第14話「物憂げ美青年の謎」
その青年は寂しそうな表情で、城のバルコニーでハープを奏でていた。
透き通るような音色に私は足を止め思わず聞き惚れる。
「……聞いていたのかい?」
整った顔立ちの青年は、その美しさを秘めた顔で微笑みながら私に言った。
「えっと、その! はい……素敵な……演奏ですね」
私はなぜか柄にもなくドキドキしてしまい、返事に手間取ってしまう。
どうして私はこんなにも慌ててしまっているのだろうか。
もしかして、これって――。
世のため人のためネクロマンサー
第14話「物憂げ美青年の謎」
暑い夏の日差しから逃げるように、目についた帝都の雑貨屋に足を踏み入れる私とギース。
「なあ、ケイ。こういうのってフェルナちゃん好きかな」
「知らないわよ、そんなの」
緑色の石がついた安物のネックレスを見せるギースに私は冷たく返答する。
私とギースは、城に用があるネクラの馬車に乗せてもらう形で帝都を訪れていた。
というのも、もうすぐフェルナの誕生日が来るとのことでそのプレゼントを購入するためだ。
私はもちろんすでに準備済み。初めてのお手製魔道具であるカンテラライトを渡すつもりだ。
この魔道具は棒状の器の中に炎の魔法を貯めておりスイッチひとつで炎が灯り明かりになるという代物だ。
「すいません、これくださーい」
「ねえ、私の話聞いてた?」
ノリと勢いなのか、さっき私に見せたネックレスを購入するギース。
この店に入る前にフェルナはチャチな装飾品よりも役に立つ道具の方が喜ぶって言ったばかりなのだが。
「ねえ、そんなにフェルナが好きならフェルナと一緒に街を巡ればいいじゃない」
プレゼント用に包装された先のネックレスを持ってニヤついているギースに尋ねる。
「やだよ。二人っきりで歩いたりしたらドキドキして歩くどころじゃなくなっちまう! そういうのはお互いをもっと理解して仲良くなって、それからだな」
「じゃあ何で私と歩くのは平気なの?」
「ケイは……なんかこう、安心感があるんだよ。なんていうか、友達みたいな? フェルナちゃんはたわわな肉体から色気がムンムンしてるけどお前は……いででで! 首に電気放つのやめろ! あだっ! おぼぼぼ!」
腹いせに基礎雷魔法で発生させた静電気をバチバチとギースの首の後ろに押し付ける。
どうしてこいつはこう一言多いのだろうか。
ルックスは悪くもなく、正義感溢れる熱血な性格も男らしくていいのだが、その利点を帳消しにするかのように頭が残念だ。
痺れて震えながらも根性で歩き続けるギースを横目で見ながら、そんなことを思う。
今、私達が帝都にいるのは別にフェルナの誕生日プレゼントを買いに来たためだけではない。
戦争の終結が近い中、神族達の企みを阻止するべく立ち上がったアークノー・セイナール連合軍。
世界の平和のためにとエリートの兵士や皇帝親衛隊といった面々がその軍に加わったため、帝都内は割と手薄になっている。
もちろん警邏を担当する衛兵がいるにはいるが、もしも一騎当千級のならず者がこの期を狙い狼藉を働こうものなら頼りない衛兵だけで取り押さえられるか微妙なとこなのだ。
一応、皇帝陛下はこの国最強の戦士でもあるのだが、国の指導者が矢面に立ってならず者をしばいて回るわけにもいかない。
ということで私みたいな魔術師見習いや、ギースのようなフリーの戦士などといったそこそこ戦える連中にお金を配ってパトロールしてもらうというお触れが出され、私たちはそれに参加している。
パトロールといっても別に目を光らせて狼藉者を探し回る必要はなく、戦える者が一杯いるぞという事実だけで十分らしい。
神族ですら恐れる人間の集団というものは、同じ人間にとっても脅威なのだ。
