

 中に入るのかと思ったのですが……。


「どこに入って行くの!?」

「しー! 許可は取ってあるから」


 翔ちゃんが進んで行ったのはお店の中ではなく、店の外のプライベートエリアだと思われる庭の中でした。

 そこを通過し、裏口の扉の中に入っていきます。

 本当にいいのかな?

 扉の中は物置のようで暗く、道具や備品などが置かれています。

 入って来た扉の向かいには同じように扉があるのですが、その向こうは店内のようで光が漏れています。


「この扉の向こうにさ、香奈がいるんだよ」


 しーっと指を立てて、小さな声で話す翔ちゃんは悪戯小僧みたいな顔をしていました。


「ここは香奈とずっと二人で来ていたカフェなんだけど、今日は違う奴を呼んだんだ。香奈はボクが来ると思っているけどね」

「それって……ひろ君?」


 そういうことで思い浮かぶ顔はひろ君しかありません。

 どうやら当たっていたようで翔ちゃんがニヤリと笑いました。


「あ、来たんじゃない?」


 そう言われて耳を澄ますと、確かに足音が近づいて来ていました。

 もう常習犯のようになっていますが、聞いてもいいのでしょうか。

 と言いつつ、扉に張り付いてしまっていますが……。


「……どうしてヒロトが?」


 香奈ちゃんの困った様な声がはっきりと聞こえました。


「えっと……ショウに行けって言われて」

「……そう」


 ガタンと椅子の音がしました。

 ひろ君が腰掛けたようです。


「私、ショウにフラれちゃったってことね」


 え!?

 びっくりして翔ちゃんを見ましたがノーコメントなのか、思い切り無視されました。

 私が見てるの見えてるよね!?


「……分からないけど。オレは『パスをしてやるから、ゴール出来るかチャレンジしてみれば?』って言われた。チャレンジって……そういうことだよな?」


 ひろ君にもう一度香奈ちゃんにアタックしてみろってこと?

 本人解説をお願いしたいのですが、ガン無視は継続中です。

 私を視界に入れてくださいー!


「ショウにさ、香奈がなんで付き合うのはオレじゃなくてショウを選んだのか分かるかって聞かれて、ずっと考えてたんだけど……多分『ショウがいい』じゃくて、『オレが嫌』だったんだよな? 気持ちを押しつけてるって言われて、そういう結論になったんだけど……違うかな」

「……」

「香奈にはまだ時間が必要だったんだろ? それなのにオレは……オレが香奈を守らなきゃって思って、彼氏面するようなこともやってたと思う。……ごめん」

「……」


 ひろ君はゆっくりと言葉を選びながら、恐る恐るですがとても丁寧に話しています。

 そういうところでも香奈ちゃんを大事にいているのが分かります。

 ひろ君、いい人だなあ、なんてしみじみ思ってしまいます。


「あの……オレ、見当違いなこと言ってる?」


 香奈ちゃんは黙ったままです。

 ひろ君は心配になってきたようで、おろおろしている様子が伝わってきます。


「なんでヒロトは私なんかが好きなの。……ほんと、勿体ない」

「か、香奈?」

「ヒロトが私にしてくれたことに悪いことなんてなかったよ? 大事にしてくれて、思い遣ってくれて。全部幸せなことだよ? そんなことが嫌だと思ってしまう最低な私のこと、なんでまだ好きでいてくれるの? ヒロトって変」


 ひろ君が焦っているなと思ったら、聞こえてきた香奈ちゃんの声は涙声でした。

 香奈ちゃんはひろ君に優しくされるのが辛かったのかな?

 香奈ちゃんは素敵な女の子なのに、自分のことを最低と言ってしまっているのが悲しいです。


 ……私、香奈ちゃんにひどいことしたな。

 『引きずっている』というのは、多分当たっていたのですね。

 それが香奈ちゃんが自分を悪く言う根本の原因に思えます。

 香奈ちゃんが司君のことを好きなのを知っていたのに、香奈ちゃんの『気にしないで』という言葉に甘えすぎてしまいました。


「でも……ありがとう」

「え」


 悲しそうに揺れていた声が、しっかりした穏やかな声に変わりました。

 空気も暖かくなったように感じました。

 これは……香奈ちゃんの気持ちが表れているのでしょうか。

 扉の向こうなので顔は見えませんが、香奈ちゃんは微笑んでいるように思えます。


「この前、ツカサと花ちゃんと一緒にお茶をしたの。二人を見ているとね、お互いに好きなのが滲み出ていたわ。……本当に自分は馬鹿なことをしてるなって思った。ショウとの恋人ごっこは楽しかったけど、やっぱりただの『逃げ』だった。それが分かった時、ちょっと時間はかかったけれど、乗り越えられた気がしたの。……ショウにはそれが伝わったのね」


 相変わらず翔ちゃんには無視をされていますが、なんとなく翔ちゃんからも柔らかい空気を感じます。

 見守っているお母さん……って言ったら怒られるかな、お父さん? みたいですね。


「私の方こそごめんね。ヒロトのことは嫌いじゃない、好きよ。こんな話をしているくらいだし、特別なことは確かだけど……すぐに付き合いたいかと言われたら迷うの。でも、ちゃんとヒロトを見るようにするから……待っていてくれる? その、ヒロトに他に好きな人が出来たんならそれはそれでいいの。ただ、私が好きになったら気持ちを伝えるから」


 ……吃驚しました。

 そしてわたしはひろ君ではないのに、胸がドキドキし始めました。

 香奈ちゃんの気持ちがひろ君に向いた?

