私にとっては事件です!①
学校から帰り、今日も私はお店の手伝いです。
司君は部活があるそうなのですが、帰りに寄ってくれると言っていました。
来てくれるのが待ち遠しいな。
でも今日は翔ちゃんもシフトに入っている日だから、お話ししているとあっという間に時間が過ぎるだろうなと思っていたのですが……。
「え……もう一回、言って?」
過ぎるどことか、翔ちゃんの口から出た言葉を聞いて私の時が止まりました。
パンをせっせと袋詰めしていた手からトングが落ちましたが、驚きすぎて拾うことが出来ません。
「聞こえただろう? 同じこと言わせるなっつーの」」
「だ、だって!!!」
はっきり聞こえたけど……聞こえたからこそもう一度聞きたいです!
本当なの!?
「はあ。これで最後だからな」
「うん」
「ボク、香奈と付き合ってる」
「ええええええええええ」
やっぱりさっき聞いた衝撃事実と同じことを言っています。
香奈って私の知っているあの香奈ちゃんだよね!?
私の大好きなあの香奈ちゃんだよね!?
「そ、そんな! 聞いてないよ!?」
「当たり前じゃん。今、初めて言ったんだから」
「ううー……」
疑問がありすぎて何を聞けば良いのかも分かりません!
十人くらいに分身して一気に色々問い詰めたいです!
はあー……私、混乱してるなあ……。
「い、いつからお二人はそのようなご関係に?」
「最近。付き合い始めたのは先週」
「先週!」
「復唱するな。ほら、ボクの分は終わったよ? 一花も早く終わらせなよ」
「あ、うん……」
淡々と作業をこなした翔ちゃんに促され、落ちたトングを拾って片付けました。
新しいトングを取って袋詰めを再開しましたが、正直今はバイトどころではありません!
「ど、どうしよう……」
「なんで一花がそんなに動揺しているわけ?」
「だ、だって! 」
翔ちゃんと香奈ちゃん、私の貴重で大事なお友達。
そんな二人がカップルになるなんて!
そして頭に浮かぶのはひろ君の顔です。
「ひろ君は知っているの?」
「さあ? 別にわざわざ報告していないし。お、バイト時間終了~。じゃあボクはこれから香奈とデートだから!」
「ええええええええええ!!?」
時計を見ると確かに翔ちゃんのバイト終了時間になっていました。
でも、いつもは三十分くらいはのんびりしていくのに……。
今日は早々に片付け、すぐに出て行きました。
そして五分ぐらいすると家で着がえてきたのか、爽やかな美少年スタイルになった翔ちゃんが颯爽と歩いて行くのが見えました。
いつもと雰囲気が少し違って男の子らしく……格好良く見えたよ!?
凄く気合いが入ってたよね!?
わああああ!!
「ど、どうしよう!?」
「どうしたの?」
「!? いらっしゃいま……あ!!」
いつの間にお客様が……! と焦ったらそこに立っていたのは司君でした。
言っていた通り部活終わりのようでジャージ姿です。
ちょうどいいところに!!
「つ、司君! どうしよう!!」
「うん、一花が一番可愛い」
「? 何の話? そんなことはどうでもよくて! 大変なことが!」
「……どうでもいい……? 待って、良くない。これより大事なことなんて……」
「もう! 話を聞いて! 大変なの!」
稀に司君に言語が通じない事態が発生します。
今はやめて!
緊急事態なの!
「……お先にどうぞ」
お先?
後からよく分からない話をまだするつもりなのですね……。
それより!
「あのね、翔ちゃんと香奈ちゃんが付き合ってるって!」
「え……」
あまり表情には変化を見せない司君が驚いています。
そうだよね、さすがにこれは驚くよね。
「凄いびっくり! どうしよう!」
「一花の『あのね』が可愛くて吃驚した……」
「……もういい」
真面目に話を聞いてくれないならいいです。
誰かに話を……あれ、誰がいるかな?
香奈ちゃんは本人。
翔ちゃんは本人。
ひろ君は一番言っちゃいけない人っぽい。
……。
友達いないって悲しい……。
泣いてもいいかな。
「待って! 我慢するから! ちゃんと聞く!」
疑うような視線を向けると、真剣な目で私を見ていました。
本当かなあ。
まだ少し疑っていますが、私も話をしたいので店番を母にバトンタッチして、外の公園で話をすることにしました。
例の公園、司君が私に『逆だし!』と言ったあの公園。
今日も人の姿はなく静かです。
そして今座っているのは、司君がスイートポテトを落としたあのベンチ。
ちょっと懐かしいですね。
「俺としては『へえ』としか……」
途中で買った缶コーヒーを飲みながら司君は呟きました。
本当にそう思っているようで、表情も興味がなさげというか……。
「なんで!?」
「なんでって。じゃあ一花は何が大変だと思うの? 何か問題ある? 本人達が決めることだし」
「そ、それはそうなんだけど……」
確かにその通りです。
外野が騒ぐ必要なんてなにもないのですが……。
私だって何かをしようとしているわけではないのです。
でも……!
