第11話 類は友を生む

 記憶なくなった事件の犯人は、元彼に対する気持ちが人格になったものだ。チカの中で「元彼とはもう別れたい」「元彼もいい人だし大事にしたい」という矛盾した気持ちになると、人格が分離してチカの自我を保とうとする。このケースはまだ可愛いものだけど、ここまで解離が進む原因となった出来事には壮絶なものがあったのだろうと予想される。ミユキも過去の虐待体験について、チカが知らなくてミユキが知っていることがあって、それは絶対にチカに言わないと言っていた。知ったらチカがまた自分を嫌いになってしまうのだろう。そしてミユキ自身も知らない別の虐待体験を、また別の人格が持っているだろうとも言っていた。


 出会った当初は記憶がなくなる事に対する不都合が目に付いたので、人格の統合を進めようと思った俺だったが、各人格に触れるにつれ、また解離に対する理解が進むにつれ、統合しないままやっていけるならそれでいいと思うようになった。彼女らはそれぞれ別の記憶を持っている。普通の人だって過去にあった出来事を全て覚えているわけではない。今その人格が持っていない記憶を、思い出すことによってつらい気持ちになったり、精神的に不安定になるくらいなら、そのまま忘れてしまった方がいいことだっていっぱいあるだろう。しかしどうしても「悪心」の部分が人格になってしまうと、普段生活している人格に対して敵対心を抱いてしまい、日常生活に支障が出る。これを解消するには人格統合するしかないのだが、統合する上で他の人格の記憶をもらってくると、それはそれで嫌なことをいっぱい思い出して統合先の人格が不安定になり、また分離したり別の人格を生み出してしまったりする。


 この子と付き合っている間、俺自身が鬱と躁を経験した。鬱はうつる。いや洒落でなく。鬱自体はこれよりも前に為替で一月に1000万ほど負けた時に経験していたし、躁は抗うつ剤のせいで発生したと思うので、決して彼女のせいではない。もちろん鬱には病原体はないしいわゆる伝染病ではない。でも鬱な気分の人と接してネガティブな考え方がうつることはある。今まで理解できなかった希死念慮も段々理解できるようになり、自分が鬱の時にそういう考えがよぎるようになる。特に近しい人や尊敬する人が自殺すると吸い込まれるように自分も自殺したくなるようだ。有名人が亡くなった時は後追い自殺もある。事故では「不運だ」と思うだけだが、自殺だった時はその人の気持ちを汲んでるうちに自分も似たような考え方になるんではなかろうか。この話はまた別の章でまとめることにする。


 その後いろいろあってチカとは別れてしまった。年の差が結構あったので、彼女にはふさわしい年齢の相手を見つけてもらって幸せになって欲しいと思ってる。俺はもういい歳なので体力もないし(主に夜の)、いろいろな事に対して興味を持てなくなってしまった。チカにはまだまだ人生を謳歌して欲しい。解離が彼女の人生の負担にならないことを祈る。また、この文章が読者の皆さんの解離性障害に対する理解の助けに少しでも役立ってくれたら嬉しい。

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