第13話「フェルナのガッポリ大作戦 その2!」

「汝、魔王を倒す力を求める者よ。封魔の力欲しくば我が試練を越えよ」

 私達の前に現れた幻影は、勝手なことを言って消えていった。

 ……おそらくここは、魔王が復活した時とかにその時の勇者か何かが訪れる予定の遺跡なのだろう。

「封魔の力はいらないけど出口は遥か上だし、進むしかないかしらねぇ……」

 フェルナがため息をつきながら槍を取り出す。

 何でこんなことになったんだろうか。

 せっかく神族の襲撃を恐れなくて良くなったのにぃぃ!!


世のため人のためネクロマンサー

第13話「フェルナのガッポリ大作戦 その2!」


「……不味いわね」

 小さな窓から強い夏の日差しが入る屋根裏。

 蒸し暑い部屋の中、机に向かってフェルナが頭を抱えて唸っていた。

「何がまずいんだい?」

「ちょっ! 待っ! セイナール様! 見ちゃダメですって!」

 私のスペアボディに入っているセイナールがフェルナの机の上にあった紙を取り上げた。

「借金返済計画書……あんた借金なんてしてたのかい」

 紙を取り返すために立ち上がろうとするもセイナールに片手で頭を抑えられ、フェルナが手をぐるぐると回している。

「残金3000万アーク? ……それくらい私が奇跡を使って荒稼ぎしてやろうか?」

「あたしは自分で稼いだ金で返すんですっ! っていうかイカサマはダメですって!」

「あれ、この間まで順調って言ってなかったっけ?」

 二人のコントを見ていられなくなり、私は口を挟んでしまった。

 フェルナはやっとセイナールの手から借金返済計画書を取り返し、懐にしまい込む。

「聞いてよケイ! ついこの間まで順調に廃村の復興事業で収入を得ていたんだけど、復興する村が無くなっちゃったのよ!」

「それって、全部復興しきったってこと? いいじゃない」

「よ、く、な、い! 山賊討伐の依頼も終わっちゃったし、収入のあてが今ホストクラブしかないのよおお!」

 ……そういえばこの間、ギースの様子を見に元山賊の集落を見たらいつの間にか規模が3倍以上に膨れ上がっていた。

 もはや小国の軍隊にも匹敵するほどの人数に昇ったフェルナの部下たち。

 借金の減りが最近悪いのって彼らの扶養維持費なんじゃないのかな。

「決めた! あたしの部下どもに村を襲わせて廃村を作ってやるーー!!」

「自作自演はマズイって! っていうかそれだけはやっちゃダメだって!」


「……んで、俺を呼び出したと」

 いつかの時のように、屋根裏の窓枠の上でかがむマロウ。

 ネクラに頼んで帝都に伝書鳩を飛ばしてもらい、皇帝に頼み込んでマロウを派遣してもらったのだ。

「あのさー……俺は仕事の斡旋屋さんでもなければ依頼を承るギルドマネージャーでも無いんだが。仮にも皇帝陛下直属の密偵サマだぞ俺は」

「でもここに来たってことは、何か儲け話があるんでしょ?」

「うん、まー……あると言われればあるっちゃあるんだが…」

 ……あるんだー。

「いやー話がわかるじゃないマロウ! あんただーい好き!」

「お前が好きなのは金だけだろうがー! 離せ落ちる落ちる!!」

 フェルナに飛びつかれてバランスを崩し落ちそうになるマロウがジタバタと暴れる。

 仲いいなああの二人。

 ちっとも話が進まないので、私が助け舟を出した。

「で、その仕事って何なんですか?」

「お、おう! って……さっさと離せこのバカ王女! 俺を殺す気かー!」

 ようやっとフェルナを引き離したマロウが、コホンと咳払いをひとつして説明を始めた。

「この間、セイナール王国の精鋭遠征軍が我らのアークノー城へと奇襲を仕掛けたんだが……」

「あれ、いつの間にそれ終わってたの?」

 フェルナに言われて確かにと思った。

 セイナールの口添えでネクラが皇帝に精鋭軍の襲撃計画を伝えたところまでは知っているが、私たちはチェーンソード入手の一件から神族の襲撃を危惧して家に引きこもっていたので表でどうなっているかの情報は一切入れていなかった。

