第12話「潜入!セイナール王城!」

「あれ? 猫かなにかだったのかな……?」

 衛兵がバタバタと走り回りながら呟き、どこかへと通り過ぎていった。

 フェルナがとっさに開いた隠し部屋の隙間から、私はその様子を見ている。

「ざーんねん。ここあたしのお家なのよ」

 うまく衛兵をやり過ごしたフェルナが隠し部屋から出てホコリを払いながら言った。

 今の私たちは、このセイナール王国の王城からしてみたら立派な侵入者。

 見つかればどうなるか、想像できるがしたくない。

「ゴメン、次からは気をつける……」

 衛兵に見つかりそうになった元凶のギースが隠し部屋からのそのそと這い出ながら言った。

 危険を冒してまで王城に侵入し、盗賊まがいのことをしている私達の目的。

 それは――。


世のため人のためネクロマンサー

第12話「潜入!セイナール王国」


「げぇぇー……」

 鋼鉄肉ポンプ馬車で家まで搬送されたセイナールは、今もなお流しに胃液をぶちまけていた。

 自分と同じ顔をした存在がゲーゲー吐き続ける姿を見続けるのも辛いので、私は二階でギースとフェルナと三人でドライサイゲームに興じている。

 フェルナ曰く、私とセイナールの勝負を見ていたら興味が湧いたとのこと。

 神族についての情報はまだ聞ききっていないが、話のメインがああでは進むものも進まない。

 ちなみにこういうのに真っ先に飛びつきそうなスケさんはセイナールの神聖なオーラとやらが苦手らしく元山賊の集落に遊びに行っている。

「お前、本当にサイコロの出目つえーのな」

 私の会心の出目で点差をつけられたギースが不満そうにぼやいた。

 自分でも驚いているが、どうも私の運というものは普通の人のそれより良いらしい。

 あくまでもドライサイゲームの出目での判断だが、今のところギースとフェルナに対してボロ勝ちを続けている。

「こうなると、ケイと互角の勝負をしていたセイナールがいかにすごいかがよくわかるわ。……あー、また0点よ」

 フェルナがお椀の中のバラバラの出目を見て悔しそうに言う。

「お前らどいた、どいた、酔っ払い聖女様のお通りだ」

 ネクラがそう言いながらセイナールを抱きかかえて二階へと昇ってきた。

 セイナールの顔は青白いカクさんより真っ青になっており、頬がこけているようにも見えなくはない。

 大人になってもお酒は飲みすぎるまいと、私はセイナールを見て決心した。

「あ、ありが……と……」

 寝かされたベッドの上で死にそうな声を出しながらセイナールが言った。

 情報を聞く前に死ぬんじゃないかと心配になる。

 自分の目の前で自分の身体が死ぬなんて、嫌な冗談だ。


「魔の快楽に蝕まれし我が肉体よ、代償の苦痛より解き放て……『アデルヒ』!」

 横になったままセイナールが呪文を唱え、むくりと起き上がった。

「うっし、復活!」

「神聖魔法にはアルコールを分解する魔法なんてあるのかよ……」

 魔法で元気に戻ったセイナールを見て、ネクラが呆れ顔で言った。

「忘れないうちに、神族の情報の続き教えてもらいますよ」

 酔いが覚めたからとまた酒でも飲まれて寝込まれては厄介だし、私は先制するとようにセイナールに要求する。

 フェルナの店では神聖障壁という神族の張るバリアがプロテクトドリルのような回転する攻撃に弱いというところまでを聞いた。

「えーっと、そうだ。400年前、神族の何人かは勇者と敵対してぶっ飛ばされた連中もいたんだけど、勇者は神聖障壁っていうのにかなり苦戦してね。その後『神殺しの武器』っていうのを幾つかこしらえたんだ」

「か、『神殺しの武器』……?」

 いきなり出てきたえらく物騒な単語を、私は思わず復唱してしまう。

「そ、神殺し。当時の優秀な鍛冶屋と機工師の協力を得て創られた5つの武器。惨撃剣チェーンソード、掘殺槍ドリルランサー、旋刃斧マルノコアックス、螺旋弓ライフリングボウ、研魔杖ポリッシュロッド……。そのどれもが強力な回転機構を持ち、神族を殺すことに特化された武器さ」

 名前を聞いただけで感じる、神々しさとは無縁のゴツい印象。

 神殺しと言うからには神々しかったらダメなんだろうけど。

 というかフェルナが言っていたドリルの語源はそれなのか。

「それらで勇者一行が神族をひとり惨殺したら、以後神族が勇者に襲いかかることはなくなった。それに習ってここにもひとつ神殺しの武器を置いとけば大丈夫なんじゃないかな」

