私にとっては事件です!③

 太陽は高く昇り、お昼ご飯の時間となりました。

 私は香奈ちゃんと一緒にいつもの場所、屋上の段があるところに向かいました。


 そこには既に司君とひろ君がいて……。

 司君はいつも通りの表情ですが、ひろ君の表情がすぐれません。

 やっぱり、香奈ちゃんのことが響いているのかな。


 香奈ちゃんの方はというと、いつも通り……いえ、いつもより明るい様子です。

 重い空気を漂わせていたひろ君を気にすることなく、定位置に座ってお弁当箱を開け始めました。


「……」


 香奈ちゃんが来たことで口を閉じたひろ君の動向が気になります。

 私はどうしたら良いのでしょう。

 朝、司君に合図された通りに何もないフリをして普通にしているのが一番なのかもしれませんが……。

 どうしても仲良くして欲しいと、余計なことをしてしまいそうになります。


「あ、香奈ちゃん。その指輪は……!」

「ショウとお揃いなの」

「!」


 香奈ちゃんの薬指にキラリと光る指輪が気になり、つい口に出してしまいましたが……失敗でした。

 香奈ちゃんはニコリと笑いましたが、ひろ君の目が死にました。

 ごめん、ひろ君!

 殺すつもりはなかったの!


「ペアリングか、先越された……。一花、放課後買いに行こう?」


 司君は悔しそうに呟きましたが、すぐに目を輝かせました。

 私もお揃いの指輪は憧れますが、この話題はひろ君がいないところでしよう?


「香奈……」

「なに?」

「……なんでもない」


 ひろ君は何か言いたげな顔をしていましたが、諦めたようです。

 深い溜息をつくと俯き、購買で買ったパンの袋を開けました。

 お、重い……空気が重い……!


「お邪魔しま-す!!」

「安土君!?」


 突然大きな声が耳に入り、肩がビクッと跳ねました。

 声の犯人は安土君。

 香奈ちゃんの前に立つと、顔を覗き込んで聞きました。


「香奈ちゃん、ショウちゃんと付き合ってるって本当なの?」

「本当よ?」

「嘘だー!」


 香奈ちゃんが言い切るよりも早く安土君が否定しました。

 それを聞いて香奈ちゃんは顔を顰めています。


「本当だけど? 別に信じてくれなくていいけど」


 つまらなさそうにそう呟き、お弁当食べ始める香奈ちゃん。

 どうしよう安土君が何か余計なことを言いそうな匂いがプンプンしています!


「いつからショウちゃんのこと好きになったの?」

「さあ? いつの間にか。まあ、ずっと二人きりで会っていたし。いつも行っていたカフェの店長さんなんて付き合ってなかったことに驚いてくらいなの」

「え!? そうなの!?」


 香奈ちゃんの言葉に驚き、私が大きな声を出してしまいました。

 ずっとっていつから!?

 二人でこっそり!?

 私は誘ってくれなかったの!?


「ふふ。花ちゃん、そうなの。だからごめんね、リョウ。もうショウは私のものだから諦めて?」

「ぐ……。おい、ヒロ!」

「……なんだよ」

「いいのかよ!」


 安土君とひろ君が揉めています。

 ひろ君は何も言わずに黙ったままですが……。


「花ちゃんも、ちゃんとショウから卒業してね?」


 にっこりと微笑んだ香奈ちゃんに話し掛けられ、びっくりしてしまいました。


「遅くなったけど……もうしたよ!」

「そう? ならいいけど。ショウの『一番』はもう私だからね」

「!」


 そっか……今まで翔ちゃんはこの中では『私の友達』で、私とばかり接してくれていたけど、これからは香奈ちゃんが一番になるのか……。


「一花には俺がいるよ?」


 私は寂しそうな顔をしていたのでしょうか。

 司君が笑いかけてくれました。


「うん」


 胸にせつなさが込み上げていましたが、司君の気遣いが嬉しくて微笑むことが出来ました。




 ※※※




 今日もショウちゃんと一緒にバイトです。

 いつものように一緒に冷めたパンの袋詰めをしていますが、妙に気を使うというか……。

 香奈ちゃんに仲良くするなと言われたわけではないのですが、どんな感じでいたらいいのか分かりません。

 普段どんな話をしてたっけ?