 二人して目を丸くする私とフェルナを見てマロウが呆れ顔になった。

「あのなー…精鋭軍は帝都に入らず裏の城壁を魔法で破壊して侵入。それを読んでいた我らが皇帝陛下がそこで暴れに暴れて精鋭軍は大打撃。んで、セイナール王国を裏から操っていたセイナール教団の法王が痺れを切らして神族とかいうのを引き連れて乱入。その後いろいろあった結果、戦争は神族が引き起こしたものだと判明して精鋭軍にアークノーの名うてを加えた連合軍で法王を倒すべくセイナール王国へと進軍中……ってのが現在の状況だ」

 知らないところで歴史的な事件がいろいろと起きていたような気もするが、私たちはそれどころじゃなかったからなー。

 っていうか神族がアークノー帝国とセイナール王国間の戦争を裏から操っていたのか。

 案外ドレヴェス達が襲ってこなかったのも、その件でそれどころじゃないのかもしれない。

「いやー、見ものだったぜ! 皇帝陛下の地砕斧グランヴォルフと法王の極聖剣セイクリッドブレードの対決! あれこそまさに王者と王者のぶつかり合いってもんだ! あんな戦い、闘技場でもなかなか見られないぜ!」

「んで、あんたは精鋭軍に選ばれることもなく暇を持て余してたってわけね」

「暇じゃねーし! 密偵としていろいろ忙しかったし! おいフェルナ、何だよ、その目は! こっちを見てくれよ、信じてくれよ!なぁっ!!」

「……そろそろ本題どうぞ~」

 ついつい二度目の助け舟を出す私。

 お人好しがすぎるかなあ。

「そんで! 戦闘があったおかげでアークノーにも心身ともに傷ついた兵士がいっぱいいるんだなこれが。今まではそうやって傷ついた兵士は帝国にただ一つの温泉宿で湯治をさせていたんだ」

「温泉で傷が癒えるんですか?」

「まあ多少はそういう効能もあるが、傷を治すだけなら教会にでも連れて行けばいい。湯治の目的は心身ともにゆっくり休ませることでメンタルケアを行うのがメインだ。だが……タイミングの悪いことにこの状況で帝都内唯一の温泉が枯れてしまった。ああ残念、ああ無情! このままでは兵士たちの心は癒えぬまま! というわけで慈悲深ーい皇帝陛下は新しい温泉を掘り当てた者に、その温泉を利用した旅館の利益から半永久的な分配を行おうと」

「おっけー! 了解! がってん! 私にまっかせなさいっ!!」

「はえーよ、人の話を最後まで聞けよ! もう既にお触れは出されてて、大勢の人間が温泉があると言われているポイントを掘っているんだが、まあそんな簡単に出るわけもない。でもお前ならやれるだろ?」

