第10話 濡れぬ先こそ記憶をも厭え

 一度、チカが俺のことを忘れた事があった。昼間、彼女が大学にいる時にメールを送ったんだが返事が素っ気ない、というか敬語だ。家に帰ってSkypeで話をしてみると、俺の名前は覚えてはいるんだが、FPSの同じクランのメンバーという以上の認識が無いらしい。チカじゃないんじゃ無いかなとも考えたが、FPSはチカしかやらないし、俺以外の学校生活の記憶とかチカのもので間違いない。今まで俺たちはこんな事があったんだよって説明すると

「ホントですか~!?私を騙そうとしてるんじゃ無いですか?」

と抜かしやがる。どうしたら信じてもらえるかなと思いを巡らせた。そういえば、エリの誕生日に文庫本用のブックカバーをあげた。その色と模様を伝えてみた。

「確かにそのブックカバー持ってます、鞄に入ってますけど、なんで知ってるんですか?」

彼女は明らかに怪訝そうな顔をした。

「だから俺がエリにあげたんだって」

「私がテンさんに別人格の話をしたんですか?そんな話信じられない。」

俺に似せたテン人形をフェルトで作ってると言ってたのを思い出した。見せるのは恥ずかしいと言ってまだ見たことはなかったんだけど、

「その辺に人形無い?」

キョロキョロと周りを見渡すチカ

「!」

チカの左側を見た後、ものすごくビックリした顔でカメラを見る。

「なんでわかったんですか?そっちのSkypeにここまで映ってるんですか?」

と問いかけてくる。

「いやいやそんなことないよ」

なかなか信じてもらえない。俺の顔も見覚えあるような無いような感じだという。stickamで配信してた時やFPSの中では、俺は「上海」と名乗っていたんだが、その時と同じようにバンダナにサングラスをしてみたところ、

「え?ええ?えええええ…/// 上海さん?なんで上海さんがここにいるの?」

彼女は顔を真っ赤にして照れまくっていた。滅茶滅茶可愛かった。

「どういう事…なの?頭が混乱してきた。」

どうもチカは本当に上海時代の俺が大好きだったらしい。

「いろいろ思い出してきた。テンちゃんごめんなさい。」

上海を見たショックで思い出したようだ。ちょっと複雑な気持ちだったけど、まあ思い出してもらえたので良しとしよう。しかし原因に思い当たるような事はないと言う。


 翌日、また昼間にメールしてみた。また素っ気ない。え?いや、まさか。昨日全部思い出したじゃん。うーむ。帰ったらSkypeするようにお願いする。俺に関する記憶はないし、昨日Skypeした覚えもないと言う。

「こういうブックカバー持ってない?」

「なんで知ってるんですか?気味悪い」

「チカちゃんの左側に俺の人形ない?」

「なんでわかったんですか?見えてるんですか?」

俺はループ物のラノベの中に紛れ込んでしまったのだろうか?

「その会話昨日したんだけど」

「全く記憶にないです」

「じゃあこれでどうかな」

バンダナにサングラスをしてみた

「え?ええ?えええええ…/// 上海さん?なんで上海さんがここにいるの?」

彼女が頬を真っ赤に染めて答えた。可愛い。この反応自体は面白いのだが、昨日と全く同じ会話をするというのはだるい。原因はわからないままだったが、他の人格が関係しているのは間違いないだろう。普通こういう事起きないし。ミユキやタダシにも話してみるようにお願いして、その日はSkypeを切った。


 さらに翌日、大学にいるチカにメールを送ったが、返事が素っ気ない。はー、またか。帰宅後Skypeをする。

「ブックカバーが・・・」

「なんで知ってるんですか?」

「左側に人形が?」

「なんでわかるんですか?見えてるんですか?」

サングラスをかける

「え?ええ?えええええ…/// 上海さん?なんで上海さんがここにいるの?」

ここまでテンプレ。しかし今日は昨日とは違う事を言った。

「サングラスに気をつけろとはこの事だったのか……」

「ん?どういう事?」

「記憶が飛ぶ事が時々あって色々と困るので、今日あった出来事とかをメモに書いて翌日に見直してるんです。今朝のメモに『サングラスに気をつけろ!!』と書いてあって、何の事かさっぱりわからなかったんだけど今わかった。」

「wwwwwwwww」

そのメモをSkype越しに見せてもらった。ノート1枚に色々と出来事が書いてあるが、余白部分に殴り書きでデカデカと「サングラスに気をつけろ!!」と確かに書いてある。

「それだけ書いてあっても絶対伝わらなくない?昨日のチカちゃんは何を思ってそのメモを残したんだろうね」

「いやこれはサングラスに気をつけろって事ですよ」

本人は納得してるようだった。そりゃ本人だもんな。


 ミユキと話してみた。彼女が言うには他の人格が記憶を持っていったんじゃないか、とのこと。

「他の人格の記憶を奪うなんて、そんな事できるの?」

「出来る人格もいれば出来ない人格もいるよ。僕らはそれぞれ役割を持って生まれてきてるから。僕には出来ない。」

相変わらずボクっ娘だった。可愛い。

「そうだとして、記憶を奪う理由ってなんなの?」

「テンさんと付き合って欲しくないんだと思う」

「それなら無理矢理記憶を奪っても思い出したら意味ないし、そう思うなら話し合おうってその子に言っておいて」

とお願いした。

 その晩、犯人がわかった。チカの人格の中に元彼大好きな子が一人居て、テンなんかと付き合うんじゃない、元彼と寄りを戻すんだ、という思いでチカから俺に関する記憶を奪ったらしい。ミユキが話し合って相手も納得してくれたので、もうこんな事はないだろうとの事だった。翌日からは記憶がなくなる事はなかった。原因解消してよかったけど、これはこれで面白かった。

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