ちなみにフェルナは自分の店を警備しており、ネクラとセイナールは二人で城を担当している。
「うっ……」
突然苦しそうなうめき声をあげ屈み込むギース。
「大丈夫、発作?」
ギースの持っている荷物を預かりながら訊くと、ギースは黙ったままコクコクと頷き裏路地へと歩いて行った。
もうギースの狼化にも慣れたもので、街中で発作が起こった場合は一旦路地裏なんかの人気のつかないところに隠れてもらい、完全に狼になるのを待つ。
「クゥーン」
情けない鳴き声を出しながら裏路地から戻ってくるギース。
パトロールも潮時か、城に行ってネクラに今日は帰ることを伝えよう。
「あっれぇー、師匠どこに行ったんだろう」
広いアークノー城の中をうろつきながら、思わず私は呟く。
狼のギースと一緒に歩く姿は傍から見れば犬の散歩をしているようにも見えるだろう。
アークノー城は、一般人はこうやってウロウロすることはできないのだが、私はネクラの弟子だからという理由で立ち入りを許可されている。
すれ違う衛兵に撫でられたりエサを与えられたりするギースの世話をしながら城内を歩く。
もしかしたら、また皇帝と城を抜けだしてセイナールと三人でどこか飲みに行っているんじゃなかろうか。
一応、もう少し探してみよう。
「おお、ネクラのとこの娘ではないか!」
しばらく廊下を歩いていると、ゴキゲンな様子で皇帝陛下が話しかけてきた。
「な、何でしょう陛下……? 気のせいかやけに嬉しそうですが……」
「いやなに。今日の公務が早く終わったのでな。ネクラを探しておるのだが行方を知らぬか?」
さっきの予想は半分当たっていたな。
外れていたのはネクラと皇帝陛下が、まだ合流していないということだけど。
「わ、私も探している最中なんですよ」
「そうか。見つけたらワシにも教えてくれな! ではさらばだ!」
ガハハと笑いながら悠々と去っていく皇帝陛下。
いつも思うけど、自由だなぁ。
ネクラを探して城の上階を歩いていると、どこからか綺麗な音色が聞こえてきた。
ギースもこの音が聞こえたのか、キョトンとした顔で辺りを見回している。
美しい音色に誘われるがままに私は城のバルコニーに出ると、そこには物寂しそうな表情で小さなハープを奏でる青年が立っていた。
私は遠目で青年を見ながらハープの音色に耳を傾ける。
「……聞いていたのかい?」
演奏を終えた青年は、太陽のように暖かな微笑みを浮かべながら私に言った。
「えっと、その……はい!」
ええい、私は何を緊張しているんだ。
私は相手がイケメンだからといって微笑まれただけで顔を赤くするような安い女じゃ――
「よかったら、少しお話でもしないかい?」
「よ、喜んで!」
うん、イケメンは正義だ。
「僕の名はソウル、君は?」
「えっと、ケイと言います!」
バルコニーの椅子に向かい合わせに座り、私はソウルと話し始めた。
ギースは私の椅子の下で小さく唸り声を上げながら歯をむき出しにしてソウルの顔を睨んでいる。
イケメンが憎いのかな?
「ハハハ、そんなにかしこまった喋り方じゃなくていいよ。僕、この城にずっと住んでいるんだけど、自分と歳の近い友人がいなくてね」
寂しそうに語るソウル。
この城に住んでいるということは、大臣か何かの息子なのだろうか。
ということは貴族様か。
「君はどうしてこの城にいるんだい?」
「私の魔法の師匠がまあ、偉い人の友人でその縁で入れてもらっているの」
「つまり、君は……皇族貴族じゃ……」
「……ないですけど」
「よかった!」
「え?」
「ケイ、ここで出会ったのも何かの縁だ、ここは1つ。僕の願いを頼まれてくれないだろうか?」
私が平民で良かったと言うソウルは続けて私に願い事を告げそうとする。
いったいどんな願いなんだろう?
