第11話「聖女セイナールの真実」
「こいつで勝負しようじゃないか」
色とりどりの光が照らすホストクラブの中で、私の向かい側に座る銀髪の少女はテーブルの上に3つのサイコロとお椀を置きながら言った。
ホムンクルスであることを表す金色の瞳、輝くような綺麗な白い肌。そして鏡に映したように私とそっくりな顔を持つその少女は、まるで自分が負けるはずがないと言いたげな余裕の表情で私の目をじっと見つめている。
「……受けて立つわ。聖女セイナール!」
私は、自分とほぼ同じ姿の少女――聖女セイナールの勝負を受けた。
世のため人のためネクロマンサー
第11話「聖女セイナールの真実」
「神族に襲われた、だって?」
窓から入る月明かりと天井のロウソクで照らされた居間でネクラが復唱する。
ドレヴェスをなんとか退けた私とギースは家に戻りネクラにことのあらましを報告した。
天使兵による奇襲、ドレヴェスが私の生命を狙っていること、彼が纏っている不可思議なバリアを私のプロテクトドリルで撃ち破れたこと。
報告を聞きながら、深刻そうな顔になっていくネクラとカクさん。
「本当に、そのドレヴェスって神族はケイを狙っているんだな?」
「はい。確かに去り際に『次にあった時、必ず殺してやる』って」
「マジかよー……」
絶望するかのような暗い表情になるネクラ。
こんなネクラの顔は今まで見たことがない。
「神族に狙われるって、そんなにヤバイことなのか?」
何もわかってないふうなスケさんが、頭蓋骨を90度右に曲げながら言った。
毎度思うが頭蓋骨と首の骨の接合部分どうなってるんだ?
スケさんの質問には、カクさんが答えた。
「神族の厄介なところとして、転移魔法を使うことができるというのがあります。いかに周囲を警戒していても、別の場所から一瞬で近づいてくるので襲撃を防ぐ手立てがないのです。それに、神族は神聖障壁で身を守っております」
「神聖障壁?」
「上位の神聖魔法によるバリアのようなものですね。衝撃を受ける瞬間に強固な障壁を展開し、相手の攻撃を弾き飛ばすことで身を守るバリアです」
前から思っていたけど、カクさんって妙に神族について詳しい気がする。
カクさんの説明を聞き終わり、ギースが首をかしげる。
「でも、ケイの魔法は通じたぜ? その障壁って魔法なら通るのか?」
「はて、神聖障壁は魔法も防ぐはずですが……」
「あのトゲみたいなバリアーは攻撃通ったよな、ケイ」
ギースがこっちを見て言う。
そういやプロテクトドリルってほぼ私専用魔法みたいなものなのか。
「……はい、プロテクトドリルでなら攻撃が通りました」
「ほう……?」
カクさんが顎に手をあて考えこみ始めた。
私は、考え込んでいるカクさんに向けて、さっきから気になっていたことを質問した。
「カクさんってなんか神族にすごく詳しいよね。どうして?」
「……生前、というか前世と言いましょうか。まあ過去に神族といろいろあったのです」
煮え切らない言い方が気になるが、恐らく嫌なことがあったんだろう。
今の議題にはあまり関係もないのでそのまま流してあげる。
どうせ聞いても答えてくれないし。
「そうだ! 神族のことは神族に聞けばいいじゃないか」
まるでナイスな提案とばかりに、ネクラが立ち上がりながら言った。
武器のことは武器屋に。神族のことは神族に……?
そもそも、その神族に命を狙われている状況で誰に訊くというのか。
私が疑いの眼でネクラを見ているのに気づいたのか、ネクラは慌てるように部屋の隅の木箱からの古ぼけた本を一冊取り出した。
「その本は何ですか?」
「フッフッフ……これはただの本じゃあない! 聖女セイナール直筆の家計簿なのだー!」
その家計簿を右手に持って高く掲げたまま、どうだと言いたげな表情でネクラが高らかに叫んだ。
聖女の家計簿? 経典とか聖書とかじゃなくて?
