第15話「世のため人のためネクロマンサー」

「僕は君が気に入ったんだ! 僕の眷属にしてあげるよ!」

 手足を壁に繋がれた私にゆっくりと近づきながら、フューリーが翼を揺らしつつねっとりとした口調で言う。

 私は抵抗しようともがこうとするが、壁と手をつなぐ鎖がそれを許さない。

「フフフ、ここは君と僕しかいない空間だ。助けなんて来ないよ!」

「近寄らないで! 気持ち悪い! 何が愛よ!」

 動けない私は口で抵抗しようとするが、フューリーは意に介さないように私の顎に手をあてた。


最終話「世のため人のためネクロマンサー」


「『戦争を裏で操るセイナール教団の法王、ついに倒れる』か……」

 朝食を取りながら新聞を読んでいたネクラが、私の正面の席でポツリと呟いた。

「戦争終わったの?」

 その内容が気になった私は、ネクラの横から新聞を覗き見た。

 そこには、件のセイナール王国とアークノー帝国の連合軍が教団本部へ攻め込み、激闘のすえ神族の力を取り込み怪物へと変身した法王を討ち取ったと書かれていた。

 黒幕が怪物に変身なんて、まるで物語のクライマックスのような展開だ。

 だが、新聞に書かれているということは実際に起ったんだろうきっと。

「法王が倒れたことで戦争する理由も自然と消滅、アークノー皇帝とセイナール王が和平締結を進めている……この国も平和になるな」

 少し残念そうな顔でネクラが新聞を食卓に置いた。

 まあ、ネクラは戦争のためにアンデット兵士作ったり、戦場跡でエナルグ集めとかしていたからね。

 理解はしても、不謹慎なので言う状況ではない。

 今は戦争が終わったという事実を喜ぼ……、

「ネクラ先生はアンデット兵士作ってたりしてたから稼ぎ失っちまうな。死体集めとか今後どうするんだ? って何でケイが怖い顔してるんだよ。アダダッ!? おいやめろ!! 離せ痛い痛い!」