「僕、一度城下に行ってみたかったんだ。お父上は危険だと言って許してくれないし、一人で抜け出そうにも道もわからないからね」
ネクラといい皇帝陛下といいソウルといい抜け出し願望ありすぎじゃないかこの城の住人たち。
確かに娯楽に欠ける城ではあるけれども。
「ああ、でもケイが嫌なら無理にとは言わないよ。さっき出会ったばかりでワガママを言うのも……」
「嫌とは言ってないわ。ソウル、街に行きたいんでしょう? 案内してあげる!」
「本当かい!」
目を輝かせて喜ぶソウルにつられ、私も笑顔になる。
私は何もこの好青年に親切だけでこう言っているのではない。
ソウルは貴族の子、そのソウルと仲良くなれば貴族にコネができる。
コネができれば死霊術師としての第一歩を踏み出せる。
「よし、じゃあお父上に見つからないうちに早く行こうよ、ケイ!」
――というのは後から考えた理由で、本音はこの好青年と二人でお出かけしたいだけなのだ。
相変わらずソウルに向けて敵意を剥き出しにするギースが噛みつかないか注意しながら、私は帝都の大通りをソウルと歩いている。
なんだかこれって、デートみたいだなぁ。そういえば男性とデートなんて一度もしたこと無かったっけ。
そう考えると自然と笑みがこぼれそうになる。
冴えない男が、ひょんな事からお嬢様と知り合いなんやかんやで成り上がる物語をいくつか読んだことがある。
私の今の状態は、まるでそれの男女逆転版だ。
「これが帝都か……! 本当にこんなに人がいっぱい歩いているんだね」
城から見下ろすことでしか街を見たことがなかったのだろうか。
目を輝かせて珍しい物を見るようにキョロキョロと辺りを見回すソウルは、なんだか子供っぽくてかわいい。
私は大通りの脇にある、行きつけのジュース屋台を指差して教えた。
「あそこの屋台のジュースが美味しいのよ」
「ジュースか。ちょうどのどが渇いていたんだ。僕がおごってあげるよ」
「ええっ?」
私が教えた屋台に向かい、二人分のジュースを買うソウル。
行動が早すぎやしませんかね。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと……」
二人で近くのベンチに座り、並んでジュースを飲む。
「ケイの言うとおり、美味しいジュースだね」
「帝都に来た時はいつも飲んでるの」
「いつも……か。いいなぁ、ケイは。僕はいつもお城の中にいなきゃいけないから」
「どうして外に出ちゃいけないの?」
「お父上が許してくれないんだ。外には危険がいっぱいだからって」
きっと厳しい父親なんだろう。
城の中で私を誘った時も、笑顔ながらも少し声が震えていたような気がする。
よし、決めた。
この分だとソウルにとって今日が最初で最後の自由な日かもしれない。
抜け出したことがそのお父上とやらにバレたら二度と外に出れないかもしれないし。
だからこそ、たくさん思い出を作ってあげよう。
「クゥーン……」
決意を固める私の足元で、依然として狼のままのギースが小さく鳴いた。
嫌なら帰ればいいのに。
「あそこが喫茶店。制服がかわいいから男の客が多いけどいいお店なの」
「ふむふむ!」
「そこの洋服店は安いけどデザインがイマイチなのよね」
「へー!」
「あの店は……」
道すがら、目についた知っている店を片っ端から紹介していく。
割と適当な紹介だが、ソウルは興味深そうに聞いてくれた。
「ねえ、ケイ! この店は何だい?」
「えっと、ここは――」
ソウルが立ち止まって指差した看板を見上げ、私は声が詰まった。
『バンゾク』と書かれた看板……フェルナの経営するガチムチホストクラブだ。
どうしよ、これなんて説明しよう。
正直に筋肉ムキムキのむっさい男と会話する店と答えれば良いのかな。
それでもし、そんな店がなぜ成り立つかとか聞かれても困るしなあ。
うーん……。
「……なーに人の店先で唸ってるのよ」
「あいたっ」
