小話

「席替えをするぞ」


 ホームルームの時間。

 教室の扉を開けた担任が、教壇までの距離を歩きながら宣言しました。

 教室には喜ぶ声、反対する声の両方が上がり、一気に騒々しくなりました。


「静かにしろ」


 注意をしながら準備を始めている担任を見ながら、私はこっそりと小さく溜息をつきました。

 司君と隣なのに、離れてしまうかもしれません。

 寂しいなあ。

 司君はどう思っているのだろうと、ちらりと隣の席を盗み見ました。


「? ……司君?」


 どうしたのでしょう。

 司君は真顔で真っ直ぐに担任を見据え、静止していました。

 あ、あれ、瞬きをしてるかな!?

 石像になっちゃった!?


 小さな声で呼びかけたのですが、返事もありません。

 もう一度声を掛けようか迷っていると、担任も司君の様子に気がついたようで、視線がこちらに向けられています。


「! め、目が悪い子もいるし、皆も気分転換になるだろう!」


 担任が焦っているような声で教室に目を配りました。

 『皆もそう思うだろう!?』と必死に同意を求めているように聞こえたのは何故でしょう。

 そしてガヤガヤと煩かった声は急に収束しました。

 どうして皆は俯きがちになっているのでしょう。


「目が悪い奴って……誰?」


 司君が呟きました。


「「「……」」」 


 教室中に届く声の大きさではなかったはずですが、皆の視線がスーッと石田君に注がれました。

 彼は私とは反対側の司君の隣です。

今まで裸眼で頑張っていたのですが、視力が下がってきたので黒板の字が読みづらいと話していたのを聞いたことがあります。


「石田。目、悪いの?」


 司君が首だけを九十度動かして尋ねました。

 反対側なので顔は見えませんが、恐らく真顔のままだと思います。


「!? あ、いや、オレはメガネ買おうかな!」

「だよね」


 だ、『だよね』?

 石田君、メガネを買うの?

 それでいいの?

 こんな威圧的な『だよね』は中々ないと思います。

 石田君の言葉に納得したのか、司君の顔は再び正面に戻って来ました。


 司君は私と同じように席替えで離れたくないから、このような状態になっているのだとしたら凄く嬉しいですが、クラスメイトに迷惑を掛けるのは心苦しいです。

 なんとかしなきゃ!


「気分転換……とは……」


 再び零れた司君の呟きに、クラスメイト達がハッと息をのんだのが分かりました。


「こ、この席好きだからあまり変わりたくないなあ」

「私もー」


 方々から席替えを止めようと仄めかす声があがりました。

 皆が敏感に言葉の意図を察知したようです。

 皆は司君に甘すぎでは!?

 普段あまり自己主張しない司君が見せている『わがまま』を何とかしてあげたいのかもしれません。

 『王子君』と言われている司君の人気を改めて見せつけられた気がしますが……。

 ああ、香奈ちゃんとひろ君の冷たい眼差しが司君に刺さっています。

 司君は全く気にしていない様子です。


 ん?

 どうやって司君を静めるか考えていると、携帯にメールが届きました。

 差出人が香奈ちゃんだったので、こっそりとメールを確認しました。


 ……なるほど。

 メールには香奈ちゃんからのアドバイス、というか『指令』が書かれていました。

 私は指示された通りに、こっそりと司君にメールをしました。

 メールはすぐに届き、司君も気がついたようでスマホをちらりと見ています。


 香奈ちゃんのメールにはこう書かれていました。

 ツカサに『席替えしてもまた隣になれたらいいね。私達ならなれるかも』ってメールして、と。


 一字一句相違ない文章で送りました。

 まるで『私達は運命で繋がっている』と言っているようで恥ずかしかったのですが、思い切って送りました。

 司君はメールを読んだようで、隣から視線を感じました。

 照れる……司君の方を見ることが出来ません。

 机の上に目を落として、黙って時の流れを待つことにしました。


「俺は……試されている?」


 司君が何を呟きました。


「……でも神っていないしな」


 何を言っているのか分かりませんが、葛藤しているような様子です。

 少しすると、隣からカチカチとシャーペンの芯を出している音がしました。

 司君がシャーペンを握り、書くのをスタンバイしていました。


 席替えの方法はあみだくじです。

 下のランダムに席番を書いた部分は切り離した状態で、線の上の部分の好きなところに各々で名前を書き込む方法を取っています。

 名前を書くためにシャーペンを持った、つまり『席替えを認める』、そういうことだと思います。


 良かった……私も担任も、そしてクラスメイト達もホッと胸をなで下ろしました。

 もう、わがまま王子になったら困るなあ。


 担任があみだくじの紙を回し始めました。

 皆どこか恐る恐るといった様子で名前を書き込んでいます。

 私より先に司君が書き込む番になりました。

 パンを選んでいた時のように悩むのかなと思ったのですが、予想外に迷うことなく一瞬で名前を書き終えていました。

 次の人に紙を渡すと、私の方を見てにこりと微笑みました。


 うっ!

