私にとっては事件です!②
私は学校の帰りに花ちゃんのおうちのパン屋さん、『WISTERIA』に寄っていた。
ドアベルのカランカランと気持ちの良い音に迎えられ、中に入ると見覚えのある男子と目が合った。
「あ。一花の片想いの美人」
片想い?
ああ、そういえば花ちゃんが『香奈ちゃんとお友達になりたいってずっと片想いしていました!』なんて言っていたっけ。
それを聞いていたツカサが私に何か言いたげな視線を寄越してきたけど、文句なら私じゃなく花ちゃんに言って欲しい。
「この前はありがとう。花ちゃんの家を教えてくれて」
「どういたしまして」
「花ちゃんいる?」
「今日はシフトに入ってないんだ。呼んだら来ると思うけど」
「ううん。いいわ。ありがとう。パンを買いに来ただけだから」
トレイとトングを取り、パンを見て回った。
今店内には私とあの男子……『ショウちゃん』?
彼と二人だけ。
ちらりと見ると、手際よく作業をしていた。
器用なんだろうな。
綺麗な顔をしているし、モテそう。
パンを選び終わり、レジに持って行く。
さっきのように手際よくパンを袋に入れ、手早くレジを打つ手をジーッと見ていると話し掛けられた。
「ねえ。この前も言ったけど、お友達になってくんない?」
「そういえば言っていたわね。ふふっ、ナンパ?」
「そう。でも、誰かさん達みたいに節操なくしているわけじゃないよ?」
「ヒロトとリョウのこと?」
「そ」
「あはは。お友達か……いいわよ?」
「じゃあ早速お茶しない? ボク、もう終わるから」
「分かった」
早速お茶だなんて普段なら断っているところだけど、不思議と全く抵抗がなかった。
花ちゃんの友達だからかもしれないし、この人の持つ空気がそうさせたのかもしれない。
「ごめん、待たせちゃって」
「大丈夫よ。おつかれさま」
バイトを終わらせて出てきたショウは制服姿だった。
近所の高校だけれど、私や花ちゃんが通う高校よりも進学校と認識されているようなところだ。
頭もいいなんて、ツカサと良い勝負をするくらい人気がありそうだなあ。
ツカサとはタイプの違う王子様という感じ。
「ねえ。家、どの辺り?」
「え?」
「家を探ろうとしているわけじゃないから。近所だったら帰りが楽でしょ? その方面の方がいいかなって」
ああ、そういうこと。
少し自意識過剰な考えをしてしまって恥ずかしくなった。
でもこの人、気が利くのね。
家に近いと確かに助かる。
「そうね。図書館の近くよ」
「あの辺りか。良いところいくつかあるな。行きたいとこある? ボクが選んでいい?」
「任せるわ」
……なんだか女の子の扱いが凄く慣れている感じがする。
女装の話をヒロト達から聞いているけど……だから女子に近い感覚なのかな?
どちらにしても、花ちゃんの友達というのは少し不思議な感じがする。
花ちゃんには絶対言えないけど、イケてる男子と地味な女の子というか……。
彼の案内で辿り着いたカフェもお洒落だった。
「こんなところにお店あったのね?」
「隠れ家みたいでいいでしょ? ちょっとした個室みたいだし」
個人で経営しているお店のようで小さくて狭い。
十人も入れないかも。
木造のコテージのような佇まいで花や植物が沢山。
私達が座った席は唯一のテーブル席で囲いがついている。
完全に閉まっているわけじゃないけど個室に近かった。
「で、何か話?」
ケーキを食べたかったがパンを買ったばかりだし、今食べると夕飯が食べられなくなる。
紅茶だけを注文し、目の前に座る彼に話し掛けた。
私を誘ったのは何か聞きたいことがありそう、そう感じていたからだ。
「話ってほどじゃないけど。一花はどう? 彼氏と上手くやってる? ああ、違うな。結婚を前提にしたお友達だっけ?」
「らしいわね」
結局は恋人なのに、よく分からない表現をしていた二人に呆れた笑いが出た。
そっか、この人花ちゃんのことが気になっていたのね。
花ちゃん、この人にも大事にされているのね。
……ちょっと嫉妬しちゃうな。
「上手くいってると思うわよ?」
「そっか」
「鳴海君って」
「翔でいいよ」
「じゃあ……ショウ。ショウって花ちゃんが好きなの? 友達って聞いているけど」
友達にしては大事にしすぎじゃない?