「なんで一花はそわそわしてんの?」

「え!? してないよ!?」

「してるって。まあ、どうせボクと香奈のこと考えてるんだろうけど」

「ううっ」


 バレています。

 やっぱり翔ちゃんには敵わないなあ。

 色々考えても、結局は全部バレてしまうのです。


「ねえ、ショウちゃんと香奈ちゃん、仲良しだね?」

「まあね、一花はどうなんだよ」

「え?」

「王子様と仲良くやってんの?」

「う、うん」

「そっか」


 司君とは仲良くし出来ているけど、翔ちゃんとも今まで通り仲良くしたいな……。

『卒業』ってなんだろ?

 友達に卒業なんてあるの?

 いえ、翔ちゃんはもう友達というか、家族というか……。

 香奈ちゃんに嫌な思いはさせたくないけど……寂しいよー!


「ショウちゃんから親離れしたけど……寂しいな。なんか……香奈ちゃんに翔ちゃん取られちゃった」


 安土君に取られてしまった時も悲しかったです。

 駄目だな。

 私、翔ちゃんに依存してるな。


「……一花」

「え」


 落ち着いたトーンで名前を呼ばれ、どきりとしました。

 翔ちゃんの綺麗な顔がいつの間にか目の前にあり、更に驚きました。


「一花が王子様と別れて元に戻るなら、ボクがまた甘やかしてあげるよ?」

「えっ! そ、それは……」


 からかわれているのは分かっているのですが焦りました。

 司君と別れる……というか結婚を前提にした友達? だから付き合っているのか分からないけどさよならをするつもりはないし、翔ちゃんと仲良くしたいけど甘やかして欲しいわけではないの! と一度に沢山のことを言おうとしたのですが……。


「……翔ちゃん、なんか怒ってる?」


 違う意味でまた焦りました。

 表情は普通ですが、醸し出す雰囲気がどことなく怒りのオーラを放っています。

 今思えば、甘やかしてあげるという台詞を言う前から怒っていたような気がしてきました。


「別にー?」


 そう言うと袋詰めしたパンを棚に戻しに行きました。

 親離れするっていったのに、泣き言を言ったから怒ったのかな。


「いらっしゃいま……あ」


 ドアベルの音に反応し、お客様に挨拶をしたら……入って来たのは見慣れた顔でした。


「ひろ君っ」


 司君はいないようで一人でした。

 店内に入ったひろ君は翔ちゃんをジーッと見ています。

 ……パンを買いに来てくれたわけではなさそうです。


「ショウ、顔かして」


 声も表情も普通ですが、なんとなく用件を察しているので私が緊張してしまいました。

 指名された翔ちゃんの方は飄々としています。


「バイト終わってからならいいけど?」

「待つ」


 そう言うとお店のテーブル席に足を組んで座りました。

 もうあと少しでバイト時間は終わるけど、そこで待たれると落ち着かない……。


「あはは。ボク、殴られるかな?」

「!?」


 翔ちゃんは私にこっそり呟き、厨房の中に入っていきました。

 殴る!?

 ああ、でもひろ君は香奈ちゃんのことをとても大切に想っているし、男の子同士だし、喧嘩になったら手が出るかも!?

 私は慌ててひろ君に駆け寄りました。


「ひ、ひろ君。あ、あの……平和的にお願いします……」


 具体的なことは言いませんでしたが、私が言いたいことは伝わったようで、ひろ君は顔を顰めました。

 少しの間何か考えているようで黙っていましたが、小さな声で呟きました。


「……じゃあ、一花も来て」

「え?」

「一花がいたら、冷静になれる気がする」

「でも……いいの?」

「ああ。頼む」


 私がいて邪魔にならないのでしょうか。

 というか妙に恐ろしくて出来れば遠慮したいのです。

 頼まれたので断れませんが……。



 ※※※



 やって来たのは司君と二度来た公園。

 翔ちゃんとは何度も来ています。

 ひろ君は始めてですね。

 なんて、そんな話が出来る空気じゃありません。


 まずベンチの真ん中にドカッと翔ちゃんが座りました。

 翔ちゃんに呼ばれて私は隣に腰を下ろしました。

 空いている方に座れば? と翔ちゃんがひろ君に促したのですが、ひろ君は翔ちゃんの前に立っています。


「お前さ。香奈のこと、どういうつもりだ」


 前置きはなし、早速本題に入るようです。

 私はどこを見て良いのか分からず姿勢良く座り、膝に手を置いて俯いています。

 やっぱり私いない方がいいんじゃないかな?


