第5話 地底都市アンダーラグーン

 遊園世界ワンダーキングダムの首都ワンダーキングダムは、その豪華な純白灰ホワイトシンダー城や城下町だけではなく、その地下にも魅力的な遊具施設アトラクションに溢れかえっている。

 穴蔵妖精ドワーフが作り出した百階層の地底迷宮ダンジョン妖精フェアリー女王クィーン人魚マーメイド達が住む地下の泉都市アンダーラグーン、ホラーハウスの監獄脱出施設プリズンブレイク、スペースエイアンの地底巣の銃スペースガン闘技施設コロシアム

 地上も地底も制覇し、ワンダーキングダムを掘り尽くして楽しもう!


     ―――遊園世界ワンダーキングダム公式案内本ガイドブックより抜粋



「ドグ団長! 私はこの男をあそこに連れて行くのに反対です!」

 地底洞窟の緩い坂道を下りながらグランビーはドグ団長に詰めかけるように言った。

 ガチャガチャと甲冑を鳴らしながら戦闘を歩いていたドグ団長はグランビーの顔も見ずに答える。

「グランビー、我らにはもはや時間が無い。開界まであと一年。このままでは本当に開界が間に合わない。そうなればこの遊園世界ワンダーキングダムは訪問者ゲスト様から信頼を失ってしまう」

 その言葉にグランビーはたじろぐ。

「そ、それはそうですけど・・・だからってこの反逆をこの男に任せるのはどうかと思います」

 グランビーの言葉にドグ団長は後ろを振り返る。

 騎士達の後ろからのんびりとした足取りで、物珍しそうにあちらこちらを見回している男がいた。

 ユウは緑や青、赤、黄色。様々な色で光輝く洞窟の石を見て、ふわふわと漂う光りコケをつついている。

 騎士達がユウを囲んだ後、ドグ団長はユウの事情を聞き、彼をワンダーキングダムの城下町にある地下へと招いた。中でもここは特別なキャストがパレードのサプライズ演出で通る裏方だけの秘密の通路。

 ドグ団長達が守るお方へと繋がる場所だった。

 ドグ団長が立ち止まり、騎士達もそれにつられて止まった。ドグ団長はユウに尋ねる。

「調停者か・・・。お前の目的は本当に『ホラーハウスの王の涙』なんだな?」

 キョロキョロしていたユウは突然話しかけられて少し驚きつつ答える。

「ああ、そうだ。俺の目的はそれだよ」

「ふむ・・・」

 少し考え込むドグ団長。

 それに首を傾げるユウ。

「なるほどな。確かに伝説によれば『ホラーハウスの王の涙』はあらゆる絶望や恐怖、苦しみを癒やす力があるそうだ。それは死者さえも例外ではない」

 その話を聞き拳銃袋ホルスターからロックの残念そうな声が上がる。

「なんだよ。ロックな俺様には大したお宝じゃねぇな。恐怖なんざ、生まれてこの方、一度も感じたことねぇぜ」

 ロックがそう言葉を上げるのを無視して、ユウが鋭い目でドグ団長を見て、声を上げる。

「それは死者の苦痛。つまり死の苦痛さえも取り除く、蘇生の霊薬か?」

 その鋭い目をみてドグ団長はほぅと息を漏らす。

「顔つきが変わったな調停者。だが、これはただの伝説。この世界が始まって以来、ホラーハウスの王の涙なんぞ誰も見たことがない。そもそも骨しかない奴だ。涙なんぞ出るはずもないだろう」

 なおもユウは尋ねる。

「じゃあ、何故伝説になった?」

 ドグ団長は首を振る。

「それは誰にもわからん。私達はただロールを与えられた演者キャスト。この地を創造したお方の神意はわからぬ」

 ユウはドグ団長の言葉を聞き考える。

 この異世界は誰か、この地の王以外の者が作り上げた世界なのか、と。そう考えて、きっぱりと捨て去る。

 今どのようなことを考えても意味は無い。自分はこの状況を一刻も早く理解し、ホラーハウスの王に慈愛の涙を流して貰う方法を見つけなければならない。

 ユウが考え込んでいるとドグ団長が続きを促す。

「まあよい。調停者よ、お前はありもしない涙を求めるのであれば問題ない。あの者から得られるものは全て持って行け。だがそのために手伝って貰うぞ」

 そう言ってドグ団長はまた歩き出す。

「オー怖い怖い。あんな女はきっと大したフォルムじゃねぇぜ? きっと醜女ガラクタだ」

 ロックが小さくユウに向けて漏らす。ユウはその声で、ハッと気がつき、ロックに怪訝な顔をする。

「え? ドグ団長は女性なのか?」

 その質問にさも当たり前だと言うように声を上げる。

「女の臭いがぷんぷんするじゃねぇか」

「ん? そんな臭いするか? 俺には何も感じないが」

「そりゃ、お前がまだひよっ子のガキだからよ」

 そんなものか、と思いつつユウは女騎士達の後を付いて地下洞窟を歩いて行った。



 ワンダーキングダムの地底は、冒険に慣れ親しんだユウにとっても驚くようなことばかりだった。すべてのスケールが違う。

 洞窟の坂道、規則正しく開けられた窓のような場所から外を覗き込むと、そこには巨大な泉都市が広がっていた。

 巨大な空間に地底湖があり、巨大な石柱が何条も連なって天井を支えている。地底湖は三日月型に囲む珊瑚礁の入り江ラグーン。その入り江の手前には森や村、石柱を高層ビルのようにキラキラさせた住宅地にして、周囲には小さな町が広がっている。

