第3話 師匠の言葉

「最後に頼れるのが自分の体だってのは、魔術師だけじゃなく全てのアスリートにも言えることだ。

なのに、その体を作る基である食い物にいい加減な輩が多すぎる。

肉さえ食っていりゃ良いとか馬鹿すぎんだろ」


魔術師としては変わり者と呼ばれた師匠の言葉だ。

結社でもあまり好意的に見られなかった半端者の俺達。

でも、師事しているのが師匠と知られると、途端に態度が変わった。

多くは同情的な目を向けてきた。

そして、少しだけ風当たりが弱くなった。

ふと、そんな師匠の言葉を仕事明けの一杯と共に思い出していた。

きっかけは同僚との会話だった。

同僚といっても年齢は大きく離れている。

入社時期こそ近いが年齢は二十以上向こうが上だ。

タクドラは高齢者が多い。

俺ですら営業所では最若手の一人だ。

彼は最近、糖尿病が悪化してきたらしい。

腎機能にも障害が出てきて、食事制限が更にきつくなったらしい。

以前は豆類をやりながら一杯、というのが定番だったそうだ。

酒を止められてからも、お茶で豆類をポリポリというのが大好きだったと言う。

しかし、ついにその豆類も禁止されだしたというのだ。

その事を愚痴られながら、糖尿病の食事制限や食べ方などの話を聞いた。

ダイエットにも応用がきく。

今はまだ良さそうだが、腹が大きく出だしたら思い出せ、との仰せだ。

まあ、副業を続ける限り思い出す必要は無いだろう。

あっちは結構、消費カロリーが高い。

そんな会話の中で気がついた事があった。

俺の酒を飲む時の流れが、糖尿病の食事の仕方と良く似ているのだ。

そして、何でだろうと考えていたら師匠を思い出したのだ。




「魔術とは精神によって世界に干渉する技術だ。

そんな事はいい加減、お前らも理解出来ているはずだ。

だが、それが徹底出来ていない。

同じ修練をするにしても結果を予測し、希望し、そして祈る。

それによって自ら望む結果を引き寄せる。

これも魔術だ。

精神活動全てにおいて魔術は繋がっている。

そして世界にも繋がっている。

これを常に忘れるな」


それが師匠の教えで最も繰り返された内容だった。

そして、それは日常生活についても語られた。


「ただメシを食えば良いってもんじゃねえ。

今、何を食っているかを自覚しろ。

そして、それが自分に吸収され体に変わる。

それを感じてイメージしろ。

最大限に味を楽しめ。

これは人間として糧になったモノへの礼儀だ。

感謝して、そしてその命が自分に吸収され、自分の更なる力になる事を理解しろ、自覚しろ」


人間の行動全てが魔術に繋がっている。

術式を展開しなくても、強い精神活動は測定誤差レベルかも知れないが現実に干渉する。

執念が結果を呼び込む、というのは魔術師には常識だ。

まあ、普通は干渉レベルがとても低いので偶然や気のせいとなるだろうが。


「食い方にも流れがあるべきだ。

どこぞの食通連中に習うわけじゃ無いが、食事も文化芸術というなら、演出も必要だろう。

序破急や起承転結みたいな流れと演出だ。

難しく考える事はねえ。

今の自分をイメージしろ。

健康状態はどうだ。

精神の状態はどうだ。

では、今、自分に必要な食い物は何だ。

そして、それをどう食うのが自分にとって一番良い。

暇と金の問題も有るだろうから、至高、究極なんて目指す必要なんざねえ。

ただ、自分の体と心が求めるもの、そしてなりたい自分に必要なものを考えろ」


まあ、師匠曰く、生活全てが修行であり、それを常に念頭において行動しろって事だ。

魔術師は生き方であって職業じゃない。

そんな事もよく言っていた。

師匠の食事はけっして派手ではなかった。

どちらかというと質素だった。

ただ、おかずの種類が多かったのと、野菜類が多かった記憶がある。

勿論、肉類が嫌いというわけでもなかった。

焼肉やステーキの日もあった。

ただそんな日は、朝と昼は肉を食わないとかの調整をしていた。

そして、食べる時も始めから肉を食べだしたりはしなかった。


「肉ってのは食べて消化するにも体に負担がかかんだ。

まずは負担の少ないもので体と心に準備させろ。

まあ、熱い風呂に入る前にかけ湯してならすのと一緒だ」


そんな事を言って焼肉の前にキムチと枝豆でビールをやっていた。


「それに、間をあけた方が期待も高まって肉も旨くなる。

これも自分に対する演出ってやつだ。

どうせ食うなら旨いメシだ」


そんな師匠の食事法だが、糖尿病患者が勧められる食べ方と同じなのだ。

糖尿病患者はインスリンの分泌力が弱い。

その為、急激な血糖値の変化に体が対応出来ない。

だから、まず血糖値の上昇の少ない野菜を食べて、インスリンの分泌を促しながらも血糖値を上昇させない様にするのだ。

そして、十分にインスリンを出させたところで、肉類や主食の米類を食べ始めるのだ。

当時、健康だった師匠が医者にこの食べ方を勧められたとは思えない。

まあ、偶然なのだろう。

たまたま師匠の食事の演出が、体に良い食べ方だったってだけだ。

序。

まずキムチや枝豆を摘みながらビールで喉を潤す。

場の始まりであり、次への期待を促す。

破。

脂の少ないタン塩などを摘みながら肉を食らう場へと変化させる。

適時ビールから赤ワインなどに切り替えるのも良い。

急。

大本命のカルビ、ロース、ハラミで一気にクライマックスに収束させる。

ただただ肉の旨さを味わい満足感にひたる。

時折、サンチュなんかで巻いて変化をつけるも有りだ。



いつの間にかそんな師匠の教えが身についていたんだろうな。

今日は何腹か自分に問いかける。

そして食べる順番と飲む酒に思いをはせながら計画をたてる。

自然とその流れが出来ていた。

師匠、不肖の弟子ですが、なんとか生き残っています。

そして、なんとかそれなりに旨い酒とメシにありついています。

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冴えないおっさんの飲んだくれ日記 三色アイス @hiro0024

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