第10話「狼剣士ギース」

 卒業修行も半分が過ぎた。

 長いようで短かった3ヶ月。

 ドラゴンの爪を求める旅の中で、私はひとつの決心をした。

 死霊術を、マジメに習う。そして、その力で人助けをするんだ。

 今は人々から悪い印象ばかりな死霊術だけど、使いようによっては普通の魔法ではできない様々なことができる。

 私は、人の役に立つ魔法として死霊術を学びたいと思っていた。

「私に、死霊術をもっと教えて下さい!」

「――やだね」

 しかし私の願いは、以外な即答で却下された。


世のため人のためネクロマンサー

第10話「狼剣士ギース」


 食卓を挟んでネクラと向かい合い、私は手をグーにしてテーブルを叩いた。

「どうしてですかっ!? あんなに私に死霊術教えたがってたくせにー!」

 今ままでさんざん、ネクラは私に死霊術を学ぶように催促していた。

 それなのに私が学ぶ気になったとたん拒否するのは理解ができない。

「あのなー、ケイ。お前に『契約』を行わずに使える死霊術は、全部教えちまったんだ」

「全部?」

「『アウェイク』『エクソ』『バタム』そしてエナルグを集める『スウィール』だよ。これより上の死霊術は、『契約』を行い身体をネクロマンサーにするしかないんだ」

 『契約』についてはネクラが以前言っていたな。

 私は今まで、ミスリル珠に込められた魂のエネルギー『エナルグ』を使って死霊術を使っていた。

 それが『契約』を行うと自分の魂をミスリル珠の代わりにすることができ、上位の死霊術を扱えるようになる。

「『契約』をすることによって、確かに前説明したように上位の死霊術が扱えるようになる。たが、それは同時に一生を死霊術とともに生きるという呪縛にもなるんだ」

 呪縛という重々しい言葉に、私はゴクリと喉を鳴らす。

「俺が度々死体集めと一緒に『エナルグ』を集めていただろ? あれはミスリルの延べ棒にエナルグをためて保管することで、自分の魂にエナルグを供給し続ける必要があるからだ」

「エナルグを取らないとどうなるんですか?」

「エナルグがきれると、自分の魂をエナルグの代わりにして消費するようになる。そのまま放っておけば、魂が磨り減って消えていき、最後は抜け殻になった身体だけが残る」

 自分の魂が磨り減る。

 具体的なイメージは湧かないが、なんとなくゾッとする末路だ。

「そうならないためにも、ネクロマンサーには必要なものがいくつかあるんだ。何かわかるか?」

 不意にネクラが私に質問を振ってきたので、わからないなりに考えてみる。

 ネクロマンサーに必要なもの……。

「闇とともに生きる覚悟とかですか?」

「ざーんねん。正解はカネとコネだ」

「カネとコネぇ!?」

 おおよそ死霊術とは結びつかないような、夢のない結論だった。

「なんでカネとコネなんですか?」

「お前な、フェルナの借金思い出してみろ。ミスリルの延べ棒一本につき2000万アークだ。安定したネクロマンサー生活を送るためには、エナルグを溜め込むためのミスリルが必須なんだ」

 私は戦場跡や廃村で、ミスリルの延べ棒にエナルグを集めていたネクラの姿を思い出す。

「じゃあ、ネクロマンサーになるためにはミスリルを買えるくらいのお金が必要だと?」

「そういうことだ。延べ棒クラスの大きさじゃないと長期間エナルグの保存ができないからな。初期投資に最低2000万アークだ」

 最低でも2000万……かなりのハードルの高さだ。

 借金返済のために必死に金を集めているフェルナでもまだ返済は半分行っていないらしい。

「じゃあ、コネが必要というのは?」

「よし、考えてみよう。死体が転がる戦場跡。そこに無許可で立ち入って死体を漁るのってなーんだ?」

 今日のネクラはクイズモードだな。

 戦場跡で死体あさり……ユージャってそんなことしてなかったっけか。

「えーと、野盗とか盗賊?」

「あったりー!」

 なんでそんなクイズを出したのだろうか。

 野盗とコネと、なんの関係が?