「なにが? 横取りしたって怒ってるわけ?」


 ひろ君の言葉を聞いてわざとらしく『はあ』と大きな溜息をついた翔ちゃんが、挑発しているような話し方をしてひろ君を見上げました。

 翔ちゃん、何故煽るの!?


「お前……」


 ひろ君の声に苛立ちが増しました。

 ああ……平和敵に……なにとぞ平和的にお願いします!!


「ヒロが香奈のことになんで口出してくるわけ? ヒロが片想いしてるだけでしょ?」

「しょ、翔ちゃんってばっ」


 更に煽る翔ちゃんに焦り、思わず止めようとしたのですが、思いっきり無視されました。

 私など視界に入っていないようで話をやめません。


「香奈はヒロの気持ちを分かっているよ? なのにどうしてボクを選らんだか分かる?」

「……」

「ヒロのは自分の『好き』を押しつけてるだけ」

「……なっ!」

「少なくともボクは、ヒロよりも何倍も香奈のこと分かっているよ? ……ボクらは似てるから」


 少し顔を上げてひろ君を見ると、歯を食いしばって翔ちゃんを見下ろしていました。

 何か言い返したいけど言葉が出ない、そう見えます。


「どうする? 理解があるボクに香奈のこと譲って諦めちゃう? 格好良く身を引いちゃう?」

「お前っ」

「ひろ君!」


 怒りに耐えきれなくなったひろ君が翔ちゃんの胸ぐらを掴みました。

 私は初めて目にする男の子の喧嘩に怖くなりましたが、翔ちゃんを守らなきゃ! と思い、慌ててひろ君の腕を掴みました。


 するとひろ君はハッと我に返り、翔ちゃんの胸ぐらを掴む手を離してくれました。

 よ、良かった……。

 恐怖と興奮で心臓がドキドキしています。

 男子怖いよ……女子とは違う怖さです。


「ごめんな一花。もう終わるから」

「翔ちゃん……」

「馬鹿みたいに突進するだけなら香奈の迷惑だけだからやめてよね」

「……」


 はわあ……ひろ君の眉間の皺が再びどんどん深くなっていきます。

 翔ちゃんはどうしたのでしょう。

 こんな好戦的な性格だったっけ!?


「ショウちゃああああん!」


 静かだった公園が急に騒々しくなりました。


「げっ」


 翔ちゃんの名前を呼ぶ大きな声が近寄ってきます。


「お店で聞いたらたぶん近くにいるって聞いたから! 探したよ-!」

「……はあ。お前は来なくていいから!」


 安土君、ありがとう!

 今安土君の存在は凄く和みます!


「ショウちゃん! 女の子のショウちゃんが見たいよおおおお!!」


 ベンチの空いていたスペースに座ると、翔ちゃんに抱きつこうとしましたが腕を掴まれ阻止されています。

 諦めてはいないようで翔ちゃんと押し合っていますが……あ、安土君がベンチから落ちました。


「二度と女装はしないって言っただろ! しつこいんだよ!」

「何でだよおおおお!!」

「もう、する必要はないんだよ!」

「そんなあ!」


 這い上がろうとした安土君でしたが、それも翔ちゃんに阻まれました。

 それでも諦めてはいません。

 何度突き飛ばされてもめげない安土君はゾンビのようだ……。


「あーうっざい! 香奈とイチャイチャしよー!」

「「!?」」


 我慢の限界を迎えた翔ちゃんは、ひろ君と安土君にトドメをさすような一言を残すと、ダンダンと足を踏みならしながら去って行きました。


「うわあああん! ヒロおおおお!」

「うるせえな。くっつくな! ……クソッ」


 地面に膝をついてひろ君に縋り付く安土君を見ていると、私も帰りたくなってきたのですが……いいですか?