「ギース! あんたって奴はどうしてこう空気が読めないのよ! わかっていても言う状況じゃないでしょうがあああ!」

 私がギースのこめかみをゲンコツでグリグリしていると、感慨深そうにフェルナがため息をついた。

「あんたらの漫才を見るのもあと少しねぇ……」

「あと少しって?」

「だってケイ、あんたもうすぐここでの修行終わりでしょ?」

 フェルナに言われてハッと思い出す。

 卒業修行は半年間、そして今月は最後の月だ。

 すでに二週間ほど過ぎているので、残りは半月もない。

「そういえば、お前が学生ってことすっかり忘れてた」

「ひどくないですか!?」

「いやーハッハッハ! 助手として優秀すぎて忘れてたわー」

 棒読み気味なネクラのフォローを聞き流していると、聖女体のセイナールが顎をテーブルに乗せながら気だるげに私に問いかけた。

「卒業したら、どうするんだい? あんたができることってプロテクトとそれのドリル、あといくつかの死霊術くらいだろう?」

「それについては少しだけ考えているんです。旅をしながら死霊術でできることを探そうかなと」

 ネクラ曰く、死霊術は悪の魔法というイメージが先行しているのと使用者が少ないため、具体的な有用性についてはあまり研究が進んでいないという。

 私はドラゴンの爪を探す旅の中で、死霊術に可能性を感じていた。

 アンデット兵士や他の死霊術を使って何かできることがあるかもしれない。

 それを探す旅に出たいのだ。

「死霊術の活用法探しか。それなら俺にとっても得があるし支援くらいはしてやるぞ」

「本当ですか!?」

「なんだかんだ言って、お前は俺の愛弟子だからな」

 誇らしげな顔をしながらネクラが言う。

 そんなに言われると照れるじゃないか。


「あのー……スケさんの姿が見当たらないのですが」

 食べ終わった食器を片付けようとしたカクさんが辺りを見回しながら言った。

「あの骨野郎なら、朝寝てるケイに何かしようとしてたからあたしが骨一つ残らず粉砕して裏の畑に撒いておいたわ」

 フェルナがそう言うと、ネクラは頭を抱えた。

 眠気まなこでドタバタしているなーと思ったらそんなことが起こっていたのか。

 スケさん、最近大人しかったからすっかり油断していた。

「困りましたね。畑の水やりをしてもらいたかったのですが肥料になっていたとは」

 困り顔のカクさんに対し、私は手を上げた。

「あ、じゃあ私がやっておきます」

「助かります。裏庭においてあるジョウロを使ってください」

 裏庭に出てジョウロに水を入れる。

 畑を見ると白い骨片が土にばらまかれていおり、オマケに墓標のようにスケさん愛用の金棒が突き立てられていた。

 ある程度時間が経つと戻るのだろうが、フェルナも今回は容赦なく木っ端微塵に粉砕したようだ。

 やろうとしていたことが私に対してのイタズラだったので同情の余地はない。

 せめてもの仕返しにスケさんごとそのまま土に水を蒔いてやる。

 仕返しになるかどうか甚だ微妙ではあるが。


「君が一人になるのを待っていたよ!」

 突如背後から聞こえた声に私は振り向いた。

 そこに立っていたのはかつてセイナール王宮の中で見た三対さんついの翼を背中に生やした男。

「あなたは……フューリー!?」

「覚えてくれていたんだね! フフフ、君があのナイトくんから離れている今がチャンスだ!」

 私が逃げようと足を前に出したと同時にフューリーは手を横に振りかざした。

 周囲の風景が光の柱によって明るくなり、気づいた時には私は畑の土ごと見たこともない石造りの部屋に立っていた。

 拷問室か何かなのか、壁からはだらんと垂れ下がった鎖が伸びており、ギロチンのような器具も見える。

 ……状況を見るに、どうやら私はフューリーに拉致されたようだ。

「ようこそ、我が居城へ!」

 何もない空間からフューリーが現れ手を広げながら私に近寄ってきた。

 反射的に後ろに下がり壁にもたれると、壁の鎖がひとりでに動き出し私の手首に巻き付いた。

「なっ……!?」