「あ……」

 私はふと、気づいてしまった。

「わかったようだな。そう、死体回収を依頼されるとか、その場に赴いても咎められない地位、あるいはコネがないとエナルグの補給というのはかーなーり! 難しいんだ」

 つまりはこうだ。

 ネクロマンサーになるためには、数千万というお金が使えるだけの財力と、死体の回収に行っても咎められない地位が必要と。

 ネクラの場合は、親友である皇帝陛下から直接仕事を賜るコネとその仕事の報酬でカネを持っている。

 今の私にはそんなコネもカネも持っていない。悲しいがこれが現実だ。

「もしかして、ネクロマンサーがだいたい悪者だったりする理由って……」

「このハードルの高さからだな。大金のために悪事に手を染めるたり、エナルグのためにこっそりと死体を漁る。俺くらいしか堂々とネクロマンサー業をしている奴がいないのもそういう理由だ」

 なんという夢のない話だろう。

 以前から私は、使いようによってはそこそこ便利でかつ、スペアボディで死さえも克服できるネクロマンサーがどうしてあまりいないのかと疑問に思っていた。

 その疑問に対する回答が、これというわけか。

「俺だってな? お前がやる気を出してくれたのは嬉しい限りさ。だけどお前のことを思うと、せめて楽に稼げるようになってから『契約』をさせてあげたいわけよ」

 まるで親が我が子の将来を案じるかのようにネクラが言った。

 うーむ残念。私はせめて今使える死霊術だけでも腕を磨こうと決心した。


「ただいまー」

 フェルナが帰ってきた。

 最近フェルナの事業とやらが流れに乗っているらしく、家を開けることが多くなった。

 なにやら帝都に店を出したという話も聞く。

 元山賊の皆さんもいまや70人を超えたとか。

 それを統率できるフェルナの手腕が恐ろしい。

「……なんだ、その犬?」

 そのネクラの言葉で、私はフェルナの背後を犬がついてきていることに気づいた。

 いや、犬ではない。ドラゴンの爪探しの旅のはじめ、フェルナと馬車に乗っていた時に助けた緑があった黒毛の狼だ。

「帝都からの帰り道から、ずっとついて来たのよ……」

 うなだれるフェルナの様子からこの狼を引き離すために抵抗したことが読み取れる。

 その狼はフェルナの横から家の中に入ってきていた。

「あーちくしょう! こいつ泥だらけの足で入って来やがったな!」

 床をドロで汚されて狼に向かって怒るネクラ。

 私がエサをあげたら、なぜかフェルナに懐いちゃったんだよなぁ。

 私に責任がないとも言えないし、私は狼を抱きかかえる。

「この狼、お風呂で洗って来ます。追い出すのは可哀想ですし」

 私は狼を抱きかかえたまま風呂場に向かった。

 途中で狼が激しく身を震わせて抵抗するが、逃げ出さないようにガッチリ捕まえているので問題ない。


「ふんふふ~ん♪」

 鼻歌を歌いながら私は狼を洗っている。

 お風呂の時間は至高の時間だ。

 ネクラの家に来てからこの広いお風呂に入るのが好きでたまらない。

 ついでに自分の身体も洗うため、私は裸になっていた。

 土で汚れている狼の足を丁寧に洗い、拭いてあげる。

 四本とも足を洗ってあげ、お湯をザバっとかけた。

 やたらと狼が嫌がるので時間がかかってしまう。

 そんなに私が嫌いか、こいつ。

 そう思っていると、狼の体が突然黒ずみ始めた。

「え……?」

 私はその変化に驚き、狼から手を離してしまう。

 狼の姿が完全に真っ黒になり、徐々に大きさを増していく。

 何? 何? 何が起こってるの?