「やれるもやれる! あたし達フェルナ蛮族土木団に不可能などなーい!!」

 いつの間にそんな名前がついてたのかは知らないが、やる気なようで何より。

 私は手伝う必要もなさそうなので、フェルナの借金の原因となったミスリルの槍から抽出したミスリルでお手製魔道具の作成練習でも――

「行くわよっ、ケイ! 出動よ!」

「……は?」


 帝都から西に数キロほど行った辺りの山岳地帯。

 緑豊かな山々はそのほとんどが休火山で、帝国領土に数ある温泉があるであろうスポットの中でもかなり有力な方だ。

 特にいま私が立っている盆地はかなり広大で、ここから温泉を掘り当てるのなんて大変で……

「で、なーんで私が連れてこられたんですかねー」

 そう、フェルナに無理やり馬車に乗せられ、300人ほどの蛮族土木団の皆さんとともに私はここに立っている。

 ちなみにギースもいるが、タイミングが悪く狼状態である。

「だぁって、ケイのプロテクトドリルは掘削に最適なんだもん。友達として、手伝ってくれるよねっ」

 今ほどフェルナと友達だったことを後悔するタイミングは今後無いだろう。

「まあ良いじゃないか。私なんて地質調査装置扱いだぞ」

 ついでに無理やり連れてこられたセイナールも私の横で前かがみになり、腕をだらんと降ろしている。

 曰く、奇跡の力……という名の神族専用神聖魔法の中に透視能力的なものがあり、それで地面の下を調べようということらしい。

 仮にも信仰する宗教のご神体本人を自らの儲けのために利用している時点でフェルナの倫理観は完全に吹き飛んでいるようだ。

「いーじゃないですかー! セイナール様も、温泉が出たらゆっくりできるし配当金もすこーしだけなら山分けしてあげますからー」

「あんた本当にセイナール神教の信者なのかい? あたしゃ神様だよ!?」

「金は神よりも重し! さあさあ先生、お願いしますよ~」

「誰が先生だ! ったく……しょうがないねえ」

 渋々といった様子で、セイナールが目を閉じ呪文の詠唱を始めた。

「地の底に眠りし腐海の王よ、その痕跡を我が前に示せ……『グランドソナー』!」

「「「おおおお!」」」

 詠唱完了とともに光り始めたセイナールの手に皆の視線が集まる。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。


 息を呑んで魔法の反応を待ち続けて約3分。

「……あれ?」

 しかし何も起こらなかった。

「少なくともここじゃないみたいだね」

 やれやれといったポーズであっけらかんと言うセイナールに蛮族土木団の全員がずっこける。

 期待して損したよ!

「地の底に眠りし腐海の王よ、その痕跡を我が前に示せ……『グランドソナー』!!」

 しかし何も見つからない。

「地の底に眠りし腐海の王よ、その痕跡を我が前に示せ……『グランドソナー』!」

 だが何も見つからない。

「地の底に眠りし腐海の王よ、その痕跡を我が前に示せ……『グランドソナー』……」

 やっぱり何も見つからない。

 移動しては呪文詠唱、移動しては呪文詠唱を繰り返して早三時間ほど。

 一向に地中に何かがあるような気配は見つからなかった。

 ギースなんてそこら辺を適当に歩きまわっている。

「フェルナぁ、本当にここに温泉があるのかい……?」

 魔力が枯渇し始めて目から光が失われ始めたセイナールが、フェルナに尋ねた。

「もちろんですよ。しっかり調査して、ここに温泉がある確率は90%超え! ここになけりゃどこにもない! ささ、次はココらへんのポイントでおねがいしますよ~」

「……断っときゃよかった」

 セイナールの悲痛なつぶやきを聞いて、私は口を歪めながら乾いた笑いを出すことしかできなかった。

「ガウガウッ」

 それまで離れたところをうろついていただけだったギースが突然吠え出した。

 見れば、鼻をヒクヒクさせながら地面を掘ろうとしている。

「ギース、この下に何かあるの?」

「バウッ!」

 肯定の意か、力強く吠えるギース。

 もしかすると、狼の状態だと犬みたいに嗅覚が鋭くなるのかもしれない。

「セイナールさん、こっちで試してもらえます?」

「へいへい……」

 気だるそうにセイナールはギースにもとまで歩き、詠唱を始めた。

「地の底に眠りし腐海の王よー、その痕跡を我が前に示せー……『グランドソナー』」

 もはや棒読みとなった詠唱。

 蛮族土木団の面々は一切期待をせずに事の次第を見守っている。

「狼ボウズの鼻って信用できるのか?」

「どーせまたないんじゃねーの……」

「あー腹減った……ひと休憩入れようぜ……」

「バカ聞こえるぞ。姉御にどやされるのはゴメンだぜ……」

 そんな囁きが聞こえてくる。

 彼らの精神的なストレスもピークになっているようだ。


 ビコーン!!

 完全にダレ切っていた空間に、突如高い音がなった。

「来た?」

「来た!?」

「来た!!」

「この下だっ! この下に何かがあるぞ!」

「掘れ! 掘れ! 掘り起こせーーー!!」

 さっきまでのダラダラした空気から一転、フェルナの号令を受けツルハシやらスコップを持った蛮族土木団の連中があたり一面盆地を掘り返し始めた。

 こいつら元気だなー……。

「さあケイ、今度はあんたの出番よ! プロテクトドリルでこの大地を貫きなさーい!!」

「あっ、はい……」

 この気迫には逆らえんわ。


 ギュルルルル。

 ギュルルルル。

 私は無心で地面を掘っていた。

 一度は神族にダメージを与えたプロテクトドリルで地面を掘る。

 フェルナ曰く『ドリルは本来土を掘るもの』だそうだが、そんな情報どこで手にいれたのやら。

 『グランドソナー』という魔法のサーチ範囲は結構広く、ある程度のアタリを決めたと言ってもここからさらに人海戦術でいたるところを掘って温泉の水脈を掘り当てないといけない。