 その光景にユウは思わずため息を付いてしまった。地底湖は薄暗いが無数に光るコケや石で幻想的で美しい。

 それはまさにこの世のものとは思えないような光景だった。

 他にも見たことのない動物、いや魚達が地底湖の空間を泳いでいる。

 巨大な傘のような水母、人を乗せた魚のバス、鯨は気球のように天井付近をグルグルと回っている。

 ユウは何度も立ち止まって洞窟の窓を覗き込む。それに苛立ったグランビーが彼を引っ張って先を進んでいく。

 地下の泉都市アンダーラグーンへ繋がる特別非常口を出ると川に出た。そして、その川には巨大な魚がいた。クロ鮪くろまぐろのような真っ黒で闇に紛れ込むような魚が川幅いっぱいになって尾っぽを向けて浮いている。

 茫然とその巨大なクロ鮪くろまぐろを見て放心しているユウは、グランビーに背中を押されてその魚の口元へと進み出る。

 ガバッと巨大な口が開かれるとそこはバスのような二列の座席がありフカフカそうなソファが設えてあった。

 ユウがそこに乗り込んで一番前の座席に座り、他の騎士達も座るとパクっと口が閉じて、座席に身体が押しつけられる加速度を感じる。

「もしかして、これはバス?」

「そうよ。ステルス迷彩の特殊魚両しゃりょうよ」

 ユウの横に座ったグランビーが腕を組みつつぶっきらぼうに答えた。

「何処行くんだ?」

妖精フェアリー女王クィーンのところを通って私達の基地に行くの」

 ぶっきらぼうだが、丁寧に説明するグランビー。

妖精フェアリー女王クィーンって何する人?」

 ユウは暇なので持ち前の好奇心を発揮してしきりにグランビーに質問をする。グランビーははぁ、とため息を付きながら面倒くさそうにユウを見た。

「もう、この漁両しゃりょうには案内状パンフレットがないのよね・・・いいわ。妖精フェアリー女王クィーンはこの地下の泉都市アンダーラグーン女君主クィーンロードよ。地下の泉はこのワンダーキングダムのあらゆる水源となっているの。妖精フェアリー女王クィーンは、穴蔵妖精ドワーフ達が作ったこの地下や地上の施設すべての水道や通路を管理し、この魚路交通リバーで望みの場所に連れて行ってくれるってわけ」

「へーすごいね。で、何処に行くの?」

「あー! もう! ちょっとは黙ってのってなさいよ!」

「いや、だってこの漁両しゃりょうに窓がないから暇なんだよ」

「そりゃそうよ! ステルス迷彩なのよ!? 普通の訪問者ゲストが一生かかっても乗られない特殊漁両しゃりょうよ!」

 グランビーが叫ぶと彼女の後ろからぬっと重甲冑が身を乗り出してきた。

「もぅ・・・グランビー。例え、招かざる客アンウェルカム様でも開界したら遊びに来てくれるかもしれない大事な訪問者ゲスト様。ちゃんと優しくハッピーに接しなさぁい」

 のんびりとした艶のある声でその重甲冑がグランビーをたしなめる。それに振り返ってグランビーがムッとする。

「ハッピー姉様。お言葉ですが、この者は調停者。また訪問されたらこっちが困るんですから!」

「グランビーは怒りっぽいわねぇ。もっと笑顔ハッピーにならなきゃだめよ~。そんなんじゃキャスト失格ね」

「ハ、ハッピー姉様!? それは聞き捨てなりません!」

 顔が甲冑で見えずともユウには二人の表情が見えるようだった。

 ハッピーは立ち上がってグランビーと自分の席を交換し、グランビーが渋々、ユウを警戒しながら後ろの座席に座った。

 ハッピーがユウの横に座ると、手を差し出す。

「ユウ様でしたね? 私は近衛騎士ロイヤルガードのハッピー」

 ユウは素直にその手甲に包まれた硬い手を握って握手をする。

「どうも、俺はユウです」

「ふふ。可愛らしい名前ね。ユウちゃん。では、怒りっぽいグランビーの代わりに私がご説明しますわ。貴方には今からこのワンダーキングダムの王女、ホワイトシンデレラ殿下にお会いしていただきます」

 はぁとユウはハッピーに気のない返事を返していた。

 ユウは何故自分がいきなり王女と謁見するのかよくわからなかった。

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異世界の遊園地は泥棒を招かない ワンダーキングダム編 (タイトル仮称) 三叉霧流 @sannsakiriryuu

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