 やがて人くらいの大きさになった黒い塊は、色を取り戻し……

「よ、よう……」

 ドラゴンの爪を求める旅の中、ゾンビの村で一緒に戦った剣士ギースへとその姿を変えた。

「き……キャアアアアア!!」

 私は無意識に、悲鳴を上げた。


 私の悲鳴を聞いて、フェルナとスケさんが風呂場に駆けつけた。

 私が裸なのに気づいたフェルナはスケさんの頭蓋骨を掴み、壁に叩きつけ木っ端微塵にするというファインプレーの後ギースを捕獲。

 そうやって縄でグルグル巻にされたギースは今、スペースの広い二階で尋問を受けている。

 私は裸を見られたことがショックで心の中で泣いていた。

「さて、あなたは何者ですか? 正直に答えなければ……」

 カクさんが手のひらからいつでも魔法を撃てる体勢でギースに問いかける。

 尋問というか、完全に脅迫である。

「いいい、言う! 言わせていただきます!! 言いますから殺さないでくれーーっ!!」

 不気味な外見のカクさんに脅され、ギースは震え上がっている。

 なんだか可哀想にも思えるが、乙女の裸を見た罪は重い。

「俺は……俺の名はギース。旅の剣士だ」

「お前、ジョバ人か? 何族出身だ?」

 名乗ったギースに対し、今度はネクラが質問する。

「あ、ああ。俺は誇り高きワト族の生まれだけど、それが……?」

「あなたに質問の権利はありません。黙っていてください」

 カクさんが目を細め、手のひらからバチバチと魔力をスパークさせている。

 魔法の発射を寸止めしているのだろう。器用なことができるもんだ。

 その光景を見て引きつった顔で押し黙るギース。

 早く次の質問をしてあげないと窒息しそうだ。

「はて、狼に変身するようなジョバ人なんて聞いたことがないな。どうしてお前は狼に姿を変えることができるんだ?」

 やっぱり、あの狼がギースだったのか。

 ギースはしばらく下を向いて無言になり、数分してから口を開いた。

「……信じてもらえるかわからないが、白い羽の生えた男に魔法みたいなのをかけられたんだ。それから、俺は狼になったり人間に戻ったりを繰り返しているんだ」

「お前適当なこと言ってるんじゃねえだろうな?」

 粉々になった頭蓋骨を組み立て中のスケさんが、どこから声を出しているのかわからないが強めの口調で言う。

 ギース自ら「信じてもらえないかも」と言うように、確かに信じられないような話だ。

 人間の身体をまるっきり変化させる魔法なんて、大昔の文献で魔王とかが使っていたすごい魔法くらいしか聞いたことがない。

「白い羽の生えた……」

 フェルナが顎に手を当て考えながら呟いた。

 そういえば、ゾンビだらけの村で襲いかかってきた天使のような男たち。

 彼らも白い羽を持っていた。ギースはあいつらにやられたのか?

「旦那様、もしかしてこれは……」

「ああ、神族の仕業かもしれん」

 顔を向きあわせてわかったような顔をするカクさんとネクラ。

「神族?」

 私はその単語に聞き覚えがあった。

 雪崩で命を落としてからスペアボディで復活するまでに聞こえた会話。

『考えたくもないな。だが、僕ら神族は決して』

 そう言っていたようなが気がする……確かアレは、男のような声だった。

「神族って何ですか?」

 私は死んでる最中に聞いた会話のことは言わず、ネクラに質問した。

 そのことを言うのは、神族というのが何かわかった後でも遅くはない。

 しかし、質問に答えたのは意外にもカクさんの方だった。

「神族というのは、神のごとき力を持つ存在です。人間の身体の背中に三対さんついの白い羽を持った姿をしており、無限とも言える量の魔力を持っていると言われています」

「そう! 俺に魔法をかけたのも三対の羽を持って――」

 間に口を挟んだギースはカクさんに睨まれ口を閉じた。

 さすがに私の中でギースに対して可哀想だという感情のほうがまさってきた。

 ギースを黙らせた後、カクさんは説明を再開した。

「神族の中には、実際に神として崇められている存在も少なくありません。聖女として讃えられるセイナールも神族の一人です。彼ら神族は長い寿命と強大な魔力を持ち、天界という場所からこの世界を見守っていると言われています」