 ちなみにその魔法で場所を特定した功労者は

「ああ……太陽の光が気持ちいい……」

「クゥ~ン」

 魔力が枯れ果て草の上に寝そべりながら、もう一人の功労者であるギースの頭を撫でていた。

 今のセイナールの身体は私のスペアボディベースの外出用。

 これが女神像準拠の身体だったら魔力には余裕があったそうだが、あの身体は家用だ。

 外出用だの家用だの、まるで服みたいに身体をコロコロ変えるセイナールの気持ちはわからない。

 ギュルルルル。

 ギュルルルルガガキッ。

「……あれ?」

 自分の身長ほど掘り進んだ辺りで、ドリルから伝わる手応えが変化し始めた。

 掘る音も変わったし、何かあるのかもしれない。

「どうしたの? 温泉出た?」

 異変を察知したらしいフェルナが近づいてきて訊いてきた。

「なんか、掘る感触が変わったの」

「本当? きっと温泉が近いのよ! ケイ! ガンバガンバ!」

 腕を振って応援するフェルナの横で力を込めてドリルを地面に押し付ける。

 ビギッ。

 なーんか、嫌な音とともに地面に亀裂が走ったような気がする。

 ビギギギッ。

 どんどんその音と亀裂は広がっていき。

 バガッ。

 私達の立っていた地面が、まるごと抜け落ちた。

「「ひゃあああああ!!」」


 上に見える、遠くに小さく光る空。

 ああ、あそこから落ちてきたのか……。

 私はどうやら深い縦穴の天板をぶちぬいてしまったようで、傍らで見ていたフェルナと二人で穴の底に座り込んでいる。

 不幸中の幸いか、落ちてきた時に掘っていた柔らかい土がクッションになったおかげで服が泥まみれになったことを除けばケガもなく無事ではある。

「というか、ここ洞窟って言うより……」

「……遺跡?」

 私達がいるここは、古ぼけた黄色いレンガが積み上がったような壁に囲まれた四角い空間であった。

 私の基礎炎魔法を明かり代わりに周囲を照らしてみる。

 壁には既に消えた燭台の跡や、武器や荷物をかけていたのであろうフックが存在している。

「もしかしたら世紀の大発見!? ……って言っても、出られなきゃ意味が無いわねぇ」

 上に浮かぶ小さな空を見上げて溜息をつくフェルナ。

 地上まではかなりの高さのようで、叫んでも声が届くかどうか疑問である。

「でもほら、セイナールさんがきっとあのワープ魔法で――」

 そこまで言いかけて思い出す、魔力が切れて寝そべるセイナールの姿。

 あ、ダメだこれ積んでるわ。


「よくぞ来た、勇者よ」

「うへぁっ!?」

 突然背後から聞こえてきた声に、フェルナが驚いたように飛び退いた。

 声のした方向を見ると、半透明な鎧の騎士が亡霊のように壁の前に立っていた。

「あのー、私達勇者じゃないんだけど……」

「この地に踏み入る者がいるということは、魔王が復活したということであろう」

 その騎士はこちらの話を聞く気もないように淡々と喋り続ける。

「魔王の力は強大だ。魔王を倒すためには我が守る武器が必要となろう。汝、魔王を倒す力を求める者よ。封魔の力欲しくば我が試練を越えよ」

 騎士がそう言うと、騎士の背後にあった壁が音を立てながら右へとスライドし、人が通れる空間が現れた。

 あくまでも私の予想であるが、この遺跡は魔王を倒した際に使用された武器か何かが保管してある場所。

 魔王が復活した時になんやかんやでここにその時の勇者が訪れ、この遺跡で試練とやらを経て武器を手にするという筋書きだったのだろう。

 その遺跡を私が掘り当て、足を踏み入れたおかげで一連のシステムが動き始め、私たちは勇者扱いを受けているのではないか。

 この遺跡を作った人には渾身のシステムを台無しにしてしまって申し訳なくも思える。

「もしかして、この先に出口があったりしないかしら」

「確かに……」

 勇者は様々な武器を手に入れる過程でこういった試練を受け、そのたびにワープで帰っていた。

 勇者の物語が真実であれば、試練を突破した後に帰り道のワープ魔法とかが用意されているかもしれない。