 まだ完全にというわけではないようですが、大きく前進したことは確かなのではないでしょうか!


「大丈夫。オレはしつこいって知ってるだろう?」


 『ふふっ』と笑う香奈ちゃんの声が聞こえてきました。

 良かった……!

 もう大丈夫だよね?

 どうしよう、胸に熱いものあ込み上げてきて泣きそうです!

 ひろ君、頑張ったね!

 司君にすぐ報告したいです!

 あ、でも、覗いていたってバレちゃいますね。


「あ、ちょっと司と一花みたいな感じになれたのかな?」

「え? 何が?」


 明るい声になったひろ君が思い出したように呟きました。

 ん? 私達みたい?


「『結婚を前提にした友達』? ってやつ。 結婚じゃないけど、付き合うのを前提にした友達っていうか……。それくらいに思って良いのかなって期待しちゃってるんだけどさ……」

「あの何言ってるかわけ分からないのと一緒は嫌」


「……。これが『ディスられてる』ってやつ?」


 香奈ちゃん、そんな感じで思っていたのですね?

 ショックです……!

 私も最初は意味分かんないって思ったけど!


「古い。もう使わないから」

「……そっか」


 二重にダメージが入ってさっきとは違う涙が出そうです。

 古いですって。


「よかったな、香奈」


 聞き取れないような小さな声でショウちゃんが呟きました。

 とても優しい顔をしています。

 翔ちゃんも香奈ちゃんが心配だったのですね。


 そういえば、翔ちゃんが香奈ちゃんを私の代わりにしているという謎は残っています。

 やっぱり私は卒業したから次に香奈ちゃんを助けてあげていたということなのかな。

 香奈ちゃんも卒業してしまいましたね。

 翔ちゃんにも幸せになって欲しいです。


「あのね、翔ちゃん!」

「ど、どした?」


 大きな声は出せないので小さな声ですが、翔ちゃんを掴んで力を込めました。

 私の勢いに翔ちゃんは吃驚しています。


「あのね、私、改めてちゃんとお礼言おうと思って! 私のこと、いっぱい助けてくれてありがとう! お友達でいてくれてありがとう! 親離れはしたけど、さよならじゃないよね? これからもお友達でいてください! これからは助けられてばかりじゃなくて、力になれる本当のお友達になりたいの!」


 今まで頼り過ぎていたから、これからは私が引っ張っていくくらいの……!

 それは無理かな。

 だって翔ちゃんなんでも出来ちゃうもん。


「……馬ー鹿。すっかり成長しちゃって」

「!」


 扉に凭れて座っていたのですが、翔ちゃんの顔が近いなと思ったら……どんどん近くなって……!!


 おでこにチューされた!!


「なっ、なっ-! ううっ!」


 翔ちゃんとはいつも近い距離で接してきましたが、こんなことをされたのは初めてです。

 思わず叫びそうになったところを、手で口を塞がれました。

 そうだ、ひろ君と香奈ちゃんにバレてしまう。

 でもこんなことをして吃驚させる翔ちゃんが悪いよ!?


「ボクはずっと一花の友達だよ? 王子様と別れようが結婚しようがね」


 じゃあ、今のは親愛の印ということですか?

 いつからこんな欧米風になったの?

 私は人一倍根っからの日本人なのでとても困ります!


「うん……嬉しいけど……吃驚させないでよ……」

「ははっ。王子様に殺されそうだから内緒にしててよ?」


 はっ! そうか……どうしよう!

 こういうことは言った方がいいのでしょうか?

 でも親愛の印だから別に言ってもいい?

 いえ、逆に言うほどのことでもない?


「じゃあ、見つからないように帰るよ」

「あ、うん」


 結局、翔ちゃんは香奈ちゃんとは本当のお付き合いをしていなかったみたいです。

 翔ちゃんが好きになる人、未来のお嫁さんってどんな人だろう……。


 ……あ!

 翔ちゃんといえば!

 また忘れてました。




「ショウちゃん……!」


 ひろ君と香奈ちゃんが良い感じに収まった次の日の放課後、店番をしている私と翔ちゃんの前に安土君が現れました。


「聞いたよ! おれのために諦めさせようとしてくれていたんだね!」

「違うっつーの! お前が鬱陶しいからだ! ああ、もう! また振り出しじゃん!」


 安土君はひろ君か香奈ちゃんから、今回のことの真相を聞いたみたいですね。

 お店に入って来るなりカウンターを超えて翔ちゃんに飛びつきました。

 翔ちゃんがどれだけトングで突いても諦めないこの忍耐は凄いですね。


「お前はさあ、どうしたいわけ? ボクと付き合いたいの? 女の格好をしているボクと? 普段のボクと?」


 深い溜息をついた翔ちゃんが真面目な顔で安土君に聞きました。


「正直に言うと……」


 安土君も真剣な顔をしています。


「いつも女の子の格好していて欲しい! 女の子のショウちゃんと付き合いたい!」

「帰れ!!」

「嫌だー!」

「一花! ほら、友達の出番だぞ! この馬鹿を追い出して!」

「あはは」

「笑ってないで早く!」


 この二人ははまだ片付かなかった……多分、暫く無理ですね。


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王子君は私にだけ冷たい 花果唯 @ohana

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