「見守ってるだけなら、良いんだがなあ」

 ネクラが腕組みをして壁により掛かる。

「連中の中には、人間を見下してちょっかいをかけてくる奴もいる。人間を捕まえるとか、こいつみたいに変な魔法をかけるとか……な」

 神という割には、迷惑なやつらだなあ。

「その神族っていうの、天使みたいな奴を連れてたりするの?」

 フェルナが言っているのは、ゾンビだらけの村で襲いかかってきたあいつらのことだろう。

 私はてっきりあれが神族かなと思ったけど、フェルナの口ぶりからすると違うのかもしれない。

「神族は、その魔力をもって天使兵と呼ばれる存在を生み出すことができます。天使兵は蜂に例えると働き蜂のような存在であり、自我はなく、生み出した主の命令を聞くだけの人形です」

 天使兵の下りはうまくは理解できなかったが、どうやら神族というのがギースを魔法で狼にしたということはわかった。

 死の縁で聞いたあの会話の話をすべきか否か、私が迷っていると背後でドサッという音が鳴った。

 見ると、顔を真っ青にして白目を剥いてギースが倒れている。

「あっ……やっば、強く巻きすぎたかしら」

 フェルナよ、あんたはどれだけギチギチに締め上げたんだ……。


「ギース、だっけ? あんた、何であたしにつきまとったの?」

 フェルナがギースを巻くロープを外しながら質問をした。

 これは私も疑問に思っていたことだ。

「そりゃあ、ぺったんこな身体とボインな身体、男として選ぶなら後者だろう?」

「フェルナ、そいつもっとロープで巻かれたいみたい。さっきより強く締め上げていいわよ」

「わっ! 待って冗談だって! 頼むから簀巻だけはご勘弁をー!」

 後ろでギャーギャー喚いているギースを放置して私は屋根裏へと戻った。


 ふてくされたまま昼寝して起きた私は、ギースの様子を見に二階へと降りた。

 しかしギースを縛っていたロープはあれど肝心のギースの姿はなく、カクさんとフェルナがボードゲームで遊んでいた。

「よし、5が出たわ。ミスリル三枚ちょうだい?」

「ふーむ、今回は運が向いてませんね」

 ミスリルの延べ棒が描かれたカードをカクさんがフェルナに渡す。

 私はゲームに興じる二人の間にしゃがみこんだ。

「ねえ、フェルナ。ギースはどこに?」

「ああ、あいつならあたしの為に何でもするって言ったからウチの団の模擬戦大会に放り込んだわ」

 模擬戦大会って……あの元山賊団を傭兵団にでも鍛えあげるつもりなのだろうか。

 ギースがボコボコになっているかもしれないし、私は家を出て裏手の森に向かった。


「ぐあっ! ま……参った……!」

「へっ! それでもフェルナちゃんの親衛隊かよッ!」

 私が元山賊団の集落で見たのは、倒れている十数人の元山賊と、その中心で木刀を構えるギースだった。

 まさかこの人数と一斉に戦い、すべて倒したのだろうか。

 ゾンビだらけの村でもかなりの強さを見せていたが、もはやここまでとは。

「よう! えーと……フェルナちゃんの横にいた……」

「ケイよ、ケイ! 裸を見たくせに名前を忘れるとはいい度胸ね……!」

 私がワナワナと拳を震えさせながらギースを睨んでいると、周囲でわらわらしていた元山賊達のうち何人かがざわつきだした。

「ケイちゃんの裸……?」

「あのボウズ、見たのか……」

「おいボウズ! その話について詳しく教えてくれ!」

「俺にも教えてくれ!」

 次々とギースに群がり質問する元山賊たち。

 私のファン? がいるのは嬉しいけどそれを私の目の前で聞くんじゃなーい!!

「うがー!! これだから男ってやつはぁぁ!!」

 私は恥ずかしくなって集落から逃げるように走った。

 裸、裸って! 男ってそれしか頭にないのかコンチクショー!