 私は司君の笑顔には弱いのです!

 このままドキドキしていると、あみだくじに名前を書き込むときに支障が出てしまいそうです。

 視線を机の上に戻し、シャーペンを握りました。


 司君の視線を時折感じながら待っていると、私の元に紙が回ってきました。

 殆ど埋まっていて、選択肢は少なくなっていました。

 少し迷いましたが、司君の隣の線が空いていたのでそこに名前を書きました。


 残り物には福があると言いますし……どうかまた司君の隣になれますように。

 香奈ちゃんも隣なら最高です。


 書き終えて次の人に紙を渡すと司君と目が合いました。


「つい司君の隣に名前書いちゃった」


 名前を書くのは隣じゃないところの方が良かったかもしれません。

 失敗だったかも。

 失敗を誤魔化すように『えへへ』と笑うと、司君の目がカッと開かれ、まだ持っていたシャーペンが手から落ちました。

 ど、どうしたの!?


「司君?」

「この衝動を耐えるのが辛い」

「?」

「休憩時間になったら屋上行こう。それまで我慢する」

「うん? うん……」


 そんなことをしているうちに紙は全員に回ったようで、担任が黒板に書いた座席表の枠に名前を書き込み始めました。

 新しい席の発表です。

 ドキドキします、神様お願い!


「あっ」


 早々に司君の名前が書き込まれました。

 教壇の前、一番前の席です。

 うわあ、隣になれても最前列はちょっと嫌だな。


「……」


 隣を見ると、司君も嫌そうな顔をしていました。


 座席表の枠はどんどん埋まっていきます。

 あ、香奈ちゃんとひろ君が一番後ろとその前の席、縦の前後ろで並びました。

 いいなあ!

 ひろ君は隠しているようですが、嬉しいのがダダ漏れな顔をしていました。

 香奈ちゃんは他の友達とお話をしていてひろ君に関してスルーしている感じです。

 頑張れ、ひろ君……。


「あ」


 司君の小さな声が聞こえたので、座席表に目を戻すとそこには……。


「司君の両隣が埋まっちゃった……」


 私の名前はまだ無いのですが、司君と隣接している席が全て埋まってしまっていました。

 ああ……凄く残念です……ショックだ……。


「だから神って……!」


 司君を見ると俯いているのですが、目は座席表を睨んでいました。

 怖いよ!?

 教室の温度が下がったような気がしました。

 担任の手も心なしか震えているように見えます。


「あ、私の名前」


 微妙に歪んだ字で書き込まれた私の名前は席の後方、後ろから二番目でひろ君の隣でした。

 香奈ちゃんはひろ君の後ろなので、私から斜め後ろの席です。

 やった!

 あ、でも、喜んじゃ駄目だ、司君と離れちゃったのに!


「大翔……まだ邪魔するか……」


 司君がひろ君を見ています。

 ひろ君はわざと視線を反らしています。

 駄目だよ司君、香奈ちゃんの前の席だからひろ君は絶対代わってくれないよ?

 ああ、司君だけ離れちゃったなあ。


 どこか重い空気の中、新しい席への移動に開始です。


「あ、あの! オレ、目が悪いんで前と代わって欲しいです!」


 司君との別れを惜しもうとしていると、石田君がビシッと真っ直ぐに手を上げました。

 石田君は……あ、私の後ろ、香奈ちゃんの隣の席です。


「石田! お前……。そうか、なら藤王! 代わってやれ!」


 担任が救世主を見るような目で石田君を見ています。

 いえ、担任だけではなくクラスメイトもそうです。

 香奈ちゃんとひろ君の目は相変わらず冷めたものですが……。


「石田、俺がメガネを買ってやるからな」

「大丈夫、一番前だから見えるよ!」


 笑顔で石田君を見送る司君。

 そして最前列に向かう石田君もどこか誇らしげでした。

 私は司君と近くて嬉しいけれど……いいのかな……大丈夫かなこのクラス……。


「ここ最高。視界の中に常に一花がいる」


 席を移動してから『嬉しい』という気持ちが変化しました。

 この席嫌かも……。

 背中に凄く視線を感じます。

 ずっと司君に見られながら過ごすなんて……緊張して授業どころじゃありません!

 もう一回席替えお願いします!

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