どうしてネクロマンサーであるネクラが隣国の大宗教の重要人物の遺品を持っているのかを疑問に思った方がいいのだろうが、私は家計簿というすごく庶民的なものを綺麗な聖女様がコツコツとつけている様子を思い浮かべるのに必死でそれどころではなかった。
「よし、降霊術の準備だ。地下に集合!」
ネクラがそう言いつつ、家計簿を抱えたまま地下へ通じるハシゴを降り始めた。
あの先には私のスペアボディがあるホムンクルス生成装置があるはずだ。
……嫌な予感がする。
「ギース、どうする?」
「クゥーン……」
隣りに座っていたギースは再び狼の姿に戻っていた。
姿が変わるサイクルってまちまちなのね。
この姿ではハシゴが降りれないということで、ギースは寝床のある元山賊の集落へと哀愁を漂わせて歩いて行った。
私がギースを見送りハシゴを降りて地下室に着く頃には、ネクラによってすでに降霊術の準備が整っていた。
ホムンクルス生成装置の前に置かれたベッドくらいの大きさの黒い台の上に、申し訳程度の薄いワンピースの服を着せられた少女が横たわっていた。
髪は銀色とも白とも言える綺麗な色をしており、肌も透き通るように綺麗な白。
眠っているように目を瞑った顔はまるで私のような……っていうか私だ。
「師匠、一応ききますが……これは?」
私が質問すると、ネクラはフンと鼻を鳴らしてから言った。
「お前のスペアボディを作ろうとした時に偶発的に生まれたアルビノ体だ! 見よ、この美しい絹のような手触りの銀髪! 見よ、この輝き透き通るような白い肌! そして俺が理想的に描く女性の身体付き!」
そう言うとまるで私の髪が美しくなく、肌も綺麗じゃないみたいに遠回しで言っているような気がする。あと胸も少しあっちのが大きい…少しだけ。
「聖女セイナールといえばアークノーでも噂が伝えられる絶世の美女だ。手持ちのボディで一番綺麗なこいつに降ろすのが礼儀ってもんだろう」
「そんなことしたら私が二人になっちゃうじゃないですか!」
そう、いくらアルビノ体とはいえモデルは私だ。色はともかく顔は瓜二つ以前に同一。
私としても、スペアとはいえ自分の身体が他人のものになるのは嫌だし、それが聖女ともなる立派なひととなれば人間性的な面で私の方が劣化品みたいになる危険性もある。
が、ネクラは私の訴えを聞いていないかのように聖女の家計簿を握ったまま呪文を唱え始めた。
「天を彷徨う虚ろなる魂よ、我が命に従い降臨せよ……『サモンスピリット』!」
地下室がしんと静まりかえり、この場にいる全員の視線が台の上に横たわるスペアボデイに集まる。
今にして思えば伝説の勇者とともに魔王を倒した、いわば偉人とも言える人物の魂を『神族について情報を得るため』という目的のためにホイホイと呼び出していいものなのだろうか。
まあやっているのが弟子に対して「スペアがあるんだから死んでも良し」と言い放つ倫理破綻者だから今更ではあるけれども。
あれ、思えばフェルナもそう言ってたっけ?