 がむしゃらに走って街道に出た私は息を切らせ、私は道の真ん中でゼェゼェと息を整える。

「ケイ、待てよ! 悪かったってば……」

 後からギースも追いかけてきた。

 今はすごくこいつに一発パンチでも入れたい気分だ。

「何よ、ぺったんこな身体つきの私に何か用でも?」

「小さいことをグチグチと気にすんなよー……」

「小さいって言うな!」

「誰も胸のこととは言ってねえよ!」

 小さいに対して胸のことっていうのはやっぱり小さいと思ってるんじゃないか!

 みんなで寄ってたかって私の事バカにしやがって!

 ギースはつべこべと弁解の言葉を並べているが、私は既に聞く気は失せている。

「そんなにフェルナのことが好きなら私に付きまとわないでよ!」

「そうも言ってられねえよ。だって俺はしばらくあの集落で暮らすことにしたんだから」

 へ? いまこいつはなんて言った?

 あの集落で暮らす?

「……まさか あんたそっち系?」

 頭のなかで元山賊の面々とギースがえっさほいさしている絵面を思い浮かべて気持ち悪くなる。

「いやいや、何でそうなる! なんでそうやってドン引きしてるんだよお前は! 後ろにジリジリ下がってるんじゃない! 俺はそういうやつじゃ……うぐっ!」

 突然ギースが胸を抑えてうずくまり黒ずみ始めた。

 例の発作で狼に戻るのだろうかと思っていたら、風呂場で人間になった時の逆回しのような流れでギースは狼に姿を変えていった。

「クゥーン……」

 狼になり弱々しく鳴くギース。

 最初はかわいいと思っていたが、中身があのギースだと思うと無性に腹が立つ。

 ムカついたのでひっくり返して腹をおもいっきりくすぐってやる。

 身体をくねらせて嫌がるギースだが、うまいこと私が手で抑えているので逃げることはできない。

「このやろこのやろ! ふははは! せいぜいこの私の腕の中でもがき苦しむがいいわー!!」

 私はテンションが変に上ってついつい普段は言わないようなセリフを口走る。

 そうこうしているうちにモゾモゾと器用に身体を回転させてギースが私の手から脱出した。

 ギースは私から少し離れ、ウーと低い唸り声をあげて威嚇しているが中身が知れてる今は怖くもなんともない。

 さあて次はどうしてやろうかと思っていると、ギースは突然私に向かって走り出し飛びかかってきた。

 いきなりマジギレ? そんなにくすぐられるのは嫌だった?

 牙をむき出しにして私の頭を狙うかのような機動でジャンプしてきたギースに対し、私は反射的に身をかがめた。

 ガブリ、と私の頭上でギースが何かに噛み付いた。

 着地したギースを見ると、食いちぎらんばかりの形相で人間の首に噛み付いていた。

 いや、人間ではない。背中に白い二対ついの羽を持つ……これは天使兵だ。

 噛みつかれた天使兵は手に持った剣を落とし、しぼんでいく風船のように小さくなり白い霧となって姿が消えていく。

 やがて完全に消え、後には落とした剣だけが残った。

「あらぁ、人の道具を勝手に壊すもんじゃないわよ」

 天使兵がいた方向から、見覚えのある白いローブを着た女性が静かに歩いてきた。

 隠す気もないのか、背中にはえた三対の白い羽を広げ揺らしている。

 この女性が、神族なのか……!