浮かんだ疑問をそのまま聞いてみると、彼はきょとんした後笑った。
「友達だよ? 一花にとってはね」
「ショウにとっては?」
あまり突っ込んで聞くのは失礼だったかな。
笑っていた彼の顔に少し翳りが出たのを見てから思った。
ああ、失敗。
思ったことをすぐに聞いてしまうのは駄目ね。
「……子供のころは好きだったよ」
詳しく聞くのは止めた方がいい、そう思ったところだったのに。
「子供っていつまで?」
つい聞いてしまった。
だって、『この人の笑顔は私と近い』、そう思ってしまったから。
「さあ? ボクが聞きたいよ」
あははと屈託のない笑顔で笑う顔もまるで鏡に映った自分を見ているようだった。
今でも好きなのかな、なんとなくそう思った。
それからショウとは度々会うようになった。
いつも何故か二人だけで。
WISTERIAに行っても花ちゃんがいる時はパンを買ってすぐに帰った。
特に理由はない、本当になんとなく。
ショウも花ちゃんがいるときは二人だけの話題は出さなかった。
多分彼の方もなんとなくだと思う。
家に帰っても長く電話をしたり、ラインのやり取りをしながら寝ちゃったり。
ショウといるのは楽だった。
最初にショウに連れてきて貰ったカフェ。
私達はもうここの常連になっていた。
店長さんに『君達はいるだけで華やかになるから、注文なしの水だけでもいいから遊びに来てよ』なんて声を掛けて貰ったので、ただ喋りに来るだけの時もあるくらいだ。
「ったく、あの阿呆また店に来てさ。ここにも着いて来ようとするし。撒いてくるの大変だったんだから!」
「リョウも懲りないわね」
「香奈からなんか言ってやってよ! もう香奈がリョウと付き合ってやってくんない?」
「それは無理よ。リョウが好きなのはショウだもの」
「うっざい……」
今日は疲れたのか、ケーキを食べているショウを見ていると笑いが零れた。
リョウのこと散々貶しているけど、本当はリョウのために諦めさせようとしているのを私は知っている。
言葉にしたら『うざいだけ!』って否定するから言わないけれど。
それにしても、リョウも頑張るわね。
……成就はかなり難しそうだけど。
でも恋愛に正面から突き進むことが出来る情熱は凄いと思う。
ヒロトも……。
「……はあ」
「どうしたの? 馬鹿みたいに重い溜息ついて。最近ちょっと疲れてない?」
「あ。ごめん。気を抜いていたわ」
「別にいいけど。気を抜いてるなんて今更じゃない?」
「そうね」
この来慣れた店とショウがいる空間は心地よくて、いつも力が抜けてしまう。
今も椅子にだらしなく凭れている。
こんな姿を人前でしてしまうなんて自分でもびっくり。
それにショウのいう通り、最近疲れている……というか辛い。
ショウの視線を感じて顔を向けると、『話してみなよ』と言っているような目で私を見ていた。
……なんか見透かされているなあ。
「あのね」
「うん」
「最近、ヒロトの視線が辛いの」
「ふーん?」
ショウにはヒロトから告白されたことがあると話していた。
ツカサにフラれたことも、花ちゃんに酷いことを言ってしまったことも全部。
「何? ヒロに情熱的に見つめられちゃってるわけ?」
「違うわよ。……凄く、真っ直ぐなの」
キラキラした目、不純なものは混じっていない澄んだ目。
強い想いの見える眼差し。
……本当に輝いて見える。
「私、嫌な女なの」
「また言ってる。……今度も王子様関連?」
「……」
「当ててあげようか?」
綺麗にケーキを食べ終えたショウは、カフェラテを一口飲むと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「まだ諦めきれないんでしょ? 王子様のこと」
「……」
目が合っていると言われたくないことを言われそう。
思わず顔を逸らしたが、ショウが余計にニヤリと笑ったのが分かった。
「でも一花と幸せそうだし、自分が入る隙がないのも分かっている。二人を不幸にもしたくない。だから何かをしようというわけじゃないし……出来ない。でも、心のどこかで神様にお願いしてしまっている。『別れてしまえ』って。ああ、私はなんて嫌な女なのだろう! ……ってところでしょ? 真面目か!」
「ショウは私には容赦ないよね!」
ほら、やっぱり言われたくないことを!