「その神殺しの武器ってどこにあるんです?」

「知らん」

「えっ」

「知るわけ無いだろ! 400年くらい前に人間として天寿全うしてこのかたずっと魂としてふよふよしてたんだから!」

 ベッドに座ったまま乱暴な口調で喚くセイナールの傍で私は固まっている。

 せっかく勝負に勝って聞いた情報が在り処もわからない武器を持っておけば良いというどうしようもないことだったからだ。

 壁際で腕組みをしながらセイナールの話を聞いていたネクラが

「もっと現実的な方法はないのか? ほら、塩を撒くとか寝床に白い液体の入った皿を置いておくとか」

「それは悪魔の退散法だろ! 神族ってのは弱点が少ないから厄介なのさ。数でボコるか、神殺しの武器を使う以外に方法は無いね」

「……目の前にいる神族は悪魔的な性格しているがな」

「なんか言ったか? あぁん!」

 小声で悪口を言うネクラに食って掛かるセイナール。

 意外とこの二人って相性がいいのかもしれない。

 そんなことを考えていると、フェルナがセイナールのドレスの裾をクイクイと引っ張っていた。

「ねえ、セイナール様? さっき言っていた剣の名前、もう一回言ってくれませんか?」

「セイナールでいいよ。ええと、チェーンソードのこと?」

「やっぱり!!」

 目を見開いて嬉しそうに叫ぶフェルナ。

「あたしの実家、もといセイナール王城にひとつだけ神殺しの武器があるわ! お城の宝物庫の中にひとつ、勇者の武器として丁重に飾られている剣があったの。それの名前もチェーンソードだったわ!」

「お前んち神殺しの武器置いてるのかよ!」

 ネクラのツッコミもわからなくはない。

 仮にも宗教国家の中枢に神殺しの武器を置くのもどうかと思う。

 セイナール以外の神族はセイナール神教において邪神扱いなのかもしれないけど。

「でもさー、どうやって手に入れるんだよ。フェルナちゃんってそこから追い出されたんだろ?」

 さっきまで空気と化していたギースがフェルナに問いかける。

「それはもちろん、侵入して頂くのよ。あたし、衛兵も知らない王族専用の隠し通路いっぱい知ってるから」

 山賊を率いているうちに心まで蛮族になったのかと言いたいくらい大胆な作戦。

「そんな作戦が成功するわけが――」

「いいや、そうとも言い切れないね」

 ネクラの言葉を遮るようにセイナールが言った。

 この場にいる全員がセイナールに注目する。

「私、魂としてただフワフワと漂ってたわけじゃなくてね。暇つぶしに下界……こっちの情勢を観察とかしてたのさ」

 死んでても暇なのか神族って。

「最近東の大きな国が戦争のケリをつけようと躍起になってるみたいで、王子王女とその他優秀な兵士や将軍をひとつの軍隊に集結させて遠征させてるみたいなのさ」

「ってことは王城は……」

「使えない兵士の掃き溜めになってるんじゃない?」

 その話が本当であれば、確かに好機かもしれない。

「でも、それってお城に泥棒しに行くってことでしょ……?」

 いくら好機といえ、やることは明らかな犯罪である。

 しかも王城に対しての侵入。見られれば指名手配、捕まれば最悪処刑も考えられる。

「じゃあ手がかりなしで神殺しの武器を探すのかい? その間にドレヴェスが襲ってきたら終わりだねえ」

「うっ……」

 セイナールにそう言われ、私は考えた。

 ここで何かしらアクションを起こす起こさないにかかわらず、どのみちドレヴェスはいつか襲ってくる。

 うーむ……。

「でも、セイナール王国がそんな遠征しているんだったらこの国もやべーんじゃねえの?」

 私が悩んでいる横でギースがまともなことを言った。

 確かに、戦争の決着をつけるために精鋭部隊で攻撃をしかけるとなれば、大規模な戦闘が予想される。

 しかし、そんなギースの心配をネクラは首を横に振る。

「アークは……皇帝はそんなにヤワじゃねえ。この国にだってセイナールの精鋭とタメを張れる連中はいるし、その情報を伝えれば対抗策を練れる。……よし、こうしよう」

 ネクラは顎に手をあてて考えこむような格好をしたあと、懐から取り出したメモに何やらサササっと書き込んで私達に見せた。

「相手がセイナール王国な以上、死霊術生まれのカクさんや神聖魔法が苦手なスケさんは不利だ。俺は皇帝にさっきの情報を伝えるために残る必要がある。そこでケイと、案内役のフェルナ、そして剣士のギースの三人で潜入部隊を編成しチェーンソードを取ってくるんだ」