私がどう説明しようか考えていると、店の中からフェルナが出てきて手に持った箒の穂先で私の頭をパフンと叩いた。
「何? 男でもできてデート中?」
「えっ、えっ……ち、違うわよ!」
「顔赤くして言っても説得力無いわよ……あら?」
顔を隠そうとわたわたしている私を無視して、フェルナはソウルの顔を覗き込み始めた。
「あの……何か僕の顔についてるかい?」
初対面のフェルナに突然顔を近づけられ、顔をひきつらせながらソウルが若干後ろに下がった。
「へぇ、ふ~ん? ケイってこういう顔の男が好きなんだ?」
「別にそういうわけじゃないし! ソウル、ほら行こう!」
私は早くこの場から離れたくて、ソウルの手を引いて店先から足速に立ち去った。
「さっきの子、君の友達なのかな?」
少し歩き疲れて休憩がてら訪れた喫茶店の中でソウルが訊いてきた。
「友達っていうか……まあ、友達ね。変なお店やってるけど」
「結局、あのお店ってなんだったんだい?」
「……聞かないほうが良いと思う」
運ばれてきた水に口をつけながら、そんなことを話しつつメニューを見る。
「お決まりでしょうか?」
「私、リンゴジュースで」
「じゃあ僕はこのエキゾチックレインボージュースで」
「かしこまりました」
注文を受けた店員が離れてから、私はメニューを再び見る。
「エキゾチックレインボージュース……って何?」
「さあ……?」
「知らなくて頼んだの?」
「お店で出るってことは、悪くないんじゃないかなあ?」
いるいる。こういう目についた珍しいメニューを博打覚悟で頼む奴。
せっかくの外出でそれをやるのはどうなんだ。
「そういえば、君の狼は?」
「外にいるわよ」
ギースはいつ発作が起きても良いように、店先で待たせている。
そもそも店内はペット厳禁だし、人気の多いところで人間に戻ろうものなら騒ぎになるのは必至だ。
いつでも帰っていいとは言ってあるけれど、なぜか頑なに帰ろうとしないんだよな。
一緒に歩いている間、ずっとソウルの方を睨んでいたしやっぱりイケメンが嫌いなのかな。
「繋がなくても大丈夫だなんて、賢いんだね」
「賢いというかまあ……」
人間だもんなあ。
そんな中身の無い会話をしていると、注文したジュースが運ばれてきた。
ソウルのもとに置かれたエキゾチックレインボージュースは、その名に違わぬ七色の見た目をしていた。
「これがエキゾチック……」
「の、飲んでみるよ」
眉間にしわを寄せながら、恐る恐るレインボーなそれを口に運ぶソウル。
2,3回ほどソウルの喉が鳴ったあたりで、その表情が変化した。
「あ、意外と美味しい」
「本当に?」
「本当だって、飲んでみてよ」
ソウルから手渡されたグラスに恐る恐る口をつける。
口に入れた瞬間、何かがシュワっとして鳥肌が立ったがそれを超えると絶妙な甘さが口いっぱいに広がった。
「あ、本当だ」
「試してみるもんだねー!」
ハハハと明るく笑うソウルにつられて私も笑う。
なんだろうこの気持ち。ソウルと一緒にいるのはすごく楽しい。
同年代の異性と一緒に街を歩いて、笑いあう。
これが青春なのかな。
青春って良いなあ。
「ねぇ、ケイって魔術師なんだろう? どんな魔法が使えるんだい? 見てみたいな」
喫茶店をでて再び歩き始めたところでソウルが言った。
私は言葉に詰まる。
死霊術を披露しようにも材料がないし、プロテクトを見せてもしょうがないだろう。
そうだ、プロテクトドリルなら私専用の魔法みたいなものだし見た目もいいかもしれない。
「ふふ、よくぞ聞いてくれました! 実は私だけが使える魔法があるのよ!」
「ケイだけが!? それはすごいじゃないか!」
興奮した様子で私を褒めるソウル。
こんな状況で見せないのももったいない。
人通りの中で魔法を使うわけにも行かないので、二人で人のいない裏路地に入る。
「いくわよ、プロテクトドリル!」
中身の分からない木箱が置かれた暗い裏路地の中。
私は手をグーにした状態でプロテクトを使い、手の先にドリルを形成した。