やけに楽しそうに語るし!
……憐れむような言われ方されるよりはいいけど。
「……というか、真面目ってなによ」
「真面目でしょ。そんな心の声、外に出さないだけで誰でもあるっつーの」
「……そうかな」
「そうだよ」
「でも……ヒロトの真っ直ぐな目で見られると自分が余計に嫌な奴に思えて……。ヒロトの行動の端々に私への想いが見えて」
ヒロトは基本誰にでも優しいけれど、私に対しては特別だというのがすぐに分かる。
普通のことでも、私が話し掛けるととても嬉しそうだ。
「……ツカサと花ちゃんを見ていて、ふと俯いてしまう時もね」
「うん」
「私を見て、『大丈夫』って目をして笑うの」
「それを見るとね」
「うん」
「……泣きたくなるの」
『花ちゃんには恋してみれば?』なんて言ったけど、私は疲れたな。
恋なんてしたくない。
辛いことばかりだ。
「香奈ってさ。涙腺弱いよね」
そんなことはない。
人前で泣いたなんて、ツカサにフラれたあの日だけだ。
……あと今だけ。
「最初に一花の家を聞きにきた時も泣いて顔がぐちゃぐちゃでブスになってたよね」
「美人って言ってくれてたじゃない」
「ボクの統計で言うと、泣き顔がブスな子はイイ女だよ?」
「……ショウって何歳なの」
「同い年だってば」
そうとは思えない。
はっきりしたことは言わないけれど、ショウの話の中に時折女性の影を感じる。
遊んでいるわけではないのだろうけど、賢い社会勉強をしていそう、なんて思ってしまう。
「ボクはさー、香奈より汚いよ?」
「え?」
「一花を一人ぼっちにしたのはボクなんだ」
「?」
なんだか不穏な空気がするが、どういうことなのだろう。
ショウは『一花は覚えていないような小さい頃の話だけどね』と前置きをして話し始めた。
「元々人見知りだったけど、人と話せないわけじゃなかった。今は普通に話しているでしょ?」
「うん」
「他の奴が一花に接触する機会を与えなかったんだよ、ボクが。一花には『一花はボクがいないと何も出来ないよ』ってすり込んで」
保育所も一緒、家に帰っても近所。
家族のように同じ時間を過ごし、花ちゃんを独り占めにした。
元々気が弱かった花ちゃんは、ショウにどんどん甘えて自分からは何もしなくなったそうだ。
「女装だって一花が女の子の友達が出来たって喜んだから続けたんだ。……それで女の子の友達もいなくてよくなるしね?」
「わーお」
ショウが稀に見せるこの黒い顔は本当に怖い。
顔が綺麗な分ゾッとしてしまう。
「でもね、ある時急に気づいたんだ。ボクが一花を不幸にしてるって。気づいてしまうと怖くなって……それで別の学校に進んだんだ。ボクがいないと駄目にしておきながら突き放したんだ。ひどいだろう? 一花のためだ、なんて言って」
「……そうね」
でも私は花ちゃんを妬んでいるからかもしれないけれど、『ショウに頼り過ぎた花ちゃんも悪いのでは?』と思ってしまう。
「今はボクがいなくても大丈夫になっちゃった。寂しいけど、安心してる。でもたまに思うよ。王子様と別れて、傷ついて前よりももっとボクに依存するようになればいいのにって。あ、一瞬だけだよ?」
「それって……まだ花ちゃんが好きでしょ」
「違うって。本当に違う。ただの依存なのかなあ。好きだけど、それがどの好きなのか分からなくなったなあ」
本当に分からないのか、首を傾げてからカフェモカを飲み干した。
「ね? もっと性格の悪いボクがいるから、香奈は安心しなよ」
「花ちゃんに告白とかしなかったの?」
「しないよ?」
「なんで?」
「そんなことしたら、一花の友達ゼロになっちゃうじゃん」
彼氏になるから? と思ったけど……多分違う。
なんとなくだけど、ショウは自分が花ちゃんと恋人になるようなことは想像していないと思う。
「……ボクしかいないのに。本当にボクが一人にしちゃう」
ただ友達でいてあげたい、そういうことなのかな。
それとも罪滅ぼしのつもり?
