第3話





 文章を書かず、今さらなことをぐちぐちを考えてしまう僕。

 自分ってこんなに面倒くさい性格だったか、と驚く。



 お世辞にも綺麗とは言いがたい仕事部屋。資料の本や、読み掛けの本が床のスペースを支配し、踏まないように進むのが困難な程。窓はぴったりと閉じられ、カーテンも引かれ。

 薄暗く不気味な無音の空間にただひとり椅子の上でじっとしていると、自分が生きていることすら忘れてしまいそうだった。



 もしこの場で僕が死んでも、きっと誰も気付かない。



 ああ、担当は気付くかな。新作の件で、手土産を片手にこの部屋を訪れるかもしれない。

 そこで死んだ僕の体を見付ければ、あの煩い担当はどんな悲鳴をあげるだろう。


 想像したらなんだか可笑しくなって、声も出さず肩を震わせた。



 たとえ本当に僕が死んでも、親や友人以外に悲しんでくれる人は存在するだろうか。

 有名人なら、ネットやTwitterなどでその死を悲しんでくれる人が確認できるだろうが、僕の場合はきっとあり得ない。


 この世界に、この国に、僕の作品を読んで、僕が死んだことで残念だと思ってくれる人は、いるのかな。



 自分の思考に笑いながら、僕は涙を流した。あまりにも自分の存在がちっぽけで、影響力がなくて、惨めで、泣いた。



 作家になった日は、あんなの輝いていたのに。

 その夢を追いかけていた日々も、充実して幸せなものだったのに。


 だけど夢のその先は、こんなにも孤独だ。



 嗚呼、僕ってなんなのかな。

 なんで書いているのかな。なんで創作が好きなのかな。

 こんなに悩むこと、今まであったかな。


 親に反発して、友達の応援に押され、クラスメイトの「どうせ叶わないよ」と言いたげな視線にも耐えて、ここまで来たのに。

 

 売れない。売れない作家。売れない作品。売れない、僕。


 悲しくて涙が止まらず、悔しく喉の奥が火傷しそうな程痛くなった。



 ……死にたい。死んで楽になりたい。



 僕の頭は、現実逃避の一歩を辿るかのように、そんな事をぼんやりと願った。

 死んだら、きっとそこには何もないんだろうな。僕の心臓が動きを止めれば、いつかこの体は腐り、異臭を放つだろう。何も見ていない僕の目玉にはなにが映り、そしてその姿を見た人はどんな表情を浮かべるのだろう。

 


 僕という名の骸は、他人から見たら不気味なのかな。恐怖を与えるのかな。

 恐怖を与える物語を書いて、見事失敗した僕は、この体で恐怖を伝えることが出来るのかな。



 僕の骸が、僕のホラー。

 文章じゃ伝えきれなかった恐怖を、表現してくれる僕の死体。



 そこまで考えて僕は小さな苦笑を浮かべた。



 ……いいね。そういうの。

 骸が主人公のホラー小説。斬新で、良くないかい?




 自殺した骸が、地獄だった自分の人生を思い返し、読者に語る小説。

 結局本当の恐怖は、空想じゃなくて今生きている現実だってことを、生々しく書いて。

 それで骸が自分が自殺した経緯を話し終えた後、その死体を見つけた馬鹿な人物が、自分が疑われるのではないかと思い、主人公の骸をグロテスクな方法で隠すっていう、ね。



 え、テーマはなにかって?


 ……そうだな。この小説のテーマは……




「……出口のない地獄」



 

 生きていても地獄。死んでも、その骸は無惨で残酷な事をされて地獄。

 自分で自分を殺めた罪深き魂も、地獄へ送られる。



 救いようのないホラー。絶望しか存在しない小説。笑顔になんてなれない、恐怖。


 現実味のある自殺に、少しフィクション交えた骸の末路、そして完全なるフィクションの、魂の終着点。


 書くのが楽しそうだ。これを、書いてみよう。



 ふと浮かんだストーリー。

 僕は背筋を伸ばすと、パソコンのスクリーンセーバを解除し、ワードを立ち上げた。

 ブラインドタッチで、まず構想を練る。プロット、主人公、設定、名前、時系列の整理、そしてプロローグを書いてみて、そして何度も書き直していく。


 僕が一番力を入れるのは、プロローグだ。

 まず最初の数ページで、読者の心を掴むために。最初からつまらなかったら、きっとその先を読もうと思ってくれないと思うから。


 キーボードの上を、指が踊るように忙しく動く。キーを叩く音が小気味良く、たったそれだけに充実感を覚えた。


 文字を打つ度に、僕の世界が確定していく。表現されていく。形になっていく。

 それが好きで、それが楽しくて、僕は物語を考え、書くことが好きになったんだ。

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