 ウェーブの掛かった黒い髪をなびかせ、キツめのメイクで顔を彩っていた女性が手をかざすと、何もない空間から天使兵が二人現れた。

「フフフ、久しぶりね。ケイ」

 私の名を呼ぶ女性に対し、敵対の意を示す低い唸り声で威嚇するギース。

「あなたは……あの時の!」

 この女性の白いローブ、それからねっとりと耳に絡みつくような声には覚えがあった。

 フェルナとともにゾンビだらけの村に行く途中、すれ違った女性だ。

「覚えていてくれたのね。私の名はドレヴェス。あなたを断罪する者よ」

「断罪……?」

「忘れたとは言わせないわ。私が仕掛けた屍の火種、変異する巨獣、そして魔を持つ巨竜。そのすべてをあなたは破り、倒した。まるで私の計画をすべて邪魔するようにね」

 遠めな言い回しをしているが、この口ぶりだとおそらくゾンビの村のことと、ジョバの巨大なイノシカ、そしてミスリル質のドラゴンのことだろう。

 っていうか計画が何なんて全然知らないし、私は襲ってきたものをなんとか退けただけだ。

 勝手に勘違いされて断罪とかいうのをされても困る。

「あなたの存在は私達にとって危険なの。だからここで消えて……あら?」

 さっきまで威嚇をしていたギースがドレヴェスに飛びかかる。

 しかし、まるで見えない壁に阻まれるかのようにドレヴェスに触れる前にギースは弾き飛ばされてしまった。

「あらあら、かわいらしいナイトがいたものね。生意気よ、この狼からやっちゃって」

 ドレヴェスがそう言うと、その両脇で棒立ちになっていた二人の天使兵が動き出し剣を振り上げギースに襲いかかった。

 ギースは軽い身のこなしで剣をよけていく。

 そして先ほど倒した天使兵が残した剣を口に咥え、脇を通り抜けるようにジャンプし天使兵の一人を腹部あたりから上下に両断した。

「あら、ただの狼だと思っていたらなかなかやるじゃない」

 口ぶりからすると、ギースに魔法をかけたのはドレヴェスではないのか。

 そういえば、ギースは神族の「男」と言っていたような気もする。

 ギースが剣を咥えたままドレヴェスに飛びかかるが、刃がドレヴェスに当たる前に剣が弾き飛ばされた。

 まただ。ドレヴェスは何かバリアのようなものでも張っているのか。

 今ここで逃げ出して、ネクラやフェルナに応援を頼むことも考えたが……ここまでがむしゃらに走ってきたせいで家までどれくらいの距離があるかわからない。

 その間に追いつかれ、背後から天使兵に袋叩きにされたらおしまいだ。

 それにギースを置いていくのもなんとなく、嫌だ。

 ドレヴェスに私とギースで勝てるかどうかはわからないが、やるしかない。


 ギースが地面に落ちた剣を再び咥え、天使兵に跳びかかった。

 天使兵はその攻撃を手に持った剣でガードし、ギースに向かって斬りかかる。

 ギースはその攻撃を横っ飛びで回避し、横から天使兵の腕を斬りつける。

 狼の状態でもすごい身のこなしだ。

 姿が変わっても剣士としての技能が活かされるのだろうか。

 ギースの方は安心して任せられそうなので、私は余裕の表情で戦いを眺めているドレヴェスに向き合う。

 ドレヴェスの張っているバリアの耐久がいかほどのものか予想できないが、もしかしたら私のプロテクトドリルなら貫けるかもしれない。

「天に輝く光の刃よ、矢となり邪悪へと降り注げ……『ブライトアロウ』!!」

 ドレヴェスが呪文を唱え、上空から光の矢が降ってくる。

 私はプロテクトを張った手を上に伸ばしその矢を凌ぐ。

 神族というだけあって使ってくる魔法は神聖魔法のようだ。

 魔法を凌がれ、ドレヴェスが少し驚いたような表情をした。

「私の魔法を受け止めるなんて、やはりただの小娘じゃないわね」

 残念ながらこっちはそれしか取り柄のない魔術師だった身だ。

 学校でも他の皆が他の魔法を習得する間もプロテクトの腕を磨いてたおかげで、プロテクトの耐久には自信がある。

 ……といっても初撃に限るけど。

 連続攻撃にはとことん弱いのがプロテクトの欠点だ。

 私はプロテクトを解除し、プロテクトドリルに移行する。

 そのまま避けようとしないドレヴェスに走り寄り、プロテクトドリルで攻撃する。