「す、すごい! これがケイだけが使える魔法なんだね!」
「いやーそれほどでもー! あははー!」
回転する円錐状のトゲを目を輝かせて見つめるソウル。
褒めちぎられるのには慣れていない私はついつい舞い上がってしまう。
「ガルルル……!」
突然、空気に徹していたギースが唸り始めた。
「へへへ……裏路地でイチャつくなんていい身分だな、ええ?」
口元を布で隠し、剣を持った数人の目つきの悪い男たちが裏路地に入ってきた。
逆側から聞こえる足音に振り向くと、こちらも同じようなガラの悪い男たちが立ちはだかっている。
こいつらが、皇帝陛下が存在を危惧していたならず者か。
「女はともかく、男の方はお貴族様だ。へっへっへっ、いい金になるぜ」
「兄ちゃんよぉ、俺達は平和主義者だ。大人しくサイフをくれりゃあ、この剣が暴れることはねえ。有り金全部置いていきな」
へらへら笑いながら口々に勝手なことを言うならず者に対し、一歩も引かずに真一文字に口を結ぶソウル。
この細い裏路地の中で戦闘になったら、片方は私のプロテクトで耐えられるだろうが後ろからの攻撃は防ぐことができない。
戦う力の無いソウルを守りながら戦うのは無理がある。
無難に済ませるためサイフを差し出すことも考えていると、ソウルが無言で私を制止した。
「……お金を渡したところで、あなた方が僕らを解放するとは思えない。捕まえて身代金を要求とかするんじゃないか?」
「……ただのボンボンじゃあねえみたいだな。野郎ども、こいつらを殺さねえ程度に痛めつけろ!」
リーダー格らしい男がそう言うと、ならず者達は一斉に剣を抜いた。
私はプロテクトで背後から斬りかかる男の攻撃を防ぐ。
「バウ!!」
「うわっ! 何だこの犬!?」
逆側はギースが抑えてくれているようだ。
しばらく抑えることができれば、騒ぎに気づいた人が衛兵を呼んでくれるかもしれない。
その可能性にかけるためにもなんとか時間を稼がないと……。
「ヒャッハー! 貰ったぜ!」
頭上から聞こえるならず者の声にハッと見上げる。
辺りの木箱を踏み台にでもしたのか!?
ならず者の剣は私の背中をしっかりと捉えている。
「ケイ、危ない!!」
私の背中を守るように、両手を広げたソウルが正面から剣を受けた。
肉の裂ける生々しい音が裏路地に響く。
「ソウル君!?」
「せっかく……友達になった君を傷つけさせは……しない!」
明らかな致命傷を受けたはずのソウルは、力強くそう言った。
「バ、バカな! なんでその傷で平気なんだ!?」
大きな傷を受けたにも関わらず、まるで何事もなかったかのように立つソウルの姿を見てか、ならず者達は後ずさりを始めた。
「てめぇらの相手は俺だぁぁぁ!!」
いつの間にか人間体に戻っていたギースが剣を抜きならず者に斬りかかった。
ならず者はその一太刀を剣で受け止めようとするも、ギースの方が上手だったのか手に持った剣を弾き飛ばされた。
「何だこいつ、どっから湧いて出たんだ!?」
「ちくしょう! わけがわからねえ! おめぇら逃げるぞ!」
ソウルの気迫とギースの剣に恐れをなしたか、ならず者は次々とこの路地から消えていった。
「ケイ、ケガはないかい?」
「ケガって……ソウル君こそ、その傷大丈夫なの!?」
肩から腰辺りまで斜めにパックリ裂けた大きな傷。
傷口そのものは見えなかったが、切り裂かれた服が、その傷がどれほど大きなものかを物語っている。
「僕は平気……痛みもそんなに感じないんだ」
「嘘つけ! こんなにぶった斬られて平気なはずは……」
「嘘じゃないんだ。ところで君は?」
「今は俺のことなんてどーでも――」
「ソウル!!」
ギースの声をかき消すように路地の外から響く野太い声。
その声とともにラフな格好の皇帝陛下と、一緒にいたネクラがソウルに駆け寄った。
「ソウル、外に出ては行けないとあれほど言っただろう!」
「お父上……ごめんなさい」
うつむき皇帝陛下に謝るソウル。
って、え? お父上?