「おやおや、自分から捕まりに行ってくれるとは手間が省けたよ!」

 私は鎖から逃れようと手を必死に動かすが、鎖はガチャガチャと金属のぶつかり合う音を立てるだけで私の手から離れようとしない。

 口ぶりからすると、この鎖はフューリーが操っているのか。

「その鎖は封魔の鎖。魔法使いの君がどうあがいても抜け出すことはできないよ」

「私を捕まえてどうしようっていうの……?」

「おやおや、怯えて可哀想に。安心してくれ、僕はドレヴェスほど過激ではないよ。僕は君が気に入ったんだ!」

 クククと小さく笑いながらフューリーが私の顎に手を添えた。

 手を振り払おうと頭を振ろうとするも、強い力で押さえつけられ動かすことができない。

「幼いながらも強い意志を秘めた瞳。神族を相手に一歩も退かない度胸。そして神の所業に手を染める死霊術の使い手……! まさに僕の理想の人間なんだよ、君は!」

 いろいろと突っ込みどころのある批評だったが、とりあえずこのフューリーが私を妙に高く評価しているのはわかった。

 高く評価されるのは悪い気分ではないが、よりによって今まで生命を狙ってきた神族に言われるのは腹が立つ。

「何が理想よ! 散々襲ってきたくせに、勝手なこと言って!」

「アハハ! こんな状況で僕を前にしているというのに元気だねえ君は! ますます気に入ったよ!」

 ダメだ、こいつは何を言ってもプラスに捉えて喜んでしまうみたいだ。

 フューリーは気味の悪い笑みを浮かべながら、私の身体を舐め回すように上へ下へと視線を動かす。

「戦争には敗れたけど、僕ら神族は再び蜂起する。そのためには戦力が必要なんだ。僕の眷属となり君はその尖兵に――」

「ヒィィィヤッハァァァ!」

「「!?」」

 唐突に響き渡ったテンションの高い叫び声。

 声のした方へ私とフューリーがほぼ同時に顔を向ける。

 そこには金棒を高く掲げながらこちらに走ってくるスケさんの姿が。

 ……そういえば畑の土ごとワープしたから肥料にされていたスケさんも連れてこられたのか。

「な、何だこのガイコツは!?」

 目を見張り驚きの声を上げるフューリーに向け、スケさんは金棒を振り下ろした。

 フューリーは突然の出来事だったからか、おそらく神聖障壁があるにもかかわらずさっと後ろに飛び退いて攻撃をかわした。

「フ、フフ……! 奇襲攻撃のつもりだったみたいだけど残念だったね!」

 汗を垂らしながら強気な発言をするフューリー。

 もしかしてこいつメンタルが弱いのかもしれない。

 一方のスケさんは金棒を壁に叩きつけ私の手を縛る鎖を破壊した。

「ハハハハ! 俺の狙いはこっちだったんだよ! さあケイちゃん、逃げるぞ!」

「えっ、ちょっとスケさん!?」

 鎖から開放された私を抱きかかえ、スケさんが部屋の外に向けて走りだした。

「ええい、小癪なアンデットめ! 天使兵、奴を捕らえろ!」

 部屋を出ながら、部屋の外まで響き渡るフューリーの怒号を聞いた。


「……なあケイ、頭蓋骨を返してくれないか? すごく走り辛いだけど」

「うるさい! 乙女の尻を揉んだバツよ!」

 私を助けだしてくれた時は珍しくカッコいいと思ったのに、スケさんは私を抱きかかえた状態でこっそり尻を揉みやがった。

 なので頭蓋骨を外してスケさんの腕の中から脱出し、今は正面に向けて手に頭蓋骨を持ったまま廊下を二人で走っている。

「それにしても、ここは一体どこなのかな……?」

 走りながら、私は考える。

 どこまでもまっすぐに続く石造りの廊下。

 フューリーは『我が居城』と言っていた。

 だとすると、ここは以前カクさんが言っていた神族が暮らす場所……神界なのだろうか。

 だとしたら、はたして逃げられるのだろうか……。

 それからしばらく廊下を進んでいると、大きめの扉にぶち当たった。

 これ以外に道はなかったので、扉を押し開け丸い大広間のような場所に出る。

「ふん、フューリーも大口叩いた割にあっさりと逃げられてるんじゃないのさ」

 その広間には、ドレヴェスと多数の天使兵、それから数体の使徒が待ち構えていた。

