第9話「ドラゴンの住まう国」

「グァオオオン!!」

 耳を貫くような咆哮を聞き、私はハッと顔を上げた。

 山の間からわずかに見える空を覆い隠すように、その中型ドラゴンは飛翔していた。

 空色に輝くトゲトゲの甲殻、鎌のように鋭い爪。そして、家一軒をなぎ払えそうな巨大な翼。

 人間程度は軽くひと飲みできそうな大きな口からは、小さな炎がチラついている。

 今からコイツと戦うの? 嘘だよね?

 怯える私をあざ笑うかのように、そのドラゴンは再び力強く咆哮した。

世のため人のためネクロマンサー

第9話「ドラゴンの住まう国」


 ジョバとの国境をまたぐトンネルを抜けた私の前に広がったのは、雪の降る純白の風景だった。

 通り過ぎる冷たい風が、私の露出した太ももを凍えさせる。

 まだ6月だよ? 北国だなんて聞いてないよ?

 ちくしょうネクラめ、どうしてこう肝心なところばかり情報が疎かなんだ。

 いや、現地の気候とか訊かなかった私に非が無いわけではないが、それにしたって少しくらい助言してくれたっていいじゃないか。

 ヒュー、とまた寒い風が吹いてくる。

 むき出しになっている両足が冷たい風にあたって震える。

 これダメなやつだ。

 私はカバンからジョバの民族衣装のズボンだけを取り出し、スカートの下にそのまま履いた。

 服装の組み合せが一気に壊滅的になったような気がする。

 だけど、凍え死ぬよりは遥かにマシだ。

 いや、スペアボディがあるから死んだところでネクラの家に戻されるだけなのだが、『見た目にこだわってたら死にました』とかバレた日には永遠の嘲笑からは逃れられないだろう。

 昔の人も『命を大事にしよう』と言っていた。

 ビューっ!

 風に加えて、雪まで降ってきた。

 私はこれ以上気温が下がらないうちに、坂の麓に見える明かりを目指して走り出した。


「あなた、旅人さん? ようこそトリノスの町へ」

 入り口付近を歩いていた中年の女性が挨拶とともに町の名前を教えてくれた。

 私が目指した明かりは、小さな町だった。

 足元は靴の裏が少し沈む程度の雪に覆われ、建物に取り付けられた明かりの淡い光が幻想的な景色を生み出している。

 さて、ここからはノーヒントだ。

 皇帝陛下やヤ族の族長ともコネクションを持つネクラも、さすがにドラニノル公国には知り合いがいないらしい。

 なので、この国にはフェルナやゼゼのように協力してくれる人は用意されていない。

 そもそもドラゴンの爪をどうやって手に入れるかすらわからない状況だ。

 ひとまずは情報収集。それから……。


 クスクスと、遠くから私を笑う声が聞こえる。

「あの旅人さん、変な格好……」

「ドラニノルの寒さをナメてかかったのよきっと……」

 かすかにそんな声が聞こえてくるような気もする。

 予定変更。まずは服装をどうにかしよう。


 明らかに「服飾系を売ってます!」と主張している看板を掲げた店を訪れる。

 扉についた鈴のチリンチリンという音とともに店員さんの元気そうな「いらっしゃいませー!」という声が店内に響いた。

 とりあえず下半身だ。話はそれからだ。

 商品のおいてある棚をぐるっと見渡した私は、あるひとつの商品に目が止まった。

『オシャレな女の子の味方 あったか黒ストッキング』

 雪国のドラニノルであったかを謳うということは、それだけの自信があるのだろう。

 でもお高いんでしょう? なんと値段は……60スケイル! スケイル?


 しまった! 共用語が通じるから失念していたがここは外国だった!

 ジョバではお金を使わなかったから完全に意識外になっていた。

 アークノーの同盟国といえど、通貨は違うんだ!

