サソリとナンセンス

 はい、どうも皆様こんばんわ。わたくし、このナミナミ砂漠で彼此百年はサボテンをやらせてもらっているものです。

 え、サボテンってそんなに長生きするのかって?

 いやいや、私、こうして生きているじゃないですか。

 え、サボテンは喋らないだろって?

 何とも今宵のお客様は揚げ足を取るのがお好きなようで。いいじゃないですか、細かい事は。今宵は珍しく霧が出ております。こんな日は、動かないが吉。それならば慰みに、私が一つお話をしてあげましょう。



 はてさて。このナミナミ砂漠。海に面していることはご存知ですな。遥か遠方の島国にも似たような砂漠があると聞いたことはございますが、まあ、今は関係ありませんね。

 海に面している場所には色々な物が流れ着きます。流木、ゴミ、鯨から人様の船まで。まあ雑多諸々ですな。流木やら、ゴミやらは良いんですが、死体が流れ着くとやっかいでしてな。しばらく異臭を放った後、骨だけが残ります。そのせいで、海岸沿いは骨が散ばる何とも物悲しげな雰囲気となっております。たまに生きた人間何かも流れ着くのですが、皆一様に「地獄に来てしまった」と散々嘆いた後、その地獄の一部となっていきます。


 そんな、ある日の事。その地獄から人間の子供の泣き声が聞こえてきました。

 大方、流れ着いた船の哀れな生き残りでございましょう。普通なら、そのまま骨と化すのを待つばかりだったのですが、その時は幾分勝手が違いました。

 さて、皆様。サソリをご存知ですかな?

 そう、あのハサミと毒を持った尻尾を携える何とも薄気味悪い奴でございます。このナミナミ砂漠にも沢山のサソリが棲んでおります。その中でも一風変わったサソリが居ましてね。名前をスフィンクスと言いました。何でも別の砂漠に居る怪物の名だそうですが、いやはや身の程知らずですね。

 このスフィンクス、人間に強い興味を持っておりまして。この赤ん坊を見つけるや否や、その沢山の足を動かして、近づいて、声をかけました。

 え、サソリが喋るのかって?

 サボテンが喋るご時勢です。細かい事は気になさらず。兎にも角にもスフィンクスは訊ねました。

「おい、人間。お前らは何故俺たちを嫌うのか」

 しかし、相手は人間とは言え赤ん坊。答えること等出来ません。それでもスフィンクスは問いかけます。

「おい、人間。お前らは何故俺たちを、嫌うのか」

 これでは拉致が空かないと、その様子を見ていた私がスフィンクスに声をかけました。

「おい、そこの毒虫野郎。そいつは人間の幼虫だ。言葉は話せないぞ」

「それは本当か?」

「本当だ。そして、明日の朝にはもう死んでいるだろう」

「それは、困る」

 そういうとスフィンクスは人が食べられそうなものを探しにいきました。

 存外、知られていない話ですけれども、サボテンは栄養価が高く、非常食に持ってこいなのですが、黙っておりました。そこまでする義理はありませんからね。



 さて、スフィンクスが出てから数時間経ちました。赤ん坊は見事に衰弱しております。と、スフィンクスが砂丘の向こうから帰って参りました。その両のハサミにはたわわに実った野いちごが握られています。

「ほらほら、人の赤ん坊。このイチゴを食べなさい。そして私の話を聞きなさい」

 そう言ってスフィンクスはそそくさと赤ん坊の下へと近づいていきました。

「私はね、赤ん坊。出来れば人と仲良くしたいのだ」

 そんな事を言ってどこか得意げなスフィンクスでした。

「私がお前を育てようか。そしたら将来お前は、サソリと人を繋ぐ架け橋となるのだ」

 口元に笑みさえ浮かべております。そうして、スフィンクスは赤ん坊に野いちごを渡そうとしました。

 ところで、皆様。生き物の生きる力、とでも申しましょうか。はたまた生への執着か。それは本能として生きとし生けるもの全てに宿っております。この赤ん坊も例外ではなく、持って居りました。

 赤ん坊は野いちごが食べ物だと分かるや否や、その手でぎゅっと掴みました。スフィンクスごと。不幸な事に、その時スフィンクスの毒針が刺さり、それが止めとなって赤ん坊は息絶えてしまいました。スフィンクスはと言うと、体が変な形にひしゃげ、息も絶え絶え、と言った所です。私はスフィンクスに話しかけました。

「やあやあ、サソリのスフィンクス。いい様だな」

「サボテンよ。一体何があったのだ」

「生きようとして死んでった。なんたる皮肉!そしてお前も哀れだな。赤ん坊の物語の道具で終わったか!」

 そう茶化しているうちに、スフィンクスは息絶えていました。その日も今日みたいな霧の日でしたな。もう何十年も昔の話です。私も若くて汚い言葉遣いでした。



 さて、夜も明けてきましたな。私の話はこれでおしまいです。

 え、オチが無いって? 

 何を言いますか、お客さん。この世で起きる事の殆どは、あの砂浜の骨の様に、そのまま晒されて居るだけなのです。死ねばそれで終わりなのです。

 え、屁理屈じゃないかって?

 何をおっしゃいますか。それなら海岸を掘り返して御覧なさい。サソリを握った赤ん坊の白骨が、きっと今でも、ただ在るだけですよ。

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狐花 水上 遥 @kukuru

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