「それじゃ、行きましょう」

 フェルナが槍を取り出し、いつでも戦えるようにと構えた。

 私も意を決し、先ほど開いた空間に足を踏み入れた。


「ガァァッ!」

 遺跡の奥はアンデットの巣窟となっていた。

 遺跡の守護者とおぼしき鎧兜を身につけ剣を持ったスケルトンが次々と襲い掛かってくる。

 といってもスケルトンの半分以上は風化でもしたのか両手が揃っておらず、その手に握られている武器のさほどは錆びきっており剣というよりただの棒になっていた。

「アハハハハ! 覗きの恨みッ! 下着の恨みぃッ!」

 それら弱々しくフラつくスケルトンをノリノリでなぎ払うフェルナ。

 日頃思い切ってぶつけられないスケさんへの恨みをそのスケルトンにぶつけるように……。

「くたばれっ! 砕け散れっ! 爆ぜ散れぇぇっ!」

 ついでにストレス発散も入っているのだろう。

 フェルナに襲い掛かってきたスケルトンは次々と一瞬でバラバラになりただの骨になっていく。

「ケイもやりなさいよ! これなかなか気持ちが良いわよ! ヒャーハハハハッ!」

「あ……私は結構です……」

 私はなぜかスケルトンに襲われないので、明かり役に徹しており戦いには一切手を出していない。

 何で襲ってこないのかは謎だが、死霊術を使えるからアンデット達に同類とみなされているのかもしれない。

 それはそれで有りがたいが、なんか複雑な気持ちである。


 そんなこんなで、あまり大きなハプニングもなく私たちはあっという間に遺跡の最深部にたどり着いた。

 最深部は未だ燃え続ける燭台によって照らされ、私の基礎魔法による炎も必要はなかった。

「さすがは勇者、ここまで来れるだけの腕があるとは」

 最初に勝手なことを言っていた鎧の騎士が、今度は実体でそこに立っていた。

 さすがは、とは言っているが正直スケルトンの半分くらいは腐食が進行していて立つのがやっとな状態となっていた。

 おそらく、ここまで長期間魔王が現れなかったのは想定外だったのだろう。

「我こそが最終試練。封魔斧デュラウバンドを手にしたくば、我を倒すのだ!」

 正直その斧はどうでもいいが、試練を突破すれば帰り道が開くかもしれないという希望に賭けるためにもフェルナには勝ってもらわなければ。

 フェルナが槍を構え、剣を携えた騎士と対峙する。

「……ってあれ? 剣?」

 何で斧の守護者が剣を使うのだろうか。

 考えられることは、この試練を受けるのは本来斧を欲する者。

 実力が等しい戦士同士の戦いでは、大振りな斧による攻撃は取り回しがよく素早い回避が可能な剣使いには相性が悪い。

 一撃を放つ間に懐に潜りこまれて斬られてしまう……と昔読んだ教本で読んだことがある。

 その斧が苦手とする剣を持った相手に勝ってこそ、封魔斧とやらを授けるに値する戦士だということだろうか。

 はた迷惑な話だが、槍を使うフェルナにとってはありがたい。

 リーチに勝る槍は剣に対しては有利なのだ。

「フェルナ、ファイト!」

「あたしが負けるはず、ないでしょ!」

 私の声援を受け、勇ましく騎士へと槍のリーチを活かした攻撃を仕掛けるフェルナ。

 素早い槍による一閃が騎士へと放たれるが、騎士はその攻撃を最小限の動きで回避し、素早くフェルナの懐に潜り込み剣を振り上げた。

「……ッ!」

 フェルナの前髪が剣に触れ金色の髪が数本、宙を舞った。

 とっさに後ろに下がり、間合いを取ろうとするが騎士は素早い身のこなしで接近し剣撃を放つ。

 上から下へと振り下ろされる斬撃を、槍を横にすることで防御するフェルナ。

 この騎士、封魔とやらの武器を守るだけありかなりやるようだ。

 フェルナが突く、騎士が回避し反撃に転ずる、それをフェルナが間一髪でかわす。

「フェルナ、大丈夫!?」

「このままちょっとヤバイ……かもっ!…」

 不安げに言うフェルナ。このままじゃ……!

 私がなんとかしないと……アレならイケるかも!!

