ノー・コンティニュー

水上 遥

ノー・コンティニュー

 金槌を振り落とす。最近剣しか握って無かったから、予想外の硬い感覚に手が痺れた。額から汗が落ちる。ここの日当たりが良すぎるせいだ。

「終わったー?」

 後ろから声がする。振り返ると、真っ黒い三角帽子を被った魔法使いが両手いっぱいに木材を抱えて立っていた。

「まだまだ。穴を掘るのに時間がかかっちゃった」

「そっかー。手伝おうか?」

「いいよ。慣れない力仕事で疲れてるだろ」

 そう言ってまた金槌を振り落とす。旅に出る前、実家の鍛冶屋で親父にしごかれてた時は当たり前だったのにな。

「それじゃーお言葉に甘えて少し休ませて貰うよー」

 ぺたん、と手ごろな岩に魔法使いが腰掛ける。彼女が、結んでいた長い髪をほどくと、風でバサバサと舞った。

「あー風強いねー」

「そりゃこんだけ高い場所に居ればなぁ」

「でもここからなら、全部見えるし、寂しくないよねー」

 目の前は崖で、地平線まで、僕らの国があった場所殆どを、見ることが出来た。

「すごい汗だよー。水汲んでこようか?」

「いいよ。喉は渇いてないし。それに危ないだろ。これ以上一人でやるのは流石にしんどいよ」

「さいですかー」

 魔法使いがごろんと横になる。

「……二人きりになっちゃいましたなー」

 手を休めずに「そうですなー」と答える。

「あ、今エッチな事考えたでしょー?」

「ばれたかー」と金槌を振り下ろす。

「最後の悪あがきに、してみるー?」

「勇者、パーティの魔法使いに手をだす。って一面に載っちゃうよ」

「大丈夫だよ。ケーサツも新聞も無くなっちゃたから」

 しばし、手を止めて考えてみる。

 ……まー考える必要も無いんだけどさ。

「んー。ちょっと惹かれるけど、辞めとく」

「あらら。やっぱりまだお姫様が好き?」

「いやー綺麗な人だったけどさ。スキってわけじゃなかったよ」

 どうして皆、勇者とお姫様をくっ付けたがるのかな。

「でも、キスしてたじゃーん」

 いつの間にか起き上がった魔法使いがこっちを睨んで言う。

「あれは儀式。ある日いきなり、『君は勇者の生まれ変わりです』って城に拉致られて、いきなりアレだもん。参ったよ」

 ファーストキスだったのに、とは言わなかった。

「アタシもびっくりしたよ。ある日、いきなり兵隊が来てさ。『勇者と共に魔王討伐のたびに出て欲しい』なんて。最初どの悪事がバレたんだろうって焦ったもん」

「悪事、してたのか」

「すっぱ抜かれなくて良かったー」

「まー。もうその心配も無いけどな」

 突然強風が吹いた。魔法使いの自慢の三角帽子が飛ばされていく。彼女はただ、それを見送った。

「いいの?」

「もう必要ないもん」

「そっか」

 帽子は風に遊ばれてくるりと回ると、崖の下の廃墟に消えていった。





 日が傾きかけた頃、作業が終わった。崖の上には十字架が延々と続いている。

「器用だねー」

 と魔法使いが隣に来て笑う。

「もと鍛冶屋だからな」

 ふふん、と笑い返した。

「戦士の奴、やっぱり重かったねー」

「毎日筋トレしてたからな」

「アーチャーは近くで見たら、綺麗な顔してた」

「結構女顔だからな、あいつ」

「ヒーラーの時、胸触ったでしょ?」

「不可抗力だ」

「むっつりー」

 思いっきり頬っぺたを抓られた。

「ちょっと。痛いって」

 手を振りほどこうとしたけれど、そのまま手を握られてしまった。

「……皆はもっと痛かったろうねー」

 魔法使いは笑いながら泣いていた。

「無理して笑ってる必要無いよ。誰にも見られないし」

 それでも彼女は笑顔を崩さなかった。

「いやー。いっつもにこにこ、常に笑顔を無くさない元気っ子ってキャラですから」

 黙って頭を撫でる。金槌と剣しか握ってこなかったから、その柔らかさにびっくりした。

 彼女は眼下に広がる廃墟を眺めて呟いた。

「アタシ達の旅は意味があったのかなー」

 答えられなかった。

 でも勇者だから、こう言った。

「皆の希望にはなったよ。一時でもそれで救われた人は居たよ」

 魔法使いが、顔を覗きこんで来て言った。

「本当に、そう思ってる?」

 あまりに真っ直ぐ見つめてくるから、正直に答えてしまった。

「思ってないよ」

「なんで、今嘘付いたの?」

「勇者だから、せめて魔法使いだけでも救おうと思った」

「ばーか。仲間なんだから。良いんだよ、そういうのは」

「……肝に銘じておきます」

 へへへっと魔法使いが笑った。



 その日は月が綺麗だった。綺麗過ぎて、地平線からやってくる魔物の群れが良く見えた。

「さて」

 僕は剣を取った。

「やっぱり行くんだ?」

「うん。勇者だから」

 魔法使いがまた、手を繋いでくる。

「逃げないの?」

 しばらく迷ってから、彼女にそう尋ねた。

「逃げないよ。皆に怒られちゃう。それに勇者の仲間ですから」

 にひひと彼女が笑う。廃墟を踏み潰す音が近づいて来る。

「……僕は本当に勇者だったのかな?」

「勇者だよ」

 繋いだ手に力を込められる。

「いきなり城に呼ばれても、旅に出ろと命令されても、……皆が死んだ時も、それに今だって、前に進もうとしてる。希望は常に前で光ってる。だから、戻ることの無い貴方は勇者なんだよ」 

 そう言って、魔法使いは、今度は静かに笑った。




 魔物の群れはもう崖の下まで迫っていた。

 僕らの街を、仲間を、世界を、好き勝手に踏み倒して来た奴らだ。

 ――今更、こんな世界を救って何になる?

 ……なんてことは、思わないさ。

 だって、勇者だからね。

 前に進むんだよ。

 例え、何があったって。


 魔法使いの手を強く握り返す。

 そして皆に振り返って、いつもしていたように「行くぞ!」と声をかける。

 僕らは剣を振りかざし、前へ前へと崖を駆け下りて行った。

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ノー・コンティニュー 水上 遥 @kukuru

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