「「えええーー!?」」
路地に私とギースの驚愕の声がこだました。
「お父上、僕の身体はいったい何なんですか?」
ネクラが持っていた包帯で傷を隠されながらソウルが皇帝陛下に詰め寄る。
「……いつかは話す時が来るとは思っていたのだが、まさか今日になるとは」
皇帝陛下は頬を掻きながら難しそうな顔で呟く。
「アーク、丁度いい。どうせ行く予定だったんだ。あの場所で話そう。せっかくだからケイたちも来い」
ネクラがそう言って背を向け、路地を出た。
「あの場所……?」
その背中を追いかけながら、私は首をかしげた。
帝都から少し離れた墓地。
そこがネクラたちの目的地だった。
その墓地の中の、ありふれた墓石の一つの前でネクラは足を止める。
「このお墓は……?」
「ワシの妻……そしてソウル、お前の母が眠る場所だ」
「母上の……」
皇帝陛下が墓石の前にひざまずき、手に持っていた花を添えた。
「気立ての良い、ワシにはもったいないくらいの気品ある女だった……」
ソウルに囁くような声で話す皇帝陛下の後ろで、私とギースは居場所に困っていつ。
「ネクラ先生よぉ、俺がいる必要はあるのか?」
重い空気に耐えられなくなったギースが空気を読まずに小声でネクラに尋ねた。
「まあいいから聞いていけ。俺がネクロマンサーになった理由でもあるんだから」
「ネクロマンサーになった理由……?」
「あれは忘れもしない20年くらい前……」
皇帝陛下が曇った空を見上げながら、その過去を話し始めた。
約20年ほど前のこと。
それはまだ皇帝陛下が皇太子だった頃に、皇帝陛下の奥さんが子供を身ごもった。
そのおめでたい知らせは、皇太子の親友であった宮廷魔術師のネクラにとってもまるで自分のことのような嬉しさだったという。
しかし、間もなく出産だという時に帝国中に死病が蔓延した。
それは、アークノー人の若い女性だけがかかる疫病。
私がスペアボディでドラゴンの爪を探しに行かなくてはいけなくなった原因のあの病と同じものだったという。
その病気に、皇帝陛下の奥さんはかかってしまった。
当時、帝国はドラニノル公国と同盟関係ではなく特効薬の材料となるドラゴンの爪も例え皇族といえどすぐに手に入れられるものでもなかった。
結果、出産による体力の低下と病が重なり奥さんは死去。
生まれた子供もその影響か、生まれて間もなく息を引き取ったという。
「死んだ……? それじゃあ、ソウルは?」
「……こっからは俺の話だ」
ネクラが墓石の前にかがみ込み、皇帝陛下に代わって続きを話し始めた。
「愛する妻と子を一度に喪い、アークは絶望した。アークの周囲の人間も、また別の理由でこの事態を憂いた」
「別の理由……?」
「跡継ぎ問題だ」
皇帝陛下の息子が生まれてすぐに死去したことは、重大な問題であったという。
代々伝わるしきたりの中で、皇帝の座をを継ぐ権利があるのは長男だけだからだ。
しかし、その長男が死去した場合はその時の皇帝が任命した者が次期皇帝となる。
そこで懸念されるのが、次期皇帝の座を巡る内乱であった。
普段は忠実な家臣であれど、巨大な権力を得るチャンスが転がれば誰が野心を抱き凶行に及ぶかわかったものではない。
事実、現皇帝の家系がその座を得る過程で血で血を洗う醜い内乱が起こったという。
そこでネクラは、親友と国を救うために帝国内で不法な活動をしていたとあるネクロマンサーの下に赴いた。
死して間も無き赤子は、アンデットとして蘇らせた時に『生き返る』ことがあるという、眉唾ものの噂にすがって。
ネクラはその場で『契約』を行い、葬儀間近の死した皇帝の子に死霊術を使った。
「そうして、生き返ったのが……」
「僕……だというのか」
ソウルが胸のあたりに手をあてながら愕然とした様子で呟いた。
「生き返る、というのは少し語弊があってな。そうやって蘇った人間は『腐らず、成長するゾンビ』になるんだ。肉体と魂の結合が不完全故に、致命傷を負っても身体が消し飛ばない限りは死ぬことはない。その点では、まさしくゾンビだ」
自らがゾンビである、という事実を聞いたソウルは引きつった顔のまま固まっている。
無理もない。突然自分が実はアンデットだと言われれば誰だってこうなるだろう。
「ゾンビ、ゾンビと言ったが不安がることはない。今までお前が気付かなかったくらいに人間らしさの方が上だし、死霊術がもう少し発展すればまともな人間に戻れるかもしれないからな」
「……お父上が僕を外に出そうとしない理由がわかりました。今日のような出来事が起こって、僕が真実を知ってショックを受けることを心配していたんですね?」
「……平気なのか?」
「はい。なんとなくですけれども、僕は他の人と違う何かがあるのではないかと思っていたのです。まさかゾンビだとは思ってはいませんでしたが……」
ネクラの肩に手を置き、皇帝陛下が立ち上がる。
「いつかは話さねばならぬ時が来るとは思っていた。お前は、わしが思う以上に成長していたようだ」
ソウルを見ると、さっきまでは驚きのあまり表情が固まっていたが、少し落ち込みはしているものの決意のようなものに満ち溢れた、そんな表情をしているように見えた。
さすがは皇帝陛下の子、というわけか。
「……例え僕の身がゾンビの身体だとしても、僕は僕です。お父上、何も心配はいりません」
「それでこそ我が息子だ! ソウル、亡き妻もおまえを誇らしく思っているだろう!」
墓石の前で抱き合い笑い合う皇帝陛下とソウル。
皇帝一族のメンタルすげぇな。私なんてスペアボディになっただけで相当取り乱したというのに。
「そういや、ネクラ先生はお城勤め宮廷魔術師だったんだろ? なんで今はあんなところに住んでるんだ?」
抱き合う皇帝親子をよそに、ギースがネクラに聞いた。
「あんなところって……。まあ死霊術使いってもんは城みたいな格式張ったところだと煙たがられるからな。自分で出てって、自由な生活を始めたのさ」
「すげーよ! やっぱ先生はすげーよ!」
唐突に、ギースが目を輝かせてネクラを見上げた。
「……は?」
「親友と国を救うためにその身を犠牲にし、禁忌に手を染め自分は颯爽と去る……! カッコよすぎるぜ!」
「いやいや、この事をダシにアークかに好き勝手言ったり仕事を回してもらってるんだがな……」
褒められなれてないのか、ギースに絶賛され頬をポリポリと掻くネクラ。
やっぱネクラはすごいと、私も思った。
そして、死霊術が人の役にたつということも確信した。
「よし、ネクラ。悪いが今夜はソウルと二人で食事でも行こうと思う。飲み明かすのはまた今度にしよう」
「わかったよ。親子水入らず、ゆっくり楽しんでけ」
「そうさせてもらう、ガハハハ!」
マジメな話が終わり、いつものガハハモードに戻った皇帝陛下は笑いながらソウルを連れて墓地の外へと歩き始めた。
「じゃあ、ケイ……また今度、一緒に遊ぼう?」
別れ際に、ソウルが私に優しく微笑みながら言った。
「もちろん!」
私の返答を聞いたソウルは、今度はギースの方を見て
「ギース君……だっけ? ケイを守ってあげてね」
「お、おう……。任せとけ」
ソウルにそう言われ、なぜか赤面するギース。
あれ、何か様子おかしくない?
そういえば、私がソウルと一緒にいる間中ギースは狼の顔でソウルを睨んでたな。
「よーし、俺も今日は気分がいい。フェルナとセイナール拾ったら全員でちょっと豪華な店で飯を食おう! ほら、行くぞ!」
皇帝親子を見送り墓地をあとにするネクラ。
ネクラを追いかけながら、私はギースにさっきの態度は何かと訊いた。
「べっ、別に関係ねえだろ! ほら、置いてかれっぞ!」
「あっ待ってよ! ちょっと!」
答えをはぐらかしたままネクラのもとへ駆け寄るギースを、私は追いかけた。
卒業修行の終わりまで、あと1ヶ月。
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