 ……待ち伏せされていたみたいだ。

 大広間の中央に誘導され、ドレヴェスの配下に囲まれる。

 私は頭蓋骨をスケさんに返し、プロテクトを構えた。

「人間とアンデット風情が神族を出し抜こうだなんて、甘いんだよ!」

 ドレヴェスが手で合図のようなものを出すと同時に天使兵の何人かが剣で切りかかってきた。

 スケさんの金棒と私のプロテクトでその攻撃を防ぐも、数が多くて反撃に移れない。

「ちっ、ただのアンデットかと思ったらなかなかやるじゃないか」

「伊達にスケルトンやってねえんだこっちは! 女の子とイイコトできるまで俺はどんな状況でも生き延びるぜ!」

 カッコいいことを言っているつもりなのだろうが、かえってマヌケになっているスケさんのセリフにツッコミを入れたい衝動を抑える。

「そうかい。じゃあこれを見てもそんな大口叩けるかな? 天に浮かぶ太陽の主よ、邪悪なるものを地獄へと落とせ……『ホーリィフレイム』!」

 スケさんのセリフを挑発と受け取ったのか、ドレヴェスは早口で呪文を唱える。

 すると、私達を囲むように環状に白い炎が現れ、激しく燃え始めた。

「ケイ、あんたにはいろいろと恨みがあるんでねえ。じわじわと炙り殺してやるよ!」

 にやりと笑いながらドレヴェスが手を横に振ると、炎の輪が少しずつ狭まり始めた。


「あ、熱い! ケイ、何とか出来ねーのかー!?」

 さっきまでの威勢はどこへやら、スケさんが早くも弱音を吐き始めた。

「何とかって、こんな炎どうしようもないわよ!」

「ちくしょー! ローストボーンになっちまう!」

「言ってる場合か!」

 徐々に近づいてくる白い炎の熱で、だんだんと頭がボーッとしてくる。

 たらりと頬を伝って落ちた汗が石床の上で音を立てて蒸発した。

 あまりの高熱に視界がぼやけ始め、意識がもうろうとしてくる。

 ダメだ……立っているのも辛い。

「ケイ、しっかりしろ!」

 スケさんが声をかけてくるが、もはや打つ手が無い。

 と思ったその時だった。

「――『ホーリィフリーズ』!」

 突然聞こえてきた声とともに冷たい風が大広間に吹き荒れ、白い炎が勢いを弱め次々と消えていった。

「なっ……!?」

 自身の放った炎が消されたショックからか、ドレヴェスが目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

 暑さでやられていた意識をはっきりとさせ、私は状況を確認する。

 私の目の前には、カクさんが立っていた。

「そんな……神族の魔法がただの人間に相殺されただって? それほどの魔力を人間が持つはずがない! あんた、何者だ!?」

「私は……ただの執事ですよ」

 いつものように、不気味な顔で微笑みながらカクさんが言う。

「あのさぁ、カクさん。せっかくだからネタばらししちまいなよ」

「せ、師匠!?」

 振り返ると、光の柱の中からネクラとセイナールが出てきていたところだった。

「旦那様、言ってもよろしいのですか?」

「言いたくねえなら俺が言うよ。カクさんはな、400年前『魔王』と呼ばれていた存在なのさ」

「えっ!?」

 魔王? 魔王ってあの勇者と戦った魔王ってこと? カクさんが?

 突然のネクラの告白に頭が混乱する。

 そんな私の肩に手をポンと置き、ドレヴェスに聞かせるようにネクラが話し始めた。

「俺は昔……死霊術の極意を知るために、魔王の遺品を使って貧弱なホムンクルスにその魂を降ろしたのさ。そうしたら魔王のやつ、勇者に負けた時に感じたっていう『人間の持つ素晴らしい何かが知りたい』って言い始めてな」

「旦那様は私に人間として生きる機会を与えてくださいました。それから私は旦那様の執事として暮らし始めたのです」

 どうやらさっきドレヴェスの白い炎を消せたのは、カクさんが神族の一人であったという魔王だったかららしい。

「私も最初見た時は驚いたさ、あの魔王が人間のもとでせかせかと働いてるんだもんなぁ。特に悪さをするつもりも無いみたいだから黙っていたんだけどね。そして、時間稼ぎもこれで終わりだ!」

