歌手志望の女の子が搾取されつくして駆け込み寺に逃げ込むまでの経緯

第13話 鬼が出るか芸能人が出るか

 今回は大学時代の同級生の話だ。うちの大学では、学園祭とは違う時期にミスコンがあった。すでにバブルは弾けていたがまだ勢いのあったイベントサークルがミスコンを仕切っていた。今でもあるのかは知らない。大学3年の時に、同じクラス(大学でクラスと言っても一緒になるのは説明会の時くらいで、同じ授業をとってるから交流があっただけだけど)のイベントサークルの奴に声をかけられた。「Tenさー、英文科のAちゃんと仲良いよね?ミスコンにでてくれって毎年声かけてるんだけど断られ続けてるんだわ。ミスコンに出るように説得してくれないかな、あの娘なら絶対優勝できると思うんだけど。」Aはオリエンタルな感じの美人で、めちゃくちゃ可愛かった。いや今でも可愛い。当人に聞いたところ「彼氏が嫌がる」「人前で水着になるなんて絶対イヤ」と言ってまったく興味がなさそうだった。だからそういう目立つ行動にそもそも興味がないのかと思っていた。


 そんなAが社会人になってからボイストレーニングに通いだした。元々歌が好きですごく上手くて、ボイトレで更に磨きをかけていた。そのスクールの主催で定期ライブしてたし、インディーズだがCDも出した。そのスクールのトレーナーは紅白出場経験や夜もヒッパレに出たこともあるメジャーグループ歌手のメンバーだった。このトレーナーのおっさんはスクールで上手いメンバー男女問わず全員をプロデュースのような事をしていた。Aは可愛くて歌も歌も上手いから、CDも最初に出せたしトレーナーのお気に入りのようだった。


 ここからは、あまり多くを語りたがらないAからかいつまんで聞いた内容を時系列に並べなおして書く。話の正確性は保証しないが辻褄は合ってると思う。


 このトレーナーは「芸能界は師弟世界で、歌手志望の子はみんなこういう風にやるんだ、私の言うことを聞きなさい」とAを洗脳した。Aの家に同居し、Aが勤める会社への送り迎えをし、友人関係も破綻させて外部からの情報をシャットアウトした。会社の帰りに誰かと遊びたいといっても「トレーニングをしろ」と叱って他人と交流させないのである。そしてボイストレーニングのレッスン料や機材費としてAから金銭も毟り取る。Aは給料では払いきれず親に借金までしていた。完全な洗脳状態である。


 Aはこの特殊な環境でメンタルの調子を完全に崩した。目が覚めてもなにもやる気力がなく、布団から出られない日々もあったという。医者にかかっても、しばらくはただのうつ病だということで治療をしていただけだった。ある時現在の自分が置かれている状況を医者に相談したところ「私の知り合いにも芸能関係の人がいるから聞いてみるよ」と相談に乗ってくれ、Aはやっと自分の置かれている状況が異常である事がわかった。


 Aはトレーナーと距離を置こうとするが、相手の方が師匠であるためか説得は上手く行かず、勤務先もバレていて(送り迎えをしてたくらいだから)待ち伏せをされる、などのストーカー行為を繰り返され、とうとう逃げることを決意する。会社には「体調不良でしばらく休みます」と連絡をし、某地方にある駆け込み寺に数カ月隠遁した。ほとぼりが覚めた頃に職場復帰したが、もうトレーナーは現れなかったという。まあ数カ月も放置されたわけだから新たな食い扶持を見つけざるを得なかったのだろう。他にまた歌手志望のかよわい子羊を見つけ、性的搾取と金銭的搾取を繰り返しているのかもしれない。


 この事が原因でAはSNSなどのアカウントも一切作らず、このトレーナーに見つからない様に生きてきた。失った時間は返ってこないが、復帰後の人生が今までの何倍も良い人生であることを願っている。


 芸能界を志望する人は本当に気をつけてほしい。詐欺のあやしいおっさんではなくて、本当に芸能人だった人ですらこんな事をする世界なのだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裏日本昔話 ten @ten_amano

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