正常なのが私だけなのか、ひとりおかしいのが私なのか。
私がそんなことを思っていると、台の上のスペアボディが淡く光り始めた。
あの偉人であるセイナールが降臨すると思うとなんだか胸がドキドキしてくる。
フェルナに以前聞いた話だと聖女セイナールは、まさに聖人を絵に描いたような人物だったとされる。
そんな人物が私の目の前に現れるのだ。
私は思わずゴクリと喉を鳴らすを。
ピクリ、とスペアボディの指先が動いた。
そして閉じていた目が開かれ、ホムンクルス特有の金色の瞳が顔を出す。
上半身を起き上がらせ、辺りを見回すセイナール。
そしてついに、セイナールが口を開いた。
「うげっ……何よここ、臭っ!? って……あんたら、誰?」
その口調は、聖女のイメージからはかけ離れていた。
「なぁ、ネクラ。同名の別人呼んじまったんじゃねえの……?」
「そんなはずは……確かにあの家計簿は聖女のものだってお墨付きが……」
一階の隅でスケさんとネクラがセイナールに聞こえないようにこそこそと小声で話している。
そのセイナールはというと、
「かーっ! 目覚めの酒は格別だねぇ!」
カクさんが冷蔵庫から出した果実酒を一気に飲み干し、ほんのり赤くなった顔で叫んでいた。
……その身体、私のスペアだからまだ16歳なんですけど。
その後、ほろ酔い状態になったセイナールは一言「寝る」とだけ言って二階のスケさんのベッドを勝手に使い就寝。
今はいびきをかいている。
聖女と言うよりは、仕事帰りの中年おっさんだこれじゃあ。
「おっかしいなー……確かに聖女セイナール本人を呼び出したはずなんだが」
一階まで響くセイナールのいびきを聞きながら、ネクラが頭を抱える。
スケさんはベッドをとられ、今夜の寝床をどうするかでワタワタしているが、今はそれどころじゃないので放置。
「なあ、カクさん。お前生前のセイナールに会ったことあるんだろう? 本当にあんな奴だったのか?」
「はい。といっても会ったのはごく短い時間でしたし、雰囲気が似ているくらいとしか言えませんが」
さらりと今、カクさんが400年前の魔王が世界を支配していた時代の人だって明かされたな。
カクさんの生前については私も何度も質問しているが、決まって「ただの執事ですよ。」とはぐらかされている。
カクさんの口ぶりだと、一応セイナールの魂は呼び寄せられたようなので、彼女が目覚めてから情報を聞くことにした。
ちなみにスケさんの生前は全財産を女に貢ぎまくった挙句逃げられ、そのまま餓死した不良兵士だったとか。
「あのクソ聖女ぉぉぉ!!」
朝早く。ネクラの怒号で目が覚めた。
何だなんだと私が寝ぼけ眼をこすりながら一階へと降りると、空っぽになった小銭入れを振り回しながらネクラが地団駄を踏んでいた。
「何かあったの?」
「それが、朝起きると食卓にこのような手紙が」
カクさんがそう言って、私にメモ紙を見せた。
といっても、メモは読めない言葉で書いてあって内容がわからない。
「『大きい街があるみたいだから豪遊してくる。お金は後で返す』と書いてあります」
状況から察するに、ネクラの財布の中身を取って帝都に向かったのか。
酒好きに加えて豪遊……ますますあれが聖女なのか本気で疑わしくなってきた。
「ってよく考えたらあの人の身体は私の身体! 豪遊って何するの!?」
「さあねえ。帝都はいろいろ店があるから……。そんなことより俺の小銭取りやがってあいつはーー!!」
「追いましょう、師匠!」
「おうよ!」
私とネクラは飛ぶように家を飛び出し、久々にドクンドクンうるさい馬車に乗って帝都へと全速力で向かった。
アークノー帝国帝都。
高い
食料品、衣料品などといった各種生活に必需となるものを販売する専門店が各所にあるのはもちろん。
住宅街や歓楽街、魔術学校を始めとした各種教育機関も揃う、まさに帝国の要となる大都市だ。
中央にある大広場から放射状に大通りが8本伸びており、その間をつなぐように路地が木の根を張り巡らすように細く複雑に張り巡らされている。
そして、レンガづくりの建物が大通りと路地の隙間を埋めるように建ち並ぶことで独特な景観を生み出している。
さあて、このめちゃくちゃ広い帝都の中で『豪遊』というヒントを頼りに人探しか。
「まずは大広場で目撃情報を集めよう。帝都に初めて訪れた人間はまず大通りをまっすぐ進んで大広場に出る。そこからどの大通りに進んだかわかればだいぶ行き先が絞れるぞ!」
さすがネクラ。
私よりも30年以上長く生きてるだけあって素晴らしい知性だ。
私たち二人は、大広場から帝都の外へと向かう馬車の脇をすり抜けながら帝都中央を目指し駆け出す。
そして、その大広場で。
「あっ、ケイ姉ちゃん!」
「あら本当、ケイちゃんじゃない!」
私は母と弟のシュンに遭遇してしまった。
「わたくし、ケイの母でございます。いつも娘がお世話になっております」
「これはこれはご丁寧に。私はご息女の卒業修行の講師を担当しておりますネクラと申します」
母とネクラが丁寧に挨拶を交わす。
今それどころじゃないんだけどなー……。
「わたくしの娘ですけども、先生にご迷惑をお掛けしていませんか? あの子は女の子の割に気が強くて男勝りな一面もありますから」
「いやいや、ご息女は元気いっぱいでその元気さに救われることも多いですよ」
ネクラがスラスラと心にもないようなことを並び立てている。
久々に見る営業モードのネクラだが、母も母でなんてことを言うんだ。
唐突に始まった三者面談の中で居場所を失う私。
早くセイナールを探しに行かなきゃ行けないのに……!