吃驚し過ぎて!!
「まあ……大翔のことは慰めてやろうと思うよ」
黙ってしまった私の気を和らげようとしてくれたのか、司君が私の頭を撫でながら呟きました。
大きな手に優しく撫でて貰えると嬉しいです。
……でも。
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
嬉しそう、というか黒い笑み?
「嬉しくないよ? 幼なじみとして辛いよ」
「……」
本当に辛い人はそんな顔しないと思います……。
「大丈夫」
「ん?」
「大翔なら大丈夫だって」
「でも……」
「あいつ、俺の師匠だから」
「師匠?」
そういえば前にそんな話をひろ君から聞いたような……?
今の司君の顔には、さっきのような黒さはありません。
幼なじみで親友だからひろ君のことが分かっているのかな。
……そういう関係、羨ましい。
「一花に心配されるとか、大翔禿げろ」
「……」
司君、男の友情にじーんとしてしまった私の感動を返して?
※※※
「……」
朝、登校するためにマンションのエレベーターを降り、扉が開いた先に見えた光景に絶句しました。
「あ、花ちゃんおはよう」
「一花、おはよ」
「あ、うん……おはようございます……」
翔ちゃんと香奈ちゃん、私の大事なお友達がいました。
……手を繋いで。
「花ちゃんは司と登校するのよね?」
「う、うん。途中から……」
私と司君は少し先の道で合流して一緒に登校しています。
「私はショウと学校の分かれ道まで一緒に行くから」
「う、うん……」
「一花、じゃあな~」
そう言うと二人は仲良く手を繋いだまま歩いて行きました。
どこからどう見てもカップルです。
二人とも笑顔でとっても仲良しに見えます。
「わー……」
見ていると何故か私が照れてしまいました。
あれがラブラブというものかー……。
人前でも堂々と手を繋ぐことが出来るハートの強さは少し羨ましい……。
人気者な二人だから、誰に見られても気にしないのかな。
……あ。
「……ひろ君」
もし、この光景をひろ君が見てしまったら……。
仕方のないことかもしれませんが、見ずにすめばいいなと思ってしまいます。
事実はいずれ知ってしまうと思いますが、視覚でつきつけられる方が辛そう……。
翔ちゃんと香奈ちゃんのことを私から話すつもりはありません。
でも、ひろ君の気持ちを想像すると苦しい。
妙に意識してしまい、ひろ君に対して可笑しな態度をとってしまわないか心配です。
「あ、遅刻しちゃう」
ボーッと見送ってしまいましたが、私も登校しなければなりません。
急がなきゃ、司君を待たせてしまう!
「一花、おはよう」
「お……おはよう……司君。……………ひろ君」
「…………………………………………」
司君との待ち合わせ場所に小走りで辿り着いた私は、司君の隣に明るいオレンジ髪が見えた瞬間、息が止まりました。
……神様、さっきの私の思考、届きませんでした?
ひろ君の見開かれた目の先には、美少年と美少女が仲良く手を繋いで登校している姿。
「……あれ、ショウと香奈……だよな?」
「え……あ……その……。……」
そうだ、と肯定するのは酷に思えて……でも嘘をつくことも出来なくて……。
私は一番卑怯な『黙る』という選択肢を選んでしまいました。
「そうだ。付き合っているらしい」
「!!!!」
「司君!」
「すぐに分かることだから」
確かにそうなんだけど……。
でも、噂で耳に入るより幼なじみの司君の口から言ってもらって良かったかもしれません。
あー……そうでもないかな?
ひろ君の顔は一瞬悲しそうに歪められましたが、すぐに険しいものになりました。
これは怒っているのではなくて、沸き起こる感情を必死に抑えているのだと思います。
手にも力が入っていて、拳が小さく震えています。
「ひろ君……」
「学校に遅れる。行こうか」
「司君!」
普通に出発しようとする司君の顔を見ると普段通りの表情をしていました。
それに私は戸惑いましたが、目が合った瞬間にこっそりと司君が首を横に振ったのを見て理解しました。
……普通にしていた方がいいってことなんだね。
「……ショウ……ちゃん?」
司君に従い、歩き出そうとした私の背後で小さな声がしました。
聞き覚えがある、この声は……。
「? ……あ!!!!」
……ここにもいた。
ごめん、安土君のこと忘れてた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます