序章6話「持て余した『時間』の過ごし方」

特にやらなければならない事が無い、やりたいことも無い。

そんな、ポッカリ空いた「時間」の中で。

目を閉じて、眠ってもいいんだろうけど。

ボンヤリなのかハッキリなのか分からない、取り留めの無い思考に潜ってみる。

最近、随分身の回り全てを駆け足でこなしてきたような気がする。

たまには、こんなにゆっくりしてもいいんだと思う。


これまでの事。

「学園」に来る前と来た後では、全てが変わってしまった。

まだ、一か月も経っていないのに。

故郷が、懐かしくなる。

俺の出身は右大陸の東、「ブガ」という港町。

特に有名な何かがあったり、有名な誰かがいたりするわけでもなく、西大陸の此処では全くの田舎町。

特産だってスゴイものじゃなく、盾魚の一種である「トパー」が、他の港のものより少し脂乗りが良いという、あんまりパッとしないもの。

そんな町で、父は雇われの船大工をしていて、母は町組合に少々顔が利いた。

頑固だけど本当は心優しい父と、血が繋がらない人間にも「母ちゃん」と慕われる母。

裕福では決してないけど、極めて貧しいわけじゃない。

小さいながらも市場があって、威勢の良い漁師の掛け声や卸商の雑踏はいつもの事。

ブガにいた頃は、そんな喧騒に慣れ親しんでいたけど、今となっては潮の香りが。

チョット恋しい。

「学徒に最高の環境」という考えの上でこの学園は建てられたと聞いたけど、俺にとっては海が見えない景色には、まだ慣れない。

故郷に、別れを告げている時間は無かった。

忘れもしない入学試験、この学園で合格を言い渡され、一度ブガに戻ってからは自分を中心とした「嵐」だった。

父はともかく、一度も取り乱した姿を見た事が無い母さえ、俺の「メンドオーラ魔法学園時間科入学試験合格証書」に驚きを隠せなかった。

当初は騒ぎになると面倒と周囲に隠していたが、四日も経たない内に、街を歩けば「町の一番の名士」扱いで、噂と聞きつけた人間に取り囲まれる事もあった。

町をあげての祝宴が開かれたり、遠くから名前も顔も知らない親戚が訪ねてきたり。

そんな騒ぎの中で、何とか身支度を済ませ、今度は試験ではなく入学の為の旅立ち。

ちゃんと別れの挨拶を済ませたのに、今でも何だか物足りない。

アミホは、元気だろうか。

俺は、やっぱり寂しい。

学園で新しい友人が、ハルザやカーウェと一緒に過ごしているけど、アミホは今誰と何をしているのだろう。

結局、町の何処に住んでいるのか、家族がいるのか、そんな事さえウッカリ聞きそびれてしまった。


そうだ、自分の「時計召喚」をしたら、次はアミホの為に時計を召喚して、それをブガに送ろう。

「絶対配達便」なら、大まかな宛先から人探しまでしてくれると聞いた事がある。

アミホは既に時計を巻いていたけど、喜んでくれたら嬉しい。

それにしても、アミホの時計は何処で作られたものだろうか。

飾りっ気の無い使い勝手重視のファメットの時計とも、逆に金銀宝玉が散りばめられたレーケル・ナーとも違う、「穴の開いた針の時計」。

まさか、時計召喚で呼び出したものだろうか。

アミホの事は、まだ学園の誰にも喋ってない。

隠しているわけじゃなく、言う機会がなかった。

今度、先生に聞いてみようか。

自分の後ろにいるのに、「今度」と考えるのは、悪い癖なのだろうか。







「今、どんな事、考えてた?」

「いえ、別に・・・」


眼前は鏡前。

そこには視線の置き場所に彷徨っている自らと、その自分の頭髪を編み弄る笑顔。

シン・クロノ・ジェルデルニア。

担当授業は「道理」、そして。

時間科を受け持つ学園唯一の時間師、延いては自らの担任。


「そんな事はないはず。むしろ、こういう時こそ考える『時間』に充てるもの。そうじゃない?」

「・・・」


返答は、声を供としない窮の悲鳴。

この教師とは、徐々に浅からぬ縁となってきたが、未だ「底」が計り知れない。

それこそが、成熟した時間師、「クロノ」の称号を持つ者の証だろうか。

なれるのだろうか、自らも。

時間科入学試験合格と言う、数多の人間に認められる偉業を成し遂げたが。

日々の課程に追われ続けていると、随分自信が雲隠れを起こす。

それ故に今日はこれから、友人達が設けてくれた予定で気分転換を行う腹積もりだ。


「じっとして、色々考えてると。不安になったり、何かに駆られたりするけど。若い時にはよくある事さ。僕だってそうだった」

「・・・俺は」


鏡を介して、自らと先生との視線が交差する。

笑みの横、左にだけ付けられた大ぶりの耳飾り。

赤の宝玉が眩しい。

外しているのを見た事が無い、先生の象徴のようなものであり。

それよりも、さらに。

先ほどから三つ編みを作っている両腕の内の左。

そこに鎮座するは、「G-300G-9AJF」。

「時計召喚」を未経験であり、自らの所有は学園より賜った魔杖に備え付けられたファメット製のみ故に。

黒に金色の装飾が与えられたそれが、より煌びやかに感じる。


「ねえ、シン先生!あとどれくらいかかるの!?そんなに時間が掛かると夕方になっちゃうよ!」


現在入居は自らと管理者のクロノ先生のみ、「時間科生専用寮」。

「管理者」の趣味で置かれた家具や調度品が並ぶ居広間。

鏡台の前に居座る自分と、その後方のクロノ先生目掛けて。

そう遠くない位置の、革張りのソファーに座るカーウェが眉間に皺を寄せている。

隣に座るハルザは視線一つ動かさず、胸まで持ち上げた参考書に注目している。

今日は午後から、これから。

自分とハルザとカーウェの三人で多目的棟の遊戯室を一つ借りて、緩やかな第八曜日の休日を過ごす予定。

既に慣れた事であるが、カーウェは本当に「待つ」という事が苦手だ。


「そんなに慌てなくても、まだ大丈夫。まだ1時24分。仮に後30分掛けても2時にさえならない。まだまだ『時間』はたっぷりある」


鏡台に左右に立て掛けられた二つの魔杖。

その内の一つは、クロノ先生のもの。

大鎌のような形、頭を垂れた先にはファメットの複製時計。

自らの物と、秒針の動きさえ違う事無く。


「そういう事じゃなくて!」

「そういう事だよ。若いと何かと有限や焦りを感じるけど。人生っていう長さで考えてみると、結構『時間』っていうものは持て余しちゃうものさ。カーウェより年上の僕だって結構持て余してる」

「・・・」


「ま、持て余してるからこそ、こうやって人の髪を弄って遊んでるんだけどね。折角、型を覚えても僕の髪の長さじゃ試せないし、仮に長くても自分にする気無いし。時間取っちゃってごめんね」


後頭部に三つ編みを基としたまとめ髪がもうすぐ完成というところで、クロノ先生がわざとらしい高笑いを上げる。

それに呼応して、カーウェが非難の文句を吐き出した。


・・・俺の髪って、弄っていて楽しいのかな?


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