「フェルナ、もうちょっと耐えられる?」

「え? ちょっ! ケイーーっ逃げるなー! 見捨てるのかー!」

 喚くフェルナを尻目に私は来た道を戻る。

 私はあんな激しい近接戦に入るだけの技量もないし、中距離から援護できる気の利いた魔法も使えない。

 しかし、そんな私でもできることはある……!

 最深部にたどり着くまでに倒してきたスケルトンの骨を手に持てるだけかき集め、フェルナのところに運びこむ。

 計3体分の骨を集めた私は、ポケットにいつも入れているミスリル球を取り出し、呪文を唱える。

「魂亡き骸よ、魔の力を依代に立ち上がれ……『アウェイク』! いけー! あいつを後ろからひっ捕まえろー!」

 立ち上がったスケルトン達は、鍔迫り合いをしているフェルナと騎士に近づき、そして……!

「何っ!?」

 騎士に背後から掴みかかり、身動きを取れなくした!

「よし、今よフェルナ! あいつに攻撃……」

「ケーイー! あんた何のつもりよ!」

 フェルナもまたスケルトンのうち一体に羽交い締めされていた。

 対象を『あいつ』としか言わなかったのが失敗だったか。

「生命無き骸よ、汝の真の姿へ帰せよ、『エクソ』!」

 とりあえずフェルナを締め付けているスケルトンを骨に戻す。

「ったく、後で覚えておきなさいよ! たぁぁぁ!」

 フェルナが動けなくなっている騎士に向かって槍を振り回す。

 動けない相手を槍で突きまくる姿は勇者とは程遠い姿であるが、そもそも私たちは勇者じゃないので問題はない。

 突いて突いて突きまくり、ようやく騎士が倒れた。


「よくぞ我が試練を突破した選ばれし勇者よ……」

 スケルトンにねじ伏せられたような体勢のまま騎士が喋り始めた。

「そなたの力は本物だ。封魔の斧を受け取るがいい……」

 段々と、この騎士って決まった言葉だけしか喋れないんじゃないかと思えてきた。

 その後もダラダラと騎士はしゃべり続け、やがてスケルトンもろとも消えていった。

 私とフェルナは顔を見合わせ、同時に親指をグッと立てる。

「さて、なんとかの斧ってのはどこかしらね」

「えっ、さっきはいらないって……」

「大体こういうのは武器を手に入れた時に帰り道が開くもんよ」

 フェルナがそう言って、台座の上を調べる。

 フェルナが手をかざすと原理は不明だが台座の蓋が消え、その中には派手な装飾の斧が安置されていた。

 不思議な光りに包まれたその斧をフェルナが持ち上げる。

「斧ねえ……うちの家って使える人いなかったわよね?」

「うん。私とネクラとカクさんとセイナールさんは武器なし、スケさんが棍棒、フェルナが槍でギースが剣だし」

「よしっ」

 何が良しなのかは知らないが、フェルナは嬉しそうな表情をしている。

 そんなやり取りをしていると、台座の後ろの壁がスライドし、奥へと続く道ができた。

「きっとこれが出口よ! やっと脱出できるわ!」

 フェルナは斧を持ったままその道へと入ってく。

 私もそれに続いてその通路へと足を踏み入れる、が……。


「何よこれぇ!」

 通路の先は無情にも岩でふさがっていた。

 考えが甘かった。地中深く埋まっている遺跡の通路が今まで無事なのが奇跡だったのかもしれない。

 私はその場にへたりこむ。

 このまま助けも来ず、ここで餓死しちゃうのかなあ。

「諦めないわよ! あたしは諦めないわよ!」

 さっき手に入れたばかりの斧で、乱暴に岩を叩くフェルナ。

 ピシッ。

 岩に入る亀裂、その亀裂から染み出す水。

 気のせいか、このあたりの空間が揺れている気もする。

「やだ、何……? もうあたし叩いてないわよ……?」

 揺れに気づき不安げに辺りを見回すフェルナ。

 明らかに震源はそこの岩だと思うんだけど。

 何だか岩から出ている水がだんだん多くなってるような気もするんだけど。

 そう思った直後、岩に大穴が空き、そこから激しい水流が噴出し始めた。

「いったい何が……ボボガッ!?」

 水流に飲まれ来た道を戻るように押し流される。

 この水、水っていうより熱い! お湯だ!