「ケイ姉ちゃん、ケイ姉ちゃんって髪染めてないよね?」
唐突に、母の隣でボーッと会話を聞いていた弟のシュンが私に問いかけてきた。
「当たり前でしょ。私この髪色気に入ってるんだから」
「やっぱそうだよなー。ケイ姉ちゃんに似たような顔の人とすれ違ったけど、髪の色が違ったし。やっぱり見間違いだったのかな」
私に似た顔の人?
「もしかしてその人って銀色の髪だった?」
「銀色かどうかはわからないけど、白っぽい髪の色だったよ」
間違いない、私のスペアボディで出歩いているセイナールだ。
「でかした我が弟よ! その者がどこへ行ったかわかるか?」
「はっ、ドルイド通りにある『バンゾク』という店の前で考え事をしていたのを見ましたであります!」
ドルイド通りの『バンゾク』。
聞いたことのない店名だが、そこにセイナールがいるはずだ。
もしもいなくても、近辺で目撃情報が聞けるはず。
「……何やってんだ?」
母との会話が一段落したのだろうネクラが、いつの間にか私とシュンの会話を横で聞いていたようだ。
「皇帝と配下ごっこ。兄弟とかでよくやりません?」
「聞いたことねぇよ……」
ネクラは呆れ顔で私の顔から目をそらした。
あれ、これって我が家だけの遊びなのかな。
「ネクラさん、娘をよろしくお願いしますね~」
「ケイ姉ちゃん、まったねー!」
母とシュンに別れを告げ、私とネクラはドルイド通りに入った。
シュンが言うにはここの通りにある『バンゾク』という店の前にセイナールがいたらしい。
その店がどんな店かは知らないが行ってみるしかない。
「にしても『バンゾク』ねぇ。初めて聞いたぞ」
帝国生活50年以上はあるだろうネクラが呟いた、
「師匠が知らないってことは、最近できた店なんですかね」
「だろうな。ここらへんはたまに皇帝と一緒に遊びに来るから前からある店なら知らないはずがない」
本当に、ネクラは皇帝を連れてよく遊び歩いてるんだな。
これがお姫様とその付き人と言う関係だったら秘密の街遊びみたいで軽いロマンスにも聞こえるのだが、50過ぎの男二人で出歩いている様子を想像しても仕事帰りに酒場に向かう中年男性2人の酒臭い友情にしか思えない。
ドルイド通りを進んでいくと、右手に『バンゾク』と書かれた看板が見えてきた。
「あれ、貸し切り中ってなってるぞ」
ネクラに言われて店の扉を見ると、たしかにそう書かれた木の板がぶら下がっていた。
「すみません、当店は本日貸し切りでございま……」
店の脇から出てきた金髪の少女が申し訳なさそうに私達に言った。
「って、フェルナ何やってるのよ」
「ケイこそ、あたしの店に用があるの?」
申し訳なさそうだった営業モードから一変、金髪の少女――もといフェルナが友達モードに切り替わった。
そういえば以前、帝都に店を出すとか言ってたな。
というか昨晩からフェルナの姿を見た記憶がない。
「ねぇ、、昨日の夜からいなかったけど何してたの?」
「この店の売上が最近芳しくなくてね、それについての会議に出てたのよ。夜通しの会議だったから眠くて眠くて」
彼女は眠たそうにふわぁ~っと大あくびをした。
「フェルナの店って何のお店?」
「ああ、ホストクラブよ」
ホストクラブ、400年前の勇者が伝えたとされる異世界発の酒場だっけ。
確か店の従業員である美青年とお酒を飲みながら会話をして楽しむサービスをする店で、女性を相手にする商売なんだっけ?