「ちょ、ちょっと待て! フェルナちゃんと一緒にいれるのは嬉しいけど、どうやってセイナール王国の領土に入るんだよ。国境は前線なんだろう?」

「そこで、私の出番さ」

 慌てるギースに、自らに親指を向けたセイナールが言った。

「神族しか使えない転移魔法……今は人間の身体ゆえに多少不都合があるが使えないわけじゃない。その魔法で城付近待て一気に飛ばしてやる。帰りも頃合いを見計らって私がそっちに行ってゲートを開く。これで文句はないだろう」

 まだ私が行くかどうか決断していないのにどんどん話が進んでいく。

 ……しかたない。神族に狙われるのも私が巻いた種のようなものだ。

 責任をとって、腹をくくるしかない。


「どうしてあなたはそんなに協力的なんですか?」

 屋根裏で潜入の準備をしながら、私はフェルナのベッドでゴロゴロしているセイナールに話しかけた。

「どうして、ねぇ。暇を持て余していたところで身体をくれたから、あとお金を貸してくれたお礼」

「貸した覚えは無いがな」

 ネクラがふてくされたような顔をしながら屋根裏に登ってきた。

 最終的に倍以上になって返ってきたとはいえ小銭を取られたのはそんなに嫌だったのか。

「器の小さい男だねぇ。そんなだからその歳で独り身なんだよ!」

「うるせぇ! 独身貴族バカにするんじゃねえ!」

 余裕の表情のまま流し目でネクラを見るセイナールと、歯をむき出しにして睨むネクラ。

 その間に挟まれて私はため息をつく以外にやることがなかった。

 喧嘩するのはいいけど、他所でやってくれ他所で。

 私が二人の喧嘩に頭を抱えていると、横で準備をしていたフェルナが立ち上がった。

「そうだ、どうせ夜まで時間あるし……セイナール様にいろいろ訊きたかったことがあるんですよ」

「ああ、なんだい?」

「セイナール神教の聖書にセイナール様の偉業がいろいろ書かれてあったんですが、本当にこんなに沢山の偉業を果たしたのか確認したいんですよ」

 フェルナはそう言いながら寝っ転がっているセイナールに一冊の本を渡した。

 あの本がどうやらセイナール神教の聖書らしい。

「私を信仰する宗教ねえ、どれどれ……」

 セイナールは上半身だけ起き上がり、聖書をペラペラとめくる。

「『奴隷の人々を離島に逃がすために海を割って道を作った』か……これ、あたしが黄金の島と言われていたところに行くために作った道を勝手に渡った連中がいただけなんだよねえ」