「もうヒロ君と安土君で……」

「一花、それ以上言うなよ」

「はい……」


 やっぱり男の子怖い。

 女の子のお友達、増えたら良いな。



 ※※※




 家に帰り、ご飯を食べ終わったところで司君から電話がかかってきました。

 ひろ君が一人で帰ったがことが気になっていたようなので、私は今日の出来事を報告しました。


『確かに。格好つけて自分に酔うのは大翔の悪いところだ。諦めた前科もあるしな』

「あ、そっか」


 そういえば私が最初ひろ君から話を聞いたときは諦めたと言っていましたね。

 司君と上手くいくように応援するとも。

 最近は香奈ちゃんを想っていることを隠さない様子だったのですっかり忘れていました。


『でもまあ、大翔は大翔でなんとかするから。一花は気にしすぎ』

「え? 気にしすぎ?」


 そうなのでしょうか?

 あ、そうか!

 今まで友達がいなかったから、友達に起こったことを気に掛ける度合いが分からない……。


『どうかした?』

「ううん、なんでもないの……」


 悲しい事実に気がついただけなので大丈夫です。


『あの翔って人のことが気になるのか?』

「翔ちゃん……。うん、凄く気になる」

『……』


 翔ちゃんのことは幸せそうなので心配はしていないのですが、なんだか気になります。

 今まで彼女はいるんだろうなと思うことはあったのですが、具体的な存在を教えてくれたのは始めてです。

 単純に彼女になった人が私の知らない人だったというだけかもしれませんが……。


 なんとなく翔ちゃんは私にそういう話をする気はないんだろうなと思っていたので、相手が香奈ちゃんだということにも驚いたのですが、私の前で仲良くしている姿を見せるということにも驚いています。


『……一花は俺と翔ってやつ、どっちが好きなの』

「そんなの、どっちって言えないよ」


 だって好きの種類が違うから。

 別の所にあるものを比べようがないというか……。

 二人ともそれぞれその分野で一番好きな人です。


『……え? ……言えないの? ええー……なんで……』


 司君、どうしたの!?

 どんどん声が遠くなっていくのはなぜ!?


 あ……同じ意味での好きで選べないという風にとってしまったのでしょうか!


「あの、違うよ! 翔ちゃんは大好きで大切だけど……」

『……。ちょっと頭冷やしに海に飛び込んでこようかな』


 ええ!?

 こんな時間に海に入ったら危ないよ!?

 というか近くに海はないのに、どこまでいくつもりなの!?


「駄目! あの、違うの! だから……その、翔ちゃんは大事なお友達で……特別な方の好きは司君で!」

『……。……待って一花。そういうことを言ってくれるときは事前に言って?』

「嫌です」


 電話の向こうで喋りながらもスマホを操作しているような音が聞こえます。

 また録音しようとしていたな?


『ごめん、聞こえなかったらもう一回言って?』

「嫌です」

『仕方ない。じゃあこれからは逃さないように終始録音を……』

「もう電話に出ません!」

『冗談だって』


 本当ですか?

 司君の発言は冗談か本気なのか分かりづらくて困ります。


『人の話より、俺達の話しよう? 早く指輪買いに行こう?』


 私は気にしすぎかもしれませんか、司君は気にしなさすぎじゃないかな?



 ※※※



 学校が終わると部活がある司君と別れ、家にすぐ帰りました。

 荷物を置いて着がえると、店の手伝いに向かいました。

 今日も翔ちゃんと一緒です。


 ……珍しく翔ちゃんが不機嫌そう。

 怒ることは良くありますが、こういう近寄りがたい怒り方が珍しいです。


「今日は暇だから、一人早く上がってもいいって。ボクが上がってもいい?」

「え? あ、うん……」


 昨日のことを聞くかどうか考えているうちに、翔ちゃんは帰ってしまいました。


 早く上がることが出来るときは大体譲ってくれます。

 さっさと帰ってしまうなんて、これも珍しい……。

 何か用事があったのかな?


「いらっしゃ……あ、香奈ちゃん!」


 厨房に母はいますが一人で店番をすることになり、不安になったところに入って来たお客さんは香奈ちゃんでした。


「あれ? ショウは?」

「あ、今日はお店が暇だったから、さっき帰ったの」

「そうなの? あ、ホントだ」


 鞄からスマホを取り出し、画面を見て納得しています。

 翔ちゃんから連絡が入っていたようです。


「もしかして、これから翔ちゃんと出掛けるの?」

「ええ。ショウは今家で着がえてるみたい。すぐに降りてくるらしいから外で待つわね。パン、また買いに来るわ。じゃあ」

「う、うん。またね……」


 去って行く香奈ちゃんの髪はふわりと揺れていました。

 今日は髪をおろしていて、いつもより女の子らしく可愛かったです。

 あれが『恋をすると可愛くなる女の子』ですか?