勇者の功績を並び立てた書物に、そう書いてあった覚えがある。
「イケメンのホストが雇えるまでの繋ぎとして元山賊の連中をホストにしたら、外見に自身のないお金持ちの女性客からイケメンよりは話しやすいって評判でね。これはビジネスチャンスと踏んでムサいオッサン専門のホストクラブにしたわけ」
「ムサいおっさんだらけのホストクラブ……」
フェルナが得意気に話すのをみるに、そこそこ成功はしているのだろうがなんか腑に落ちない。
オホホと高笑いするフェルナに、私の横に立っていたネクラが
「なあフェルナ。この店にケイに顔が似た銀髪の女の子来なかったか?」
「ああ、今店にいるわよ。すごく話し上手ないい子で、従業員のほうが悩みを打ち明け始めちゃって。どうせだからお酒をサービスして従業員のカウンセリングを今してもらっているんだけど」
「カウンセリングぅ?」
変な顔でネクラが聞き変える。
フェルナの話していることだけでは、まったく状況が読めない。
「何よその目は。嘘だと思うなら ほら、見てみなさいよ」
フェルナはそう言って、貸し切り中の札がかかった扉を押し開け私とネクラを店内に招き入れた。
「だけども、おいらはこんな顔だもんで。将来に希望が感じられんとです……」
「そーいう暗い顔してっから来る幸せも逃げっちまうんだよ! 辛い時でも自分の幸せを願うなら笑え! お前ホストだろ?」
店内ではカラフルな明かりに照らされた中、丸テーブルを挟んで深紅のドレス姿に身を包み、黒薔薇の髪飾りをしたセイナールが、うつむく元山賊に喝を入れていた。
テーブルの上に空の酒瓶が三本ほど見えるのから察するにかなりお酒が入っているようだ。
「あの子、あんたの知り合いだったんだ? たしかによく見れば顔がケイそっくりね。で、誰なのあの子」
店の扉を締めながら、のんきにフェルナが訊いてくる。
それに対し、ネクラは大きなため息をついたあと答えた。
「お前、セイナール神教の信者だったな。ショック受けるなよ、あいつは聖女セイナール本人……の魂を入れたケイのスペアボディだ」
「へー、聖女セイナールねぇ……せいじょセイナー…って、え゛え゛っ!?ウソでしょ!!??」
一瞬ガラガラ声が交じるほどの大声で驚き、まるで初めてスケさんを見た時のような驚愕の表情で固まるフェルナ。
信仰していた宗教の神様みたいな立場の人が、目の前にいるんだもんなぁ。
特にセイナール神教を信仰しているわけではない私達にとっては、過去の偉人程度の感情しか抱かないけど。
「よし、まあ元気だしな! ねーえ、店長さん。次のお酒持ってきてー」
「あうえ… あ!!は、ハイッ!!ただいま、お持ちいたしますー!!」
口をパクパクさせながら固まっていたフェルナは、元山賊の一人のカウンセリングを終えたセイナールの注文で我に返ったようにカウンターの奥へと消えていった。
ネクラは「さてと」と小さく呟き、セイナールに近づいていく。
「やっと見つけたぞ性悪聖女! 俺のカネを返しやがれ!」
「ああ、はい余り」
セイナールは軽い態度で、丸テーブルの下に置かれたいかにも高級そうなカバンから金袋を取り出しネクラに投げてよこした。
「投げんな! ったくいくら使って……」
ネクラが悪態をつきながら金袋の中を見て黙り込んだ。
ネクラの横から私も袋の中を除き見ると、大量の1000アーク札が入っていた。
「ど、どっからこんな金が?」
「カジノよカジノ。いつまでもみすぼらしい服装は嫌だったから、適当に小さな奇跡を起こしてルーレットの1目賭けして稼いだ。それでドレスとバッグ買って、酒でも飲もうかと思ってここに入ったってわけ」
なんという奇跡の無駄遣い。