 「冷やかしかよ」と言いたげな店員さんの冷ややかな目線を受けながら私は慌てて服飾店を飛び出し、銀行……あるいはそれにあたる建物を探す。

 ザクザクと雪を踏み荒らしながら走っていると、役所のような大きな建物の横に金貨袋のマークを掲げた木造の建築物を見つけた。

 ここが銀行であってくれと願いながら飛び込むように中へと入る。


「はい。それでは4000アークを預かりまして……400スケイルです、どうぞ!」

 なんとか無事に通貨の交換ができてホッと胸をなでおろす。

 ノリと勢いで4000アーク分も交換してしまった。余ったスケイル硬貨は記念にでも持っておこうとむりやり自分を納得させる。

 スケイル硬貨を握りしめ、改めてさっきの服飾店に入る。

 先程、変な格好で冷やかした形になった私を店員さんが白い目で見てるような気もするが、今は気にしている場合ではない。

 さっき目をつけたストッキングを持っていき、店員さんと目を合わせないようにして10スケイル硬貨を6枚差し出す。

 その足で試着室に入り、ジョバのズボンを脱いで代わりに買いたてのストッキングに足を通した。

 うん、身につけた途端に足が暖かくなってきた。さすがあったかストッキング。

 ようやく格好がまともになった私は、ついでなので防寒コートを探すことにした。

 雪が降りしきる極寒の地を春服とマントだけで歩き回るのは流石に無理がある。

 しかし、軽く見回したがこの店はコート類を置いていないようだ。いいかげん店員さんの目も怖いのでそそくさと退散する。


 斜め向かいにあった道具屋にて300スケイルで、あたたかそうな緑色のコートを買い身につける。

 内側がすごくモッフモフしているおかげで、露出している顔や手先を除いて私は寒さから解放された。

 どっと疲れた私は、情報収集をする体力を回復させるため、町の中央にある広場の屋台でスープを買いベンチに座って飲む。

 トマト風味の甘く温かいスープが体の芯から私を暖めてくれた。

 私はスープのカップで手を暖めながら、ぼうっと辺りの風景を眺める。

 バサバサッ。

 私の近くに大きな羽音とともに、何かが降り立った。

 それは、ウロコに覆われた皮膚と、前足と一体になった翼、そして長い尾と首を持つ爬虫類――飛竜だった。


 飛竜は、竜という名がついてはいるがドラゴンとは生態がかなり異なる別の生き物だ。

 あくまでも生物図鑑で見た知識だが、肉食だったり鉱物食だったり多種多様な食性を持つドラゴンと異なり、飛竜は雑食で肉と野菜を好むらしい。

 更には人間より少し大きめ程度のサイズでありながら、重い荷物を載せたまま飛べるほどのパワフルさと、気候の変化に強いタフさを兼ね備える。

 そのため人間との共存もたやすく、こうやって移動手段にしている人間もいるくらいだ。

 町の至るところには小型の飛竜を停め談笑しているらしい騎士が見られる。

 彼らは竜騎兵といい、飛竜に乗り空を駆ける空中の戦士だ。


 ドラニノル公国は昔から竜使いが住む地とされ、この大陸で唯一野生のドラゴンが生息している。

 そういう国柄だからか、馬よりも飛竜の方が移動手段としてはメジャーらしく、空を見上げれば必ず一頭以上は飛んでいる飛竜を見ることができる。


 さて、ドラゴンの住む地に乗りこんだはいいが、ここからどうやってドラゴンの爪を手に入れようか。

 とにもかくにも情報収集だ。

 今の私は旅人、旅人は酒場で情報集めが古来から伝わる成功の秘訣だ。

 私は空になったカップを屋台に返却し、路地へと歩き出す。

 銀行を探す際に通り過ぎた店の中に、ジョッキマークの看板があったはずだ。

 私はその店へと赴き、分厚い扉を押し開けた。


 その酒場は程よく混んでおり、酒や料理をつまみながら会話するお客さんたちの声が混じり合ってガヤガヤという音を形成している。

 控えめな明かりが照らす薄暗い空間に足を踏み入れ、私はとりあえず空いているカウンター席に座った。

「お客さん、未成年だね? お酒は出せないよ」

 私に気づいたバーテンダーがグラスを磨きながら言った。

 カウンターに立てかけられたドリンクメニューを目でなぞり、私は注文を決めた。

「りんごジュースください」

「あいよ」

 私の注文を聞いたバーテンダーは磨いていたグラスを棚に置き、足元の木箱からリンゴをひとつ取り出し、なにやら器具を取り出してリンゴを絞り始めた。


「お客さん、どこから来たんだい?」

 ゆっくりとリンゴから果汁を絞り出しつつ、バーテンダーが訊いてきた。

 見ればカウンター席に座っている人たちは皆、数人のコミュニティを形成し話に花を咲かせている。

 珍しくしゃべる相手がいなかった、といったところだろうか。

「アークノーから来ました」

「ほほう、そりゃあまた遠いところから。若いのに一人旅とは逞しいお嬢さんだ」

 別に好きで一人旅をしているわけではない。

 現に今、無理を言ってでも誰かについて来てもらうべきだったと後悔している。

「ドラニノルには何をしに?」

「えっーと、ドラゴンの爪を手に入れるために……」


 ザワッと。

 私が『ドラゴンの爪』というワードを出した途端に酒場にいる人間が黙り、全員がこちらに視線を向けた。

 特に男の人たちはニヤニヤとこちらに視線を送りながら脂ぎったいやらしい目つきで私を品定めするように見つめている。

 あれ、私何かおかしな事言ったかな?