「今なら私という友達がいるんだから大丈夫じゃない」
「だから今はいいんだって。そういう好きじゃないから。今はあの鬱陶しい阿呆を引き離す方が大問題だよ!」
「あはは」
「日に日にウザくなる。進化するんだよ? ……あ」
「?」
「良いこと思いついたんだけど」
「何?」
また悪い顔をしている。
楽しそうだけど碌でもないことを思いついたんだろうなあ。
「香奈はヒロに困っているんだよね? ボクはあの馬鹿に困っている」
「うん。……ああ。いいわね」
「分かった?」
「うん」
利害の一致、というやつね。
面白いかも。
「香奈、ボクと付き合ってくれませんか」
思った通りのことをショウが口にした。
ちゃんと言葉にして言ってくれたのはショウなりの気遣いだろう。
その気遣い、必要かな?
面白くて思わず笑ってしまった。
「いいわよ」
「ありがとう。嬉しい、大事にするよ」
「ショウの愛は重たそうでなんか怖いわ」
「酷いな」
お水を入れに来てくれた店長さんに『ボク達付き合うことになったんだ』とショウが言うと、『あれ? 付き合ってなかったの?』と言われて二人で笑った。
「恋人らしいこといっぱいしようよ。デートとか。お揃いの指輪とか買ってさ。あの阿呆の目を覚まさなきゃいけないからね。見せつけてやる」
「いいわね。楽しそう。……ふふっ、花ちゃんに言ったら吃驚するでしょうね」
「だろうね」
こうして私に、初めての彼氏が出来ました。
今までいなかったなんて嘘だって言われるけど、本当なのよ?
※※※
恋人らしいことをしよう。
その言葉を思い出し、一緒に登校しようとショウを迎えに行った。
このマンションには花ちゃんもいる。
まだ花ちゃんには何も話していないけど、見つかったらどうなるかな。
少しワクワクしながらそう話すとショウが気まずそうに笑った。
「昨日一花に言ったんだ。付き合ってるって」
「そうなの? どうだった?」
「凄く吃驚してた。固まって動かなくなったよ」
「あはは! その様子を見たかったなあ」
「ごめん、一緒にいるときに言えばよかったね。『ボク達、付き合ってます』って」
ショウはそう言いながら昨日一緒に買ったペアリングをつけた手を私に見せた。
「芸能人の結婚会見みたいなことしないでよ。恥ずかしいわ」
自分もつけてきたけど、本当の恋人じゃないけど照れてしまう。
「じゃあ、もっと恥ずかしいことしながら学校行こうか」
「え!?」
もっと恥ずかしいこと!?
何をするつもりだと身構えたら手を握られた。
なんだ……。
「あれ? がっかりした? 想像していたのと違った? 何考えていたのか言ってくれたらご期待に応えますけど?」
「何も考えてなかったわよ!」
「そう?」
変な言い方をするから!
でも……手を繋ぐのも結構恥ずかしいわね。
やってみてから思った。
ん?
視線を感じて振り向くと、そこには花ちゃんが立っていた。
大きな目を見開いて固まっている。
笑いそうになるのを堪え、声を掛けた。
「あ、花ちゃんおはよう」
「一花、おはよ」
「あ、うん……おはようございます……」
「吃驚してるね」
顔を近づけてこっそりとショウに話し掛けると返事はなかったが、それは笑いを堪えているからだと顔を見てすぐに分かった。
「花ちゃんは司と登校するのよね?」
「う、うん。途中から……」
「私はショウと学校の分かれ道まで一緒に行くから」
「う、うん……」
「一花、じゃあな~」
花ちゃんはずっと固まったままだった。
「皆に広まるわね」
「そうだね」
「今更だけど本当にいいの?」
「何が?」
「ヒロが知ったら、香奈のことを諦めるかもしれないだろ?」
「……そうね」
こんな私を本当に大切にしてくれる人をなくすかもしれない。
でも……。
あの優しさに甘えて身を委ねても、自分が辛くなるだけなのは分かっているから……。
「今はショウと恋人ごっこしてるのが楽しいわ」
「……そっか。やめたくなったらすぐ言ってよ? まあ、言わなくてもそうなったらすぐ分かると思うけど」
「どういう意味よ」
「香奈、分かりやすいから」
馬鹿にされているようだけど悪い気はしない。
本当にショウには見透かされるから。
ごめんね、ヒロト。
私、ショウといるのが楽なの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます