後編
ドーミラスは、レムネスの魔法学校での先輩だ。悪戯好きでミステリアスな雰囲気を纏ったその先輩に話しかけてみると、意外と気さくで面倒見も良い人だったので先輩とはすぐ仲が良くなった。そんな先輩は、見事首席で卒業し、調査組に選ばれた。私が調査組を目指した理由は、そんな先輩への憧れから来るものだった。
「さ~て、どうしよっかな」
レムネスは半ば茫然としながら、その先輩の自宅の目の前に立ち尽くした。
アンジェスに言われてドーミラス先輩を探したが、何処にもいなかったのだ。もしかしたらと、先輩の自宅も尋ねたけれど、鍵はかかったままで、人の気配はなかった。
「霊力の気配はあるから、最近までここにいたと思うんだけどな~」
霊力を発する量には個人差がある。けれど、種類や性質といったものは全く一緒なのだ。だから、霊力を辿って特定の人を見つけることは非常に難しい。霊力を変換した魔力なら、個人差があるため判別は出来るけれど、それも簡単なことじゃなかった。しかも先輩は私と同じく調査組。もしかしたら、人間の時空間へ行っているのかもしれないのだ。
「取り敢えず、先輩がここに帰ってくるって仮定して、置手紙でも書こうかしら」
相手の居場所が分からない以上、そうするくらいしか思い浮かばなかった。結局、先輩の家の前で数分待った後、置手紙をポストに挟んでおき、自分も一度、人間の時空間に戻るために転移門へ向かった。
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「……で、なんでここにいるんですか!?」
転移門を抜け、人間の時空間にある自宅の自室に転移すると、さっきまで探していたドーミラス先輩が、ソファに座ってくつろいでいた。
「あ、レムネスちゃん、おかえりなさい。どこにいってたの?」
「ちょっと調べ物があったので、一度故郷に帰ってました。……じゃなくて、なんで日本に来ているんですか!?」
ドーミラス先輩の調査先は、たしかヨーロッパのはずだった。どうして日本に、しかも、私の部屋にいるのかが不思議でならない。レムネスはドーミラス先輩に理由を尋ねながら、横に座った。
「ちょっと探し物をしていてね。特別な魔法書があるのだけれど、それが転送されてしまったのよ。日本のどこかにあるってことは分かったんだけれど……」
「魔法書!?」
もしかして、と思ったレムネスは、バッグの中から魔法書を取り出した。
「魔法書って、これのことですか」
「あ、そうそれよ!」
すると先輩は、びっくりした顔をしながら魔法書を受け取り、ぱらぱらとページをめくった。そして最後までめくり終わるとパタンと閉じ、安心したように胸を撫でおろした。
「良かった~見つかって。ありがとうレムネスちゃん。どこにあったの?」
そう聞かれ、レムネスは昨日の夜からさっきまでのことを説明した。すると先輩は感心したような、納得したような声で相づちをうちながら言った。
「へえ~。この本の正体を知るために一回戻ってたのね。私もちょうどそのころに、この魔法書を探してこっちに来てたから、入れ違いになっちゃってたのね。でも良かった。魔法書が無事で」
先輩はそう言いながら、アンジェスがやったようにレムネスの頭をなでた。今回は純粋に嬉しかったので「えへへ」と笑って返した。
「ところで先輩。この魔法書って、なんなんですか? この羅列もどう読んでいいのか分からないし……」
レムネスがそう聞くと、先輩は困ったような顔をしながら、魔法書のページをパラパラとめくった。
「説明したいのだけれど、この魔法書の作者に口止めされてるから教えられないのよ。ゴメンね」
先輩はそういいながら、左手の人差し指を口の前で立て、その後親指と人差し指をくっつけて口を閉じた。いつものジェスチャーだ。
「そろそろ行かなきゃ。この魔法書の作者を待たせているのよ。また、今度会いましょう」
先輩は立ち上がると、上着の左ポケットからなにやらメモのようなものをとりだし、魔法書のページに貼り付けた。
その瞬間、魔法書の不思議な気配が消えたかと思うと、突然太陽のそれに似た輝きを放った。その輝きが収まると、魔法書から放たれる気配が変わっていた。さっきまでと間違う、なんというか、引き締まった気配だ。レムネスは直感で、魔法書が直ったのだと思った。
「それじゃあね。作者にあなたのこと、伝えておくわね」
先輩はそういうと、魔法書のページを3枚ほど戻してそこに手をかざした。手のひらから、先輩の霊力が魔法書に伝わっていくのが視えた。そして、魔法書がまた発光し始めると今度は先輩を白い円が囲み、頭上と足元に魔法陣が現れた。その魔法陣が円に向かって動いていき、2つの魔法陣が円に重なった時、先輩の姿は消えた。
転移魔法だ。先輩は詠唱どころか一言も喋らずに、転移魔法を使ったのだ。それが、あの魔法書の正体だった。
「それにしても、先輩はいつもの先輩だったな~」
先輩は、喋ることができない秘密事を教えてくれるときがある。あのジェスチャーをしたときがそうだ。先輩はあのジェスチャーをした後、一言も喋らずに実践して説明してくれる。あの魔法書も、口止めされていると言いながら、私の目の前で使ったのだ。手順も分かりやすく。学校時代から、そんな屁理屈は得意だったな。
魔力の残光が消えていくのを見届けると、レムネスは窓の外を見た。いつの間にか日は陰りだし、西の空が茜色に染まり始めていた。
「さて、明日から、調査再開ね」
丸一日、この時空間の調査をせずに費やしてしまった。あの魔法書の作者はどんな人なのか、ドーミラス先輩はなぜ作者の魔法書を探していたのか。ことの顛末は明かされなかったけれど、まずは調査の遅れを取り戻さないといけない。レムネスは、茜色と群青色の境を茫然と眺めた後、静かにカーテンを閉じた。
不思議な魔法書 冬空ノ牡羊 @fuyuzora_no_ohituzi
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