「なるほど、その若さで……」

 完成したリンゴジュースを差し出しながら、まるで可哀想なものを見るような目で私の顔を見る。

 何だ何だ、全然話が見えないぞ。

「いやあ、すみません。私のツレが来てたのに気づかなかったよ」

 奥の方に座っていた鎧を着込んだ男が立ち上がり、馴れ馴れしい態度で私の肩に手を置いて言った。

 そして、男はバーテンダーにお金を出し、私を連れて酒場から出て行った。

 さっきから私にいやらしい視線を送っていた男たちの舌打ちや落胆の声が聞こえてくる。

 本当に何だったんだろうか。


「嬢ちゃん、あんな人の多いところで爪の話なんかしちゃあいけねえよ」

「いきなり何なんですかあなたは」

 リンゴジュースが飲めなかったのが悔しいのもあったが、突然連れだされてわけがわからない私は男に詰め寄った。

「嬢ちゃん、この国でドラゴンの爪って言うのは2つの意味がある。ひとつはドラゴンの手にある爪そのもの。もう一つは…男女が夜に布団ですることの隠語だ」

「ッ…!? 何でドラゴンの爪がそんな意味に!?」

 私は思わず顔を赤らめてしまう。

「爪はいろんな薬の材料になるんでな。その中でもこの国で有名なのが、いわゆるそういう系の薬なんだ。ドラゴンホーンって名前とかで売られている」

 男はバツの悪そうな顔で頬をポリポリと掻きながら言った。

 じゃあ、私はあの酒場の人達に対してそういうことが目的の女だと思われたってことか。

 この男が連れ出してくれなかったら大変なことになってたかもしれない。

「えと…その。ありがとうございました」

「礼には及ばんよ。俺はカイル、君は?」

「えっと、ケイです」

「いい名前だ」

 カレルはそう言いながら酒場の脇に停めてあった飛竜の手綱を握った。

「カイルさん、竜騎兵なんですか?」

「ご名答。本当の意味のドラゴンの爪が欲しいんだろ? 俺にあてがある、ついてきな」

 飛竜を連れて歩き始めたカイルを、私は追いかけるようについて歩いた。

 カイルさんは私を助けてくれたし、悪い人ではないだろう。


 カイルは飛竜を連れたまま、町外れに建っている石造りの砦に入っていった。

 砦の中には8人ほど、カイルと同じような格好をした男たちと、彼らの飛竜が待機していた。

「おお、カイルよ! 魔術師は見つかったか?」

 チョビ髭が目立つ中年くらいの男がカイルに言った。

「隊長、見つけてきたぜ。しかもかわいい女の子だ」

「ほう、この娘が……」

 かわいいと言われ照れくさくなるが、よくよく聞いてみれば魔術師を探していたようだ。

 どうやら都合よくドラゴンの爪を手に入れられるわけじゃなさそう。

「討伐作戦は三時間後に始める。それまで魔法弾をできるだけ多く作っておくのだぞ!」

 隊長と呼ばれた中年の男はそう言って砦の奥に消えていった。

 魔法弾とはなんだろうか。状況が読めない。

「ゴメン、説明してなかったな」

 私が困惑している様子を察したのか、カイルがイスに座りながら説明を始めた。


「俺達は竜伐隊っていって、人里に近づくはぐれドラゴンを倒す専門の部隊だ」

「はぐれドラゴン?」

「ドラゴンってのは、もっと山を下ったふもとの暖かいところで暮らしている。寒さが苦手だからな。だが、たまーに寒さをものともせず人里に近づく個体が現れる時がある。そういうドラゴンが人を襲う前に倒すのが、俺達の仕事だ」

 なぜこの辺りが寒いのか、なんとなくわかったような気がする。

 おそらくここはかなり標高の高い場所なんだ。

 標高が低く暖かいところではドラゴンが暮らし、標高が高く寒いところに人間が暮らすことで住み分けをしているのだろう。

「カイルさんの仕事はわかりました。それで私は何をすればいいんですか?」

「ハハハ、そんなに難しいことを頼むわけじゃない」

 カイルは部屋のすみに置いてあった木箱から、筒のような物を取り出し私に手渡した。

「これは?」

「ミスリルを使った仕掛けが入ったボウガンの弾だ。ああ、ボウガンってのは爆発で矢を飛ばす手持ちの大砲みたいな武器だ。まあ要するに、この弾に基礎でもいいから黒魔法を詰めて貰えればそれでいい」