奇跡が起こせるということは確かに聖女なのだろうが、行動がことごとく聖女からかけ離れている。
はて、どこかで高貴な身ながら傍若無人っぷりを発揮している似たような人物がいたような。
「お待たせしましたー! 本店最高級のワノ酒『霧陰り400年もの』ですー!」
せかせかと店の奥から新しい酒瓶を持ってきて、テーブルの上に置かれたグラスに注ぎ始めたフェルナを見て思い出した。
ああ、フェルナそっくりだ。
フェルナは王女様時代『聖女セイナールに似ているほど優しかった』らしいが、地獄と借金を味わい豹変した今の性格は確かにリアルなセイナールに似ている。
あとでフェルナに教えてあげよう。
セイナールは酒を注がれたグラスをくるくると手元で回し、中に入っている氷を鳴らした。
「そういえば、何か用があって私を呼んだんじゃないっけ?」
セイナールがちびちびと酒をすすりながら私達に言う。
「あれ、そもそも何で呼んだんだっけ?」
「お前が忘れてどうする! 神族の情報を聞くためだろうが」
ネクラに軽く手のひらで頭を叩かれて思い出した。
私が神族に命を狙われているから、どうすればいいかの情報を聞くためだった!
途中で家族に遭遇したりホストクラブがどうのこうのですっかり忘れていた。
「神族の情報……ねえ。私に同族を売れと言うのかい?」
情報を聞こうと事情を言ったところでセイナールが言った。
カクさんからセイナールが神族の一人であることは聞いていたが、確かに私達が頼み込んでいるのはセイナールの仲間の秘密を聞き出すような行為だ。
「だめ……ですかね?」
「あーもう、そんな顔されたら私が悪者みたいじゃないか。そのドレヴェスっていう神族は知ってるしそこまで肩入れする理由もないから教えてあげても良いんだけどねえ。そうだ!」
セイナールはそう言って高級バッグからなにかを取り出した。
それは表面が鏡のようにつやつやと光を反射しているサイコロが3つと、片手で掴める程度の大きさのお椀がひとつ。
「こいつで勝負しようじゃないか。チンチロ……じゃなくて、ドライサイゲームだ」
ドライサイゲーム……勇者が考案したらしいゲームだ。
3つのサイコロをお椀に投げ入れ、どれかふたつが同じ目になった時に残りのひとつの出目が点数として加算されるゲームだ。
勇者が言うには本来はギャンブルのひとつでルールが違ったらしいが、今はそういったゲームとして定着している。
「5回勝負で、あんたが勝てば情報を教えよう。私が買ったら、死ぬまで豪遊させてもらうよ」
「……奇跡の力を使ってのイカサマとか無しですよ?」
先ほどカジノでのイカサマを聞かされて、黙って運頼みのゲームに挑戦するほどバカではない。
私が釘を刺すと、セイナールはニヤリと口端をつり上げた。
何だか私が悪い顔をしているように思えて嫌だ。
「金目的じゃないし、勝って当然の勝負はつまらないからね。誓って言うよ、奇跡は使わない」
信用はしきれないが、疑ってばかりでも話が進まない。
ここはセイナールを信用して、勝負を受けるしかなさそうだ。
と言うよりそれ以外に道は無い。
「……その勝負受けて立つわ!聖女セイナール!!」
私はカッコつけてセイナールを指差しながら叫ぶ。
うん、こういうの一度言ってみたかったのよね。
フェルナと従業員の元山賊、そしてネクラが見守る中ドライサイゲームが幕を開けた。
「まずは私からだ、それっ!」
セイナールが気合を込めた声とともにサイコロをお椀に投げ入れる。
サイコロが転がる音が終わったあと、フェルナがお椀を手に取り出目を確認する。
「3,3,4……4点追加ね」
その声を聞いていつの間にか壁に貼られていた大きな紙に、セイナールの点数が書き加えられる。
「いい目が出ますように……!」