 セイナールがビシっとドレヴェスを指差すと、ブォンブォンという聞き覚えのあるけたたましい音とともにその周囲の天使兵が切り伏せられ霧散した。

「真打ち登場ぅっ!」

 ギースがそう叫びながらチェーンソードを振り回し、棒立ちになっていた天使兵と使徒をなぎ倒す。

「貴様、いったいどこから!?」

「お前たちが炎を見物している間に後ろに回りこんでいたのさ!」

 ギースが私の近くに立ち、チェーンソードをカッコつけて構えながら言った。

「ちっ! 天使ども、奴らを殺しちまいな!」

「全員、突撃ー!」

 背後からフェルナの声とともに大広間に元山賊達……もとい蛮族土木団の連中が雪崩れ込んでくる。

「うおおおお! 久しぶりに大暴れだぁぁ!」

「姉御の勝利のために!」

「カミサマがなんぼのもんじゃーい!」

 殺到する数百人規模の蛮族土木団によって天使兵がなぎ倒され、袋叩きにされ神聖障壁を破られた使徒が崩れ去る。

 大広間はあっという間に天使兵達と土木団達による乱闘会場へと変化した。

「フェルナ、流石に多すぎだよ……しばらく魔力回復に時間かかりそうだ」

「あらセイナール様。数的にはちょうどよかったみたいですよ?」

 ニッコリとした顔で語り合うフェルナとセイナール。


 聞くと、裏庭から拉致されたあと異変を感じたセイナールが畑の惨状から見て私が神族に拉致されたと察したらしい。

 手口からフューリーの仕業と気付いたセイナールは彼の居城であるここに連れ去られたと断定しネクラやフェルナ達と共に私とスケさんを助けに来てくれたとのこと。

「みんな、ありがとう……!」

「感謝するのは終わった後だ、あのドレヴェスっていうのを黙らせるぞ!」

「……ええ!」

 勇ましくそう言ったギースは少し離れた位置で観戦しているドレヴェスに向かって駆け始め、私もその後に続く。

「くっ! 人間風情が生意気なんだよ!」

「我に眠る魔法の力よ、大地に眠る大岩の如くなれ……『プロテクト』!」

 ドレヴェスが腕を前方に突き出しギースに向かって光弾を放つ。

 それに合わせて私はプロテクトを展開し、光弾からギースを守る。

「ドレヴェス、こいつで終わりだっ!」

 ギースがチェーンソードを振り上げ、ドレヴェスに飛び掛かった。

 ――しかし。

「天地を貫く光の柱よ、異相を繋げ……『ホーリィゲイト』!!」

 突然大広間に響き渡ったフューリーの呪文詠唱とともに周囲の風景がねじ曲がり、私とギースは屋上のような開けた空間に飛ばされた。

「まったく……実に度し難いね、人間ってやつは」

 フューリーが両側に2体の使徒を伴い、上空から翼をはためかせゆっくりと降りてきた。

「ワープ魔法の分断ばかり。使徒っていうのもワンパターンだな!」

「勝利のために持てる手段を全て使う……それが戦いってもんじゃないかい?」

 フューリーが手を振り上げると同時にギースに向かって使徒が襲いかかる。

