第4話




 打っている間は、この作品が売れるとか売れないとか、そういう鬱な問題を忘れることが出来た。

 そして時間を忘れるほど、水や食べ物も頭の中から消えてしまうほど集中して仕事していた僕を現実に戻らせたのは、訪れた担当の存在だった。



「やぁ~すごい雨だったよ!お陰で服が濡れちゃった!ちょっとハンガー借りるよ……って、え?!なになに、凄いじゃん!かなり集中してるね!やっと新作浮かんだんだ?!」


 

 フレンドリーな担当は、いつものように早口でベラベラ勝手に喋って勝手に驚いた。

 三十代前半の担当は、その年齢では珍しくお腹が大きく出ていて。

 そんな体型からして甘いもの好きな彼は、手土産にお気に入りのケーキ屋さんのシュークリームを持ってきたようだ。


 だが僕は彼に無言でプリントアウトしたプロットを渡す。


 担当は座ろうともせず、立ったままその紙の上に印刷された文字を目で追い、そして感嘆の息を溢した。



「また変わったホラーを考えたね。前作の【深海の肉片】もそうだけど、今回も王道から外れてるね。骸視点か……まあ、君が初めてじゃないけど、よくこんなの思い付いたね!しかも現実の身近な恐怖、自殺後のサイコパスな赤の他人がする死体処理の恐怖、地獄の責め苦や拷問の恐怖。……色んな恐怖があって、いいと思うよ!」



 いつものように誉めてくれる担当。彼はいつだって誉めてくれる。まあ、それはまだプロット段階だから、という事もあるのだが。

 僕は笑顔になってくれた担当に、静かな声で聞いた。



「……その【骸を殺された僕】、売れると思いますか?」



 前作の時も聞いた質問だった。

 そして目の前の男は、僕の問いに一瞬笑顔が消え、そして困ったように笑った。



「……どうかな。面白いと思うけど、それを決めるのは買ってくれた読者だからね。正直、僕たちも売ってみなきゃ結果なんて分からないんだよ」



 嗚呼、また同じ答えか。

 

 少しだけ不服そうな表情を浮かべた僕に気づいたのか、担当は慌てたように言葉を続けた。



「でもね!君はまだ若いんだよ?有名になった小説家には、遅咲きの人だって沢山いる。これからだよ!いっぱい小説書いていけばいつかヒット作が出て、それで有名になれば、他の作品だって売れるさ!」



 必死にそう言ってくれた担当。

 

 その言葉に、僕は胸が熱くなったのを感じた。安堵と、そして感謝の気持ちが溢れ出してくる。

 そういえば、担当はいつだって僕を応援してくれた。励ましてくれた。数字も結果も出せない僕なのに、優しくしてくれた。僕は目頭が熱くなっていくのを我慢し、そして聞いた。



「僕……売れない作品ばっか書いてきてますけど、捨てないんですか?」

「逆に売れる作家のほうが少ないよ!それに、僕は君の作品が好きだよ!いつか絶対に売れるって、信じてるからね!」



 お腹が出ている担当は満面の笑顔を浮かべてそう言って、下手くそなウインクを送ってくれた。


 その言葉に、僕の涙腺は呆気なく崩壊。

 でもそれを見られたくなくて、僕は彼に背を向け、「ありがとうございます……」と、震えを抑えながら呟いた。


 その小さな礼の言葉が、ちゃんと担当の耳に届いたかは、分からない。けれど気配で、彼がまた笑った気がした。




──────そうだね。僕は少し、焦りすぎたみたいだ。



 一番近くに、僕の作品を面白いと、好きだと言ってくれる人がいる。

 いきなり大勢の人間に好かれようだなんて、それは難しくて傲慢だったみたいだ。


 この小さくて大きな存在を大切にしよう。僕は、僕だけにしか書けない世界を崩しちゃいけないんだ。

 王道だとか、売れる作品だとか。そんなことばかり気にしちゃきっと気付けるものも気付けない。


 そんな暇があるなら、書こう。僕の仕事をしよう。

 全力でやって、やり続けて、それで結果が出なかった、それはそれでその時に考えればいいさ。


 僕は目薬をさして、涙を誤魔化し、笑った。


 売れない小説家だけど、いつかはファンレターの一通ぐらい貰えるような作家になろう。



 ……え?最後に名前を教えろって?そしたら買ってやるのにって?

 嫌だよ。そんなのアンフェアだ。不公平だ。


 それにもし君が読んでつまらないと思ったら、ここのレビュー欄が荒れるだろ?

 批判レビューは、あの某オンラインショップのサイトだけで十分だからね。






──────こうして僕に大切なことを思い出させた作品、【骸を殺された僕】。


この作品が僕にとって嬉しい事実と記録を作ってくれることを、今の僕は知らない。

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売れない僕の需要無き作品 時羽 @raksie_18

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