 基礎でもいいならありがたい。初級以上の魔法を求められたらプロテクトしか詰められなかったところだ。

 私は言われた通りに魔法弾に炎の基礎魔法を詰めていく。

 ライターの火くらいの小さい炎だが、少しずつミスリルに溜めていけばいいらしい。

 なんだか内職でもやっている気分だ。


「この後、ドラゴンを討伐した時に魔法弾の礼がわりにとれたての爪をあげるよ」

 私の作業を横に座って眺めながらカイルが言った。

「どうして私が黒魔法を使えるってわかったんですか?」

 せっかくなので、疑問をぶつけてみた。

「簡単簡単。君は旅人なのに武器を持ってない。かといって聖職者にも見えないから、消去法で黒魔法を使う魔術師だと思ったってわけだ」

 言われて見れば確かに。わかり易すぎる格好をしているな私。

 死霊術師という選択肢がなかっような気もするが、そもそも死霊術師はかなり希少な存在だった。

 ネクラと暮らし始めてそこそこ経って、認識が麻痺しつつある。


 魔力をカバンの中のエーテルドリンクで補給しながら三時間ほど魔法弾を作り続け、木箱の中にたくさんの炎属性の弾がおさめられた。

 ひと仕事を終え、休憩する。

 ふと辺りを見ると、竜伐隊の飛竜たちの何頭かが待ちくたびれたのか、少し長めの首丸めてすやすやと寝息を立てていた。

 厳つい顔つきをしているが、こういう一面を見るとかわいく思えてくる。

「おっ、終わったか。ご苦労さん」

 カイルが寝ている飛竜たちの間からゆっくりと歩いてやってきた。

「そういえば、このあとドラゴンを討伐するんですよね? どんなドラゴンなんですか?」

「んー、まぁ。目撃情報を元にすると、アイスドラゴンだと断定している」

「アイスドラゴン?」

「雪や氷を食っているうちに、その性質を取り込んで寒さに強くなったドラゴンだな。水色の甲殻が特徴で、吹雪を吐くくらい氷に適応している奴なんで、寒さを檻代わりにしているこの国では結構厄介な存在なんだ」

 寒さを檻代わりに。さっきの私の説は当たっていたようだ。

「まあ、寒さに強い代わりに熱いものに弱くなっているのが相場だ。ケイが作ってくれた火炎弾を数発打ち込んで、弱らせたところを叩けばあっという間さ」

 竜の紋章がついた槍を取り出し、突く振りをしながらカイルが言う。

 さすがはドラゴンの住む国で生きている人達だ。なんとも頼もしい。


「総員、集合!」

 チョビ髭の隊長が号令をかけた。

 大声に驚いてキョロキョロしている飛竜の脇を通り抜け、竜伐隊の人達が隊長さんのもとへと集まっていく。

 カイルに連れられ、私もその場に集まった。

「これより我らが討伐する相手はアイスドラゴン! ボウガン隊が火炎弾を打ち込み、弱らせたところを突撃隊がトドメを刺す作戦でいくぞ!」

 先程カイルが言っていた作戦を、改めて隊長さんの口から聞く。

 強大なドラゴンが相手となると、そういう戦法で行くのが定石なんだろう。

「情報を頼りにルート計算を行ったところ、まもなくキバの谷を通る頃だと推測された。いいか、キバの谷だ! 総員、出撃!」

 隊長さんの号令とともに竜伐隊の人達が次々と飛竜を砦の外へと連れ出し、その背にまたがって飛び始めた。

「ケイ、行くぞ!」

「えっ?」

 カイルに手を引っ張られ私は驚いた。

 火炎弾作ったから、あとはここで待ってればいいんじゃないの?

「おいおい、ドラゴン討伐の報酬は参加者の山分けなんだ。言ってなかったか? ドラゴンの爪がほしいのなら、ついてくるだけでもしないと」

 そんなことは一言も聞いてない。

 ドラゴンと鉢合わせしなくちゃいけないのか。

 だがこれもドラゴンの爪のため、そして私の本当の身体のため……!

 私は数秒で覚悟を決め、カイルと一緒に飛竜に乗りこんだ。


 キバの谷は、雪こそ降ってはいないものの、霧に包まれた険しい崖が連なる危険な場所だった。

 うっかり足を滑らせれば助からないだろう。

 竜伐隊は一旦、この谷に降り立ち徒歩でドラゴンを捜索するそうだ。

 羽音を響かせ飛んでいればドラゴンが先に気づき、死角から攻撃される危険性があるかららしい。

 私の仕事は戦いが始まった際の荷物番。

 荷物持ちとして全員の手荷物を持つ飛竜の見張りをするだけの簡単なお仕事だ。

 ドラゴンの捜索はひどい時には数日間かかる時もあるとか。

 そのため、テントや食料といった荷物が必要なのだという。


 霧の中を手分けして行進しながらドラゴンを探し始める竜伐隊の面々。

 私はカイルと共に、坂を下るようなルートでドラゴンを捜索している。

 私達の荷物を胴体にくくりつけられた飛竜が私の横であくびをしながら喉を鳴らした。

 かれこれ一時間ほど探しているが、ドラゴンはともかく動物一匹見かけていない。

「おかしいな、静かすぎる」

 不穏な言葉をカイルがポツリと呟いた。

 頼むから怖いことは言わないでほしい。

 辺りを見回しながら歩いていた私は、ふと足元にぐにゃりと柔らかいものを踏む感触があることに気づいた。

「うひゃあ!?」

 ――飛竜の死体だった。

 驚いて飛び退いた私と入れ替わるように、カイルが飛竜の死体を調べた。

「……死後一日も経ってないな。大型のドラゴンに食われたような跡もある。ここをドラゴンが通ったのかもしれない。引き返して隊長に報告だ!」

 カイルはそう言って来た道を戻り始めた。

 私も荷物持ちの飛竜とともにその後をついていく。


「隊長! この先にドラゴンに捕食されたとおぼしき飛竜の死体がありました!」

 集合地点で待機していた隊長さんに、カイルが報告する。

「でかした! この辺りは既に通った道やもしれんな。

 今度はこちらの方向の――」

 隊長さんが指差した先に、黒く大きな影が動いていた。

 霧の向こうなのでよく見えないが、あの大きさは普通ではない。

「ど、ドラゴンだっ! 総員集合! ドラゴンを発見した!」

 隊長さんの声を聞いて、別の方向へとドラゴンを探しに行っていた竜伐隊の人達がこの場所に集まった。

 その間にも、霧の向こうの巨大な影はこちらに近づきつつある。


「あの大きさなら、目標のドラゴンに間違いはあるまい! ボウガン隊、火炎弾準備!」

 指令を受けて、トリガーのようなものがついた筒状の武器――ボウガンを持った竜伐隊の人達が一列に並び、木箱から私の作った火炎弾を手に取り、装填した。

「装填、終わる!」

「狙いつけっ! 3……2……1……! 撃てーーーっ!!」

 号令とともに一斉に発射される火炎弾。発射の際の爆発音で耳が痛くなる。

 火炎弾は霧の向こうのドラゴンの影へと飛んでいき、ピカっと光った。


「命中確認!」

「命中確認! 次、突撃隊準備!」

 カイル達が飛竜にまたがり、武器を構えた。

 ――その時だった。


 轟音と共に飛来する巨大な火球。

 上位の火炎魔法にも見えたそれはボウガン隊の人たちのいた場所で爆発を起こした。

「うわあああ!!」

「な、何が起こった!?」

 ボウガン隊の人たちは爆風で吹き飛ばされただけで全員無事そうではあったが、あの火球はいったい!?

 相手はアイスドラゴンではなかったのだろうか?

「グァオオオン!!」

 耳を貫くような咆哮と共に、周囲の霧が吹き飛ばされるように晴れていく。

 山の間からわずかに見える空を覆い隠すように、そのドラゴンは飛翔していた。

 空色に輝く甲殻には鎧程度なら簡単に貫けるような鋭いトゲがびっしりと生え、手先に伸びる爪は鎌のように鋭く曲がっている。

 巨大な翼は羽ばたくたびに周囲に突風を巻き起こし、処刑器具を思わせるような牙を生やした巨大な口からは小さな炎がチラついている。


「ぼ、ボウガン隊は退避! 突撃隊、かかれーーっ!」

 隊長さんは慌てながらもそう指示を飛ばしカイル達とともに隊長さんも飛竜に乗り空へと飛び発った。

 ドラゴンの周囲を飛び回りながら、ヒットアンドアウェイの要領で代わる代わる攻撃をするカイル達。

 私は傷ついたボウガン隊の人たちと共に避難しながらその戦いを観察する。

 カイル達が持っているのは、対竜用の武器だろう。しかし、その武器で何度攻撃を加えてもドラゴンは怯みすらしない。

 まるで攻撃が効いていないようだ。

「な、なんなんだあのドラゴンは……!」

 私と共に避難しているボウガン隊の一人が言った。

 私はあのドラゴンを最初に見た時からデジャヴを感じていた。

 あの甲殻の色には見覚えがあるような気がしたからだ。

 私は必死に思い出す。何だったかなー、どこで見たんだっけかなー。


 グルグルと考えていると、頭の中でピンと答えが浮かび上がった。

 あれは――ミスリルの色だ。

 それと同時に、上位魔法と感じた先程の火球を思い返す。

 もしもあのドラゴンの甲殻がミスリルと同じ特性を持っているとすれば、火炎弾の魔力を吸収・放出したものなのではないか?


「ぐぁぁぁ!!」

「オールスがやられた!」

 見れば、突撃隊の一人がドラゴンの攻撃を受け落下したようだ。

 このままではカイル達が全滅してしまう!

 どうして攻撃が効かない……!?

 ミスリルのドラゴンに攻撃が効かない理由を考えるんだ!

 どうして、どうやって……?

「コイツーっ!!」

 カイルが槍を振り上げドラゴンに攻撃をしかけた。

 槍がドラゴンに触れる瞬間、私の目に映ったのは見覚えのある黄土色の障壁。

 ドラゴンの身体を包むように、うっすらと見えたそれは……プロテクトだ!


 ここにきて、私はあのドラゴンの謎がわかった。

 あのドラゴンは、ミスリルの身体にプロテクトの魔法を蓄積させている。

 意識して使っているかは定かではないが、攻撃を受ける際に一瞬薄いプロテクト展開し、ダメージを避けている。

 だから武器による攻撃が一切通用しないんだ。

 プロテクトを破るには、攻撃を与え続ければいい。

 しかし、空中戦では攻撃を受ける際に姿勢を変え受けるダメージを減らせると学校で習った覚えがある。


「これ、借ります!」

「ちょっと、嬢ちゃん!?」

 私はそう言って、ボウガン隊の人からボウガンと、まだ魔力を込めていない魔法弾を無理やり借りた。

 魔法弾がプロテクトでどういう効果を出すか見てはいないが、予想はできる。

 私は手をグーにし、魔法弾に向けてプロテクトドリルを放った。

 予備を考えて3発ほどプロテクト弾を作り、私はボウガンを抱えて空を飛ぶドラゴンに向ける。

 かなり重いが、持てないわけではない。

 ドラゴンの動きを読み、私はトリガーを引いた。

 ズドォン!

 爆音とともに放たれたプロテクト弾は先端にプロテクトドリルを形成しドラゴンへと飛んでいく。

 私は反動でひっくり返ってしまったが、目論見はあたったようだ

 やった! これならドラゴンのプロテクトを破れる!

「って……あれ、あれれれ?」

 と喜んだのもつかの間、プロテクト弾は放物線を描いて谷底へと落ちていった。

 ……上に向けると射程短いのね。

 接近しなければ当たらない、だが相手は空中にいる。

 さてどうするか。

 私はふと、ドラゴンを捜索しているときに見た飛竜の死体を思い出した。

 あれならいけるかもしれない。



 私の手から放たれた魔力が飛竜の死体に当たり、バラバラになっていた骨が集まって立ち上がった。

 思えば、この旅は死霊術に助けられてばかりだ。無事に帰ったらネクラに礼の一つでもしよう。

「飛んでっ!!」

 私はボウガンを抱え、立ち上がった飛竜の死体――言うなれば死竜にまたがり、叫んだ。


 上昇と共に感じる圧迫感を我慢しながら、私は顔を上げた。

 見渡す限りの白い山々、そして空中戦を繰り広げるドラゴンと、カイルたち突撃隊。

 死竜をドラゴンに近づくように指示をし、接近を試みる。

「ケイ、君がどうしてここにいるんだ? その飛竜は!?」

 死竜に乗って現れた私を見て、驚いた様子でカイルが言った。

「詳しくは後です! あのドラゴンは魔法のバリアーを張っています。私がバリアーを壊しますので、ドラゴンの動きを少しの間止めててください!」

「本当にそんなことができるのか!? ……しかたがない。俺達も限界が近いし、他に打開策はないんだろう? 隊長に提案してみよう」

 そう言ってカイルは隊長さんのもとへと飛び、少ししてこちらに親指を立てるジェスチャーをした。


「来やがれ! トカゲ野郎!」

 そう挑発しながらカイルが突撃隊の仲間とバラバラな方向から攻撃を仕掛ける。

 ドラゴンは、誰を攻撃しようか迷っているようで、首をキョロキョロさせながら攻撃を受けている。

 私はこのうちにドラゴンの背後に回り込み、可能な限り接近してボウガンを構えた。

 ズドォン!

 当たりますようにと願いを込めて発射されるプロテクト弾。

 撃った反動でバランスを崩しかけるが、とっさにむき出しになっている死竜の首の骨を掴んで持ち直した。

 ガリガリとドラゴンのプロテクトとプロテクト弾がぶつかり合う音がなり、プロテクト弾が落ちた。

 ドラゴンのプロテクトは健在……!

 だが、もう一発当てれば貫けるはずだ!

「キシャァァア!」

 私がプロテクト弾の装填をしている間にドラゴンが振り返った。

 鎌首をもたげて今にも火炎を吐こうとするドラゴン。

 狙いをつけトリガーに指をかける私。


 ゴオォォォ!

 ズドォン!


 ブレスを吐く音とボウガンの発射音は同時だった。

「わわわわっ!?」

 私は早く撃つことに必死でバランスを取ることを失念し、死竜から落下してしまう。

 落ちながら死竜が炎に包まれる様子を見てしまう。

 ゴメン、そしてありがとう……。

「危ねえだろうがっ!」

 カイルが落ちる私を追うように飛竜を急降下させ、私の服の後ろ襟を左手で掴んだ。

 首がしまり激痛が走る。ボウガンは落としてしまったが、なんとか耐える。

「あ、ありがとう……」

 私はカイルの後ろに乗る形で飛竜の上に引き上げられ、礼を言った。

「総員、突撃ぃぃ!!」

 上空の方では隊長さんが叫ぶように号令をし、突撃隊の人達が一斉にドラゴンに槍を突き立てた。

「ケイ、少し無茶をやる。捕まってろ!」

「はい!」

 槍を構えるカイルの言う通りに、私は背中にしっかりとしがみついた。


 槍を手元で回転させながら、飛竜に急上昇させるカイル。

 そしてカイルの槍がドラゴンの頭部を貫き――

「グァォオオン!」

 ドラゴンは断末摩の咆哮とともに落ち、地に伏した。


「はい、これがドラゴンの爪だ」

 竜伐隊の人たちがドラゴンの死体を解体している中、カイルが私に片手で握れるくらいの大きさの白い爪を渡した。

 この円筒状の鎌にも見えるこれが、ドラゴンの爪らしい。

「いやはや、君のおかげで助かった。私からも礼を言わせてくれ」

 隊長さんがそう言いながら手のひらサイズくらいの一枚の薄いプレートみたいなものを差し出した。

 それは角に丸みを帯びた三角形のような形状をしており、色はあのドラゴンと同じミスリル色だった。

「えっと、これは?」

「あのドラゴンの逆鱗……ドラゴンの怒りのツボにしてその代名詞ともなった、一匹のドラゴンにつき1枚だけ生える貴重な鱗だ」

「えっ! そんな貴重なものを良いんですか!?」

「オールスも打ちどころがよくて重症で済んだ。あれだけの事があって一人も犠牲が出なかったのも、ひとえに君のおかげだからな。この逆鱗はそのお礼だよ」

 私の力で、また多くの人を救ったんだ。

 受け取った逆鱗を乗せた自分の手をじっと見て、私はその達成感を噛みしめる。


 貰ったドラゴンの爪と逆鱗は荷物持ちの飛竜が持っている私のカバンにしまい、竜伐隊と私は帰路についた。

 飛竜たちは戦いで疲弊しているので、疲れが取れるまで徒歩で歩くのだ。

「ココらへんは気をつけてくれ、道が狭いから」

「わかりました」

 カイルの指示に従い、足元に注意して崖の道を進む。

 岩壁に手をついて、慎重に慎重に……。


 ゴゴゴゴゴ。

 上の方から、何だか低い音が聞こえた。

「何だろう?」

「ケイ、まずい雪崩が――」

 カイルの注意を聞き終わる前に、上を向いた私の視界に白い塊が迫ってきていた。

「へ?」

 ――そして私の視界は真っ白に染まった。


『お母さん、あのね! 私、魔法使いになる!』

『あらまぁ、ケイ。素敵な夢ね!