 プロテクトドリルは見えないバリアに一瞬阻まれるが、強烈な閃光とともにそのバリアにドリルが食い込み始める

「何……!?」

 バリアが突破されつつあることに気付いたドレヴェスは、身を翻し後方へ下がった。

 しまった、ドリルを警戒されてしまった。

「……やはり、お前は生かしては置けないわね!」

 怒ったドレヴェスが『ブライトアロウ』を連射してきた。

 私は空を見上げて矢が降ってくる位置を予測し、移動だけでその攻撃を回避する。

 唯一ドレヴェスに通用するプロテクトを温存しなければ。

 すっかりプロテクトを警戒しているドレヴェスは、私に接近されないように間合いをとり続けている。

 さて、どうしたものか。

 ふとギースの方を見ると倒れた天使兵だけがあり、ギースの姿が見えなかった。

 一体どこのいるのかと見回すと、ギースはドレヴェスの背後に回りこんでいた。

 すでに少しずつギースの身体が黒ずみ始めている。

 私はプロテクトドリルを準備し、ドレヴェスの注意をひく。


「こっちだ! 羽つきババァッ!!」

 人間体に戻ったギースが剣を構え、背後からドレヴェスに襲いかかる。

 ドレヴェスは突然現れたギースに驚き、私に背を向けた。

 剣はバリアに阻まれるが、ドレヴェスの注意は完全にギースに向けられている。

 今がチャンスだ!

「こんのぉー!!」

 私は背後からドレヴェスにむけてプロテクトドリルを押し付けた。

 私の接近に気付いたドレヴェスは攻撃をかわそうと動くが、既にドリルがバリアを貫いている!

 ドリルはそのままドレヴェスの左腕を貫き、ちぎれた腕は空中で霧散した。

「くっ……! この小娘がッ!」

 ドレヴェスが腕を失った左肩を右手で押さえ、肩で息をしながら私に叫ぶ。

 だいぶ弱っているようだ。このままいけるか……?

 そう思っているとドレヴェスの背後に淡く光る柱のような者が出現し、ドレヴェスはその中へと入っていく。

「この私を怒らせて、長生きできると思うんじゃないよ! 次にあった時……必ず殺してやる!」

 小物臭の漂うセリフを吐きながら、ドレヴェスは光の柱の中へと消えていった。

 その柱もやがて輝きが薄れて見えなくなった。

「助……かったぁ……」

 私は安心して気が抜け、その場にペタンと座り込んだ。

 ドレヴェスの言ったことは気になるが、今は自分の無事を喜ぼう。

「大丈夫か、ケイ」

 座り込んだ私の顔を、心配するような表情でギースが覗きこむ。

 ギースに救われたのって、これで二回目だなぁ。

 ギースの手を借りて、私は立ち上がる。

 黙っていれば、イケメンなのになあ。


「俺、しばらくあの集落で暮らそうと思うんだ」

 日が傾きオレンジ色に染まる帰り道で、ギースが私に言った。

「やっぱ、あの元山賊の人達と……」

「だから違うってば! 何で真っ先にその発想に行き着くんだよ!」

 慌てるギースの顔を見て、何だか面白くなって私は笑ってしまう。

 私に笑われてむくれて拗ねるギースだったが、しばらくして再び口を開いた。

「俺……今まで一人で旅しててさ、仲間なんていらねーとか思ってたんだ。けど、仲良さそうにしているお前らとかあの集落のおっちゃんたちとか見てたら……なんかそういうのも良いなあって思ってきてさ」

「で、正直な理由は?」

「フェルナちゃんの近くで暮らしたい!」

 馬鹿正直なバカだ、こいつは。

 少しでも私に媚びを売るようなことでも言えただろうに。

「なあ、ケイ。お前フェルナちゃんと仲いいんだろ? フェルナちゃんが喜びそうなこととか好きなモノとか教えてくれよ」

「……知ーらないっ」

 私はフェルナ、フェルナと言い続けるギースを無視して家に向かってダッシュした。

 その後ろを慌てたような表情のギースが追いかけてくる。

「待てよケイ! おーい! 待ってくれよー! 頼む! お前だけが頼りなんだ! おーい!」

 夕暮れの街道に、ギースの悲痛な叫びがこだました。

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