「えっ」

「『町を飲み込む大嵐を止める』ってのは私の住んでた屋敷を壊されたくなかったからだし、『枯れ果てた町に雨を』ってのは乾燥で肌荒れに悩んでてやったんだよねぇ」

「えっえっ」

「『邪悪な魔竜と対話だけで和解』? あいつ降参するまでぶちのめしたんだけど……」

「えぇ……」

 セイナールの話を聞いていくうちにだんだんと目から光が消えていくフェルナ。

 自分が信じていた聖女の偉業がただの身勝手な理由だったと聞いてはショックも大きいだろう。

「あのクソ吟遊詩人め、適当なこと書きやがったな。って言っても400年前の人間だし、死人に口はなしっと。あ、私も死んでたんだったアハハハ!」

 一人完結して笑うセイナールの横で、フェルナが割と本気で落ち込んでいた。

「ケイさん、そういえばこれを渡すのを忘れていました」

 屋根裏に登ってきたカクさんが、私に青い飾りのついたネックレスを渡す。

「これは……」

「先日あなたが持って帰ってきたドラゴンの鱗をアクセサリーにしたものです」

 すっかり忘れていたけど、そういえばドラニノル公国で手に入れたドラゴンの逆鱗をカクさんに渡していたんだった。

 早速、そのネックレスを身につけてみる。

「お似合いですよ」

 カクさんが不気味な顔で笑顔を作って言った。


 潜入作戦決行の時間になり、月明かりに照らされた裏庭に集結する。

「天地を貫く光の柱よ、異相を繋げ……『ホーリィゲイト』!!」

 セイナールの魔法により生み出された光の柱。

 それは昨日ドレヴェスが逃げた時に見たものと同じだった。

 呪文を唱え終わると同時に、セイナールが膝から崩れ落ちた。

 そんな様子を心配したのかネクラが駆け寄って肩を貸す。

「おい、大丈夫か?」

「くっ……なんだいこの身体。魔力なさすぎるんじゃないかい?」

「ちょっと、それ遠回しに私を馬鹿にしてないですか!」

 セイナールの身体は私のスペアボディ。

 その魔力の低さはどうせ私のせいですよーだ。

 ちくしょう。

「エーテルドリンクでも飲みますか?」

 カクさんがセイナールに青い液体の入ったビンを差し出しながら言った。

「うんや、結構。この魔法に必要なのはただの魔力じゃないから意味が無いよ」

「そうですか……」

 カクさんは残念そうにビンを引っ込めた。

「ほら、何をボサっとしてるんだい。ゲートが閉じる前に早くお行き!」

 ネクラの横でセイナールが声を張り上げた。

「置いていくわよ! ケイ、ギース!」

「フェルナちゃん、待ってくれー」

「あっ、ちょっと!」

 私は光の柱に消えていく二人を追って急いで飛び込んだ。

 グニャリと周囲の風景が歪み、気がつくと私達は草原の中に立っていた。

「ここが、セイナール王国?」

「そう、忌々しいあたしの故郷」

 フェルナがそう言って顔を右に向けた。

 その方向に目をやると、遠くに大きな城と、それを囲む城壁が見える。

 城壁の上には燭台でも置いてあるのか、ぼんやりと小さな灯りが点々としている。

「今から俺たち、あそこに忍び込むのか……」

「怖気づいた? 嫌ならここに残ってもいいのよ」

「ち、ちげえよ! ジョバの民は例え相手が強大でも一歩も引かねぇんだ! フェルナちゃんにイイトコ見せてやるからよ!」

「そ、期待しとくわ」

 気合を入れるギースと対象的に冷静なフェルナ。

 この二人をバランスよく扱うのが私の役目かもしれない。


「これが城内に繋がる隠し通路ー?」

「そうよ。小さい頃はこの下水を使ってよく抜け出したものよ」

 皇帝といいフェルナといい、そういう身分についている人間というのはそう逃げ出したくなるものなのだろうか。

 フェルナに案内され、私達は城から少し離れた森の中、川に流れ込む下水の出口みたいな場所に着いた。

 奥の方からはなにやら生臭い匂いが漂ってきて辛い。

 ギースは鼻をつまんですごく苦々しい表情をしている。