 水流の中で、私は意識を失った。


 あのあと、遺跡の奥から吹き出した水……ではなく温泉は私達が落ちた縦穴を登るように流れ続け、やがて噴水のように盆地に吹き出したという。

 その際に私とフェルナは気を失ったまま盆地に貯まる温泉の中で浮かんでいたところを発見された。

 流される間に身体をあちこちにぶつけケガをしたはずだが、ピンピンしていたその理由、それは……。


「まさか、この温泉に神聖魔法のような回復効果があるなんてねえ」

 月明かりに照らされた露天風呂に肩まで湯に浸かりながら、ふにゃっとした表情でフェルナが言った。

 温泉が吹き出したあと、蛮族土木団の活躍によってあっという間にこの盆地に温泉宿が完成した。

 フェルナは温泉宿の経営権を半ば無理やり握り、蛮族土木団の連中を使って経営と、帝都から温泉宿までの往復馬車の運営を始めた。

 『傷が癒える効能』があると噂になったこの温泉は戦いで傷ついた兵士たちの間で大人気となり、口コミで評判が広がり経営開始から一週間ほどで今や三ヶ月先まで予約が埋まっている超人気宿となった。

 現在私たちはフェルナの経営者特権を使って家族旅行みたいな感じで骨休めに来ている。

「いやー、素晴らしい温泉だねぇ。私も頑張ったかいがあったってもんさ」

 女神ボディのセイナールがその豊満な胸にお湯を流しながら言った。

 スペアボディの肉体が自由に弄れるんだったら、もっとスタイルを良くしたのを作ってもらおうかな。

 湯に浸かり続けてのぼせ気味になった私はタオルで胸と局部を隠しながら隣の男湯に通じる壁にもたれかかり体を冷やす。

 壁越しに、何やら声が聞こえてくる。

「おいスケさん、覗きなんてしたらあとでどうなっても知らんぞ」

「何をいうネクラ! 壁1枚を隔てて向こうにある女湯を覗かないのは無礼な行為なんだぞ! おいギース、お前も風呂桶を積み重ねるのを手伝え!」

「やだよ! そんなことをしたらフェルナちゃんに嫌われちゃうだろ!」

「おいおいお前、そのフェルナちゃんのあれやらこれやらが見れるチャンスだぞ! ちなみに俺は胸だけは見たことがある!」

「な、何だって!? 俺はまだケイのしか見たことがねえんだ! どんなんだった!?」

「フッフッフ、それは自分の目で確かめてみろ!」

 不穏な会話をしているスケさんとギースに対し、私は二人が話しているであろう場所の壁をおもいっきり叩いた。

「わっわっわっ!!」

 スケさんの声とともに風呂桶が崩れる音と温泉に細いものがたくさん落ちる音が鳴り響く。

 何やってんだあいつらは。

「そういえばフェルナ。あの遺跡で手に入れた封魔の斧だっけ? あれどうしたの?」

「売った」

「えっ」


 温泉から上がった私たちは温泉宿の大部屋に並んだ布団で並んで眠った。

 何だか学校で行った学習旅行の夜を思い出す。

 布団に入ってしばらくした後、私は急に喉が渇いたので布団を抜け出し売店へと歩きはじめた。

 眠い目をこすりながら宿の廊下を歩いていると、角の向こうからセイナールとカクさんの話し声が聞こえてきた。

「……まさか、あんただったとはねえ。随分と丸くなったものだ」

「はい、おかげさまで。旦那様のおかげで、人間としての生活も結構楽しめていますよ」

 声をかけようとしたが、会話が気になって出るに出られない。

 話を聞くに、二人は生前に知り合いだったんだろうか?

「あんたが平和に暮らしてるんなら、私は何も言わないよ。せいぜいその力を、人のために使うんだね」

「おやおや、珍しく聖女らしいセリフじゃないですか。熱でもあるんですか?」

「口の減らないおっさんだね。なんだったらあの時のように……」

「いえいえご勘弁を。私はまだ人として生きたいですからね」

 二人は話し終わり、どこかへと去っていった。

 セイナールはともかく、カクさんの正体は謎のまんまだ。

 いつか、それを知ることができる日が来るのだろうか。

 私は喉の渇きも忘れ、二人に気づかれないように布団の中に戻った。

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