「キュィィィン!」

「来やがったな! でぇい!」

 甲高い声を上げながら向かってくる使徒をギースがチェーンソードの一撃で切り伏せる。

 使徒が動かなくなると同時に別の場所から別の使徒が現れた。

「何度来ても無駄だ!」

「ギース、後ろ!」

「よっしゃあ!」

 倒しては湧く使徒を次々と切り捨てるギース。

 高い場所に浮かび余裕そうな表情で見下ろしているフューリーが不気味だ。

 そうしているうちに、辺りは使徒の死骸でいっぱいになる。

「しぶといナイト君だ。だがそれもいつまでもつかな?」

「何だよ。部下が片っ端からやられてるってのにえらく余裕そうだな!」

 私は、フューリーの言葉を聞いてフューリーの2つの狙いに気付いた。

 ひとつ目は、ギースが狼になる時間まで粘っている。

 そして、ふたつ目は恐らく……。

「ギュミミミミ!」

「しつこいんだよ!」

「キュィィィン!」

「なっ……!?」

 ギースがまた現れた使徒にチェーンソードで斬りかかるが、使徒はチェーンソードを受けながらもギースに反撃をしてきた。

 ギースは使徒のナメクジのような身体から伸びる太い腕から繰り出されるパンチをバク転で回避し再度攻撃をする。

 二度もチェーンソードで切られた使徒は断末摩の悲鳴を上げてこんどこそ動かなくなった。

「チェーンソードの調子が悪い……!?」

「ククク……いかに神殺しの武器といえど、人間の作る道具には限界がある」

 そう、もうひとつのフューリーの狙いはチェーンソードの劣化だ。

 一撃でやられる使徒を何度も何度もぶつけ、斬らせることでチェーンソードの切れ味を鈍らせるつもりだ。

 そもそもチェーンソードは400年も昔から伝わってきた古い武器……これほどの数の使徒を切れたのがそもそも不思議なくらいだ。

「野郎! 正々堂々勝負しろ! 汚えぞ!」

「言ったじゃないか、勝利のために持てる手段を全て使うって! 悪いのは空が飛べない君たちの方だよ!」

 再び、今度は4体の使徒を召喚するフューリー。

 初めは景気良く鳴っていたチェーンソードの駆動音も、度重なる攻撃で弱々しくなっている。

「くっそぉ……! ケイ、もうチェーンソードが持たねえぞ!」

 半ば諦めたような表情でギースがチェーンソードを構えながら言った。

「諦めちゃダメよ、ギース! まだ、まだなにか方法が……!」

「あいつらは無限に出てくる。なのにチェーンソードはボロボロ。俺の身体ももうすぐ狼になっちまう……。へっ……どうせ最期だ。後悔しねえうちに行っておきたいことを言っておくぜ……」

 ギースはそう言って、私の目をまっすぐに見つめた。

「実はな……俺、お前のことを気に入っちまったみたいなんだ。一目惚れをしたのはフェルナちゃんだったが……一緒にいるうちにお前のことばかり考えるようになっちまって……。その、裸も見ちまったしな……」