「ギース、大丈夫?」

「うぇぇ……狼になってからキツイ匂いに弱くなってなぁ……」

 狼になったことで嗅覚が鋭くなったのだろうか。

 それはそれで便利そうではあるが、下水道ではただの欠点に違いない。

 私は基礎の炎魔法を使い指先に小さな火を灯し、それを明かりにしてこの暗い下水道を進む。

「へぇー……魔法って便利だな」

 流れる水路の脇にある細い足場を歩きながら、ギースが呟いた。

「俺も勉強すれば魔法使えっかな?」

「無理じゃない?」

「即答かよ!」

 私が軽く否定すると、ギースが食って掛かった。

「魔法っていうのは得手不得手があるの。私だってプロテクト以外まともに黒魔法使えないんだから」

「やってみなきゃわからないだろ? なあ、試しに教えてくれよ」

「嫌よ、愛しのフェルナちゃんにでも習ったら?」

 なんとなくイジワルしたくなって、ギースにきついことを言う。

「は? 何であたしがこのバカに教えなきゃいけないの?」

「そ、そんなフェルナちゃん……」

 フェルナはもっときつい言葉をぶつけた。

 哀れにしょぼくれるギースを見て、私は無事に帰れたら少しくらい教えてあげようと思った。


「ここを登ると中庭に出れるわ」

 下水道を進んだ先のハシゴを指差し、フェルナが言った。

 私たちは予め用意しておいた黒いローブに身を包み、フードを深くかぶる。

 これによって闇夜に紛れ、顔を見づらくして正体を隠すのだ。

「じゃあ、ギース先に行って」

「えっ、何で?」

 首をかしげながらこちらをみるギースに、私たちは履いているスカートを指差した。

「……何だ?」

「わからんのかこのニブチン! さっさと登りなさい!」


 私に尻を蹴られたギースは納得がいかないような表情で渋々ハシゴを登り始めた。

 本当にわかってなかったのか、わざとなのか。多分前者だと思う。

「……大丈夫だ、誰もいない」

 ギースがハシゴの上の扉を開けて小さな声でそう言ったので、私達もその後に続きハシゴを登る。

 中庭は高い生け垣がたくさん生えており、広い空間を埋めるように女神像と思しき像が立っている隠れるには困らない場所となっていた。

 中央にある噴水の横に出てきた私たちは、フェルナの案内にそって右に見える扉から城の中へと潜入する。


 あくびをしながら巡回する衛兵の目をかいくぐり、目的の宝物庫に向けて進んでいく。

 精鋭が本陣に行ったからなのか、どの衛兵もやる気がなさそうに義務的に見回りをしているようにも見えた。

「あの鬼兵長がいなきゃこんなもんね……」

 小さな声でポツリとフェルナが呟いた。

 私はその鬼兵長について訊きたい好奇心に駆られるが、ここはじっと我慢する。

 カツカツという靴の音が通りすぎるのを待ち、聞こえなくなったら先へ進む。

「暗いなぁ……もうちょっと明るくならないもんかね」

 明かりがなく真っ暗な廊下を進みながら、ギースがぼやいた。

「しーっ、黙りなさいよ」

「だってこうも暗くちゃ……いでっ」

 ギースが廊下の端に置いてあった台座に頭をぶつけ、その上に乗っていたツボがガタガタと音を出して揺れた。

「誰かそこにいるのか!」

 廊下の奥からそんな声が聞こえ、靴音が近づいてくる。

「このバカ! 確かここらへんに……」

 フェルナがそう言って壁の模様を手で叩くと、壁の下の方が開き真っ暗な空間が顔を出した。

 これがフェルナが言っていた隠し部屋か。

 フェルナがその空間にかがんで入り込み、私とギースもその後に続く。 中は本当に真っ暗で、何だか埃っぽい。

「あれ? 猫かなにかだったのかな……?」

 物音に気付いた衛兵は隠し扉に気づかず、そんなことを呟きながらどこかへと去っていった。

「ったく、気をつけなさいよ」

「ご、ごめんフェルナちゃん……」

 隠し部屋から這い出ながら怒られしょんぼりするギース。

 そもそも何でギースも一緒に来たんだっけ?