私は緊張で手を震えさせながら、サイコロをお椀に投入する。
「1,3,6……0点よ」
フェルナが残念そうに呟き、私の点数のところに0と書かれる。
いきなり大差をつけられてしまった。
だがまだ1回目。慌てるには早い。
「さて、次はっと!」
「2,1,2。2点!」
「ええいっ!」
「4,4,2。2点!」
平行線に終わった第2投。
点差はそのまま、現在の点は6対2で私の負けだ。
「しっかり勝てよー、せっかく呼び出したんだからー」
ネクラが外野から応援にもならないヤジを飛ばしてくる。
私が勝負しているのは自分のためであって、ネクラのためではない。
私は第3投をしようとするセイナールの手を見つめていた。
「ここで点差をつける!」
合計五度目となるサイコロの投入音。
静かになったお椀をフェルナが持ち上げる。
「3,5,2……0点!」
「何で嬉しそうなのよ~!」
「たとえ相手がセイナール様とはいえ、ケイは私の友達ですから」
さっきはノリノリでお酒を注いでいたフェルナにそう言われ、セイナールは歯ぎしりをした。
だから私の顔で悪そうな顔をしないでくれと。
「3投目、いきます!」
私は祈りを込めてサイコロを投げ入れる。
カラカラと長めにサイコロの音が響き、やがて静かになった。
「6,1,1……6点!」
よし、これで逆転した!
現在の点数は8対6で私がリード。
このまま逃げ切れれば勝てるが、なにせ運だけのゲームなので油断はできない。
「へっ! 喜んでんじゃないよっ!」
第4投をセイナールが投入する。
「5,5,1……1点!」
私はホッと胸をなでおろす。
少し差は詰められたがまだ私のほうが有利だ。
私はセイナールに続き4投目を投げ入れる。
「あっ」
サイコロの一つがお椀の中で別のサイコロにぶつかり跳ね、外にこぼれ落ちてしまった。
サイコロがひとつでもお椀から外に出てしまうと、いくら出目がよくても0点となってしまう。
お椀に残ったサイコロが4と4なだけに、致命的な失敗だ。
4投目終了時点での点数は8対7。
私は1点分リードしているが、セイナールが良い点を出せば容易に逆転されてしまう。
「そいじゃ、ここで勝負を決めてやろうかねえ!」
セイナールがそう意気込み、最後となる第5投を行う。
カランカランというサイコロの音が店内に響き渡り、辺りで見守る元山賊たちは黙ってお椀に視線を向けている。
「嘘……5,5,6。6点!」
「よっしゃあ!」
片手を上げて喜ぶセイナールの後ろで、セイナールの合計点である13点が書き込まれる。
……勝てる望みが、一気に薄くなった。
たとえゾロ目を出したところで、5で同点、6で勝ち。
確率的には0点の可能性も高く、その上でさらに高得点を狙う必要がある。
泣いても笑っても最後の一投。
私はせめて、お椀の外に飛び出さないように慎重にサイコロをお椀に投入した。
投げ入れる力が弱かったのか、特にお椀の中をサイコロが跳ねまわるような音もせず、店内はシンと静寂に包まれた。
「あ、終わったの? どれどれ……」
フェルナがお椀を持ち上げ、出目を述べる。
「3,3……そして、3! 3つ揃いは二倍だから、6点!!」
「いやー! 負けた負けた!」
セイナールが笑いながらグラスの酒をぐいっと飲み干した。
同じ目が3つ出た場合のルールを知らなかったので、一瞬負けたのかと勘違いしたのは内緒だ。
「約束ですよ。神族について教えてください」
勝負に勝った私は、やや強気でセイナールに詰め寄る。
「チョーシに乗らないっ」
「いたっ」
セイナールが持っていたグラスの底で頭を叩いてきた。
ジンジンする頭頂部をさする私を見て、セイナールはハハハと笑う。