 私は……なにか変わったかな……。

 気持ちがないわけじゃないですよ!?

 つい、ここにはいない司君に言い訳をしてしまいました。


 少しすると、店の中から姿がちらりと見えていた香奈ちゃんの元に翔ちゃんがやってきました。

 今日も男の子らしい格好良い姿です。

 美男美女で似合うな……。

 それに翔ちゃんの機嫌も治っているようです。

 二人は仲良く話をしながら、香奈ちゃんの家がある方向に歩いて行きました。


「……ん?」


 あれは……。

 去って行く二人から目を離そうとしたとき、オレンジ色の頭が目に飛び込んできました。


「ひろ君!?」


 ひろ君は明らかに二人のあとを追っています。

 どうしよう!?

 どうもしなくていいのかな?

 気にしすぎって言われるかな?

 ああ……でも……!!


「お、お母さん! ごめん! ちょっとお店空けるね!」

「えー!?」


 母の返事を待たず、店を飛び出して慌てて追いかけました。

 お店のエプロンをはぎ取りながら追いかけると、すぐに立ち止まっている三人の姿がありました。


 すでになにやら既に話し合っている様子です。

 私がここに入っていいのか悩みます。

 でも放っておくことも出来ず、少し離れたところで様子を伺うことにしました。

 声はしっかりと聞こえてきます。

 盗み聞きなんて駄目だと思うけど……もしなにかあったら力になりたいです。

 喧嘩が始まったら入っていけるかな?

 ちょっと身体を鍛えようかな……今起きているこの場には間に合わないけど!


「オレは香奈を諦めないからな」


 聞こえてきた声にハッとしてひろ君の背中をみました。

 ド、ドキドキする!

 漫画みたいです!

 当人達には緊張の場面だと思うのですが……ごめんなさい!

 不謹慎ですがときめいちゃいます~!


「迷惑よ。私のことが好きなら迷惑かけないで」

「嫌だ」

「どうして? 放っておいてよ!」


 香奈ちゃんがヒロインの映画に見えてきました。

 流行りそう……少なくとも私は絶対に見に行きます!


「香奈、翔が好きだなんて嘘だろう」


 ……ん?

 興奮で叫びそうになっていたのですが止まりました。

 今、何と言いました?

 え?

 嘘!!?


「……嘘じゃないわ」

「お前、まだ司のこと引きずってるだろ」


 ……?

 司君の名前が出てきて、一瞬息が止まりました。

 香奈ちゃんはまだ……司君が好き?


「忘れたくて誰でもいいならオレにしろ」

「……本当にヒロトって嫌。嫌いよ」

「香奈!」


 ひろ君に怒りの言葉を吐き捨て、香奈ちゃんは去っていきました。

 すぐに追いかけようとしたひろ君でしたが、翔ちゃんの行く手を阻まれてしまいました


「今のは正解に近かったかもね?」


 翔ちゃんはひろ君ににっこりと微笑んでいます。

 正解に近い?

 どういう意味なのでしょう。


「ショウは香奈を一花の代わりにしてないか?」


 なっ……!

 私の名前が出てきたことに驚き、声を出してしまいそうになりました。

 慌てて口を手で押さえましたが、呼吸をするのを忘れてしまいそうな程混乱しています。

 翔ちゃんは香奈ちゃんを私の代わりにしてる?


「知ったような口聞かないでくれる?」

「……!」


 ひろ君が息をのんだのが分かりました。

 うっすらと微笑んでいますがその表情はとても冷たく、目は暗いものでした。

 私も息が止まりました。

 こんな怖い翔ちゃん、見たことない……。


「ボクはヒロほど単純じゃないんだよね~」


 ……あれ、今見た怖い翔ちゃんは幻だったのでしょうか。

 声も明るく、表情も見慣れたものになっています。


 呆然としているひろ君と私を置いて、翔ちゃんは香奈ちゃんの後を追いかけていきました。


 私、見てはいけないものを見てしまいました?

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