「もうすぐ宝物庫よ、油断しないでね」

 階段を登ってひとつ上の階に昇り、フェルナが釘を差した。

 さっきのギースのミスを除き、ここまではえらく順調に来ることができた。

 あとはこの階の宝物庫にあるチェーンソードを手に入れるだけだ。

「侵入者だ! 侵入者があっちに行ったぞー!」

「追えー!」

 突然衛兵たちの怒号とともに辺りを走り回る音が暗い廊下に響き渡る。

「み、見つかった……!?」

「いや、それにしてはなにか変だ」

 心臓をバクバクさせながら柱の陰で息を殺し、ことの次第を見守る。

「な、何だこのバケモノは!?」

「ぐわぁぁぁ!!」

 衛兵が大勢向かっていった廊下の奥からそんな叫び声が響いてきた。

「何が起こってるかわからないけど、チャンスよ!」

 フェルナが大胆にも飛び出し、廊下の奥へと走っていった。

 その後を追おうと私達も柱の陰から身を乗り出す。

 すると、

「やっと見つけたわよ。お嬢ちゃん」

 背後から、ドレヴェスがゆったりとした声で話しかけてきた。

「ドレヴェス!?」

 私とギースはとっさに距離を取り、戦闘態勢に入る。

 前回の戦いでちぎれたはずのドレヴェスの左腕は、まるでその事実がなかったかのように元に戻っていた。

「フフフ……前はあなた達に遅れを取ったけど、今回は違うわよ」

 ドレヴェスはそう言って、前に天使兵を出した時と同じような動きで手をかざした。

 すると天使兵のように白い羽の生えた、白いローブの男が一人出現した。

「なんだ、一人だけかよ」

「あら、これは天使兵とは違うわよ。さあ、お行き」

 ドレヴェスが白ローブに指示を出すと、白ローブの男は羽を広げて自らの身体全体を包み込んだ。

 そして、その羽根が開かれると白ローブの男はその姿を怪物へと変貌していた。

「キシャァァ!!」

 巨大なナメクジから二本の腕と白い羽の生えたような気味の悪い外見の怪物が、甲高い声で咆哮する。

「どうせデカいだけのこけおどしだ!」

 ギースが無謀にも剣を抜き、怪物に斬りかかった。

 振り下ろされた剣は怪物に当たる前に弾かれ、ギースはその衝撃で私のところまで吹っ飛ばされてきた。

「いてぇ…! くそっ神聖障壁ってやつか!」

「あら、その名前をどこで知ったんだい? こいつは使徒という名の天使兵でね、人間を倒すための兵器生物だよ」

 ご丁寧に解説したドレヴェスは、言うだけ言って暗闇の中へと消えていった。

 私達の始末は使徒とやらに任せ、後ろで観戦しようというのだろうか。

 私はプロテクトドリルを構え、使徒に向けて攻撃を仕掛ける。

 しかし、神聖障壁に触れると同時にプロテクトドリルはパリンと割れてしまい、あらわになった拳が神聖障壁で弾かれた。

「痛っ……!」

 後ろに吹っ飛ばされた私は神聖障壁に触れたことでジンジンする右手の拳をさすりながら、間合いをとる。

 恐れていた事態が早くも起こってしまった。

 相手は神聖障壁と魔法消去の結界で完全防御、こっちは打つ手なし。

「どうする、ケイ……?」

「どうするって……」

 ギースと使徒を交互に見て、考える。

 この状況で、できることはひとつ……!

「逃げましょう!」

「おい、マジかよ!」

 私たちは脱兎のごとく廊下を走り始めた。

 前回の戦いではまだ勝ちの目があったが、今回は無理だ!

 あわよくば宝物庫にたどり着き、チェーンソードを手に入れれば……!


「キュィィィン!」

 甲高い声を出しながら廊下の家具をなぎ倒しつつ追ってくる使徒。

 全力ダッシュで逃げ続ける私とギース。

 辺りでは使徒の突進で吹っ飛ばされ倒れた衛兵が隅で唸っている。

 私達が追いかけっこをしているこの階層は連絡通路が存在し環状になっているため袋小路に追い込まれて絶対絶命とはいかないが、このまま逃げ続けてもらちが明かない。

 ギースは平気そうだが、なにより私の体力が長続きしない。

「このままじゃやばいな……。よし、二手に別れよう!」

 私の横で走りながら息も乱さずにギースが突然提案した。

「ええっ!?」

「俺があいつを引き付ける。その間にケイはフェルナちゃんと武器を!」

「ちょ、ちょっと待って!」

「よし、あの分かれ道で俺はまっすぐ行く。ほうら! 怪物めこっちだ!!」

 私の意見を聞こうともせず、ギースは大声で挑発しながら、右と正面に分かれた道をまっすぐ進んだ。

 私は逃げ続けられる環状ルートから外れたくないので右に。

「こっちだ怪物! こっちだってば! おーい!」

 使徒は飛び跳ね手を振るギースに目もくれず、私を追い続けている。

 当たり前だ、ドレヴェスの目的は私なんだから!


「ぜぇ……ぜぇ……」

 もう何周この回廊を走ったのかわからない。

 あいも変わらず元気に走り続ける使徒と息絶え絶えの私。

 もう無理だ……このままあの使徒に捕まって殺されるんだー!

 投げやりな気持ちになったところで、ふとフェルナの声が聞こえた。

「……あんた、何やってるの?」

 横目でフェルナのシルエットが見えたような気もする。

 逃げながらもう一周してその場所に差し掛かると確かにフェルナが立っていた。

「武器は見つかった!?」

「え、ええ……」

 ぐるりともう一周。

「ギースは!?」

「見当たらないけど……」

 ぐるりと更に一周。

「探して渡して!」

「わ、わかったわ!」

 3周も回廊を周回して、ようやくフェルナに意図が伝わったようだ。

「がっ!?」

 そのことでホッとしたからか、私は足がもつれて転んでしまう。

「ギュミミミミ」

 奇妙な声を出しながらゆっくりと迫る使徒。

 ギースはまだか……!


「待てぇぇい!」

 背後から聞こえてくる勇ましい声に振り向くと、そこには箱のような柄から細かいギザギザがびっしりとついた刃を持つ、変わった形の剣を持ってカッコつけるギースが立っていた。