「で、なんだっけ? 神族の情報だって? そもそも何でそんな情報が必要なのさ」
「えっとですね……」
私は昨晩ネクラに説明したのとほぼ同じ内容をセイナールに話した。
「アハハハ! じゃああれか! ドレヴェスはあんたのことを超要注意人物だと勘違いしてるってわけか! ハハハハハ!」
「笑い事じゃありませんよ! こっちは神様みたいなのに生命狙われて気が気じゃないんです!」
私の必死な声を聞いたからか、ただ単に笑いすぎて苦しくなったのか、セイナールはゲホゲホとすこし咳き込んでから元の酔っ払ったトロンとした顔に戻った。
「あんた、面白い娘だねえ。あの時の勇者ほどとはいわないけど面白い! まあ約束は約束だからね、情報を教えてやるよ」
セイナールがそう言うと、ネクラは懐からメモ用紙を取り出した。
私もメモっておいたほうが良いのかな。
「まず、あんたのプロテクトドリルってのが神聖障壁を貫けた理由。これは神聖障壁の仕組みが関係している」
セイナールは点数管理をしていた元山賊からペンをひったくるように取り上げ、紙に図を書いていく。
「神聖障壁っていうのはインパクトの瞬間に一瞬だけ自動でバリアを張る防御魔法で、攻撃を受ける瞬間にその攻撃と同じ衝撃を跳ね返すことで攻撃を防ぐ。普通の武器は大きな一撃を一瞬に込めるから、この仕組みで防御され弾かれるわけだ」
紙に描かれた棒人間の横に、剣の絵がバリアに阻まれる図を描いた。
「ところがドリルみたいな回転しながら敵に押し付けるような攻撃は、いわば小さな攻撃を断続的にし続けるようなもの。そのうち最初の数回の弱い攻撃しか跳ね返せないから、弾く前にバリアの効果が切れるってわけだ」
紙の上には棒人間の横にドリルを現す三角形を描き、そこから伸ばした矢印が棒人間を貫く図が描かれた。
「その理論だと、普通の武器でも大勢でかかれば攻撃が通るってこと?」
フェルナがセイナールに問いかけた。
「そうだ。神族っていうのは無敵の怪物ってわけじゃなく、少し強い人間みたいなものだからね。実際に大勢の人間に袋叩きにされた神族がそのまま殺された例だってあるし」
袋叩きにされて死ぬ神族。想像したら大したことじゃない気がしてきた。
「ただ、神族もバカじゃない。プロテクトドリルとやらでバリアを突破されたと知りゃあ、神聖障壁に触れた魔法を解除する結界も合わせてくるかもしれない」
「じゃあ、次に神族に襲われたら少人数で勝つのは難しいと?」
私が訊くと、セイナールは赤い顔のまま首を横に振った。
「実は、神族の何人かは勇者時代にも地上に……うぶっ」
急にセイナールが苦しそうな顔をして、両手で口を覆った。
「やめて! 私の顔で真っ青になるのやめて! せめて見えないところで出して!」
「もぉむるぅ……」
セイナールはそのままの格好で店の奥へと走って行き、やがて遠くから「ゲェェ」という嫌な声が響いてきた。
私の身体は酒に慣れてないんだから飲むのは控えてって言っておけばよかったなあ。
顔をゲッソリとさせて戻ってきたセイナールがフラフラとイスに座り込む。
「……大丈夫か?」
さすがに心配したのか、ネクラがセイナールに肩を貸そうとする。
「ごめん……説明は帰ってからでいい……?」
「あ、うん……」
青い顔のままげっそりとするセイナールの顔を見て、流石にこのまま続きをとは言えない。
酔っ払った自分を自分で抱えるような妙な感触を受けながら、私はネクラと一緒にセイナールに肩を貸しつつ帰路についた。
無論、馬車のドクンドクン音と内装のグロデスクさでセイナールが盛大に二発目をぶっ放して掃除が大変だったのは言うまでもない。
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