「何をこんなときにバカなことを……!」

「ああそうだ、俺はバカだ。バカだから今ここで言っておかないと絶対に後悔しちまう……だから……」


「感動的な愛の告白だね! 心配しなくてもいいよ、少年! 彼女は僕がかわいがってあげるからね。安心して使徒の魂とともに天に昇るといいさ」

 なおも高い位置で滞空しながら嬉しそうな声で勝手なことを言うフューリー。

 ……だが、そのセリフで私は一つ突破口を閃いた。

 私は今にも使徒に向けて攻撃を仕掛けようとするギースを手で止める。

「ケイ、止めるな。俺は最期まで……」

「……ギース、最期なんて言わないで。私、まだ諦めてないから」

「ケイ……?」

 私は首にかけていたドラゴンの逆鱗ネックレスを力任せに引きちぎり、空高く掲げた。

「何をしても無駄さ! 君たちの運命は決まっている!」

「人の運命を、勝手に決めるんじゃないわ!」

 私は大きく息を吸って、呪文を唱えた。

「生命の檻を抜け開放されしエナルグよ、我が手中に集え……『スウィール』!」

 呪文を唱え終わると同時に使徒の死骸から黒い光……魂のエネルギーが浮かび上がり大きな渦を巻くようにして私の手に持った逆鱗へと集まっていく。

 この逆鱗はミスリルと同じ性質を持つドラゴンの鱗……ならば、多少なりともミスリルの代わりになるはずだ。

 大量の使徒の魂を喰らい、黒ずんだ鱗を握りしめた私は、そのまま床に手をつきもうひとつの呪文を唱える。

「魂亡き骸よ、魔の力を依代に立ち上がれ……『アウェイク』!!」

 私の手から放たれた魔力が床を通じて周囲に広がってゆく。

 ――そして立ち上がる使徒の死骸。

「あいつを……フューリーを引きずり下ろしなさい!」

 立ち上がった使徒が私の支持を受けフューリーに向かって飛び上がる。

 先ほど出現した使徒はそれを阻止しようとするも、死骸のほうが数が多く止め切られなかった。

「バカな、死霊術で使徒を操るだと!? 離せ! 僕から離れろ!」

 多数の使徒の死骸に組み付かれたフューリーがもがきながらも徐々に高度を落としていく。

 だが、流石にこの数の使徒を操るのはきつく私の魔力がどんどん減っていくのを肌で感じる。

「ギース、とどめを……お願い!」

「ああ!」

 ギースは降りてくるフューリーに向かってチェーンソードを構え、走り始める。

「来るな! 来るな、来るなぁぁぁ!!」

「てめえの顔も見飽きたんだよ!!」

 ギースが飛び上がり、フューリーを縦に切り裂いた。

「ぎゃああああ!!」

 そんな月並みの断末摩とともに、フューリーは真っ二つになり……そして霧散した。

 それとともに火花をあげ小さな爆発を起こし動かなくなるチェーンソード。

 まだ生きている使徒も主を失ったからか動かなくなった。

「か……勝った……」

 壊れたチェーンソードを手放し、呟くギース。

「まだ終わってないわ。師匠たちやフェルナのところに戻らないと!」

「あ、ああ!」

 私はギースの手を握り、この屋上に唯一存在する入り口から城の中へと戻った。


「そんな、人間ごとき……に……!?」

 長い廊下を走り、私とギースがネクラ達のいる場所に戻った時には既に決着がついていた。

 ドレヴェスに突き刺さる無数の斧とフェルナの槍、そしてスケさんの金棒。

 周囲に散らばる使徒と天使兵の残骸を見るに相当な激戦だったのが想像できる。

「おのれ……こうなったらお前たちも道連れだ……ハハハ……ハ……」

 最期にそう言い残し、ドレヴェスと天使兵、そして使徒が消えていった。

 それと同時に城が揺れ、壁や天井が崩れ始めた。

「ちっ、どこまでも陰湿な女だよあいつは!」

 セイナールが床にへたり込み、吐き捨てるように言った。

「セイナール様、早くワープの魔法を!」

「残念ながら、魔力切れだよ。どうやら大勢をワープさせすぎたみたいだ」

「「ええ~っ!?」」

 せっかく神族を倒したのに、このまま崩れゆく城とともに運命をともにするしか無いのか。

「……いえ、まだ方法はあります」

 カクさんが、ポツリと呟いた。

「かつて勇者が私を……魔王を倒した時にセイナール、あなたは勇者とその仲間たちから魔力を貰ってました。覚えていませんか?」

「……そんなこともあったっけ?」

「この場にいる全員の魔力をセイナールに集めるのです。そうすれば、あるいは」

 それ以外に方法はないということで、カクさんの指揮を受けてこの場にいる大勢の人間が一斉に動き出す。

 この場にいる全員が両手を誰かと結び、一つの大きな輪を形成した。

「さあ、セイナール。始めてください」

「ちっ……しょうがないね……。あんた達の魔力、全部もらうよ!」

 セイナールがそう言うと同時に、私は身体からただでさえ枯渇寸前だった魔力が抜けていくのを感じた。

 セイナールから離れた位置にいる蛮族土木団の人たちから順に、魔力を切らせて膝から崩れ落ちていく。