「愚かしい神のなんとかよ! ジョバいちの剣豪、このギース様が相手をしてやるわー!!」

 まるで演劇の登場人物かのように大層な名乗りを上げるギース。

 どうせあれだ、相手に有利な武器を持っているとかで余裕があるからかっこつけてるんだろう。

 私はその間に立ち上がり、再び走り始めた。

「この神殺しの武器さえあればお前ごとき……へぶっ!」

 長ったらしいセリフを言っている間に使徒に轢かれ吹っ飛ばされるギース。

 度胸はすごいけどバカだ。合わせて言うとすごいバカだ。

「ふざけやがってー! 俺の一世一代の名乗りを無下にしやがったなこのナメクジ野郎! ぶっ殺してやる!」

 かっこつけたヒーローから一転、チンピラと化したギースがもう一周してきた使徒に向かってチェーンソードを振りかぶって斬りかかる。

「あ、ギース。それスイッチ入れないと」

「先に言えー!! ふべらっ!?」

 大ジャンプしながらカッコつけて斬りかかったギースは神殺しの力を発揮しないままのチェーンソードとともに神聖障壁に吹っ飛ばされ、もう一度倒れている兵士の仲間入りを果たした。

 あのバカギースのせいでまだあと一周走らないといけないのかー!


 ブォンブォンブィィィン!