 ねえ、あなた。いまの聞いた?』

『ふん、魔法なんかよりも学者になった方がいいぞ』

『うふふ、照れ隠ししちゃって』

『お姉ちゃん、魔女になるの?』

『もっと素敵な、魔法使いになるの! 魔法でいっぱい、人を幸せにするんだ!』


 かすかな意識の中で、私は幼き日の光景を見ていた。

 これが、走馬灯ってやつなのかな。


 真っ白だった視界が暗くなり、知らない人の会話が聞こえてきた

『――随分と機嫌が悪いね』

『私がニンゲンどもを震え上がらせようと仕掛けたやつが、全部潰されちゃったのよ』

『ニンゲンの力を甘く見ないほうがいい。奴らは徒党を組むと恐ろしいからね』

『でも、ゾンビもイノシカもドラゴンも、みんな一人の子供がやっつけちゃったのよ』

『一人の子供が? 信じられないな』

『私達の計画の邪魔になるわよ、あの子』

『子供一人がなんだい。僕達はもっと大局を見ないと。

 ニンゲンの軍が、僕達の陰に感づいたみたいなんだ』

『その軍に、あの子が加わったら?』

『考えたくもないな。だが、僕ら神族は決して――』


 男の人と、女の人の声。

 ゾンビ、イノシカ、そしてドラゴン。

 私が旅の中で倒したもの達だ。

 あの子って私の事?

 神族って、何?

 私は、一体何を――


 暗い視界が明るくなり、今度は緑色になった。

 半透明で緑色の液体。

 ガラス越しに見える地下室。

 ここは……?


 ここは……!?


 ここって……!!


「お帰りなさい、ケイ」

 ホムンクルス生成装置の中じゃないか……!


 フェルナに見られながら自分の服――というかいつもの制服を着る。

 万が一のためとフェルナが注文していたらしい。

「もう服を着たかー?」

 カンカンという音を鳴らしながらネクラが降りてきた。

 ああ、あの雪崩で死んじゃったのか……私は。


 ……よく考えて見れば、戻ってきたのは魂だけ。

 つまり、苦労して手に入れたドラゴンの爪はここにはない。

 旅がパーになった上、元の身体の治療が絶望的になって私はガックリとうなだれた。

 そんな私の肩をトントンと叩くネクラ。慰めているつもりだろうか。

 ネクラの方を振り返ると、ネクラは見覚えのあるカバンを手に持っていた。

 そのカバンの中から取り出されるドラゴンの爪。

「あれ、何で私のカバンが? あれ?」

「カイルっていうやつに感謝しな」

 ネクラはイスに座ってビンに入った液体を飲みながら説明を始めた。


 どうやら、私が死んでから今に至るまで一週間ほどの期間が経ったらしい。

 その間に『遺留品』としてカイルがネクラの家まで、荷物持ちの飛竜に持たせていて無事だった私のカバンを届けに来てくれたらしい。

 ありがとうカイル、あなたイケメン過ぎるよ……!

 感涙しながらドラゴンの爪を抱きしめる私を、フェルナが白い目で見ている。


「ヨク菊の葉とゲンキ草の根と、粉にしたドラゴンの爪を入れてっと」

 ネクラが怪しげな鍋に材料を入れてグツグツと煮ている。

 絵面的には完全に悪い魔法使いだ。

「よし、できた! 疫病の特効薬だ!」

 鍋の中で泡立っている紫色の液体を見て、私は「ウゲッ」と小さく声を漏らした。

 これを私の身体に注入するのかあ。

 ネクラは私の本体が入ったカプセルに出来立ての薬を入れる。

 するとカプセルの中にチューブでつながった注射器のようなものが伸びていき、私の本体の腕に刺さった。

「これで、大丈夫だ」

 本当かなあ。


 ネクラが壁のほうを向いている間に、私は再び裸になる。

 スペアボディから魂を元に戻す時に、服を着たままだと問題があるらしい。

 私はさっき出てきたばかりのカプセルに再び入り、緑色の液体に浸かった。

 すると、ぼんやりと意識が薄れていき――


「私の身体だぁぁぁ!!」

 私は鏡で茶色い自分の目を見て感動した。

 当たり前のように動かしていた自分の身体がこんなにもいいものだなんて。

 苦労して必死にドラゴンの爪を手に入れる旅に出てよかった! いや死んだんだけどね。

「よし、あたしの勝ちね。借金500万アーク分、チャラにしなさいよ」

 フェルナが感動する私の背後で、ネクラに対してお金の話をしていた。

「ちっ……生きて帰るって信じてたのになあ」

 生きて帰る……?

 こいつら、人の生き死にで賭けをしていたのか。

 フェルナが制服を用意していたってのも死に戻るって賭けてたからか!

 なんだかいろいろ心にグサグサと来て感動とは別の感情で泣きそうになる。


 まあ、なんだかんだ自分の身体を取り戻したし良しとしよう。

 そうポジティブに考えでもしないと、やっていられなかった。


 卒業修行の終わりまで、あと3ヶ月。

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