「来たきた、来たーーー!! そうだよ、この感覚だよ懐かしい!」

「懐かしんでる場合か! さっさと脱出させろー!」

 快感、といったような表情のセイナールに向けてネクラが叱咤する。

「わかってるよ! みんな目を閉じな! 天地を貫く光の柱よ、異相を繋げ……『ホーリィゲイト』!!」


 魔力を全て使い果たし意識を失った私が目を覚ますと、見慣れたネクラの家の裏庭に寝そべっていた。

 ネクラも、フェルナも、ギースも、スケさんでさえ倒れた状態で地面に寝転がっていた。

 どうやら無事に帰ってこれたようだ。

 私は安心して、再び目を閉じた。


 ――それから半年後。


「師匠、お久しぶりです!」

 魔術学校の卒業式を終えた私は半年ぶりにネクラの家を訪れた。

 私の声を聞いたネクラが玄関から出てきて、扉の前でいた私に声をかける。

「よーお! 久しぶりだな。卒業はできたのか?」

「バッチリですよ、ほらっ!」

 私は卒業証書をカバンから取り出し、ネクラに見せた。

「死霊術についての論文と、神族に関するいろいろなことをまとめたレポートのおかげで卒業修行の成果はほぼ満点でした」

「そりゃあ、よかったな。これで俺のもとにも来年また生徒がくればいいが……」

「きっと来ますよ。最高の師匠ですもん」

「……褒めても何も出ねえぞ」

 私とネクラが話していると、家の中からセイナールとスケさんカクさんが出てきた。

「ケイちゃん、久しぶりー!」

「お久しぶりです」

「元気してるみたいじゃないか」

「……あれ、セイナールさんまだ師匠のところにいたんですか?」

 私がそう言うと、セイナールは金色の瞳を持つ聖女の顔をムッとさせた。

「なんだい、いちゃいけないっていうのかい?」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「なんだかんだ私はネクラが気に入っちゃってね。お互いに利害が一致してるから暮らしてるってわけさ。なっ?」

 セイナールが同意を求めようとネクラの方に顔を向けたが、ネクラはとっさに目をそらした。

「何だいその態度は! 文句があるってんなら聞くよ!」

「違うって! 誰も文句があるって言ってねえよ!」

 揉み合うネクラをよそに、私は裏手の森の方を見た。

 人気の感じられない集落の様子に気づき、カクさんに尋ねる。

「……あれ? フェルナと蛮族土木団の人たちは?」

「あの人達なら、フェルナさんが借金を完済したあと行き先も告げずに旅立って行きました」

「そっか……フェルナにも最後に挨拶したかったんだけどね」

「フェルナさんは大陸中をめぐって戦争で荒れ果てた場所の復興をするとおっしゃっていました。いつか、また再会できますよ」

 いつか再開できる。

 そう考えることにしよう。

「っと、そろそろ出発しないと」

「もう行っちまうのか?」

 セイナールの顔を抑えながら、残念そうな顔でネクラが行った。

「ギースと待ち合わせしてるんです。セイナール王国の国境近くで」

「あれからあんたたち、うまくいってるのかい?」

 セイナールに茶化すような感じで言われ、私は少し顔が赤くなる。

 そんな私の様子を見てか、セイナールはハァと溜息をわざとらしく吐いた。

「若いって良いねえ。なあネクラ、私達も恋の一つでもやってみるかい?」

「バカなこといってるんじゃねえよ、歳を考えろ歳を!50過ぎと400過ぎだぞ!」

「愛に年齢は関係ないよ!」

「アハハ……お幸せに!」

 仲良さそうにじゃれあう二人に別れを告げ、私は国境の方へと歩き始めた。


 セイナール王国とアークノー帝国は戦争が終わったあと和平を結び、かつて敵国同士だったとは思えないほどの速度で友好関係を回復させた。

 しかし、最後の決戦の地となったセイナール王国はいろんな場所が戦闘の被害にあい、未だ復興しきっていない町や村もたくさんあるという。

 そんなセイナール王国の中でなら、私はなにか自分にできることが見つかるのではないかと踏み、これからセイナール王国中を巡る旅に出るのだ。

「もう良いのか?」

 国境付近の関所の前で待っていたギースに私は合流した。

 この旅は一人旅じゃない。ギースも一緒だ。

 神界の戦いの最中のギースの告白を受け、私たちは互いを異性として意識し始めた。

 私とギース、二人の将来を考えるのもこの旅の目的の一つだ。

「さあ、いこうぜ」

「……ええ!」

 私とギースは顔を見合わせ、手を繋ぎ関所へと足を踏み出した。

 世のため人のため、誰かを救うネクロマンサーになるために……!



――世のため人のためネクロマンサー―― ~完~

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世のため人のためネクロマンサー コーキー @koki_shexe

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