 もう一周走っていると、聞いたこともないようなけたたましい音が回廊に鳴り響いた。

 ギースのいるところに戻ってくると、ブルブルと震えながら刃を回転させるチェーンソード……に振り回されているギースがいた。

「フェルナちゃん、この剣めっちゃ暴れるんだけど!」

「あんた男でしょ、我慢しなさいよ!」

「なんでも良いからさっさとこいつをぶった斬りなさいよー!!」

「お、ワリィ!」

 ギースが暴れ狂うチェーンソードを両手で握り、私を追い続けていた使徒に斬りかかった。

「ギピュイェェェ!」

 使徒はチェーンソードに身体を貫かれ、甲高い断末魔を出して動かなくなった。

 天使兵と違って死骸が消えないのか……はた迷惑な。

「よっしゃあ! 神聖障壁を突破できたぞ! なあフェルナちゃん! 見てくれたか……ってあれ?」

 ギースが活躍を褒めてもらいたかったのか、振り返ってフェルナの方を見たギースだったがそこにいたのはフェルナだけではなかった。


「君たちがドレヴェスの言っていた人間たちか」

「使徒が倒されている。やはり油断ならない相手だねえ」

 3ついの白い羽を持つふたつの影。片方はドレヴェス、もう片方は見たことのない男だった。

 ……いや、その男の声には聞き覚えがある。

『その軍に、あの子が加わったら?』

『考えたくもないな。だが、僕ら神族は決して……』

 死の淵で聞いた、あの話し声だ。

 あれはドレヴェスと、この男だったのか。

「てめえ! よくも俺を狼にしてくれやがったな!」

「おやおや、誰かと思えば……あの時おろかにも僕に挑みかかった剣士クンじゃないか! そろそろ狼になる時間じゃないのかい?」

 男がそう言うと、ギースの姿が黒ずみ狼に変わった。

 ギースが変化するタイミングを正確にわかっているとは、ギースを狼にする魔法をかけた神族ってこいつだったのか。

「自己紹介が遅れたね。僕の名はフューリー……やがてこの世界を支配する神族の――」

「いたぞー! 宝物庫の武器を盗った泥棒だー!」

「バケモノが死んでるぞ! 今がチャンスだー!」

「うおおお! セイナール様バンザーイ!」

「「「バンザーイ!!」」」

 フューリーの名乗りを妨げるように叫びながら私達の場所に殺到する衛兵たち。

 フェルナが正体を知られないようにかフードを深く被り、狼になったギースはチェーンソードを咥えてフェルナの後ろに隠れた。

 埃を巻き上げ接近する衛兵の群れに、フューリーが冷や汗のようなものをタラリと流したのが見えた。

「ドレヴェス、人間の集団は手強い。ここは退却だ」

「しょ、しょうがないね……次にあった時が、お前たちの最後だよ!」

 捨て台詞を吐きながら光の柱とともに消えるフューリーとドレヴェス。

 集団でボコられると神族は死ぬというのはあながち間違いでもないようだ。

 ……それにしても、どうしようこれ。


「覚悟しやがれ、賊め!」

「とっ捕まえて磔台に送ってやる!」

「フハハハ! これで俺たちも昇進待ったなしだー!」

 剣や槍を構えながらにじり寄ってくる衛兵たち。

 確か、今この城に残っている兵士は精鋭を欠いた『使えない兵士の掃き溜め』ってフェルナが言ってたな。

 この何とも言えないやる気に満ちた様子は昇進を焦っているとかなのだろうか。

 『人間の集団は手強い』というさっきのフューリーのセリフが脳内でリピートされる。

 顔が晒せないフェルナと狼になったギースを抱えて、ここからどう逃げたものか。


「兵士の皆様、日頃の信仰ありがとうございます」

 突如、暗い回廊に凛とした透き通るような声が響き渡った。

 神々しさを秘めた流れるような金の長髪を揺らしながらその声の主が衛兵の間を抜け歩いてくる。

 まるで中庭に立っていた女神像が生命を受け動き出したかのような美しい容姿。

「お、おお……」

 辺りにいる衛兵もその美しさに見惚れてか声を漏らす。

「この者達は来たるべき聖戦に向けて私が遣わせた神徒。どうか世界のため見逃してあげてはくれませんか?」

 まるで太陽のような優しい微笑みを浮かべ、彼女は衛兵に語りかけた。

 一方の私は、なんとなくその女性の正体に感づいて口を引きつらせる。

 バッチリのタイミング、金の瞳を持つ女神像のような姿。そして……

「天地を貫く光の柱よ、異相を繋げ……『ホーリィゲイト』!!」

 神族にしか使えないワープ魔法。

「……ぼさっとしてないでさっさと入りな。時間がないんだから」

 小声で女性――別の身体を使っているであろうセイナール――が私たちに耳打ちする。

 さっきまでのいかにも聖女っぽいしゃべり方は演技か。神族というのは芸達者だなあ。

「……ありがとうございます、セイナールさん」

 私はフェルナの後ろに隠れていたギースを、フェルナは床に落ちたチェーンソードを拾い光の柱に飛び込む。

 ここに来た時のように、周囲の風景がぐにゃりと曲がるような感覚とともにネクラの家の裏庭に私たちはワープした。

「おかえりなさいませ」

 裏庭で待っていたカクさんがお辞儀をしながら言った。


「これが神殺しの武器ねえ……」

 食卓の前の椅子に座って、ネクラがチェーンソードを手に持って呟いた。

 その隣では女神ボディのセイナールが大きなジョッキに注がれたワノ酒を一気飲みしている。

「ねえ、ネクラ。この……セイナール様の身体はどうしたの?」

 そんなセイナールを指差して、フェルナがネクラに訊く。

「ホムンクルスの研究がうまくいった時にダッ……じゃなくて観賞用に美を追求して作った肉体だ。俺に美的感覚なんてものがあるわけでもないから、セイナール教会においてあった女神像をモデルに作ったんだ」

 要するに、伝承にあるセイナールの姿そのままの肉体なのか。

 どうやって別の身体に魂を移し替えたかは謎だが、もはや問う必要もあるまい。だってネクラだし。

「といっても当時の技術だとカクさんと同じ蒼白い肌だったから封印してたんだが、セイナールの奴いつの間にか見つけててよ。その肉体をベースに最新技術と本人の細かい注文を経て完成したってわけだ」

「へーえ、ふーん、そう」

 私は疲れた上半身を食卓の上に投げ出して話半分に相槌をうつ。

 正直、チェーンソードが無事に手に入ったのでもうどうでも良くなっていた。

「いやあ! 良いねえ大人の身体は! 推定年齢23歳ってところだ! これなら帝都に行っていくらでも飲み明か――」

「その身体で今後外出禁止な」

「ハァァァァ!?」

 酒を飲んでご満悦の顔から一転して怒りの形相になってネクラの襟元を引っ掴むセイナール。

「何で! どうして!?」

「お前、自分が信仰の対象だって忘れてないだろうな! お前がその格好で酒を飲み歩いてみろ! お前の信者がどう思うよ!」

「……まあ、十中八九失望するだろうな」

 座る椅子がなく階段に腰掛けていたスケさんがボソリと言った。

「うう……確かにここまでの一大宗教のご神体になったという状況を捨てるのは惜しい……」

 セイナールがネクラの襟を離し、頭を抱えて悩んでいる。

「勝手にやってろ……」

 私はそう呟いてから、食卓の上においてあった紙の箱を手に持ち表に出た。

 玄関脇に置かれた犬小屋の中で眠るギースの前においてある皿に、その箱の中身をザラザラと出す。

 狼になっている間は味覚も犬に近くなるらしく、ドッグフードがお好みのようだ。

 ご飯が皿に盛られた音で起きたギースが、嬉しそうにドッグフードに口をつける。

「……ありがとね」

 使徒を倒してくれたお礼を一応言って、私は揉め続けるネクラとセイナールの脇を通って屋根裏に昇った。

 ……神殺しの武器の一つであるチェーンソードを手に入れたので、いつドレヴェス達が来ても大丈夫だろう。

 今日はもうくたびれたので、私は寝ることにした。


 卒業修行の終わりまで、あと2ヶ月。

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